3 / 10
#03 真昼の夕立
しおりを挟む──或る日常。
真昼の暑さが僅かに引いた。激しく町中を叩く音と、土の匂い。薄暗く成った室内。窓辺には、視界を埋め尽くさんばかりに落ちる雨の色を移した様な、白い花。
雨が煙を叩き落して行く。風が在れば此のベランダにも吹き込んで居ただろうが、今の所其の気配は無い。
「凄い夕立ですね。」
薄いパーテーション越しに隣人の声が聞こえた。
「そうですね。ああ、煙草、此処じゃ拙いですか?」
「いいえ。大丈夫ですよ。」
なら何故態々声を掛けて来たのだろう。考えても仕方無いか。何気ない体を続けた。
急に薄暗く成って、蝉が鳴くのを止めた。代わりに激しい雨音が響き始めた。
「吹き込みますね。閉めましょうか。」
仕方なく火を消し乍ら部屋に入り、ガラス戸を閉めた。
「中で吸っても構いませんよ?」
そう言われても、そいつが整えた部屋は、最早煙を入れて良い内装ではない。
「いいよ、すぐ止むだろ。」
テーブルの前に座ると、そいつは妙な笑い方をした。
「でしたら、麦酒でも出しましょうか。明日は休みでしょう?」
珍しく感情が顔に出たらしくそいつは口元を隠して笑った。
「変わらず、貴方は愚か者です。」
団扇で頭を叩かれてしまった。
夕立、傘を無くした遁走者。見かねたらしい女が迎え入れてくれた。アパートの一室。玄関で荷物と頭をタオルで拭く。
「乾くまで暫くかかりそうですね。着替えはありますか? 乾燥機もありますから、ついでに洗濯して行って下さい。お風呂は、シャワーだけならすぐ使えますよ。」
当てもないし、雨は暫く止みそうにない。多少遠慮する仕草を見せながらシャワーを借りた。浴室を出ると洗濯機が回っていた。乾燥機もあるが、それなりの時間はかかりそうだ。浅い考えだったな、とぼんやり思った。
「ありがとうございます。」
台所に居た女に礼を言う。
「いえ、どうぞ、そちらで座って居て下さい。」
リビングは質素ながら必要な物は揃っている、と言った感じだった。中央に置かれたテーブルの前に座る。そう言えばどれ位歩いたのだったか。なりに大きな駅だったから宿ぐらいすぐに見付かるだろうと思って歩いて、雨に打たれた。仕方なく公民館らしき建物の小屋根の下にいた所を女に声を掛けられた。
「どうぞ。」
ことり、小鉢がテーブルに置かれる音で追想から覚めた。
「あ、いえ、お構いなく。」
小鉢の上には枝豆、次の小鉢には煮つけが乗っていた。
「遠慮なさらずに。麦酒にしますか? お酒の方が宜しいですか?」
女の目が笑っている確証が持てなかった。どうやら、憑かれてしまったようだった。
近くの公園。木製の屋根と長椅子、テーブルがある。後は、町中に響く雨音と、くるくると麦藁帽子を回す女。
「そろそろ戻りませんか? 雨が上がるのを待っていたら暗くなってしまいますよ。」
仕方なく腰を上げる。音符が、彼女の白い傘の上で跳ねた気がした。
「こんな音まで曲にするのですか。今更呆れもしませんが。」
麦藁帽子で頭を叩かれてしまった。仕方なく私も傘を広げた。
雨が上がった。幾つもの水溜りと、濡れた土の匂いと、僅かに顔を覗かせた夕陽だけが残った。仄かに涼しく感じられる風が背後へと抜けて行った。
(了)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる