竜骸を繰るは福音の乙女

こりきさき

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穂村 咲夜 1

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「もぅ!何でもっと早く起こしてくんないの!!」

「起こしたよ!声もかけたし揺すりもしたのに『今日ダッシュで行くから大丈夫』って言ったのミサでしょ!?」

 高校に上がって一週間。僕、穂村 咲夜はようやく覚えてきた通学路を走っている。
 新しい制服も身長が伸びるからと周囲の反対を押し切って一回り大きな物を用意してもらったが、ダボつくその袖は、思いの他うっとおしかったりして少しだけ気が滅入る。
 そんな事お構い無しに前を走る幼なじみは更にスピードを上げた。

「うるさーい!私がちゃんと起きてないんだから起こした事になってないでしょ!6時には起こしてっていったのに!」

 家を出ないと間に合わない20分前というギリッギリまで彼女。ミサこと藤村 美咲が布団から出てこなかった為に、現在進行形でバス停に向かって全力疾走している訳だが、彼女は「全部おまえが悪い!」とでも言うようにちらっとその切れ長な目を向けてきた。

「えぇ!?ミサそんな理不尽な!」

 こっちはもっと早くに起きて、準備万端で隣のミサの家にいって起こしたのに。

「っていうかサク!何勝手に女子の部屋に入ってるのよ!」

「勝手じゃないですー!美雪さんから起きないなら入って起こしちゃっていいっていいわよーって許可は貰ったんだから!」

 ついでに『おはようのちゅーでもしてみたら?』とも言われたけど…

「あ!また人のお母さんのこと名前で呼んで!ヤラシイ」

「そう呼ばないと美雪さんが凄く悲しそうな顔するの知ってるでしょ!?」

 ミサの母親である美雪さんはウチの母親と中学からの親友で今でも仲が良く、結婚してからは家族ぐるみでの付き合いが続いてる。
 そのせいか自分の息子同然に僕に接してくれていて、おばちゃんなどと呼ぼうものなら『そんな…他人行儀に…呼ばないで?』と、非行に走った息子に諭す様に泣きそうな顔で言うのだ。ちなみに、その後合流した自分の母親に折檻されるまでがセットだったりする。
 ミサはその事が気に食わないのか、僕が美雪さんと呼ぶ度に少しだけムスッとするのだ。

「というか部屋に入ったくらいでなにを今更!僕が整理整頓しないとすぐに散らかして、色々無くしちゃうくせに!」

脱ぎっぱなしの服、床に出したままのマンガにゲーム。食べかけのお菓子なんてザラだ、酷い時には下着まで仕舞われずに放置されているまである。
 この前なんて自分で探す前に「サクー、私のパンツどこー?ピンクのリボン付いたやつー」などと言ってくる始末。……まぁそれで仕舞ってある場所が分かる僕も僕だけど。
 それなのに今更部屋に入った事に目くじら立てられてもねぇ。

「なら、今度から自分で部屋の片付けできるの?ゴミだしも片付けも自分でやるんだよ?ちゃんとしないと美雪さんにもうちの母さんにも怒られるよ?」

「ぐ、ぐぬぬ……お願いします…」

「はぁ、しょうがないなぁ」

 しょうがないと言いつつも、内心実は嬉しかったりする。信頼してくれていると感じることができるし、世話好きな性分も相まって、頼られ誰かの為に何かをするという事が単純に好きなのだ。

「うー、うるさい!ばか!チビ!女顔!」

「なっ!?」

 人の気にしている事を!言うが早いか、ミサはスピードを上げ、ぴゅー!と走り出し先へ行ってしまう。スポーツ万能な彼女はその健脚ぶりを遺憾なく発揮して、その差をどんどん離されていく。

「た、たった3センチしか違わないんだからチビじゃないし!160あれば充分だし!」

 ……2ミリなんて誤差だ問題ない。



 程なくバス停にたどり着いた。走りっぱなしが幸をそうしたのか、バスが出る5分前に到着出来たのは僥倖と言わざるをえない。

「ふぃー、間に合ったー」

 汗をかくほどでは無いが、そこそこの距離を走った為少し暑い。襟のボタンを一つ外し、パタパタと服の中に空気を送る。
 バス停にいるは人はまばらで、ちらりと先に着いていたミサを見ると、息を整え終えているのかなぜか満足気に腰に手を当てこちらを見ていた。

「だから言ったでしょ?間に合うって!」

 家を出るまでに時間が無く、いつもはポニーテールにまとめている綺麗な黒髪も今日は梳く事しか出来ず、その上走ったせいか少しだけぼさっとしている。
 それでも一瞬見見惚れてしまう。そんな姿でも様になっているのは、彼女自身の魅力のせいだろう。女子の平均よりも高い160センチ半ばの身長、腰まで伸びた濡羽色の絹の様な黒髪。長年続けている合気道で培われた綺麗な姿勢と引き締まった体つき。その全てに活力が満ち満ちており、見る者を惹きつけてはなさない。

「ミサが起こした時に起きてれば、走らなくてもすんだんだけどね」

一瞬でも見惚れてしまったのが気恥ずかしく、少しだけ意地悪に返してしまう。
 ミサは普段、凛々しい頼れるリーダーな猫を被るくせに、気心知れた人間に対しては天真爛漫な人懐っこい地の性格を見せる。家どころか保育器ですらお隣さんで、長年幼なじみをやってる自分でさえこうしてドキッとさせられるのだ。

「間に合ったからいいの!」

  満面の笑みでウィンクなんかしながらそう言う。モテない訳がない。

「ハァ…」

 さて、その魅力にやられて高校では何人がアタックするのだろうか。中学では片手では足りなかったが…。そのせいで被るとばっちりを考えるとため息もつきたくなる。

「な、なによ」

 ついたため息を僕が怒っているとでも思ったのか、少し不安そうにこちらを見てくる。
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