好きの手前と、さよならの向こう

茶ノ畑おーど

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〇序章【始まりと予感】

2節~ほんの数秒のためらいに~ 2

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会場となったのは、繁華街にある広めの居酒屋だった。

貸し切りではないが、プロジェクトチーム数組で予約していたため、
奥の大テーブルがいくつか並んだ半個室のスペースがまるごと使えるようになっていた。

壁で完全に仕切られているわけではない。
それでも、テーブル同士に視線が届くのは立ち上がったときか、体を傾けたときくらい。

開放感のあるフロアなのに、不思議と死角が多い――そんな空間。

「お、明坂ちゃん!」

すでに到着していた井口が、店の入り口近くでキリカを見つけて声をかけた。

「もう来てたんですね」

「そっちも一人? 女子たち、もう来てるよ。こっちこっち」

案内されたテーブルには、キリカと前のチームで共に働いていた女子社員たちがすでに何人か座っていた。

にこやかに手を振ってくれる彼女たちに、キリカもほっと息を吐いた。

空いた席に腰を下ろし、ドリンクメニューを開いた瞬間。
周囲の笑い声が一気に耳に広がってくる。


隣では石井が無駄に元気よく乾杯の練習を始めていて、
女子たちはそれを「もう酔ってるの?」と笑い飛ばしている。

その輪の中で、キリカも、自然に笑った。



その頃。
ヒロトは、プロジェクトの主力メンバーたちが集まる別のテーブルにいた。

麻衣、ちひろ、すみれ、しおり。
そして数人の男性陣。

あくまでプロジェクトの中心メンバー席という名目だったが、いつの間にかお馴染みのメンツのようになっていた。

「……あれ、明坂ちゃん、まだ来てない?」

しおりがテーブルを見渡しながら尋ねる。

「来てない、ってことはないと思うけど……」

すみれがスマホで時間を確認しながら答える。

「中町くん、見た?」

麻衣が問うと、ヒロトは眉をひそめながら周囲を見回した。

「……いや、俺も見てないな」

そのとき、ヒロトの視線が、少し離れたテーブルの端で誰かが笑っているのを捉えた。

茶色い髪をまとめた女子数人の間に、小柄な姿がひとつ。
笑っているのは、間違いなくキリカだった。
その隣には井口の姿。

「……いた」

ヒロトがぽつりと呟く。

麻衣もその視線をたどって、小さく目を見開いた。

「あら……そっちに行ってたんだ」

「……」

「ま、いいけどね。別にどこ座っても自由なんだし。……でも、ちょっと意外かも」

ヒロトは答えず、グラスを軽く持ち上げた。
自分の隣の席。
今もそこには、キリカのために空けておいたスペースがあった。


「それじゃあ、みなさーん、そろいましたかー!」

誰かの声が場内に響いた。
店員が乾杯用のグラスを配りはじめ、ぞろぞろとドリンクが並び始める。

「じゃあ、プロジェクト成功を願って――」

「かんぱーい!」

一斉にグラスが打ち合わされる音。
冷たい炭酸の泡が弾ける音。
笑い声と、ざわめき。

キリカはグラスを持ったまま、どこか遠いテーブルのほうを一瞬だけ見た。

そこに、自分の名前を待ってくれる人たちがいるのは――
ほんの少しだけ、分かっていた。

でも今は、それを見ないふりをした。

笑っている自分のほうが、居場所があるように見える気がしたから。
けれど、それはきっと――誰かの隣にいないことで手に入った、仮のぬくもりだった。

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