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第十二話
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フリーデルに後継者候補ができた。リヒテンベルク公爵閣下の弟子のひとりだ。ルカという名の青年で、魔物も迷宮も研究対象として大好きというある種の変態。金にも権力にも興味はなく、魔法士としての出世より本を読む時間が欲しいという人物である。
「管理人になったら、迷宮からは出られない。それでもいい?」
フリーデルは心配そうに聞いたけど、ルカは目を輝かせた。
「登城の必要がなくて、夜会にも社交に出なくていいなんて!」
それでもフリーデルは申し訳なさそうにしている。
「まあ……カミルのおかげで俺みたいに独りで居る必要はないけどねぇ……」
管理人の引き継ぎはすぐには行わないらしい。ようやく友人ができたフリーデルが、もう少しの間はここに留まりたいと言い出したからだ。
「カーラのごはんは美味しいし、しばらくは人間らしい暮らしをしたいな」
迷宮には僕の雇い主であるギルドのマスターもやって来た。
「カミル……本当に辞めるのか」
「はい。お世話になりました」
僕はもう、ギルドのために動くつもりはない。
「お前は冒険者を助けたいんじゃなかったか」
「それは冒険者にもできることだと思うんです」
迷宮を見回って困っている冒険者がいたら助ける、それで十分だと思っている。
「僕はフリーデルに近すぎるんですよ」
「あー、確かにそうだな」
「ひとつのギルドのために迷宮を動かすようなことはしたくありません」
「わかった」
僅かな退職金の代わりに、僕は自由を手に入れた。箱庭で暮らすのも、迷宮をうろつくのも、好きにできる。
書類も確認してひと息ついたところにヴォルフがやって来た。
「ギルドマスターとの話は済んだか?」
「うん」
「じゃあ、町に行くか」
「そうだね」
ルキオンの町に果樹の苗と野菜の種を見に行く約束だ。畑を賑やかにしたいのと、ここから離れられないフリーデルに、少しでも美味しいものを食べさせたい。
「果樹は何を植えるんだ?」
「そうだなぁ。レモンを植えてレモネードを作りたいし、りんごもいいよね。木苺とか、いちじくとか、そのまま食べて美味しいものも」
「木苺はジャムもいいな」
「いいねぇ」
公爵閣下とフリーデルのおかげで収納魔法を隠す必要がなくなったから、荷物が多くなっても問題ない。
「野菜もいろいろ植えたいな」
フリーデルは野菜が育つ過程を珍しそうに見ていた。彼がいつまで迷宮にいるつもりなのかわからないけど、今までの孤独を少しでも癒せていたらいいと思う。
「お茶も育ててみようかな」
「よく考えてゆっくり見て回ればいい」
「うん、そうする」
「なぁ、カミル」
ヴォルフが真剣な目をして僕を見た。
「本当に俺のものになってくれるか?」
ああ……あの時の返事。一応聞こえていたのか。
「いいよ。でも、代わりに僕はヴォルフをもらう」
「ああ。好きにしてくれ」
「言ったな?」
「言ったが?」
僕たちはどちらからともなくけらけら笑って、腕を組んだ。
「ねぇ、ヴォルフ。今度、迷宮の第5階層まで付き合って」
「それくらい構わないが、何をする気だ?」
「欲しい薬草があるんだ。箱庭に植えようと思って」
ヴォルフが首を傾げる。
「フリードリヒに頼めば出してくれるだろう?」
「それじゃつまらないでしょ!」
わかってないなあ、今の僕はもう冒険者なんだぞ?
「一緒に冒険者やりたいって言ってるの。この前はひとりで寂しかったから」
「わかったよ。そういうことなら」
後継者候補が現れても、フリーデルに会いたがる人間はあまり減っていないらしい。ハーラルトは忙しいだろう。カーラは楽しそうにフリーデルの世話をしている。だから、しばらくは。僕とヴォルフと二人きりだ。
「そういえば、迷宮の管理人ってひとりじゃないらしいね」
「そうなのか?」
「フリーデルの管轄外の迷宮も、あるんだって」
「へぇ……」
実はヴォルフも迷宮の管理人になれるとフリーデルに言われている。そして、後継者を探しているのはフリーデルだけではないらしい。中には、迷宮の規模が大きく二人で管理している場所もあるとか。
もしもヴォルフが望むなら。二人で迷宮を管理する未来もあるかもしれない。でもまずは、フリーデルの箱庭をもっと賑やかにしていきたい。
「フリーデル、今は寂しくないかな……」
つい、湿っぽい声を出した僕を、ヴォルフが大きな手で撫でた。
「きっともう大丈夫だろう」
フリーデルが人間と交流を持つようになってから数年が過ぎた。今年はりんごも豊作で、カーラがアップルパイやジャムを作っている。そのアップルパイを食べながら、今日は大事なお茶会だ。
「本当にびっくりしたわ。いきなり水鏡の迷宮と繋がるなんて」
そう言って穏やかに微笑んだのは黒髪の女性。この人、イルマさんはフリーデルとは別の迷宮管理人である。
「強引なことしてごめんねぇ」
フリーデルがへらりと笑う。
「でも俺じゃなくてここにいるカミルのせいなんだよ」
「いえ、私は感謝してるのよ」
水鏡の迷宮の最下層を、他の管理人の管轄である紅玉の迷宮と繋ぐ。それは確かに僕の発案だった。管理人が複数いるなら、管理人同士で交流すればいい。寿命の問題もあるし、孤独を持て余すより健全だ。
それでも長く生きるうちにもう辞めたいと考える管理人はいるだろう。そうなる前に普通の人間とも交流して後継者候補を決めておけばいい。
「カミルさん」
イルマさんが泣き出しそうな顔で僕を見た。
「本当にありがとう、私……アップルパイの味なんて、忘れかけていたわ」
「お役に立てたなら良かった」
あと何人の管理人がいるのか、正確にはわからない。でも、それならもう、すべての迷宮を繋げていけば、管理人同士で行き来できるようになるはず。
「ヴォルフ」
僕は恋人であり、相棒である男に小声で言う。
「次は黄砂の迷宮。付き合ってくれるよね?」
「ああ……もちろん」
それにしても、とヴォルフが呟く。
「お前。変わったな」
「そうかな?」
そうだとしたら、それはたぶん。もう待つだけでいるのは嫌だからだ。
迷宮の中でひとりの寂しさを味わった僕だ。どうせなら、迷宮の管理人をひとり残さず引き摺り出してやろうと思っている。
「管理人になったら、迷宮からは出られない。それでもいい?」
フリーデルは心配そうに聞いたけど、ルカは目を輝かせた。
「登城の必要がなくて、夜会にも社交に出なくていいなんて!」
それでもフリーデルは申し訳なさそうにしている。
「まあ……カミルのおかげで俺みたいに独りで居る必要はないけどねぇ……」
管理人の引き継ぎはすぐには行わないらしい。ようやく友人ができたフリーデルが、もう少しの間はここに留まりたいと言い出したからだ。
「カーラのごはんは美味しいし、しばらくは人間らしい暮らしをしたいな」
迷宮には僕の雇い主であるギルドのマスターもやって来た。
「カミル……本当に辞めるのか」
「はい。お世話になりました」
僕はもう、ギルドのために動くつもりはない。
「お前は冒険者を助けたいんじゃなかったか」
「それは冒険者にもできることだと思うんです」
迷宮を見回って困っている冒険者がいたら助ける、それで十分だと思っている。
「僕はフリーデルに近すぎるんですよ」
「あー、確かにそうだな」
「ひとつのギルドのために迷宮を動かすようなことはしたくありません」
「わかった」
僅かな退職金の代わりに、僕は自由を手に入れた。箱庭で暮らすのも、迷宮をうろつくのも、好きにできる。
書類も確認してひと息ついたところにヴォルフがやって来た。
「ギルドマスターとの話は済んだか?」
「うん」
「じゃあ、町に行くか」
「そうだね」
ルキオンの町に果樹の苗と野菜の種を見に行く約束だ。畑を賑やかにしたいのと、ここから離れられないフリーデルに、少しでも美味しいものを食べさせたい。
「果樹は何を植えるんだ?」
「そうだなぁ。レモンを植えてレモネードを作りたいし、りんごもいいよね。木苺とか、いちじくとか、そのまま食べて美味しいものも」
「木苺はジャムもいいな」
「いいねぇ」
公爵閣下とフリーデルのおかげで収納魔法を隠す必要がなくなったから、荷物が多くなっても問題ない。
「野菜もいろいろ植えたいな」
フリーデルは野菜が育つ過程を珍しそうに見ていた。彼がいつまで迷宮にいるつもりなのかわからないけど、今までの孤独を少しでも癒せていたらいいと思う。
「お茶も育ててみようかな」
「よく考えてゆっくり見て回ればいい」
「うん、そうする」
「なぁ、カミル」
ヴォルフが真剣な目をして僕を見た。
「本当に俺のものになってくれるか?」
ああ……あの時の返事。一応聞こえていたのか。
「いいよ。でも、代わりに僕はヴォルフをもらう」
「ああ。好きにしてくれ」
「言ったな?」
「言ったが?」
僕たちはどちらからともなくけらけら笑って、腕を組んだ。
「ねぇ、ヴォルフ。今度、迷宮の第5階層まで付き合って」
「それくらい構わないが、何をする気だ?」
「欲しい薬草があるんだ。箱庭に植えようと思って」
ヴォルフが首を傾げる。
「フリードリヒに頼めば出してくれるだろう?」
「それじゃつまらないでしょ!」
わかってないなあ、今の僕はもう冒険者なんだぞ?
「一緒に冒険者やりたいって言ってるの。この前はひとりで寂しかったから」
「わかったよ。そういうことなら」
後継者候補が現れても、フリーデルに会いたがる人間はあまり減っていないらしい。ハーラルトは忙しいだろう。カーラは楽しそうにフリーデルの世話をしている。だから、しばらくは。僕とヴォルフと二人きりだ。
「そういえば、迷宮の管理人ってひとりじゃないらしいね」
「そうなのか?」
「フリーデルの管轄外の迷宮も、あるんだって」
「へぇ……」
実はヴォルフも迷宮の管理人になれるとフリーデルに言われている。そして、後継者を探しているのはフリーデルだけではないらしい。中には、迷宮の規模が大きく二人で管理している場所もあるとか。
もしもヴォルフが望むなら。二人で迷宮を管理する未来もあるかもしれない。でもまずは、フリーデルの箱庭をもっと賑やかにしていきたい。
「フリーデル、今は寂しくないかな……」
つい、湿っぽい声を出した僕を、ヴォルフが大きな手で撫でた。
「きっともう大丈夫だろう」
フリーデルが人間と交流を持つようになってから数年が過ぎた。今年はりんごも豊作で、カーラがアップルパイやジャムを作っている。そのアップルパイを食べながら、今日は大事なお茶会だ。
「本当にびっくりしたわ。いきなり水鏡の迷宮と繋がるなんて」
そう言って穏やかに微笑んだのは黒髪の女性。この人、イルマさんはフリーデルとは別の迷宮管理人である。
「強引なことしてごめんねぇ」
フリーデルがへらりと笑う。
「でも俺じゃなくてここにいるカミルのせいなんだよ」
「いえ、私は感謝してるのよ」
水鏡の迷宮の最下層を、他の管理人の管轄である紅玉の迷宮と繋ぐ。それは確かに僕の発案だった。管理人が複数いるなら、管理人同士で交流すればいい。寿命の問題もあるし、孤独を持て余すより健全だ。
それでも長く生きるうちにもう辞めたいと考える管理人はいるだろう。そうなる前に普通の人間とも交流して後継者候補を決めておけばいい。
「カミルさん」
イルマさんが泣き出しそうな顔で僕を見た。
「本当にありがとう、私……アップルパイの味なんて、忘れかけていたわ」
「お役に立てたなら良かった」
あと何人の管理人がいるのか、正確にはわからない。でも、それならもう、すべての迷宮を繋げていけば、管理人同士で行き来できるようになるはず。
「ヴォルフ」
僕は恋人であり、相棒である男に小声で言う。
「次は黄砂の迷宮。付き合ってくれるよね?」
「ああ……もちろん」
それにしても、とヴォルフが呟く。
「お前。変わったな」
「そうかな?」
そうだとしたら、それはたぶん。もう待つだけでいるのは嫌だからだ。
迷宮の中でひとりの寂しさを味わった僕だ。どうせなら、迷宮の管理人をひとり残さず引き摺り出してやろうと思っている。
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