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第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第76話 ラスボス戦、開始
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大きな影が木漏れ日を埋め尽くした。草葉の陰から見上げたそれは素晴らしく立派な龍だった。男の子の夢。誰もが一度はノートの端に落書きしたそれが、本物となって今、目の前に降り立っている。
全長は恐らく30mくらいだろうか。細い両手と両足を地に付け、その間の体が弧を描いて縮んでいるから分からない。その四肢もまた細くはあるが、貧弱とは到底思えない。手首と足首を覆うように揺らめく体毛は赤。その先の指先、爪先には剣のように研がれた鋭い爪。
ゆっくりと見上げていくと、まず細長い鞭のような髭が見えた。見た感じ、体毛というよりは皮膚が発達したような印象だ。何かの器官であることは間違いない。その髭の根元は、まさに東洋に伝わる龍の顔があった。スンスンと鳴らす鼻先から、周囲を睥睨する赤い目。そして天を突くかのように伸びた幾つもの角。
正に龍。これぞ龍。黒龍ヘイロンは、想像以上の神々しさを身に纏い、僕達の前に姿を現した。
僕はヘイロンを前にして手が震えていることに気付いた。そして同時に、それが恐れではなく、喜びからの震えであることにも気付いた。
今から、この龍を殺せる。
その力があった。その為に努力してきた。人よりも少ない努力かもしれない。けれど、それでも、頑張ってきた。
しかし、本日の主役は僕ではない。それがとても悔しかった。ちらりとスマホの画面を盗み見る。今現在、視聴者数は10万を越えている。誰もがこの龍を目の前にして震えていることだろう。
そんな中で主役になれないことが辛い。悔しい。こんな思いは初めてだ。いつだって脇役だった僕が、ダンジョンの最下層に放り投げられて王になった。
「ふぅぅぅ…………」
でも、そんな僕だからこそ、こうして主役を譲れる立場にある。僕じゃなかったら飛び出していたかもしれない。やるべきことをやる為の、その為の王だからこそ、今、僕はヘイロンを前にして冷静でいられた。
ヘイロンは周囲を警戒しているようだが、僕達のことは見つけられていない。匂いではまず見つけられないだろう。追熟した果実の香りが周囲に充満し過ぎている。目視でも、この周囲の森に隠れればある程度は見つからない。そしてこの場にいる殆どの人間が、気配を消す事に長けていた。
不意打ちは確実に成功する。
隣にいるアイザの肩に触れる。アイザはこくりと頷く。
反対側にいるヴァネッサを見る。歯を剥き出しの野性味のある笑顔が返ってきた。
背後にる八咫に目配せをする。『さっさと行け』と言わんばかりに顎でしゃくられた。
ヘイロンが果物の山に顔を突っ込む。口いっぱいに頬張り、飲み込む為に上を向いたその瞬間、僕は飛び出した。
【烏輪の火】による爆発的な脚力に任せ、更にそこへ【エンティアラの雷光】に記された雷魔法を乗せる。一歩一歩が地を砕く。エルフの雷と、ウリエルの火を纏った足で踏み込み、爆ぜる。
「主役は僕だあああああああキィィィィッッッック!!!!!!!!!」
我慢できなかった思いを言葉を足に乗せて、突き出した蹴りは見事にヘイロンの顎へと突き刺さった。仰け反った状態で下から強烈な一撃を食らったヘイロンは為す術もなく背後の浄化された湖に倒れ込む。
その瞬間、ヘイロンの体から大量の煙が噴き出る。反撃かと身構えるが、ヘイロンの口から悲痛な悲鳴が辺りに響く。
効いてる。やはり毒の中に生きるモンスターは真水が弱点だった。
「今だ!!!」
天に向かって伸ばした王剣に雷が落ちる。それが合図となり、東西に配置されていたベノムエルフ達が森の中から飛び出してきた。剣を手に、槍を手に、弓を手に、槌を手に、魔力を発揮させ、各々が目の前でのた打ち回るヘイロンへと攻撃を浴びせかけた。
こうして見ていると真水が掛けられた部分が白く変色しているのが分かる。その部分に今、矢が突き刺さった。痛みに苦しむヘイロンの声が響く。溢れる血が湖へと広がっていく。ダメージは確実に蓄積されている。
「尻尾に注意しろ!」
「散開するでござる!」
指揮をする姉妹の声も張りがあって大きい。動かす側も動かされる側も十分に士気がある。
しかしこうも見事に作戦が嵌るとは思わなかった。一方的な蹂躙ともいえる攻撃が続く。降り立った時は神々しささえ感じた黒龍も、今はメッキの剥がれたブリキのように鈍い寒色の鱗と紫色の血に塗れている。
「そろそろ中和剤が必要だな」
「指示出ししてきます」
「私様も言ってくる!」
「頼んだ」
毒の血を流すヘイロンの所為で湖が汚れてきた。再び真水にする為には中和剤をt投入する必要がある。その作業の所為で攻撃の手が緩まるが、そこは僕が適度に茶々を入れることでヘイト管理をする。
アイザとヴァネッサが左右に走っていくのを見送り、エルフ達が退き、中和剤が投入され始めたところで動く。攻撃が薄まり、反撃しようと顔を上げたヘイロンへ【烏輪の火】で一気に距離を詰めてスパン! と角の一本を斬り飛ばした。
「ゴギャアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
龍の角と言えば立派な見た目と同時に魔力の源だったり、調整器官とも言われたりする。そこに痛みがあるかどうかは分からないが、重要な器官の一つを失ったヘイロンは今まで見た以上にのた打ち回った。湖が浅い所為で弾ける水に土が混ざる。抉られた地面に水が流入していく。
中和剤を投入していくのを横目にヘイロンの動きも注視する。どう見てもボロボロで死にかけのはずなのに、その目は怒りを宿しながら僕を睨む。
視線がかち合う。互いに息を吸い合い、動いた。
ゴアッ! と空気が爆ぜるような音と共にブレスが吐かれる。それを予測して避けた僕はそのまま走り、距離を詰めてヘイロンの左腕を切り裂く。ヘイロンは痛みに呻き、バランスを崩す。バックステップで距離を置いたところへすかさずエルフ達の矢が飛来した。
「いいぞ! その調子だ!」
ヘイロンの後方では大量の中和剤をどんどん投入していくのが見える。真水でなければヘイロンに蓄積ダメージは与えられない。それが分かっているからこそ、彼等は必死になっていた。
だからヘイロンの動きを読み切れなかった。
ヘイロンが姿勢を低くし、体を捻じり、とぐろを巻くように身を縮めていく。そして回転するように一気に全身を広げていく。その動きの結果を理解し、ゾッと背筋が冷えた。
「尻尾来るぞ! 避けろーーっ!」
全てを薙ぎ払うようにヘイロンの体が湖の上を振り抜いていく。僕の周辺や攻撃していたエルフ達は身を伏せたり大きくジャンプすることで避けられたが、声の届きにくい北側で中和剤を投入していたエルフ達は反応が遅れてしまった。
「うわぁ!?」
「ぐわぁっ!」
悲鳴と共に尻尾の薙ぎ払いで中和剤ごと森の中へ吹き飛ばれてしまう。これでは湖の毒が中和できない。
「湖から出るんだ! 毒にやられるぞ!」
素早いアザミの判断で皆が退いていく。毒の影響は免れたが、攻撃の手数は大幅に減ってしまった。ヘイロンが再び顔をもたげ、周囲を睥睨した。その目は誰から殺すか選んでいるようだった。
その視線は最終的に僕で固定された。
全長は恐らく30mくらいだろうか。細い両手と両足を地に付け、その間の体が弧を描いて縮んでいるから分からない。その四肢もまた細くはあるが、貧弱とは到底思えない。手首と足首を覆うように揺らめく体毛は赤。その先の指先、爪先には剣のように研がれた鋭い爪。
ゆっくりと見上げていくと、まず細長い鞭のような髭が見えた。見た感じ、体毛というよりは皮膚が発達したような印象だ。何かの器官であることは間違いない。その髭の根元は、まさに東洋に伝わる龍の顔があった。スンスンと鳴らす鼻先から、周囲を睥睨する赤い目。そして天を突くかのように伸びた幾つもの角。
正に龍。これぞ龍。黒龍ヘイロンは、想像以上の神々しさを身に纏い、僕達の前に姿を現した。
僕はヘイロンを前にして手が震えていることに気付いた。そして同時に、それが恐れではなく、喜びからの震えであることにも気付いた。
今から、この龍を殺せる。
その力があった。その為に努力してきた。人よりも少ない努力かもしれない。けれど、それでも、頑張ってきた。
しかし、本日の主役は僕ではない。それがとても悔しかった。ちらりとスマホの画面を盗み見る。今現在、視聴者数は10万を越えている。誰もがこの龍を目の前にして震えていることだろう。
そんな中で主役になれないことが辛い。悔しい。こんな思いは初めてだ。いつだって脇役だった僕が、ダンジョンの最下層に放り投げられて王になった。
「ふぅぅぅ…………」
でも、そんな僕だからこそ、こうして主役を譲れる立場にある。僕じゃなかったら飛び出していたかもしれない。やるべきことをやる為の、その為の王だからこそ、今、僕はヘイロンを前にして冷静でいられた。
ヘイロンは周囲を警戒しているようだが、僕達のことは見つけられていない。匂いではまず見つけられないだろう。追熟した果実の香りが周囲に充満し過ぎている。目視でも、この周囲の森に隠れればある程度は見つからない。そしてこの場にいる殆どの人間が、気配を消す事に長けていた。
不意打ちは確実に成功する。
隣にいるアイザの肩に触れる。アイザはこくりと頷く。
反対側にいるヴァネッサを見る。歯を剥き出しの野性味のある笑顔が返ってきた。
背後にる八咫に目配せをする。『さっさと行け』と言わんばかりに顎でしゃくられた。
ヘイロンが果物の山に顔を突っ込む。口いっぱいに頬張り、飲み込む為に上を向いたその瞬間、僕は飛び出した。
【烏輪の火】による爆発的な脚力に任せ、更にそこへ【エンティアラの雷光】に記された雷魔法を乗せる。一歩一歩が地を砕く。エルフの雷と、ウリエルの火を纏った足で踏み込み、爆ぜる。
「主役は僕だあああああああキィィィィッッッック!!!!!!!!!」
我慢できなかった思いを言葉を足に乗せて、突き出した蹴りは見事にヘイロンの顎へと突き刺さった。仰け反った状態で下から強烈な一撃を食らったヘイロンは為す術もなく背後の浄化された湖に倒れ込む。
その瞬間、ヘイロンの体から大量の煙が噴き出る。反撃かと身構えるが、ヘイロンの口から悲痛な悲鳴が辺りに響く。
効いてる。やはり毒の中に生きるモンスターは真水が弱点だった。
「今だ!!!」
天に向かって伸ばした王剣に雷が落ちる。それが合図となり、東西に配置されていたベノムエルフ達が森の中から飛び出してきた。剣を手に、槍を手に、弓を手に、槌を手に、魔力を発揮させ、各々が目の前でのた打ち回るヘイロンへと攻撃を浴びせかけた。
こうして見ていると真水が掛けられた部分が白く変色しているのが分かる。その部分に今、矢が突き刺さった。痛みに苦しむヘイロンの声が響く。溢れる血が湖へと広がっていく。ダメージは確実に蓄積されている。
「尻尾に注意しろ!」
「散開するでござる!」
指揮をする姉妹の声も張りがあって大きい。動かす側も動かされる側も十分に士気がある。
しかしこうも見事に作戦が嵌るとは思わなかった。一方的な蹂躙ともいえる攻撃が続く。降り立った時は神々しささえ感じた黒龍も、今はメッキの剥がれたブリキのように鈍い寒色の鱗と紫色の血に塗れている。
「そろそろ中和剤が必要だな」
「指示出ししてきます」
「私様も言ってくる!」
「頼んだ」
毒の血を流すヘイロンの所為で湖が汚れてきた。再び真水にする為には中和剤をt投入する必要がある。その作業の所為で攻撃の手が緩まるが、そこは僕が適度に茶々を入れることでヘイト管理をする。
アイザとヴァネッサが左右に走っていくのを見送り、エルフ達が退き、中和剤が投入され始めたところで動く。攻撃が薄まり、反撃しようと顔を上げたヘイロンへ【烏輪の火】で一気に距離を詰めてスパン! と角の一本を斬り飛ばした。
「ゴギャアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
龍の角と言えば立派な見た目と同時に魔力の源だったり、調整器官とも言われたりする。そこに痛みがあるかどうかは分からないが、重要な器官の一つを失ったヘイロンは今まで見た以上にのた打ち回った。湖が浅い所為で弾ける水に土が混ざる。抉られた地面に水が流入していく。
中和剤を投入していくのを横目にヘイロンの動きも注視する。どう見てもボロボロで死にかけのはずなのに、その目は怒りを宿しながら僕を睨む。
視線がかち合う。互いに息を吸い合い、動いた。
ゴアッ! と空気が爆ぜるような音と共にブレスが吐かれる。それを予測して避けた僕はそのまま走り、距離を詰めてヘイロンの左腕を切り裂く。ヘイロンは痛みに呻き、バランスを崩す。バックステップで距離を置いたところへすかさずエルフ達の矢が飛来した。
「いいぞ! その調子だ!」
ヘイロンの後方では大量の中和剤をどんどん投入していくのが見える。真水でなければヘイロンに蓄積ダメージは与えられない。それが分かっているからこそ、彼等は必死になっていた。
だからヘイロンの動きを読み切れなかった。
ヘイロンが姿勢を低くし、体を捻じり、とぐろを巻くように身を縮めていく。そして回転するように一気に全身を広げていく。その動きの結果を理解し、ゾッと背筋が冷えた。
「尻尾来るぞ! 避けろーーっ!」
全てを薙ぎ払うようにヘイロンの体が湖の上を振り抜いていく。僕の周辺や攻撃していたエルフ達は身を伏せたり大きくジャンプすることで避けられたが、声の届きにくい北側で中和剤を投入していたエルフ達は反応が遅れてしまった。
「うわぁ!?」
「ぐわぁっ!」
悲鳴と共に尻尾の薙ぎ払いで中和剤ごと森の中へ吹き飛ばれてしまう。これでは湖の毒が中和できない。
「湖から出るんだ! 毒にやられるぞ!」
素早いアザミの判断で皆が退いていく。毒の影響は免れたが、攻撃の手数は大幅に減ってしまった。ヘイロンが再び顔をもたげ、周囲を睥睨した。その目は誰から殺すか選んでいるようだった。
その視線は最終的に僕で固定された。
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