アイロニー・シンフォニー

笹森賢二

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#03 彷徨

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   ──あるがまま。


 足を引かれている。そう思うようになったのは何時だったか。少なくとも今はそうだ。昨日もそうだった。一昨日も。一週間前も。去年の夏の終わりにも。その前は。否、それは如何でも良い事だろう。私の足を引いているのは誰だろう。産まれる事無く死んで行った顔も知らない姉か、人生の半分以上を後悔する事に費やして自ら命を絶った母か、それとも、幾つかの季節にそれぞれ思い出だけを残して去って行った人達だろうか。
 蝉の鳴く声が聞こえる。私の足はいよいよ重く、足元の道に敷かれた砂利へ沈んでいくような感覚さえあった。
 初めから。
 そう思いかけて止めた。今日と同じように暑い午後、私はそうやって一人の少女を泣かせてしまった。私にとっては当たり前であっても、彼女にとっては酷く悲しい事だったのだそうだ。
 すっかり立ち止まってしまってから少し笑った。何一つ変わっていない。顔も知らず別れる事も、実の母親の死にも、その後のどんな別れにさえ私は悲しそうな顔をしただけだった。他に何もしなかった。厭だった。私には初めから歩く気さえなかったのだ。私の足を引いているのは私自身だ。人は誰しも自分が決めた方向へ歩いている。動いていない私は必然的に置き去りにされる。それで良かった。昔から一人で居る事の方が多かったし、好きだった。今振り返ればきっと地を這う私が私の足を掴んで笑っているだろう。
「これで望み通りだろう?」
 そんな声も聞こえるかも知れない。それも良いさ。私はまた重い足を引きずって歩き始める。地を這う私は驚いているだろうか。そんな必要は無い。私は一人で居る方が好きなのだ。その為なら自分自身を引き裂いて捨てる事さえ何とも思わない。悲しげな声があったのかも知れない。望み通り一人で居る私には聞こえなかったが。
 何も変わってはいない。
 私は歩くのも走るのも嫌いだ。風に吹かれ飛んでゆくのが好きなのだ。何も要らない。私は風の道に沿って流れて行く。行先は、無い。何時か辿りついた何処かで理由を探す程度だろう。それで良い。私はそんな人間なのだろう。
すっかり軽くなった足で風の道を行く。蝉の声が五月蝿いから、それが聞こえなくなる場所まで行こう。そんな下らない事を考えながら、私は夏の風に背を押されて進んだ。
 
 
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