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49 恋人

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 自分のことをパパと言うのも抵抗がなくなった。水美を連れて公園に行くと、子供が同い年くらいの他の親から話しかけられることもあって、それもまた楽しみだった。
 動き回るようになったので大変だ。ベビーサークルの中に入れると泣くし、トイレに行っただけで大騒ぎするし、部屋中の引き出しにベビーガードを貼って、キッチンにもゲートをつけた。
 夜泣きはなかなか止まらなかった。三時間ごとに僕たちは起こされ、理沙が授乳をして、僕が寝かしつけるというのがお決まりの流れになっていた。
 理沙は次の四月から復学することになっていた。よって、それまでに離乳してもらわねばならない。それが一番大変だった。理沙と引き剥がして僕が一晩中抱き締めて、朝になってしまうことがよくあった。

「ああ……外明るいでぇ、水美……」

 水美はどんどん重くなった。身体の成長は早いみたいで、他の月齢の子供と比べると背も高かった。
 立派に人見知りもするようになり、蒼士と理沙の父親に会わせるとギャン泣きだ。厳しい人だとばかり思っていた彼も孫の前では振り回されるじぃじであり、必死に変な顔をして水美を笑わせようとするので僕は笑いをこらえるのに大変だった。
 長谷川家の婿としては何とか認めてもらえたみたいで、水美がもう少し大きくなったら僕は子会社に勤務させられることに決まっていた。

「ゆくゆくは……水美が会社継ぐことになるやろうな」

 理沙も水美も寝静まった夜、酒を飲みながら蒼士がそんな話をした。

「親父からは、はよ結婚せぇって言われとうけど、もちろんそんな気ないし。水美には苦労かけると思うけど、多分逆らえへんしなぁ」
「僕、水美のことキッチリ育てるから。心配せんといて」

 久しぶりに蒼士と湯につかった。このところ、お風呂というと水美と一緒だった。僕は蒼士の長い腕をさすり、手の甲に口づけた。

「うん……やっぱり好きやなぁ、蒼士のこと。水美のことももちろん好きやけど、僕の恋人は蒼士やから」
「俺も美月が大好き。ちょっとだけ……する?」

 僕はバスタブに手をついて尻を突き出した。蒼士の指がくにくにと入って広げられた。お湯でほぐれていたし感度も高まっており、僕は小さくため息を漏らした。

「ひくひくしとう。えっちぃなぁ」

 こうして父親から一人の男に戻る時間が好きだった。僕の本性はこちらだと思い知らされるのだ。僕はどこまでも蒼士を求めたし彼も応えてくれた。

「挿れるで……」
「んっ……」

 あれだけ他の男にやられ続けていた僕だけど、もう蒼士だけのものに作り替えられていた。こんなに深い快感はもはや蒼士以外では感じられないだろう。

「あっ、んっ」
「ヤバっ……美月の中、気持ちいいっ……」

 きっとこれからも、この行為は続く。義兄弟の間柄になってしまったから、何とも背徳的だったが、それが余計に僕を高ぶらせた。

「中に出してっ……」
「ええんやな……?」

 蒼士の欲望を受け止めて、僕は恍惚としていた。シャワーで綺麗に流してもらって、僕はまだ熱の残る胸を押し付けキスをした。
 服を着てベランダでタバコを吸っていると、蒼士が言った。

「なぁ……美月ぃ。理沙が大学戻るまでに、旅行せぇへん。二人きりで」
「そういや……したことなかったな」

 旅行といえば修学旅行しかなかった。蒼士はあれこれプランを出してきて、どれも魅力的だったが、食い物に釣られた。カニが食べたいということで冬の温泉旅館に行くことにした。
 翌朝、理沙に聞いてみた。

「理沙、一泊してくるけど大丈夫か?」
「もう、美月さん。理沙が母親やねんから。大丈夫やで。お土産よろしくなぁ」

 理沙は一回りも二回りもたくましくなった。弱音を吐くこともあったが、水美に対して真摯に接していた。
 そして、ついに水美がママと喋るようになった。理沙を呼ぶ時にしか言わないから確実だ。すると蒼士が躍起になった。

「水美、そーし、そーし」
「パパの方先に言って欲しいんやけど」

 育児は大変だというのが先立つがこんな喜びがあるからこそやってこれた。そして僕は思うのだ。きっと母もこうだったのだろうと。
 母とは永遠に解り合うことができずに別れてしまった。僕が本当の父親でないと知ればどうなってしまうのかはこわかった。僕と距離を取りたがったらそうすればいいし、水美に任せるつもりでいた。
 旅行の日が少しずつ近付いてきていた。酒をたっぷり飲みたいので温泉地までは電車だ。準備も始めたのだが、蒼士のボストンバッグがパンパンになっていた。

「蒼士ぃ……何その荷物……」
「寒いやろうから、色々詰めてたらこうなった」
「何入っとん……ん……カイロこんなにいる……?」
「持っていくにこしたことはない」

 中身を改めさせて三割ほど減らした。新品のコンドームの箱も入っていたので苦笑してしまった。

「笑うなや。たくさんしたいやろ?」
「うん、したい」

 恋人との初めての旅行。きっと一生思い出に残ることだろう。
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