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#01 砂の街
しおりを挟む──さまよう。
漸く辿り着いた街も殆ど砂に埋もれていた。理由は分からない。ある日突然全てが砂まみれになっていた。送電は止まってしまい、蛇口を捻っても水は出ない。スマホの充電も切れていた。ガラスの抜けた戸からベランダに出ると、一階部分は殆ど砂に埋もれてしまっているようだった。見渡す限りの砂から傾いた建物の上部が顔を覗かせている。陽射しは強く風は弱い。何の対策も無しに日陰から出るべきではないと確信できた。幸いな事に冷蔵庫の中身はまだ無事だった。流し台の下には缶詰めや乾燥食品も問題無い。当面の問題は水か。缶詰めはともかく乾燥食品は水で戻さないと食えたものではない。その時点で水は大きなペットボトルが二本と、清涼飲料水の小さなペットボトルが三本。今日明日だけならどうにかなりそうだった。
しかし、情報が一切無い。この砂はどこから来た? 他の人はどうなった? 混乱しながらもとりあえず陽の当たらない北側の出入り口から隣人の部屋を訪ねてみる。電気が来ていないのだから当然呼び鈴は鳴らない。扉を叩いてみても返答はない。試しにドアノブを捻ると、朽ちていたらしい鉄の塊が抜け、扉が開いた。声を掛けながら一通り回ってみたが、誰も居なかった。部屋に戻り、考える。このままここで待って居れば救助が来るだろうか。そもそもこの砂に埋もれた景色はどこまで続いているのだろうか。もしも、と考えかけて止めた。仕方なく半日ほど外を眺めていた。風に流れる砂と、その音が聞こえるだけで、鳥の一羽、虫の一匹さえ見えない。気温は、温度計程高いとは思わなかった。屋根が作る日影と、妙に乾いた空気のせいだろう。とりあえず冷蔵が必要な物を食べ、清涼飲料水を飲み、また考える。まずは選択しなければならない。ここに留まるか、どこかに砂の無い場所があると信じて動き出すか。どの道支度は必要だ。一番大きなリュックに砂を払った衣類とペットボトル、食料を詰める。そうこうしている内に陽が落ち始めた。予想はできていたが、一気に気温が下がり始めた。押し入れの奥にあった所為で無事だった石油ストーブを出して火を点けた。燃料は、もって二晩程度だろうか。それまでに決めなければ。そう思いながら毛布に包まり眠りについた。
翌朝、午前中は外の観察を続けた。相変わらず変化はない。空に雲はなく、時折風がそよぐだけだ。
小さなペットボトルの中身が無くなり、缶詰の数も減って行く。
そして、俺は決断した。
陽が落ちるのを待って近隣の家々を回り、人を探し、無人の家からは使えそうな物を拝借した。収穫は殆ど無かった。逆に都合が良いかも知れない。部屋に戻り、荷物を纏めた。夜が明ける頃には燃料が切れた。しかし、すぐには動けない。ただでさえ歩き難い砂の上をあの陽射しの中進むのは自殺行為だ。拝借した地図を広げてみる。盗んだ時から気付いていたが、文字が読めない。地形は何となく見覚えがあるが、記されている文字は幾ら記憶をひっくり返しても似た形さえ出て来ない。周囲の景色を眺めながら漠然と現在地と方角を決めた。目指すなら少しでも標高が高い場所か海、だろう。陽が落ちるのを待って、できるだけ小さく纏めた荷物を持って部屋を出た。
歩き易くはなかった。一足ごとに砂がまとわり付いて来る。懐中電灯は持っていたが、月明かりのお陰で必要なかった。殆ど砂に埋まっているから障害物も少ない。それでも一晩歩いてどれぐらい進んだのか、一応読めない地図を見ながら歩いてはいるが、現在地は見失いつつある。自分の部屋にあった腕時計で日の出の時刻だけは確認してあったから、なるべく早めに休めそうな建物を見付け、物色する。運が良い時は保存食や水が見付かった。相変わらず看板の文字は読めないが、地図の文字と照らし合わせて似た物を探し、大まかな位置を把握した。
そうやって何日経っただろう。太陽は変わらずに登り、満月も変わらずに登る。視界が確保できているからか、環状彷徨はしていないようで、顔を出す建物は変わり続けている。けれど。体力は限界に近い。ただでさえ歩き難い砂の上を歩き続け、食料も水も切り詰めている。恐らくまともに動けるのは後数日もない。
これは何の意味もない事かも知れない。それでも、俺がここに居た事、俺がここに来る前の事を少しでも書き残しておく事にする。
「死骸か?」
頭の上から足の先まで白い、分厚い服をまとった男が同じ格好の男に訊いた。
「ああ。我々に似ているようだが。」
答えながら触れようとする男を先の男が制した。
「おい、止めておけ、変な病原菌でも持ってたら厄介だ。」
「ああ、だが、これは?」
半ば乾きかけた彼の亡骸の手からノートを拾い上げる。その手の指は六本あった。
「文字、か? 分からんな。仕方ない。捜索は中断して研究所に運ぼう。」
そう言って大きな荷物の中から分厚い袋を取り出し、彼の亡骸と荷物を詰め込み、さらにその塊を別の袋に入れて封をした。
「しかし良く似てたな。突然変異か何かか?」
「さぁな、それは研究者に決めて貰おう。戻るぞ。」
砂の上に二人分の足跡とその間に引きずられた袋の跡が残った。それさえ、弱くそよぐ風が動かす砂に埋もれて行った。
(了)
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