2 / 2
#02 徘徊者
しおりを挟む──其れは過去の。
「嗚呼、君達よ、君達には私の言葉が通じない様だね?」
図書館の主、上野谷翼は真昼の陽射しを眩しげに見上げながら箸をケースに収め、弁当箱の上に置いた。京輔は何も言わずに菓子パンを胃に収め、残った袋をポケットに突っ込んだ。
「塵箱位其処に有るよ。全く、本当に君達は。」
京輔から袋を受け取った翼は丁寧に中身と種類を確認してビニール専用の塵箱に入れた。
「でも、今回は現在の被害者有り、よ。」
ブロッコリーを口に放りながら玲香が応えた。
「ふむ。」
不機嫌そうな顔を崩さ無いまま翼は赤い縁の眼鏡の位置を直し、翼は弁当箱を丁寧に綺麗な花柄の布で包んだ。
「理由は簡単だろう。其れ、にはもう戻る場所が無いのサ。」
弁当箱を鞄に仕舞い、代わりに水筒を取り出した。コップ代わりの蓋に注がれたのは温かいアールグレイの紅茶だった。
「宿直室か。」
京輔が天井を見た。可也昔に宿直の職務も無く成り、機械に依る管理に代わり、用の無くなった宿直室は倉庫に換わった。
「つまり、」
玲香は小さなハンバーグをさらに小さく端で切りながら言う。
「また京輔が忍び込んで、アタシが切るのね。」
翼は完全に呆れ切った顔で涼香を眺めた。
「須らく悪しきものだとは限らないよ。例えば、そうだね、君が宿直を任されたとしようか。」
了解したらしい京輔は床を見た。何時して掃除して居るのかは分からないが塵一つ無い綺麗な木目の床が広がって居る。
「だから?」
喰い下がる涼香を翼は冷ややかな眼で眺めた。
「君、誰でも構わず切るのかい?」
「玲香。」
京輔は窓の外を眺め乍ら玲香を制した。
「ええ。それが私の仕事ですから。」
翼は一度眼鏡の位置を直してから溜め息を吐いた。
「君。」
続く言葉は京輔が言った。
「それは、正しいのか?」
「おや、君は理解して居る様だね。」
紅茶は直ぐに飲み干された。
「まぁ、如何しても、と言うなら止めはしないがね。良いかね? 理由が大切なのサ。」
「京輔。」
夕暮れ、風は少し冷たいが悪くは無いと思った。
「ああ、お前の好きにしろ。手伝いくらいはする。」
玲香の髪を冷たい風が攫った。
「アタシには判らないわ。」
京輔が新聞を渡す。玲香は黙って目を通す。宿直の警備員が刺し殺された記事があった。其れでも。
「まだ職務を全うしてるんだろ。それでも切るなら好きにすれば良い。」
「じゃあ、」
「お前、切るしかできないのか?」
顎に手を当てた京輔が何かを思い付いた様に続ける。
「札、当てがある。」
「柳川さんでしょ。でも、アタシには、」
「俺が使う。お前はそれを止めてくれればいい。」
柳川慎二、柘榴、翡翠、ざっくりと死にたく無い京輔には其の手に詳しい知人が在った。
「お金、」
「ん? そんな事気にすんな。どうとでもなる。」
バイト先は数件有る。一時的に借りる当てもあるし、そもそも柳川は「金と引き替え」とは言わない。
「はぁ、まぁ、良いわ。居るわよ。本当に止めるだけで良いのね?」
「ああ。後はコレ次第だけどな。」
札を数枚垂らす。命運は頼り無く揺れるソレに託された。
「一回だけよ? その後は、」
「その後だ。」
手慣れた様で鍵を回し、カードを通す。
「やっぱり、アンタから切った方が良いかもしれないわね。」
「そりゃ勘弁願いたいね。」
今宵も校舎は百鬼夜行の如き有様だったが、京輔は迷わず足を踏み入れる。
「はぁ、分かったわ。って、アンタは止めても無駄だしね。」
「悪いね。」
周回コースは翼が地図に残して呉れた。
「先でかち合うわね。」
京輔が札を数枚取り出した。
「それ、本当に役に立つの? ダメなら切るわよ。」
「ああ、それで良い。」
二人の先、やや黄色を帯びた光が揺れて居る。
「さ、行くわよ。」
涼香が跳ねた。光の向こう、恐らくは男だろう。涼香は何時もの短刀では無く白い紙で幾つも靡く棒で其れを叩いた。
「京輔!」
「恨みはねぇし、消す気もねぇ。」
瞬間、眼が合った。其れは何かを諦めた様に手を下げた。
「この馬鹿! やるならやりなさい!」
涼香の声に導かれる様に札が舞った。
「ふむ。そうだね。彼、としようか。警備員だったのだよ。だから、邪魔者を排除して居た。其れが彼の仕事だからね。ん? 赦される? さぁ? 其れは私達が決める事じゃないだろう。其れとも、君が決めるかい? 私は軽蔑するがね。其の人が如何なった、か。恐らく未だ居るんじゃないかね。札の効果があるうちは何もできないだろうがね。……此れが正しい結末なのかは知らない。だから、私は此れ以上を語らない。ほら、新刊だ。借りて行って読むと良い。」
(了)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
まばたき怪談
坂本 光陽
ホラー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎるホラー小説をまとめました。ラスト一行の恐怖。ラスト一行の地獄。ラスト一行で明かされる凄惨な事実。一話140字なので、別名「X(旧ツイッター)・ホラー」。ショートショートよりも短い「まばたき怪談」を公開します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる