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36 黒髪
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こたつを出した。これを買ってもらって正解だった。僕は首までかぶってうつ伏せになってレポートを書くような日々を過ごしていた。
就活に向けて、まずは形から入ろうということで、髪を黒く染め短く切った。
「蒼士、どない?」
「新鮮やなぁ。黒ネコちゃんになってもうた。そっちも可愛いで」
高校生の頃から金髪だったので、自分でもなかなか慣れなかった。首もスースーした。しかし、これだけで真面目そうに見えるのだから大したものだ。
夕飯は鍋にすることが増えてきた。市販の鍋の素を制覇しようと、カレーもトマトもやった。
ゼミやバイトは昼からだったし朝は蒼士と惰眠をむさぼった。大抵蒼士の方が早く起きて、僕の身体をふにふに弄ぶものだからそれで目覚めるという毎日だった。
幸せだった。
でも、母の命日が近づくにつれて段々ともやのようなものがかかり、僕はまた腕を切った。
「ああ……増えてもたなぁ」
僕はその日ゼミを休んだ。グループワークなら何とかしておくから、と言う蒼士を送り出した。
隣はいつの間にか静かになっていた。引っ越したのだろうか。タバコを吐く息しか聞こえない部屋で僕はぼんやりとしていた。
腹が減ったがカップ麺にお湯を入れる気力すらなかった。僕はこたつの中に寝転び、タバコを吸う時だけ起き上がる、ということを繰り返していた。
帰って来た蒼士に開口一番こう言った。
「消えたい……」
蒼士は寝転がっていた僕の頭をポンポンと撫でた。
「どないしたんや」
「自分でもわからへん」
「冬はなぁ……日照時間も短くなるし、落ち込みやすいんやろなぁ……」
キッチンに立った蒼士は何かをトン、トンと切り炒め始めた。バターのいい香りがした。
「何作ってるん……」
「ん、クリームシチュー。鶏肉たっぷり買ってきた」
美味しかったのに、ほんの少ししか食べられなかった。僕はスプーンを置いてうつむいた。
「おらんかったことにしたい……蒼士の記憶からも消えたい……」
「それは叶えてあげられへんなぁ。世界中の誰もが美月のこと忘れても、俺だけは覚えとうよ」
相変わらず恥ずかしいセリフをペラペラよく喋る奴だ。
「もう僕のことなんて捨てて。蒼士は別の人と幸せになって」
「俺には美月しかおらへんよ。美月が消えてもた後、どないしようなぁ……そんな世界、価値あらへんなぁ……」
蒼士は後ろから僕を抱き締めてきた。
「美月が生きたくないんやったら、地球ごと滅ぼそか」
「できるん?」
「どうしたらええかなぁ」
それから蒼士は、毒ガスまくだの、核爆弾盗んでくるだの、人工知能を開発して人類皆殺しにするだの、どこのマンガで覚えてきたんだという案を言ってきた。
「全然現実的やないねんけど。ただの大学生にできるはずないやろ」
「せやなぁ」
「やっぱり生きるしかないかぁ」
どちらからともなくキスをした。蒼士は残ったクリームシチューを皿に移してラップをかけ、洗い物をした。僕はタバコを吸っていた。
蒼士がベッドに寝転んだので僕は上に乗ってぴったり腹をつけた。体重は足に逃がしているから大丈夫だろう。
「あったかいなぁ、美月」
「蒼士もやで」
蒼士の胸に耳をつけると、とくんとくんと心臓の音がした。
「蒼士、好きって言って」
「美月、好きぃ」
「もっと」
「好き。好き。大好き」
服の上からまさぐられ、僕は自分から脱いだ。蒼士は僕の左腕にそっと触れた。それから、二人とも裸になって絡み合った。耳を舐められて僕は吐息を漏らした。
蒼士に身体を整えられて、ずぷりと飲み込んだ。何も持たない僕が唯一蒼士に与えられるものがこれ。せめてたくさん感じてほしくて、僕はきゅっと締め付けた。
「美月っ、美月っ」
目を瞑ると、蒼士と繋がっている場所にだけ集中できた。激しい息遣いが聞こえてきて、僕は夢の中をさまよっているような気分になった。でもそれはいつか覚めるもの。終わってしまうと心細くなった。
「蒼士は……なんで僕と一緒にいてくれるの?」
「んー? 好きになってしもたから。特別な理由なんてあらへん」
「蒼士はもっとええ人生送れるんとちゃうの?」
「なんべんやり直しても美月のこと好きになる。もしかしたら、今の俺らも何周かしとうんかなぁ」
運命の神様が用意してくれたのが蒼士だとでもいうのだろうか、それにしてはできすぎていた気がした。今の幸せはどん底に落ちるための前フリで、雅彦さんの時より苦い思いをさせられるのではないかと怯えた。
それからも僕は弱音を吐き続けた。蒼士は一片の取りこぼしもなく拾ってくれて僕の欲しい言葉だけをくれた。そうしているとクリスマスの足音が近付いてきた。バイト先で歌がかかるし嫌でも意識させられた。
「美月ぃ、クリスマスはどうやって過ごす?」
理沙も呼ぼう、と言いかけたのだが、彼氏と過ごしたいだろうと思いやめた。
「ん……いつも通りでええよ。二人で部屋おろうな」
「よっしゃ。ケーキはいるよな? 買ってくる」
「お願い」
また蒼士はサンタになってくれるのだろう。僕も少しばかりは金に余裕ができたし、と安いがプレゼントを見繕った。
就活に向けて、まずは形から入ろうということで、髪を黒く染め短く切った。
「蒼士、どない?」
「新鮮やなぁ。黒ネコちゃんになってもうた。そっちも可愛いで」
高校生の頃から金髪だったので、自分でもなかなか慣れなかった。首もスースーした。しかし、これだけで真面目そうに見えるのだから大したものだ。
夕飯は鍋にすることが増えてきた。市販の鍋の素を制覇しようと、カレーもトマトもやった。
ゼミやバイトは昼からだったし朝は蒼士と惰眠をむさぼった。大抵蒼士の方が早く起きて、僕の身体をふにふに弄ぶものだからそれで目覚めるという毎日だった。
幸せだった。
でも、母の命日が近づくにつれて段々ともやのようなものがかかり、僕はまた腕を切った。
「ああ……増えてもたなぁ」
僕はその日ゼミを休んだ。グループワークなら何とかしておくから、と言う蒼士を送り出した。
隣はいつの間にか静かになっていた。引っ越したのだろうか。タバコを吐く息しか聞こえない部屋で僕はぼんやりとしていた。
腹が減ったがカップ麺にお湯を入れる気力すらなかった。僕はこたつの中に寝転び、タバコを吸う時だけ起き上がる、ということを繰り返していた。
帰って来た蒼士に開口一番こう言った。
「消えたい……」
蒼士は寝転がっていた僕の頭をポンポンと撫でた。
「どないしたんや」
「自分でもわからへん」
「冬はなぁ……日照時間も短くなるし、落ち込みやすいんやろなぁ……」
キッチンに立った蒼士は何かをトン、トンと切り炒め始めた。バターのいい香りがした。
「何作ってるん……」
「ん、クリームシチュー。鶏肉たっぷり買ってきた」
美味しかったのに、ほんの少ししか食べられなかった。僕はスプーンを置いてうつむいた。
「おらんかったことにしたい……蒼士の記憶からも消えたい……」
「それは叶えてあげられへんなぁ。世界中の誰もが美月のこと忘れても、俺だけは覚えとうよ」
相変わらず恥ずかしいセリフをペラペラよく喋る奴だ。
「もう僕のことなんて捨てて。蒼士は別の人と幸せになって」
「俺には美月しかおらへんよ。美月が消えてもた後、どないしようなぁ……そんな世界、価値あらへんなぁ……」
蒼士は後ろから僕を抱き締めてきた。
「美月が生きたくないんやったら、地球ごと滅ぼそか」
「できるん?」
「どうしたらええかなぁ」
それから蒼士は、毒ガスまくだの、核爆弾盗んでくるだの、人工知能を開発して人類皆殺しにするだの、どこのマンガで覚えてきたんだという案を言ってきた。
「全然現実的やないねんけど。ただの大学生にできるはずないやろ」
「せやなぁ」
「やっぱり生きるしかないかぁ」
どちらからともなくキスをした。蒼士は残ったクリームシチューを皿に移してラップをかけ、洗い物をした。僕はタバコを吸っていた。
蒼士がベッドに寝転んだので僕は上に乗ってぴったり腹をつけた。体重は足に逃がしているから大丈夫だろう。
「あったかいなぁ、美月」
「蒼士もやで」
蒼士の胸に耳をつけると、とくんとくんと心臓の音がした。
「蒼士、好きって言って」
「美月、好きぃ」
「もっと」
「好き。好き。大好き」
服の上からまさぐられ、僕は自分から脱いだ。蒼士は僕の左腕にそっと触れた。それから、二人とも裸になって絡み合った。耳を舐められて僕は吐息を漏らした。
蒼士に身体を整えられて、ずぷりと飲み込んだ。何も持たない僕が唯一蒼士に与えられるものがこれ。せめてたくさん感じてほしくて、僕はきゅっと締め付けた。
「美月っ、美月っ」
目を瞑ると、蒼士と繋がっている場所にだけ集中できた。激しい息遣いが聞こえてきて、僕は夢の中をさまよっているような気分になった。でもそれはいつか覚めるもの。終わってしまうと心細くなった。
「蒼士は……なんで僕と一緒にいてくれるの?」
「んー? 好きになってしもたから。特別な理由なんてあらへん」
「蒼士はもっとええ人生送れるんとちゃうの?」
「なんべんやり直しても美月のこと好きになる。もしかしたら、今の俺らも何周かしとうんかなぁ」
運命の神様が用意してくれたのが蒼士だとでもいうのだろうか、それにしてはできすぎていた気がした。今の幸せはどん底に落ちるための前フリで、雅彦さんの時より苦い思いをさせられるのではないかと怯えた。
それからも僕は弱音を吐き続けた。蒼士は一片の取りこぼしもなく拾ってくれて僕の欲しい言葉だけをくれた。そうしているとクリスマスの足音が近付いてきた。バイト先で歌がかかるし嫌でも意識させられた。
「美月ぃ、クリスマスはどうやって過ごす?」
理沙も呼ぼう、と言いかけたのだが、彼氏と過ごしたいだろうと思いやめた。
「ん……いつも通りでええよ。二人で部屋おろうな」
「よっしゃ。ケーキはいるよな? 買ってくる」
「お願い」
また蒼士はサンタになってくれるのだろう。僕も少しばかりは金に余裕ができたし、と安いがプレゼントを見繕った。
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