高難易度ダンジョン配信中に寝落ちしたらリスナーに転移罠踏まされた ~最深部からお送りする脱出系ストリーマー、死ぬ気で24時間配信中~

紙風船

文字の大きさ
73 / 81
第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-

第73話 毒の根源

しおりを挟む
 頬にざらついた感触を覚えた。体が重い。気怠さの中に、鼻孔をくすぐる懐かしき草の香りを感じる。力の入らない腕を動かし、手の平で畳をなぞった。やっぱり和室は素晴らしい。畳縁の段差を指で確かめながら、力を入れて上半身を起こした。

「……うわぁ」

 僕の下半身を枕にしてアザミとシキミの姉妹が寝ている。だから体が重く感じたのか……。

 昨夜は夜通し語り明かした。自身のこと。相手のこと。これまでのことと、これからのこと。脱線に脱線を重ね、合流したかと思えば噛み合わず、まるで立体交差する複数のジェットコースターをお互いに乗り合っているような、そんな無軌道の会話をした。

 だからもう2人に僕は何の遠慮も考えることなく、足を動かした。

「んがっ」
「んぎゅ」

 ゴン、と鈍い音を立てて畳に頭突きをする姉妹に嘆息し、自分の湿ったズボンを見てもう一度嘆息した。2人が配信者になったらチャンネル名はやりたい放題チャンネルにしようとか、そんな余計な事を考えていると打ち付けた頭を擦りながら2人が目を覚ました。

「今何時だ……」
「んんぅ……ねむぃ……」
「今は昼の12時だよ……寝過ぎだ、流石に」

 ぼさぼさの頭を掻きながら取り出していたスマホをポケットに仕舞ったところでアイザ達がいないことに気付いた。

 困ったな。昨夜は差し入れもしてくれたのにその場のお礼しか言えてない。探そうにもこの迷路のような屋敷を1人でうろついて大丈夫なのか……。

 と、どうするべきか考えていたところでスパン! と勢いよく襖が開いた。

「おぉ、起きたかしょーちゃん」
「ヴァネッサ。おはよう」
「おはよ。まぁとりあえず風呂入っておいでよ」
「風呂があるのか。ありがたい……ていうか何で大人姿なんだ?」

 出入口で腕を組んで仁王立ちをしているヴァネッサはいつもの幼女姿じゃなくてスラッとした妖艶な大人バージョンだった。僕の問いに溜息を吐き、壁にもたれて左足の親指の爪で右足のふくらはぎを掻いた。

「ここの廊下長くて怠いから歩幅稼ぎ」



 ヴァネッサに教えられた通りに廊下を進んだ先には『男』『女』と書かれた暖簾がぶら下げられた浴場へと辿り着いた。

「まるで旅館だな」

 敵を惑わす為の造りでありながらも生活が基盤にあるというこの町の造りと理念がちょうどよく混在したカオスな光景だ。もし旅館であればこんなややこしい造りで風呂場まで歩かせるようなことはないだろう。

 迷うことなく『男』の暖簾をくぐり、中へ入る。僕以外には誰も居ないようで、ラッキーなんて思ったけどよく考えたら昼過ぎに風呂に入るような奴はいないだろう。

 生まれたままの姿になり、引き戸を開けるともわっとした熱い空気が全身を撫でた。銭湯よりは小さく、家庭のお風呂よりは大きい浴場にはたっぷりと湯が張られていた。源泉かけ流しってやつかな? この流れ出たお湯はどこへ流れていくんだろうか……ていうかここ、毒の湖とかあるけれどこのお湯は大丈夫なお湯なんだろうか。

「考えても仕方ないな……ここまで来て入らずに帰れる程日本人やめちゃいないんだ」

 でもちょっと怖いので指先を湯に浸けてみる。うーん……とても良い温度だ。ビリビリするような感覚やヒリヒリするような痛みもない。ぬるぬるする感覚もないので皮膚が溶けている、なんてこともなさそうだ。
 お湯が大丈夫そうなのでそれを使って身を清める。湯舟に浸かる前には必ず体を洗うのがマナーだ。汚れた体で入ったら後の人が困るので。持参していた布で体を丁寧に拭き洗う。石鹸はなんと備え付けのものが置いてあったので、有難く利用させてもらった。シャンプーは流石になかったので仕方なくその石鹸で洗う。ギシギシになりそうだと不安だが、こればっかりはやってみないと分からない。

 一先ず身綺麗になったのでいよいよ湯に浸かる。爪先から痺れる感覚が腰を抜けて背中へ、そして脳天まで一方通行で突き抜けていく。

「ふぁぁぁ……」

 思わず出てくる声を抑えられるような器用な真似はできない。むしろ出すべきだ。人目を気にせず、恥も外聞もなく人が出す一番情けない声を響かせることこそが日本人の本懐なのである。

「貸し切り最高や……」

 実際、誰もいないのであればいない方がいいが。


  □   □   □   □


 十分にお湯を堪能した僕は満足顔で浴場を後にした。ほかほかの顔を手で仰ぎながら一番奥のアザミの部屋に戻る。部屋の主は流石に二度寝はしていないようで、ボーっと窓の外を眺めていた。

「何が見えるんだ?」
「大したものは見えない。上からの襲撃を防ぐ為にでっかい屋根があるから」

 確かに空を仰ぐのは難しい。日光で暖まった畳の素晴らしさを堪能できないのは悲しいが、命の方が大事だ。

「しかし同じ目線からなら見えるものは沢山あるよ」

 隣に立つと、確かに町の様子は見て取れた。昨日はあんなに人がいないゴーストタウンだったのに、今は嘘みたいに人が行き交っていた。人ごみとか歩行者天国と言える程の人数はいないが、いるといないのでは大きな差だ。てくてくと行き交う人が見えるだけで町は忘れていた呼吸の仕方を思い出したかのように生き返った。

「この町を守ると母と約束した。その方法はとても難しいけれど、いつか成し遂げるんだ」
「方法というのは?」
「この世界は毒に満ちている。それを取り除くのが平和の為の方法だと私は聞かされてきたよ」

 悪辣戦場、シニスター湖沼地帯。その半分は禍津世界樹の根に侵され、もう半分は猛毒のアルカロイド湖に浸っている。この世界の毒の根源はこの湖だ。それを中和できれば、取り除くことはできるだろう。

「毒の根源が何か知っているか?」
「あの猛毒湖だろう?」
「今はそうだが、元々は綺麗な湖だったらしい」
「何か原因があって、猛毒の湖になったってことか?」
「あぁ、そうだ」

 振り返ったアザミは憎しみと狂気と、それを塗り潰す歓喜に満ちた笑みを浮かべて言った。湖の毒の根源、その生き物の名を。

「猛毒の血を持ち、吐く息は動植物を枯らす毒の根源、ブラックドラゴン……名は【ヘイロン】。そいつを殺すのが、世界を浄化させる唯一の方法さ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...