竜骸を繰るは福音の乙女

こりきさき

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プロローグ

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 地表よりだいぶ地下であるというのに、空気が循環しているのか聞いていた話よりも空気は乾燥していて、少し鉄臭い気がする。魔力に反応して発光する魔晶石を含んだ壁はぼんやりと通路を照らし、白骨化した人だか、獣だかわからない骨が散乱する光景を見せる。ここで命のやりとりが合ったのだと一目で解る。
迷宮。この世界に点在する遺跡であり、魔獣の巣窟であり、次元の歪みだ。


「ーーーあぐっ」

「ノロノロ歩いてんじゃねぇ!ちゃんと着いてこい!!」


 首から下がる鎖がグイと引かれ、首輪が食い込み思わず引き倒されてしまう。


「ウォレス、余り雑に扱うな。目的地に着くまで使い物にならなくなると、困るのは俺たちだぞ」


 鎖を引いた猫背の男に、リーダー格であろうスキンヘッドの大男が低い声で唸る。


「お、おぅ。悪かったって。そんな睨むなよギド」

「仕事が終わるまでは生かしておかないとだからな。迷宮内での足手まといは無いに越したことはない」


「まったく、小便臭いガキ一人になに興奮してるんだか。ウォレス、あんたまさかそういう趣味なのかい?」


「うるせぇ!アラネア!ぶっ殺すぞ!」


「あづっ!」


 アラネアと呼ばれた女に逆上し、八つ当たりか男の足が床に倒れる私の背中を踏み付ける。
 ぽたり。と、涙が一筋頬を伝い床に小さな染みを作る。なぜこんなことに……。


「……なんで」

「あァ?」


 気付いたら口からこぼれていた。


「なんで……こんな酷い事…するの」

「はぁ?……ックク、ッハッハッハ!!!」


 男は私の言葉を聞き、唐突に笑い出す。


「“なりそこない”の一族がなに言ってやがる!」


 “なりそこない”。それは錬金術師の蔑称。かつての覇竜大戦で戦果を挙げながら同時にその力の大半を失い、英雄になりそこねた術者達。


「おまえ等みたいな使えないゴミ術者を、わざわざこんな迷宮の下層まで連れてきてやってんのに!どうして酷いことするの?だとォ!?アッハッハッハ!」

「ウォレス、笑い過ぎよ……クス」


 アラネアも抑えるように笑っている。

「おまえの様な“なりそこない”でも使い道があるのだ。俺達はとある貴族に依頼され、こうしておまえを迷宮の下層深くまで連れてきた。多少その境遇を不憫に思う気持ちもあるが、それが錬金術師の家系に生まれたおまえの運命だ。おまえの身一つで国が、そこに住む人々が救われるかもしれんのだぞ。とても栄誉なことでわないか?その栄誉をおまえら“なりそこない”が得んがために俺達がこうして護衛をしているというのに、感謝こそすれ、疑問を持つなど筋違いも良いことだぞ」

 
 大男は腕を組み憮然とそう言う。不憫に思うと口にすれど、その表情には一抹の翳りも見えない。
 錬金術師の家系に生まれた者の定め。そう言われるのも、魔術師至上主義者が大半を占める世界の風潮を見れば仕方がないとしか言えない。錬金術師の立場は、他の魔術師に比べ格段に低いのだ。
その差の原因は錬金術の性質にある。魔術師が己の魔力で魔法を行使するのに対し、錬金術師は触媒がないとその力を満足に使う事ができない。更に、かつてはその触媒を確保する事が容易であったのだが、今現在その触媒は現存する物も含め全くと言っていいほど無いのだ。
 それ故、その力を満足に振るえず、現状の立ち位置に後がない為、大戦当時に得た貴族の立場という過去の栄誉に縋るしかないのだ。そして時が経つにつれて衰退していくその姿は、英雄になれずゆっくりと腐り行く亡者にしか端からは見えず、それ故陰で“なりそこない”などと呼ばれているのである。



「ギドの言う通りだ!俺達ゃおまえ等の為にやってやってんのに、それを酷いことだってぇ?何様だよおまえ!」

「…………っあ”ぁ”」


 うずくまる私の髪の毛をつかみ顔を上げさせられる。既に顔は涙と鼻水でグズグズだ。


「そうだ!1つ良いことを教えてやるよ嬢ちゃん」


 男は猫背をさらに丸めて顔を近付け、、黄ばんだ歯を見せ付ける様にニンマリと笑った。


「今回の依頼主、誰だか分かるか?」

 なけなしの力を振り絞り首を横に振る。


お ま え の 叔 父 だ !



 目の前が真っ暗になった気がした。錬金術師というだけで他人からのやっかみは今までにも数え切れないほどあった。魔術師至上主義のこの世の中、謂われのない誹謗中傷、時には暴力沙汰になりそうな時だってあった。そんな時こそ、錬金術師達は身内で支え合いこれまで乗り越えてきたのに。よりにもよって身内から、しかも叔父が私を売った?


「……は、はは……は」


 もう、乾いた薄ら笑いしか出てこない。
学園の泊まり掛けの野外演習で迷宮に入り、野営中に気付けば気絶させられ下層に連れてこられ今に至る。そして、話の流れからこの後私は死ぬのだろう。
 “なりそこない”と学園では陰で噂され、多少話せる友達もいたが最近は周囲から圧力があったのか目も合わせてもらえず、その友達とも疎遠になっていた。味方の両親も、恐らく娘がいないと分かっても錬金術師の家系だ、助けに来れないだろう。錬金術師が使える初級程度の魔法など児戯に等しい。案山子も同然だ。自殺行為どころか自殺その物だ。
 なにが悪かったのか、なぜこうなったのか。もう何も分からない。このまま訳も分からず死ぬことしかもう私にできる事は無いのだと。去来する途方もない無力感と喪失感と共に、私の心は波にさらわれる砂山のようにゆっくりとその形を失っていった。

 でも、この時の私は知らない。この後私は、私の運命と錬金術師逹の失われた未来との邂逅を果たす事を。
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