七不思議

笹森賢二

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#01 十三階段

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   ──其の不思議を追い掛けて。



 夕陽の射し込む図書室で上野谷翼はぱちりと本を閉じ、赤い縁の眼鏡を直し乍ら二人を睨んだ。女性にしては短い髪はやや茶色がかって居るが、夕陽の中では余り目立た無い。
「君達も懲りないね。で? 如何したいんだい?」
 問い掛けられた二人は困った、と言うよりは呆れた様子で顔を見合わせた。大崎京輔、神平玲香。二人とも望んで此の状況に居る訳では無い。既に半分程は察している翼は溜め息を吐きながら本を机の隅に置いた。
「まぁ、君達の事だから亦巻き込まれたのだろう? 前に言わ無かったか? 其の手合いは放って置けと。」
 眼が笑って居ない。京輔が夕陽を受けた黒髪を掻き上げながら完全に諦めた顔で応える。
「オカ研の記事にするんだと。とりあえず馬鹿どもは止めた。」
「ふむ。玲香君なら分かるだろう? 妖怪とは、怪異とは何ぞや。」
 玲香が長い前髪を掻き上げた。垂れ長の眼は呆れ返って居た。
「人の作りしもの。」
 頬杖を着いた翼がトントンと机を叩く。
「なら、文字に書き起こして情報にすればどうなる? 情報はベクトル量だ。何か、は起こるかも知れないよ。」
 京輔は天井を見て居た。翼が腰を上げないなら自分で如何にかするしか無い。
「はぁ、全く。良いかい? 確率は曖昧だ。確かに其の十三段目は有るかも知れない。しかし、」
 言葉を切った翼は窓の外を見た。
「其れを知って如何する? 好奇心は猫をも殺す。私は同級生の葬式に出る気は無いよ。」
 言い乍らも翼はカウンターの奥から古い新聞を引っ張り出して来た。玲香が厭そうな顔をした。
「可能性が有るなら此れだろう。恨み、妬み、或いは憎悪。此の世に残り道連れを探して居るのサ。」
 新聞には階段から突き落とされた少女が死亡したと記載されて居た。数十年前の記事だ。賠償や責任が面白可笑しく書かれて居た。少なくともそう思った京輔は顔を背けた。
「玲香。」
「はいはい。アンタの事だから首突っ込むんでしょ?」
 眼が吊り上がった。
「はぁ、仕方ない連中だな。ほら、使い給えよ。」
 翼がカードと鍵を机の上に放った。
「此れでも一応信頼はあるんでね。私が夜に図書室を使う為の物だ。」
 カードは警報解除用、鍵は裏口の物らしい。入手方法は訊かずに置こう、と京輔は亦天井を見た。
「確率が一番高いのは丑三つ時だろうが、そんな時間に鍵を開けようものなら五秒で警報が作動する。その前にカードを通せ。私にできるのは此れ位だな。」
 言い乍ら本を開いた。此れ以上は協力する気は無いらしい。
「悪いな。」
 良いよ、と言いたげな顔で手を振った。さっさと出て行けと云う事だろう。


「で?」
 深夜の学校の出入り口。玲香は制服のまま京輔を睨んだ。恐らく保険だろう。
「階段の段数を確認する。簡単だろ?」
 深い深い溜め息が零れた。コの字型の校舎の北に在る出入り口は其の階段に近い。翼が入り浸って居る図書室も近い。京輔は手慣れた仕草で鍵を回し、カードを通した。
「アンタ、初めてじゃないわね?」
「さて?」
 手癖の悪さは今に始まった事じゃ無い。それに、カードは入手に骨が折れそうだが鍵は番線が二本もあれば開けられる。そう思い乍ら京輔は解錠と解除を済ませ懐中電灯のスイッチを入れた。
「どーも、こりゃ、まぁ。」
「今回は階段だけよね?」
 夜の学校。そう云うだけで誰だって一つや二つの怪異は思い付く。しかし現実は殆ど霊感など無い京輔が察する程の量だった。其の手の能力を持つ玲香には其の倍以上は見えたのだろう。
「今回で済めば良いがな。」
「そのお人好し、いい加減にしないと翼に刺されるわよ。」
 そっちの方が怖いか。思い乍ら光を階段へ向ける。少し古い制服を着た少女が一段目に座って居た。
「お、いきなり当たり引いたぞ。」
「ん? お兄さん達、知ってるし、見えるんだ? そ、今、階段は十三段。でも、お兄さん達は、違うね。今帰るなら何もしないけど?」
 長い黒髪を払い乍ら少女は微笑み、そう言った。
「そうも行かないのよね。アタシ、そっちの人だから。」
 玲香が簡単そうな顔で白木の短刀を抜いた。
「おい。」
「新聞、アンタも見たでしょ? それに、翼が言った事も聞いてたでしょ?」
 京輔が頭を掻いて天井を見上げた。
「小娘がナイフ持って、如何するの、」
 言葉を聴き終わる前に短刀が少女の首を切り落とした。
「アタシ、成仏させるとかそういうの無理だし、アンタのした事、全部見たわよ。」
 翼は玲香に数枚の新聞の切り抜きを渡して居た。十三段目の階段を踏むと何かに引っ張られる様に転げ落ちて死に至る。原因は、今玲香が首を切り落とした少女。酷い虐めの果てに階段から落されて息を引き取ったらしい。
「もっとやり方あったろ?」
 視線を戻した京輔が呆れた様に言う。
「聴くと思う? それに、」
 玲香が踏み潰した頭部は透明になって消え、同じ様に身体も消えた。
「オトシマエ、は付けるべきってのは前にアンタが言ったのよ。」
 京輔が溜め息を吐く。玲香は当然の様に踵を返した。
「さ、報酬。そうね、あそこのレストランなら24時間営業だから良いでしょう?」
 拒否権の無い京輔は黙って頷くだけだった。


「さて。十三、だね。イスカリオテのユダ、が十三番目の使徒、と云うのは誤りらしいね。しかし、根強く忌み数として扱われて居る。日本で云う四や九かな。そして、素数か。何れ、浸透した思想を解消するのは難しい。彼女が其の数字を選んだのは、そうだね、四では少な過ぎるし、九でも物足りない、そして、素数でも無い、位かな。そうそう。一番大切な事だね。其の知識欲は、君の命も奪う事に成りかねないよ。今回は京輔と玲香が解決したから良しとしようか。でも、次に彼女の刃が向かうのは君かもね。くくっ、冗談だよ。ほら、新刊だ。借りて行って読むと良い。」
(了)
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