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#03 夏の頃
しおりを挟む──理不尽。
外はまだ昼間の熱が残っているらしいが、我が妹は涼しい顔でソファに陣取り、炭酸飲料を飲みながらテレビを見てゲラゲラ笑っている。なんでも実家のエアコンが故障したらしく、一人暮らしをしている俺の部屋に来たらしい。夏休みという事もあって、両親には数日頼むと言われた。
「どうせお兄に彼女なんていないでしょ? それに、学校もこっちからの方が近いんだよね。」
安いからと言う理由で選んだアパートの立地を初めて恨んだ。いつもならとっくに冷房は切って窓を開けている時間帯なのだが、妹様は窓を閉め切って冷房の温度も下げた。風呂にも入るつもりだろうから湯も張らなければならない。安月給が日々苦労して切り詰めた物を根こそぎ持って行かれそうだ。まぁ、仕方ないか。数日なら食事は余り物でも食わせておけば良い。パスタが茹であがった。ザルに上げてフライパンの上でぐつぐつ音を立てている海老の入ったトマトソースと合わせる。大概二食分で売っているから本当ならもう一食作れるのになと思いながら皿に分ける。サラダは今朝の残りに少しキャベツの千切りと茹でたブロッコリーを足した。トマトは、いいや。パスタに入ってるし。スープは、要らないだろう。
「わぉ、良いじゃん。ワインないの?」
「黙れ高校生。」
食事に手を付ける。本当は酒を飲みたかったが、確実に妹にも飲まれるからアイスコーヒーで我慢した。
「ふぅ、ご馳走様。」
「はい、お粗末様。」
意外な事に片付けは妹がしてくれた。その間に風呂に湯を張る。ガス代が勿体ないなぁ、とそれ位しか考えなかった。
「さっさと入ってとっとと寝ろよ。」
「はぁい。」
思ったより素直だった。どうせ長湯だろうからその間に一杯、と思ったが止めた。アイスコーヒーで我慢しながらテレビのリモコンを弄り回す。そう言えば買ったまでは良かったが殆ど見ていないな。部屋の隅のパソコンで事足りている。
「上がったよー。」
髪を拭きながら妹が部屋に戻って来た。下ろした黒髪に癖は無く、持参したらしい薄いシャツと短めのパンツは、それなりに女性になっていた。顔も悪くないからモテるだろうな、と思った。
「あぁ。」
シャワーを浴びて汗を流す。普段からあまり湯船には浸からない。夏場は上がれば汗をかくし、冬はガス代がかかり過ぎる。月に何度かは入るが、翌日ガスメーターを見てうんざりする。ざっとシャワーで済ませてリビングに戻ると、妹は冷蔵庫にあったハズのチューハイの缶を手にテレビを見てまたげらげら笑っていた。奥の方に隠しておいたハズのメンマやチャーシューもテーブルに広がっていた。
「おい。」
「んー? 良いじゃん。お兄が黙ってればバレないし。」
自分も同じ年頃は似たような、いや、煙草も吸っていた手前強くは言えなかった。
「程々にしろよ? つか、部活は?」
「明日は休みだよ。」
諦めた。俺も冷蔵庫からビールの缶を持って来て飲み始めた。
「ねぇ、お兄、仕事ってどんな感じ?」
テレビから目を離さないまま妹が訊いて来た。どう答えたものか。生活の為に仕方なく、が答えだろう。好きを仕事になんてのは建前でそれが一番楽なだけだ。仕方なくするなら、好きな事の方が楽に決まっている。
「通勤って大変?」
最近は在宅が多いからそれ程大変ではない。出社と言われても職場は歩いても行ける場所にある。
「休みって昼まで寝てる?」
余程深酒をしなければ朝には起きている。一人暮らしだから洗濯や掃除、買い物もある。
「それにしても今日は質問ばっかりだな。」
妹は何も言わずにタオルを室内干し用の物干しにかけた。
「お兄って好きな人いんの?」
「お前は?」
一瞬間があった。何か小さく言っていたが、聞き取れなかった。
「あ、ベッド使って良い?」
露骨に話題を変えられてしまった。どうせそのつもりだった。ソファでも床でも寝るだけなら数日は気にもならない。
「ああ。」
「そういうトコ、」
よく年が離れているからと言って甘やかし過ぎだと言われるが、そんな気はしない。
「比べちゃうとねぇ~。」
二本目の缶が開けられた。
「それ飲んだら寝ろよ。」
何は無くても子は育つ。それで良いだろう。最悪の札さえ引かなければそれで良い。
「はーい。」
夏の夜は静かに更けて行った。
(了・比較対象)
扇風機が左右に首を振る。涼しい。暑い。繰り返しているうちに暑さの方が勝ってくる。
「じゃあ、こうしようか。」
姉が扇風機の首振りを止め、俺を引っ張った。これで常に風が当たる。当たるが。
「余計暑くないか?」
姉は風になびく見事な黒髪の向こうで何故か楽しげに笑っていた。
(了・扇風機)
兄は派手な格好を好みません。けれど、ちょっとしたした装飾品は好きなようです。シャツの合わせ目の小さなフリルに、手首にシュシュ。青、蒼でしょうか、その色のリボンは兄に選んで貰いました。黒髪のポニーテール。前髪も同じ色のヘアピンで留めています。べったりくっ付かれるのは好みではないでしょうし、暑いでしょうから少しだけ離れて歩きます。
「なぁ、目、悪くなったのか?」
最近兄が好きだと言っていた赤い縁の眼鏡をかけています。
「いえ? 伊達です。」
兄は眼鏡が似合う女性が好みなのでした。
「似合いませんか?」
「いや? どっちでも可愛いと思うが。邪魔にならないか?」
「いえ? そうですか、可愛いですか。そうですか。」
兄は少し困ったように頭を掻きました。そんな仕草を見上げるのも、そんな仕草をする兄も私は大好きです。
(了・見上げる瞳)
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