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第70層 黒刻大山脈 -クロノマウンテン-
第61話 時戻し祭
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死んでいた感情が戻ってきた頃、腹も膨れて若干の眠気すら覚えていた僕は市長邸へと足を運んでいた。町のドワーフ同様に本来の姿を取り戻したジーモンは膨れ上がった筋肉ではち切れそうな礼服が体格に合わないようで、着辛そうに体を揺すり、顔をしかめている。
「あぁ、我が王か」
「見違えたな。すっかり元気そうだ」
「お陰様でな……しかし少し張り切り過ぎたようだ」
再びジーモンが体を揺すった時、バリッ! と何かが裂ける音がした。ハッとした顔でゆっくりと反転したジーモンの背中は、見事に縦一直線に布が裂けていた。
「くそっ、やってられるか!」
「やってもらわなくちゃ困るんだが……」
「あぁ、いや、そういう訳では……この服が悪いんだ!」
自身を抱くように腕を回して両肩を掴んで、アニメみたいな動作で上着を引き裂いて服だった布を床に叩きつけるジーモン。どうにか市長としての体面を保ってほしいところだが最早礼節などクソ喰らえと言わんばかりに、首元のボタンを外しながらシャツ一枚でデスクへと戻っていた。
「この原稿の最終チェックが終われば、いよいよ時返し祭が始まる。我が王は気楽に祭を楽しんでくれ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。それが終わったら明日、僕達はガルガルと経つ。もう、心配する必要もなさそうだ」
実際、町はすっかり元通りだった。と言っても元の町の風景を見たことがある訳ではないが、初めてここに来た頃のような陰鬱な雰囲気は一切ない。祭だからというのもあるが、ドワーフ達の表情からも、鬱々とした空気は微塵も感じられなかった。
「やっぱり適度に働き、適度に休み、適度に遊ぶのが大事だな」
「ドブルは馬鹿な事をした。働き続ければ成果が上がるなど、ありえないというのに」
祭が始まる前、町を行くドワーフにインタビューしたことがあった。ドブルの支配下だった時の一日のスケジュールだ。それはとてもシンプルで、ありえない程の地獄だった。
「1時間働いて10分休む。それしかなかったらしい」
「どうかしているとしか思えんよ」
その話を聞いた日、時計を見ながら指折り数えてみた。結果、24時間働いて合計で3時間程しか休憩がなかった。というか、働いてる側からしてみれば日付の変更なんて意味がなかった。1時間働いて10分休むというループが無限に続くのだから。定時になったから今日は終わりなんてものもなく、日付が変わったから今日は終わりなんてものもない。ただひたすら無限に労働が続く、生き地獄だ。
「どう生きたらそんな悪魔のような発想ができるのか不思議でしょうがない」
「我々は一生理解できんよ。欲に溺れ、他人を虐げることに何も思わなくなった者の思考なぞ、砂粒程も理解はできん。したくもない」
現場に立たない上司に下の人間のことなんて理解できないとは、現場の人間がよくぼやく言葉だ。その究極系が、ドブルだったのかもしれない。人を人とも思わない者だけが実行できる地獄の就業プラン……死んでも僕はそんな会社で働きたくないね。
「さて、そろそろ時間か」
ジーモンが原稿から顔を上げたところで、外から破裂音が聞こえてきた。何かあったのかとすぐに窓に駆け寄るが、打ち上げられていたのは花火だった。まだ昼間だから全然見えないけれど、祝う気持ちは伝わってくる。どちらかと言うと合図の意味合いの方が強いのだろう。
僕と話しながらもしっかり原稿を確認し、しかも時間もピッタリというスーパーマルチタスクができるジーモンなら、安心してガルガルを任せられる。
時戻し祭が始まるまでの間にジーモンは八咫や僕、アイザを含めた4人で今後のことは合間を見て話していた。彼の体力も戻ってきたので長時間の会議もできるようになったからだ。本当に詳しい内容……例えば流通ルート等は脱出してからになるが、そういったダンジョン内外が関係する話以外は大体まとめた。配信に映すべきか悩んだが、これはしっかり秘匿させてもらった。その間のヴァネッサ一人遊び配信は大好評だったので今後も検討させてもらいたい。
そんな回想が現実に追いついたのと同時に市長邸の扉を開いた。何も考えずに開けた僕も悪かったが、今日は時戻し祭。完璧に元気を取り戻したドワーフ達のわぁっ! という歓声に腰を抜かしそうになった。
「びっくりしたー……」
「ようやく戻ったという感じだ。これも我が王のお陰だ」
「あれを見過ごせという方が無理な話だ。まぁそう思ってくれるなら今後ともよろしくって感じで頼むよ」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む」
今後も仲良くしたくて何気なく差し出した手をジーモンがガッチリと掴む。それを見たドワーフ達が再び歓声を上げた。特に意識はしてなかったが、まぁ、仲良しアピールができたのであれば儲けもんか。
頃合いを見て手を離したジーモンが観衆に向かって声を上げた。
「さて、堅苦しい挨拶は無しにしよう。今日まで皆、よく耐え、頑張った! 明日から我等は再び、しかし健全な労働環境での仕事が始まる! ダンジョンの神に捧げる為の大事な仕事だ! 今日はよく食べ、よく飲み、よく休め!」
皆の顔を右から左に見渡したジーモンが肺いっぱいに空気を吸い込む。バツンとボタンがはじけ飛ぶのもお構いなし。吐き出した声量はガルガル時戻し祭会場いっぱいに響き渡った。
「ここに、時戻し祭の開催を宣言する!!!」
開催宣言に湧く歓声と拍手。打ちあがる花火。大人も子供も男も女も、分け隔てなく遍くが住む大山、黒刻大山脈。その御山に感謝を捧げる大祭、時戻し祭が今ここに始まった。
「あぁ、我が王か」
「見違えたな。すっかり元気そうだ」
「お陰様でな……しかし少し張り切り過ぎたようだ」
再びジーモンが体を揺すった時、バリッ! と何かが裂ける音がした。ハッとした顔でゆっくりと反転したジーモンの背中は、見事に縦一直線に布が裂けていた。
「くそっ、やってられるか!」
「やってもらわなくちゃ困るんだが……」
「あぁ、いや、そういう訳では……この服が悪いんだ!」
自身を抱くように腕を回して両肩を掴んで、アニメみたいな動作で上着を引き裂いて服だった布を床に叩きつけるジーモン。どうにか市長としての体面を保ってほしいところだが最早礼節などクソ喰らえと言わんばかりに、首元のボタンを外しながらシャツ一枚でデスクへと戻っていた。
「この原稿の最終チェックが終われば、いよいよ時返し祭が始まる。我が王は気楽に祭を楽しんでくれ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。それが終わったら明日、僕達はガルガルと経つ。もう、心配する必要もなさそうだ」
実際、町はすっかり元通りだった。と言っても元の町の風景を見たことがある訳ではないが、初めてここに来た頃のような陰鬱な雰囲気は一切ない。祭だからというのもあるが、ドワーフ達の表情からも、鬱々とした空気は微塵も感じられなかった。
「やっぱり適度に働き、適度に休み、適度に遊ぶのが大事だな」
「ドブルは馬鹿な事をした。働き続ければ成果が上がるなど、ありえないというのに」
祭が始まる前、町を行くドワーフにインタビューしたことがあった。ドブルの支配下だった時の一日のスケジュールだ。それはとてもシンプルで、ありえない程の地獄だった。
「1時間働いて10分休む。それしかなかったらしい」
「どうかしているとしか思えんよ」
その話を聞いた日、時計を見ながら指折り数えてみた。結果、24時間働いて合計で3時間程しか休憩がなかった。というか、働いてる側からしてみれば日付の変更なんて意味がなかった。1時間働いて10分休むというループが無限に続くのだから。定時になったから今日は終わりなんてものもなく、日付が変わったから今日は終わりなんてものもない。ただひたすら無限に労働が続く、生き地獄だ。
「どう生きたらそんな悪魔のような発想ができるのか不思議でしょうがない」
「我々は一生理解できんよ。欲に溺れ、他人を虐げることに何も思わなくなった者の思考なぞ、砂粒程も理解はできん。したくもない」
現場に立たない上司に下の人間のことなんて理解できないとは、現場の人間がよくぼやく言葉だ。その究極系が、ドブルだったのかもしれない。人を人とも思わない者だけが実行できる地獄の就業プラン……死んでも僕はそんな会社で働きたくないね。
「さて、そろそろ時間か」
ジーモンが原稿から顔を上げたところで、外から破裂音が聞こえてきた。何かあったのかとすぐに窓に駆け寄るが、打ち上げられていたのは花火だった。まだ昼間だから全然見えないけれど、祝う気持ちは伝わってくる。どちらかと言うと合図の意味合いの方が強いのだろう。
僕と話しながらもしっかり原稿を確認し、しかも時間もピッタリというスーパーマルチタスクができるジーモンなら、安心してガルガルを任せられる。
時戻し祭が始まるまでの間にジーモンは八咫や僕、アイザを含めた4人で今後のことは合間を見て話していた。彼の体力も戻ってきたので長時間の会議もできるようになったからだ。本当に詳しい内容……例えば流通ルート等は脱出してからになるが、そういったダンジョン内外が関係する話以外は大体まとめた。配信に映すべきか悩んだが、これはしっかり秘匿させてもらった。その間のヴァネッサ一人遊び配信は大好評だったので今後も検討させてもらいたい。
そんな回想が現実に追いついたのと同時に市長邸の扉を開いた。何も考えずに開けた僕も悪かったが、今日は時戻し祭。完璧に元気を取り戻したドワーフ達のわぁっ! という歓声に腰を抜かしそうになった。
「びっくりしたー……」
「ようやく戻ったという感じだ。これも我が王のお陰だ」
「あれを見過ごせという方が無理な話だ。まぁそう思ってくれるなら今後ともよろしくって感じで頼むよ」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む」
今後も仲良くしたくて何気なく差し出した手をジーモンがガッチリと掴む。それを見たドワーフ達が再び歓声を上げた。特に意識はしてなかったが、まぁ、仲良しアピールができたのであれば儲けもんか。
頃合いを見て手を離したジーモンが観衆に向かって声を上げた。
「さて、堅苦しい挨拶は無しにしよう。今日まで皆、よく耐え、頑張った! 明日から我等は再び、しかし健全な労働環境での仕事が始まる! ダンジョンの神に捧げる為の大事な仕事だ! 今日はよく食べ、よく飲み、よく休め!」
皆の顔を右から左に見渡したジーモンが肺いっぱいに空気を吸い込む。バツンとボタンがはじけ飛ぶのもお構いなし。吐き出した声量はガルガル時戻し祭会場いっぱいに響き渡った。
「ここに、時戻し祭の開催を宣言する!!!」
開催宣言に湧く歓声と拍手。打ちあがる花火。大人も子供も男も女も、分け隔てなく遍くが住む大山、黒刻大山脈。その御山に感謝を捧げる大祭、時戻し祭が今ここに始まった。
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