シスターズ

笹森賢二

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#02 冬の頃

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   ──ウインター。


「やっぱり冬はコレよねぇ~。」
 夕刻前にふらりと現れた我が姉様は炬燵に足を突っ込んでミカンを頬張っていた。殆ど姉様専用になっているテレビの向こうでは何やら馬鹿騒ぎをしているようだった。
「んじゃ、こっちはいらないね。」
 徳利からお猪口に燗をつけた日本酒を注ぎ一気に飲み干す。丁度良い温度だった。思わずため息が出る。
「むぅ、意地悪。」
 正直夕飯支度も片付けも一切手伝わなかったヤツに言われたくない。何があったかのは訊く気にもなれない。大方予想はつくし、恐らく当たっている。
「ねぇ、ちょっとで良いから頂戴よぉ。」
 テーブルに突っ伏したままミカンをくわえて俺を見上げる。
「はいはい。でも、ミカンと日本酒じゃ舌おかしくならない?」
「ん? そーでもないよ?」
 器用に口だけでミカンを食べる姿は何か小動物のようだった。リス、は手を使うか。なら兎か。成程、納得できる。
「今、失礼な事考えたでしょ?」
「いや?」
 ミカンの皮をチラシで作ったゴミ箱に入れ、あっと言う間に徳利を空にしそうな勢いで呑み始めた姿は、矢張り我が姉様だったが。
(了・柑橘類と小動物)


 冬の長い陽射しが日溜まりを作っている。その中に祖父が残したらしい将棋台を置いて駒を並べる。相手は居ない。隣には寄り添うように眠る妹が居るが、将棋には興味がないらしく、俺は詰め将棋をしたり、一人で駒を動かして遊んでいる。結局駒に触っていればそれで良いのだった。一応本には目安の時間が書いてあるが、余り気にしていなかった。解ければそれで良かった。同じ問題を一時間以上考えて解けずに、別の日にふと解ける事もあった。今、手元にある詰め将棋もその類だった。一時間くらいか、陽が陰り始めた。そうなれば一気に気温が下がる。暖房を点けようと思ったが、妹はすっかり俺に寄りかかっていた。
「ほら、そろそろ起きて。」
 肩で軽く押してやると妹は簡単に目を覚ました。眠そうな目を擦り、大きく背伸びをした拍子に台に手が当たった。
「大丈夫か?」
「ん、ちょっとだからだいじょぶ。」
 盤上は大丈夫ではなかった。何枚かの駒が動いていた。後で直せば良いか、と思いかけて閃いた。正解らしいルートが見えた。
「おにぃ?」
「いや? ストーブ点けてくれ。」
 何がどこに落ちているのか、何が切欠になるのか分からないものだな。
(了・偶然)


 荒い足音、連打される呼び鈴。誰が来たのか確認するまでもない。嗚呼、そういえば週末だったな。不規則な仕事をしているせいで曜日の感覚が無くなっているな。ぼんやりと思いながらドアロックを外して鍵を開けると、我が姉様は鬼の様な顔で立っていた。走ったのか掻き毟ったのか長い黒髪が乱れている。
「お帰りなさいませお姉様。」
「おう、ただいま帰ったぞ弟君。」
 酒臭い。一緒に住んでいる訳ではないが、近くで呑んだ時はこうなる事が多い。大きなコンビニ袋を受け取り、狭い台所で中身を確認する。酒と水とつまみだけだった。姉様は水のペットボトルを引き抜き、ダイニングのソファにバッグを放り投げ、一気に水を飲み干した。とりあえずグラスと酒瓶、水差しと一応皿に広げたつまみをテーブルに置いてみる。事情なんか知りたくもないが、どう足掻いても結果は同じだ。
「やっぱ気が利くねぇ、今日誘って来た男なんてサ、ディナーだなんて言うから行ったらバーだよ? しかも安酒を高く売ってるトコ。潰してホテルなんて見え見えだっつの。」
 姉様は愚痴を零しながらウイスキーの水割りを作り始めた。まだ呑む気らしい。
「そんな訳でお腹空いた。何か作って。」
 仕方なく明日食べようと思っていたサラダの残り物を出して湯を沸かす。できるだけ使いたくなかったレトルトのソースと早茹でのパスタを棚から出す。忙しい時や面倒な時の為に置いているのだが、大概姉様の胃の中に消える。
「風呂は?」
「んー、明日で良いや。」
 この時期に朝からお湯を張るとガス代が掛かるのだが、そんな事を言おうものなら百の罵詈雑言になって返って来る。それでも姉様は何かを思い出したように洗面所へ向かった。化粧だけは落とすらしい。その間にパスタは茹であがりソースは温まった。
「はい、どうぞ。」
「うぃ、頂きます。ほれ、弟君も呑め呑め。」
 仕方なく付き合う事にした。一応仕事は一段落している、ハズだ。姉様の愚痴は延々と零れ、サラダとパスタと酒はあっと言う間に飲み込まれて行った。
「つーかアイツ彼女居るのにさぁ、その相談っつって酒しか出ない店かよって。腹立ったから高いのだけ呑んで出て来た。」
 呂律が怪しい。そろそろか。多少無理をして狭いスペースにベッドを置いた事を後悔している。姉様は飛び込むだけで朝を迎えられる。残された俺はソファの上で毛布に包まって寝る羽目になる。
「ふぅ、満足満足。」
 皿とグラスをすっかり空にして姉様は、案の定そのまま隣の部屋のベッドに飛び込んだ。俺はため息を吐きながらとりあえず簡単にテーブルを片づけた。洗い物は明日で良いだろう。
「ねぇ、弟君よ、一緒に寝る?」
「馬鹿言ってないでさっさと寝ろ。」
 電気を消して戸を閉める。うつ伏せのまま俺を見ていた姉が何かを言った気がするが、別に何でも良いだろう。どうせ明日になれば忘れていて、また何週間かすれば同じ事になる。俺はグラスに残っていたウイスキーの水割りを呑みながらため息を吐いた。
(了・泥酔)


「そろそろかなぁ?」
 休日、妹と二人で歩道を歩いていた。どうせ暇だろうと母に買い物を言いつけられた。本当に暇だったので散歩がてら歩いている。
「とおっ!」
 突然妹が手を空に伸ばしながら跳んだ。着地してすぐに手袋に着いた小さな雪の粒は消えてしまった。
「初雪、かな?」
「さて?」
(了・初雪の日)


 午後から雪が降りだした。すぐに冬の空気に冷えた庭に積もり始める。俺と父はコーヒーを飲みながら窓辺で外を眺める母と妹を見ていた。遥か昔、母が少女だった頃、妹がまだ幼かった頃、木の枝に積もる雪を見て同じ事を言っていたらしい。雪の花。勿論、もう口に出して言う事はないだろうけれど。
(了・雪の花)


「いぃっやっはぁーーーっス!」
 長姉は深く積もった雪に飛び込んで行った。
「ちょっと、お姉ちゃ、」
 次姉は手を掴まれていたからそのまま連れて行かれ、引きずられるように雪に突っ込んで行った。雪まみれの、それぞれ表情の違う二つの顔がボクを見ていた。三女だからと言って免除はされないらしい。仕方なく諦めてボクも白い雪の中へ飛び込んだ。
(了・イノセンス)


 ベランダの手すりの上に二つ、雪達磨が作られて居た。妹が作ったものだろう。大きさも違うし、何やらバランスも悪い。冬の陽射しが辺りの雪を溶かし始めるとさらにバランスは崩れて行く。大きな方の雪達磨が上になって、重なったまま溶けて行く。
「ね? 兄様?」
 何時の間にか隣に居た妹が妙な視線を向けて来る。ちょっと怖かった。
(了・雪達磨)


 雪が降り止むと雲も途切れ、代わりに月灯りが降った。平らに埋め尽くした筈の雪は、其れでもどれも同じ色彩では無かった。地面の起伏、月灯りを切り取る建物の配置が其々に違う濃淡の色を雪原に作り出して居る。
「おい、そろそろ戻って寝ろよ。」
 窓辺で其れを眺めて居た妹に言った。
「んー。もうちょっと。」
 写真も何枚か撮って居た。俺の部屋からの方が綺麗に見えるのだそうだ。比べた事は無いから判らないが、本人が言うのだからそうなのだろう。確かに、見晴らしは良いし、青白く街中を染め上げる色は綺麗だった。其れなら、其れで良いか。それでも、ぼんやりと思う。何時か離れる俺達は、何時か離れたその時に、こんな景色を見てそんな風に思えるだろうか。
(了・青く染まる世界)


 午後なって雪が降り止んだ。長姉と次姉はゆで卵のゆで加減で揉めている。ボクはその間に出来上がった温泉たまごを頬張った。
(了・卵)
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