シスターズ

笹森賢二

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#01 光の雫

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 光の雫
──雫のきらめき。

 弱い雨が降ったり、空が厚い雲に覆われたままの日が続いていた。そういう季節だと言われてしまえばそれまでだが、流石に気が滅入ってくる。すれ違う人も、町並みも、どこか寂しげにくすんだ色をしているようだった。それでも、隣を歩く妹は元気だった。傘で雨を押し上げるようにしてみたり、人が居ない場所では傘を回して雫を飛ばして遊んでいる。そういえば昔からそうだったが、高校生になっても変わらないのは流石に子供じみているんじゃないかと思うが。
今朝、漸くその雨が止んだ。天気予報は昼までに晴れ間が広がると言っていた。
「お前はいつも楽しそうだな。」
「うん。お兄ちゃんは嫌いな雨が上がったのに楽しそうじゃないね。」
 妹は頭の上で二つに纏めた髪を揺らせながら無邪気に笑った。俺は傘を畳みながらぼんやりと空を見た。雲が切れ始めていた。珍しく天気予報が当たったようだ。西の空にはまだ暗い雲があるが、空の全てを覆い尽くすような感じはしない。
「雨が好きな奴も少ないと思うけどな。」
「あはは、そうかもね。」
 光が一筋降り注いで、道端で佇んでいた紫陽花に当たった。
「あ、ほらほら、すっごい綺麗だよ。」
 ようやく花を広げ始めた紫陽花の葉の上にいくつも光の雫があった。雨粒に朝の光が当たって、光を返しているのだった。素直に綺麗だと思った。
「これでも、雨は嫌い?」
 俺は苦笑いを浮かべて妹の頭をぽんと軽く叩いた。妹は不思議そうに俺を見上げている。これぐらいの風景なら気が滅入る事もないかと、徐々に広がる光と、少しずつ色を取り戻していく町並みを見ながらそう思った。


 夕暮れ前
   ──吹けば飛ぶような。


 春が近きや。夜になれば冷えるが昼は随分と暖かくなった。寒さに慣れた身体には暑いとも思える。祖父が残した古い家には縁側がある。昼過ぎ、腰掛けて酒でも、と思った所で妹に声をかけられた。
「兄様。一局如何です?」
 変わった奴だと思う。ゴシックロリータだったか、ピンクのフリルばかりの服を着ている癖に趣味は将棋だ。しかも得意は棒銀。
「ああ。じゃあ茶を淹れて呉れ。駒は揃えておく。」
「はいなはいな。」
 どうせ酒を飲ませない為の口実、いや、両方か。将棋など今時流行りはしないだろう。考える。自分を曲げない妹は真っ直ぐに指すだろう。さて。
「振り飛車で構いませんよ。」
 駒を並べ終えると妹が戻って来た。僕は大概飛車を振る。横歩か矢倉でも良いが、少し分が悪いか。
「紫は此れしか指せませんから。」
 先手は妹に譲った。紫が飛車先を突く。僕は角道を開ける。紫の銀が突っ込んで来る。迎え飛車で応じる。最速で攻められたらそれ以外に止める手が思い付かない。さてと。妹の手が止った。桂馬を使うか角道を開けるか。
「ふむ、困りましたね。」
 時間は決めていない。好きなだけ考えれば良い。
「兄様のそういうトコ、大好きです。」
「うるせぇ。」
 血は繋がっていない。連れ子、という奴か。だから好きだと言われると気持ちは揺らぐ。恐らく、紫は本気なんだろう。穏やかな陽が差し込む。緩やかに風が流れる。桜も近いな。妹の手は角道を開けた。顔に手を当てる。よくもまぁ囲いもせずに突っ込んで来るな。性格にも合ってないだろうに。角も突っ込んで来る。応じる。大住みに囲って、どうかな、一手で負けそうだ。
「兄様。」
「なんだ?」
「手加減とかしてないですよね?」
 したら負ける。ヘッドドレスを纏った黒い髪が揺れる。胸の前に二つ垂らした三つ編みも揺れた。
「ギリギリだっつの。」
 角がぶつかり合う。好きだな、この手。合わせるしかない。小駒は、桂馬を互いに一枚ずつ。角はぶつかっている。居玉と大住みか。何かあれば終わるなこりゃ。当然とばかりに角を交換する。札は最後に見せるもんか。飛車を打って王にも当てる。下がってくれれば、下がる訳無いか。そんな性格じゃない。続く攻撃を躱しながら作れた龍で最後に勝負をする。これ、王様下がられたら駄目かな。詰むか? ギリギリだったと思う。引けば詰まなかったかも知れない。逃げた飛車を追うのは慣れている。桂馬を起点に、これ、金駒足りてるか?
「ふむ、紫の負けですかね。」
「どうかな。読み切れてない。」
 一枚足りないと思ったが端から切り崩した。ため息が出る。
「どこが悪かったですかね。」
「飛車渡したトコじゃないか? 僕なら下がってでも取るかな。」
「兄様の狙い通りじゃないですか。」
「紫の性格なら通ると思った。」
 妹は不満げに口を曲げた。陽射しが傾いて、温度が下がり始めた。
「中に入ってストーブも点けようか。」
「はい。温かいスープでも作りましょうか?」
「いや?」
 部屋に入って小さな身体を抱き寄せる。僅かに熱を帯びた目が見上げている。それで良いか。それで良いだろう。双眸が僕を見る。苦笑しながら頷いた。また明日。そんな事を言いながら手に新しい力を込めた。

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