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#10 歪んだ崇拝
しおりを挟む──神域と。
此の子の七つのお祝に。
何時もよりも綺麗な浴衣を着させられた。
此の子の七つのお祝に。
何時もより豪華な夕餉が広がった。
此の子の七つのお祝に。
小さな鈴を渡された。
此の子の七つのお祝に。
新しい草鞋。
此の子の七つのお祝に。
普段の茶とは違い、甘酒を呑ませられた。
此の子の七つのお祝いに。
そして、私は鳥居を潜る。
此の子の七つのお祝に、新しい神を迎えましょう。
「そして、私は神に成ったのサ。」
左の掌をくるくると舞わせて彼女はそう言った。僕は眉間と額に皺を寄せた。
「本当か?」
彼女、か? 其れはくすくすと笑いながら言葉を連ねる。
「さて? そもそも、此れが本当で在る必要等、」
視線の意図、仕草の意図、言の葉の意図。嗚呼、解かって仕舞ったのならば言わなければ。其れもにやりと笑い僕の言葉に合わせて、
「無い。」
二人で笑い乍らそう言った。
(了・神)
「時に神内君よ。」
人を拘束して置いて呑気なものだ。
「好きにして良いかい?」
溜め息しか出て来ない。
「お前、状況ってものが判らないのか?」
言ってやると其れ、は少しだけ考えた様な仕草をした。
「ふむ。アンフェアだね、流石に。」
拘束が解かれる。元々意味の無いものだ。その気に成れば何時でも壊せる。
「で?」
「さて?」
とりあえず済ませるものを済ませると其れはソファに深く腰掛けてスマホの画面に夢中に成って居た。
「ああ、小さいの下に敷くと取り返しつか無いぞ。」
「むぅ、解かってるよ、しかしなぁ、」
連鎖させれば一度は浮き上がって消えるか。大物は出来上がって居る。其れで満足して呉れれば良いのだが。
「其れ、大きくなったら上詰まるぞ。」
「ぐぅ、矢張り人間は私の想像を斜めに抜けて行く。」
ならそう成らない様に、とは言わなかった。言うだけ無駄だ。
「もう無理なのか?」
涙目。意味と意図は色々と在るのだろうが、相手をして居ては切りが無い。
「右、整理すればもう少し粘れる。」
「ん、ああ、そうか、そうだな、成程、君らしい手だな。」
嬉々としてスマホに指を当てて行く其れは、嗚呼、もう神とは言えないな。
(了・封鎖中の午後)
「かーみうーちく~ん?」
「はいはい、紅茶ですね。」
「神内君。」
「晩はペスカトーレですよ。」
「かーみーうーちー、」
「はいはい。ブラックで良いですよね。」
後ろでは紫が忙しく厨房を守って居る。
「あ、酒。」
「はいはい。紫、後は頼むな。」
「はいな。呑み過ぎちゃダメですからね?」
肴が並ぶ。酒は神内が注いだ。
「何に乾杯しようか?」
「はぁ、まぁ、今日も平穏で在る事に。」
三つ、グラスが掲げられた。当てるのはマナー以前にワイングラスは割れ易い。かちりと鳴る音は綺麗だが、代償は、無い方が良いだろう。
「紫、大丈夫か?」
「ええ。一杯だけなら。」
「綺麗どころが一杯だけじゃ勿体無いんだがなぁ。」
少し身体を後ろに傾けて、グラスを傾ける姿は、嗚呼、もう神とは呼べ無い。
「僕で我慢して下さいよ、紫だって暇じゃ無いんだから。」
「ふむ。まぁ、良いけどサ。」
くるりくるりとグラスを回す。からりからりと氷が舞う。スれた女性社員。そんな言葉が似合って仕舞う。
「なぁ、」
「ん?」
「一応じゃなく神様なんだよな?」
黒い髪を掻き上げて、彼女はグラスを空にした。
「一応でも良いよ。まぁ、とりあえず神様だね。祭り上げられただけ、の。サ。」
紫がグラスを満たし、肴を整える。
「君の義妹は気が利くねぇ?」
「ええ、自慢の、ですから。」
下げられる筈の食器が乗った盆が不規則に動いた。赤い顔を隠したかったらしい。
「くくっ、なぁ、神内君よ、此の可愛い子を私に付けて呉れないかね?」
「駄目です。紫が潰れると我が家は終わりなので。」
義妹は酒に弱い訳では無いが、神と名乗る其れは規格外に強過ぎる。
「むぅ、確かに君らじゃないと私の相手は無理か。」
君ら、と言うのは僕と佐々木螢也、遠藤秀一、神屋稔辺りか。確かに最後まで付き合え、と言われたら其れ位しか居ない。
「ああ、鏑木の長姉も行けるか。」
ゆるり、グラスが傾く。
「しかし良い酒を仕入れたね?」
「まぁ、一応、おもてなしの心って奴で。」
「くくっ、後で何か幸運でも送って上げよう。」
「そりゃどうも。」
グラスが空に成る。肴が消えて行く。紫が甲斐々々しく空白を埋めて行く。夜は、未だ長い。
(了・或る夜の追憶)
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