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29.第三王子の帰還
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僕たちを乗せたアイスドラゴンは、リンゼット領の領主屋敷上空を何度か旋回し、修練場横に着地した。エディが何度も大穴を空けていたあの空き地である。
空の旅は寒くはなかった。結界のおかげで強風に晒されることもなく、ドラゴンの身体が大きいので真下は見えなくて、高さにもほとんど怯えずに済んだ。
ただ、座席も鞍もないドラゴンの背にしがみつくのは意外と大変で、全身がすっかり強張ってしまったし、リサの鬣を掴んでいた手はしばらく握力を期待できそうにない。
ただ、疲労困憊なのはオメガの僕とベータのレナードだけ。僕を支えていたエディも、方向指示のために何度も身を乗り出していたレオナルドも、大して辛くはなさそうだ。アルファだからか。基礎体力が違うのか。
突然現れたドラゴンに、リンゼット家の使用人も領騎士たちも酷く警戒し、怯えながらも集まってきた。一部には絶望の表情すら見えて、本当に申し訳なくなってくる。
彼らは背中から僕たちが降りてきたことに驚愕し、更にリサが人間の姿に変化すると、安堵の声が聞こえてきた。そして。
「殿下! 何やってんですか!」
そう怒鳴ったのはシェリルだ。
「俺じゃない、ヒューイだ。俺は何もしていないからな?」
あ。エディが逃げた。
シェリルが僕を睨む。
「ご、ごめん。えっと、ちょっとドラゴンと友達になった? みたいな?」
「はあ!? どういうことよ!」
「なんか『日本語』が通じたから、少し話をして仲良くなったんだけど」
「とりあえず、このドラゴンは暴れたりはしないから安心してくれ。客人として扱ってもらいたいんだが……アリスターは今、どこに?」
アリスターの名前を聞いたシェリルは少し悔しそうな、なんとも言えない顔をした。
「アリスターなら寝室ですよ。魔封じを着けてもここから出て行こうとして暴れて……仕方がなかったから、ニコラス様が身体を張って引き留めてくださったの」
使用人を気にしてかシェリルが敬語になる。
どういうことか、とエディと顔を見合わせた。
「フェリがニコラス様に発情促進剤を処方したんです。アルファを足止めするならそれが一番有効だからって」
ああ……確かにそれは有効だろう……
「最低でもあと三日は出て来ないと思いますよ。チャールズに弟か妹ができるかもしれませんわね」
折を見てエディの無事を知らせてくれるよう、リンゼット家の家令に頼んだ。家令自身はアルファなので、今のアリスターたちには近付けないと言うが、番がいるオメガの使用人が知らせに行ってくれることになった。
エディは自分の屋敷に移動するつもりだったんだと思うけど、アリスターの顔を見ずにリンゼットを出るわけにもいかない。僕の方も抑制剤をやめて何日後に発情期が始まるかわからないので、まだ薬をやめられない。
とにかくニコラスの発情期が終わるまではここに滞在することになった。ひとまず、リサを連れて別邸に向かう。
僕たちを見たフェリックスは半分泣きながら怒り出した。
「俺、何も知らなくて……! そのことがすげぇショックで! 知らされてないって、信用、されてなかったのかって! ドラゴン相手とか! もう、もう殿下とはお会いできないかと……」
「悪かったよ、フェリックス。お前は俺の騎士の番であって、お前自身は俺の部下じゃないだろ。どこまで巻き込むか迷って、知らせなかった」
「心配した! アーネスト殿下も、ヒューバートも、レオたちも! 俺、本当に心配で」
「ああ、すまなかった」
泣き出したフェリックスをシェリルが抱きしめてあやす。
「もう大丈夫よ、フェリ。みんな帰って来たし、誰も怪我してないからね」
「俺、俺、戦えないし、こういう時、一緒に行けないし」
「フェリはそれでいいの。フェリの薬がみんなを守ってるからね」
「でも……!」
「もう大丈夫だから。殿下がフェリを信用してないわけないでしょう」
リサを紹介したかったのに、それどころではなくなってしまった。シェリルがフェリックスを宥めながら部屋に連れていった。しばらくは出て来ないだろう。
「で? その髪が青いのは何者ですか」
ダリオが胡乱げに尋ねてくる。
「リサだ」
エディが答えた。
「この国を騒がせていたアイスドラゴンだよ」
「はあ!?」
「ヒューイが、こいつに言葉を教えるって約束しちまったから連れてきたんだ」
こら、レオナルド。その言い方だと全部僕のせいみたいに聞こえるじゃないか。
いや…………もしかして、僕のせい、なのか?
「だって仕方なかったでしょ。あの状況で他にどうしろと? 死にたがりのドラゴンとか放置できないじゃないか」
「……死にたがり?」
「ドラゴンが?」
ああ、エディやレナードにもちゃんと説明はしていなかったんだっけ。
「リサには前世で人間だった記憶があるんだよ。ドラゴンになったことは本人の意志じゃなかったらしい。ずっと死にたがってて、でも死ねなくて苦しんでたんだ」
「考えてもみろよ」
と、レオナルドが言う。
「こいつの意識は人間のままなんだぜ? それがでっかい蜥蜴のばけもんみたいな身体にされて、人間に化けても言葉は通じねぇし、誰とも仲良くなんかなれなくて、ずっと独りで寿命だけは長いとか……悪夢だろ」
「それでまあ、リサは酷く精神を病んで、瘴気を放つようになっちゃったんだよ」
今はただきょとんとしてて、そんな雰囲気はなくなっているけど。
「俺とヒューイは言葉が通じるから、どうにか説得して、死ぬのをやめさせたってわけだ」
空の旅は寒くはなかった。結界のおかげで強風に晒されることもなく、ドラゴンの身体が大きいので真下は見えなくて、高さにもほとんど怯えずに済んだ。
ただ、座席も鞍もないドラゴンの背にしがみつくのは意外と大変で、全身がすっかり強張ってしまったし、リサの鬣を掴んでいた手はしばらく握力を期待できそうにない。
ただ、疲労困憊なのはオメガの僕とベータのレナードだけ。僕を支えていたエディも、方向指示のために何度も身を乗り出していたレオナルドも、大して辛くはなさそうだ。アルファだからか。基礎体力が違うのか。
突然現れたドラゴンに、リンゼット家の使用人も領騎士たちも酷く警戒し、怯えながらも集まってきた。一部には絶望の表情すら見えて、本当に申し訳なくなってくる。
彼らは背中から僕たちが降りてきたことに驚愕し、更にリサが人間の姿に変化すると、安堵の声が聞こえてきた。そして。
「殿下! 何やってんですか!」
そう怒鳴ったのはシェリルだ。
「俺じゃない、ヒューイだ。俺は何もしていないからな?」
あ。エディが逃げた。
シェリルが僕を睨む。
「ご、ごめん。えっと、ちょっとドラゴンと友達になった? みたいな?」
「はあ!? どういうことよ!」
「なんか『日本語』が通じたから、少し話をして仲良くなったんだけど」
「とりあえず、このドラゴンは暴れたりはしないから安心してくれ。客人として扱ってもらいたいんだが……アリスターは今、どこに?」
アリスターの名前を聞いたシェリルは少し悔しそうな、なんとも言えない顔をした。
「アリスターなら寝室ですよ。魔封じを着けてもここから出て行こうとして暴れて……仕方がなかったから、ニコラス様が身体を張って引き留めてくださったの」
使用人を気にしてかシェリルが敬語になる。
どういうことか、とエディと顔を見合わせた。
「フェリがニコラス様に発情促進剤を処方したんです。アルファを足止めするならそれが一番有効だからって」
ああ……確かにそれは有効だろう……
「最低でもあと三日は出て来ないと思いますよ。チャールズに弟か妹ができるかもしれませんわね」
折を見てエディの無事を知らせてくれるよう、リンゼット家の家令に頼んだ。家令自身はアルファなので、今のアリスターたちには近付けないと言うが、番がいるオメガの使用人が知らせに行ってくれることになった。
エディは自分の屋敷に移動するつもりだったんだと思うけど、アリスターの顔を見ずにリンゼットを出るわけにもいかない。僕の方も抑制剤をやめて何日後に発情期が始まるかわからないので、まだ薬をやめられない。
とにかくニコラスの発情期が終わるまではここに滞在することになった。ひとまず、リサを連れて別邸に向かう。
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「俺、何も知らなくて……! そのことがすげぇショックで! 知らされてないって、信用、されてなかったのかって! ドラゴン相手とか! もう、もう殿下とはお会いできないかと……」
「悪かったよ、フェリックス。お前は俺の騎士の番であって、お前自身は俺の部下じゃないだろ。どこまで巻き込むか迷って、知らせなかった」
「心配した! アーネスト殿下も、ヒューバートも、レオたちも! 俺、本当に心配で」
「ああ、すまなかった」
泣き出したフェリックスをシェリルが抱きしめてあやす。
「もう大丈夫よ、フェリ。みんな帰って来たし、誰も怪我してないからね」
「俺、俺、戦えないし、こういう時、一緒に行けないし」
「フェリはそれでいいの。フェリの薬がみんなを守ってるからね」
「でも……!」
「もう大丈夫だから。殿下がフェリを信用してないわけないでしょう」
リサを紹介したかったのに、それどころではなくなってしまった。シェリルがフェリックスを宥めながら部屋に連れていった。しばらくは出て来ないだろう。
「で? その髪が青いのは何者ですか」
ダリオが胡乱げに尋ねてくる。
「リサだ」
エディが答えた。
「この国を騒がせていたアイスドラゴンだよ」
「はあ!?」
「ヒューイが、こいつに言葉を教えるって約束しちまったから連れてきたんだ」
こら、レオナルド。その言い方だと全部僕のせいみたいに聞こえるじゃないか。
いや…………もしかして、僕のせい、なのか?
「だって仕方なかったでしょ。あの状況で他にどうしろと? 死にたがりのドラゴンとか放置できないじゃないか」
「……死にたがり?」
「ドラゴンが?」
ああ、エディやレナードにもちゃんと説明はしていなかったんだっけ。
「リサには前世で人間だった記憶があるんだよ。ドラゴンになったことは本人の意志じゃなかったらしい。ずっと死にたがってて、でも死ねなくて苦しんでたんだ」
「考えてもみろよ」
と、レオナルドが言う。
「こいつの意識は人間のままなんだぜ? それがでっかい蜥蜴のばけもんみたいな身体にされて、人間に化けても言葉は通じねぇし、誰とも仲良くなんかなれなくて、ずっと独りで寿命だけは長いとか……悪夢だろ」
「それでまあ、リサは酷く精神を病んで、瘴気を放つようになっちゃったんだよ」
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