七不思議

笹森賢二

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#02 徘徊者

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    ──其れは過去の。



「嗚呼、君達よ、君達には私の言葉が通じない様だね?」
 図書館の主、上野谷翼は真昼の陽射しを眩しげに見上げながら箸をケースに収め、弁当箱の上に置いた。京輔は何も言わずに菓子パンを胃に収め、残った袋をポケットに突っ込んだ。
「塵箱位其処に有るよ。全く、本当に君達は。」
 京輔から袋を受け取った翼は丁寧に中身と種類を確認してビニール専用の塵箱に入れた。
「でも、今回は現在の被害者有り、よ。」
 ブロッコリーを口に放りながら玲香が応えた。
「ふむ。」
 不機嫌そうな顔を崩さ無いまま翼は赤い縁の眼鏡の位置を直し、翼は弁当箱を丁寧に綺麗な花柄の布で包んだ。
「理由は簡単だろう。其れ、にはもう戻る場所が無いのサ。」
 弁当箱を鞄に仕舞い、代わりに水筒を取り出した。コップ代わりの蓋に注がれたのは温かいアールグレイの紅茶だった。
「宿直室か。」
 京輔が天井を見た。可也昔に宿直の職務も無く成り、機械に依る管理に代わり、用の無くなった宿直室は倉庫に換わった。
「つまり、」
 玲香は小さなハンバーグをさらに小さく端で切りながら言う。
「また京輔が忍び込んで、アタシが切るのね。」
 翼は完全に呆れ切った顔で涼香を眺めた。
「須らく悪しきものだとは限らないよ。例えば、そうだね、君が宿直を任されたとしようか。」
 了解したらしい京輔は床を見た。何時して掃除して居るのかは分からないが塵一つ無い綺麗な木目の床が広がって居る。
「だから?」
 喰い下がる涼香を翼は冷ややかな眼で眺めた。
「君、誰でも構わず切るのかい?」
「玲香。」
 京輔は窓の外を眺め乍ら玲香を制した。
「ええ。それが私の仕事ですから。」
 翼は一度眼鏡の位置を直してから溜め息を吐いた。
「君。」
 続く言葉は京輔が言った。
「それは、正しいのか?」
「おや、君は理解して居る様だね。」
 紅茶は直ぐに飲み干された。
「まぁ、如何しても、と言うなら止めはしないがね。良いかね? 理由が大切なのサ。」


「京輔。」
 夕暮れ、風は少し冷たいが悪くは無いと思った。
「ああ、お前の好きにしろ。手伝いくらいはする。」
 玲香の髪を冷たい風が攫った。
「アタシには判らないわ。」
 京輔が新聞を渡す。玲香は黙って目を通す。宿直の警備員が刺し殺された記事があった。其れでも。
「まだ職務を全うしてるんだろ。それでも切るなら好きにすれば良い。」
「じゃあ、」
「お前、切るしかできないのか?」
 顎に手を当てた京輔が何かを思い付いた様に続ける。
「札、当てがある。」
「柳川さんでしょ。でも、アタシには、」
「俺が使う。お前はそれを止めてくれればいい。」
 柳川慎二、柘榴、翡翠、ざっくりと死にたく無い京輔には其の手に詳しい知人が在った。
「お金、」
「ん? そんな事気にすんな。どうとでもなる。」
 バイト先は数件有る。一時的に借りる当てもあるし、そもそも柳川は「金と引き替え」とは言わない。
「はぁ、まぁ、良いわ。居るわよ。本当に止めるだけで良いのね?」
「ああ。後はコレ次第だけどな。」
 札を数枚垂らす。命運は頼り無く揺れるソレに託された。
「一回だけよ? その後は、」
「その後だ。」
 手慣れた様で鍵を回し、カードを通す。
「やっぱり、アンタから切った方が良いかもしれないわね。」
「そりゃ勘弁願いたいね。」
 今宵も校舎は百鬼夜行の如き有様だったが、京輔は迷わず足を踏み入れる。
「はぁ、分かったわ。って、アンタは止めても無駄だしね。」
「悪いね。」
 周回コースは翼が地図に残して呉れた。
「先でかち合うわね。」
 京輔が札を数枚取り出した。
「それ、本当に役に立つの? ダメなら切るわよ。」
「ああ、それで良い。」
 二人の先、やや黄色を帯びた光が揺れて居る。
「さ、行くわよ。」
 涼香が跳ねた。光の向こう、恐らくは男だろう。涼香は何時もの短刀では無く白い紙で幾つも靡く棒で其れを叩いた。
「京輔!」
「恨みはねぇし、消す気もねぇ。」
 瞬間、眼が合った。其れは何かを諦めた様に手を下げた。
「この馬鹿! やるならやりなさい!」
 涼香の声に導かれる様に札が舞った。


「ふむ。そうだね。彼、としようか。警備員だったのだよ。だから、邪魔者を排除して居た。其れが彼の仕事だからね。ん? 赦される? さぁ? 其れは私達が決める事じゃないだろう。其れとも、君が決めるかい? 私は軽蔑するがね。其の人が如何なった、か。恐らく未だ居るんじゃないかね。札の効果があるうちは何もできないだろうがね。……此れが正しい結末なのかは知らない。だから、私は此れ以上を語らない。ほら、新刊だ。借りて行って読むと良い。」
(了)
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