虚構の幻影

笹森賢二

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#04 冬の怪異

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    ──凍える季節の噺。


 冷静に考えれば奇妙な光景で、在る筈の無い事故だった。其れはワカサギ釣りに出た四人の大学生の話だ。同じ大学では無かったが、高校時代からの縁でよくつるんでいた。場所も近く、道具もレンタルできる釣り場。冬になるとよく出かけた。
「今日は少しガスが出てますね。」
「気温の所為ですか?」
「さぁ、どうでしょう。珍しい事は確かですね。」
 釣り小屋の主人とそんな会話をして釣り場へ向かった。手動のドリルで氷に穴を開ける。氷の厚みも当たりも普段と変わらない。日本酒の瓶を開ける。帰りも歩きだ。何の問題も無い。そう思っていると一人が一点を凝視していた。女が居るのだと言った。他の三人には見えなかった。いつも通りの凍った湖が広がっているだけだ。
「おい、冗談は酔ってからにしろよ。」
「すげぇ美人でさ、こっち来いって。」
 肩を押さえる。凄い力で振り切られた。そいつは走り出す。釣り小屋の主人が今年は氷が薄い場所もあると言っていた。そして、そいつは落ちた。三人は慌てて釣り小屋に戻り、消防と警察に連絡を入れた。死体が上がったのは翌日。その手足にはびっしりと黒い髪毛が巻き付いていた。一体誰のものなのか、警察でも判別できなった。
「あいつ、何に引っ張られたんだろうな。」
「さぁな。」
 それでも、彼らが二度とその湖に行く事は無かった。


 野営も仕方がないか。準備はしてある。まだそれ程気温が下がる季節でも無い。雨風さえ凌げば大丈夫だろう。そう思った。秋の終わりの気楽なバイク旅。一応一件宿は取ってあるが、その他は野営で済ませる心算だった。
 山に差し掛かると陽が落ちて来た。無理する必要は無い。山には入らず野営しよう。準備に入ると不思議な光が目に入った。廃屋、ではない。作業小屋、でもないか。ランプが並ぶ道は、石畳が敷かれ、宿、だろうな。地図アプリにも載っていないが、どうせなら宿の方が良い。フロントで話をすると空き部屋があるらしい。値段も手頃で、食事も付くらしい。それを食べ、熱い湯に浸かる。布団に入ると直ぐに眠れた。そして、目を覚ます事はなかった。
 男の死は新聞の片隅に載った。この時期としては珍しい凍死。廃屋で全裸に近い格好で泥酔した所為だろう。そう片付けられた。


 其れは雪深い山間の小さな村で、麓に小さな洞窟が在った。不思議な洞窟で中央に氷で作られた鳥の像が在る。どんな季節の、どんな天候でも一滴の雫さえ落さないのに、其の中は常に温かだった。酷い寒波の折にはその中に避難する者も居る程だった。
 そんな村の長の娘が原因不明の高熱に冒された。何人もの医者が治療に当たったが、一向に熱が下がる気配すら無い。娘の身を案じた村長は使いを走らせ、氷の鳥の羽根を一枚削り取って来るように命じた。神像として扱われている像だ。使いは一度躊躇したが、高額の報酬に釣られて一枚だけ削り取った。苦労するかと思ったが、意外な程簡単に削り取れた。きっと神も赦してくれたのだろう、そう思った。早速娘の額に当ててやった。しかし、娘の様子は変わらない。それどころか、「熱い! 熱い!」ともがき始めた。氷の像の欠片だ。そんな筈は無いと両手で娘の額に欠片を押し付けた村長諸共二人は炎に包まれ、燃え尽きてしまった。残ったのは凍り続ける為に外部に熱を放出し続ける氷の羽根だけだった。


 真冬の荒れた海。うねり、重なり合う其の隙間に黒い何かが見える。其れは人の手、足、頭、胴。其れとも?


 炬燵に入ってテレビを見るのも飽きて来た。丁度良くテーブルにボールペンが転がっていた。小さな籠に入っていた蜜柑に笑った顔を書いてみる。笑い声が聞こえた気がした。別の物に怒った顔を書いてみた。ぶつぶつと愚痴を零す声が聞こえる。もう一つ、泣き顔を書いた。すすり泣きが聞こえる。テレビを消しても消えないこの声は、一体どうすれば消えるのだろう。


 ベランダに降り積もった雪で小さな兎を作った。近くの公園で取った南天の実を眼にした。暫く眺めていたが、手を滑らせて落してしまった。三階のベランダから落ちた兎は、アスファルトの上で真っ赤な塊になった。聞こえた断末魔は一体何の物だろう?


 無謀な行程では無い筈だった。装備もしっかりと準備し、点検もした。直前に確認した予報は好天が続くと言っていたが、其れでも山の天気など分からないものだ。突然の猛吹雪。風を避けてテントを張った。この状態で動くのは危険すぎる。暴風と吹雪の中では滑落や環状彷徨の危険がある。少なくとも風か雪が止むまでは動くべきではない。食料も燃料も少し多目に用意してある。時期的にもそうそう荒れた天気が続く頃では無い。
 湯を沸かして、気を落ち付ける。携帯コンロに火を点す。瞬間、足に何かが巻き付いて来た。悲鳴を上げる間もなく、俺は吹雪の中へ引きずり出された。

 今年も綺麗な樹氷が並んでいる。小さな娘と母親、父親が其れを眺めている。
「ねぇ、あれ、人みたいな形じゃない?」
「え? もぉ、気持ち悪い事言わないでよ。偶々そう見えるだけよ。」
「そうかなぁ?」
 
 



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