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#03 真昼の夕立
しおりを挟む──或る日常。
真昼の暑さが僅かに引いた。激しく町中を叩く音と、土の匂い。薄暗く成った室内。窓辺には、視界を埋め尽くさんばかりに落ちる雨の色を移した様な、白い花。
雨が煙を叩き落して行く。風が在れば此のベランダにも吹き込んで居ただろうが、今の所其の気配は無い。
「凄い夕立ですね。」
薄いパーテーション越しに隣人の声が聞こえた。
「そうですね。ああ、煙草、此処じゃ拙いですか?」
「いいえ。大丈夫ですよ。」
なら何故態々声を掛けて来たのだろう。考えても仕方無いか。何気ない体を続けた。
急に薄暗く成って、蝉が鳴くのを止めた。代わりに激しい雨音が響き始めた。
「吹き込みますね。閉めましょうか。」
仕方なく火を消し乍ら部屋に入り、ガラス戸を閉めた。
「中で吸っても構いませんよ?」
そう言われても、そいつが整えた部屋は、最早煙を入れて良い内装ではない。
「いいよ、すぐ止むだろ。」
テーブルの前に座ると、そいつは妙な笑い方をした。
「でしたら、麦酒でも出しましょうか。明日は休みでしょう?」
珍しく感情が顔に出たらしくそいつは口元を隠して笑った。
「変わらず、貴方は愚か者です。」
団扇で頭を叩かれてしまった。
夕立、傘を無くした遁走者。見かねたらしい女が迎え入れてくれた。アパートの一室。玄関で荷物と頭をタオルで拭く。
「乾くまで暫くかかりそうですね。着替えはありますか? 乾燥機もありますから、ついでに洗濯して行って下さい。お風呂は、シャワーだけならすぐ使えますよ。」
当てもないし、雨は暫く止みそうにない。多少遠慮する仕草を見せながらシャワーを借りた。浴室を出ると洗濯機が回っていた。乾燥機もあるが、それなりの時間はかかりそうだ。浅い考えだったな、とぼんやり思った。
「ありがとうございます。」
台所に居た女に礼を言う。
「いえ、どうぞ、そちらで座って居て下さい。」
リビングは質素ながら必要な物は揃っている、と言った感じだった。中央に置かれたテーブルの前に座る。そう言えばどれ位歩いたのだったか。なりに大きな駅だったから宿ぐらいすぐに見付かるだろうと思って歩いて、雨に打たれた。仕方なく公民館らしき建物の小屋根の下にいた所を女に声を掛けられた。
「どうぞ。」
ことり、小鉢がテーブルに置かれる音で追想から覚めた。
「あ、いえ、お構いなく。」
小鉢の上には枝豆、次の小鉢には煮つけが乗っていた。
「遠慮なさらずに。麦酒にしますか? お酒の方が宜しいですか?」
女の目が笑っている確証が持てなかった。どうやら、憑かれてしまったようだった。
近くの公園。木製の屋根と長椅子、テーブルがある。後は、町中に響く雨音と、くるくると麦藁帽子を回す女。
「そろそろ戻りませんか? 雨が上がるのを待っていたら暗くなってしまいますよ。」
仕方なく腰を上げる。音符が、彼女の白い傘の上で跳ねた気がした。
「こんな音まで曲にするのですか。今更呆れもしませんが。」
麦藁帽子で頭を叩かれてしまった。仕方なく私も傘を広げた。
雨が上がった。幾つもの水溜りと、濡れた土の匂いと、僅かに顔を覗かせた夕陽だけが残った。仄かに涼しく感じられる風が背後へと抜けて行った。
(了)
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