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第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-
第78話 ヘイロンの事情
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この場に残っているのは僕と八咫、アイザ、ヴァネッサ。そしてヘイロンの5名だった。全員、攻撃の意志もなくただ、湖の傍で立っていた。
再び毒に染まった湖の中でヘイロンは僕を見下ろした。怪我は八咫が魔法を使って治療していたので降り立った時と同じような漆黒の神々しさを取り戻している。僕が切り落としてしまった角もちゃんと元通りになっていた。
ジッと僕を見るヘイロンの目には、怒りや憎しみといった敵意も、そして恐怖の色もなかった。今のヘイロンから何かを感じ取るのは難しい。
「いい加減にしろ」
沈黙を破ったのは八咫の怒気を少々孕んだ声だった。
「いつまでそうしている。見上げる側の立場も考えろ」
「八咫?」
「こいつは龍だ。龍程の高位モンスターは喋れるし、私のように人型にも変異できる。それをこいつはせずに黙って突っ立っているから、いい加減にしろと怒ってるんだ」
「マジかよ」
八咫から視線を逸らし、ヘイロンを見上げる。当の本人はというと、面倒臭そうに溜息を吐いて、そして薄っすらと角が光り始める。その光は広がってい、やがて全身を包む。目を逸らす程眩しくはないが、見続けるには瞼がピクピクするような光だ。体の色とは真逆の白い光に包まれたヘイロンの体はみるみる小さくなっていく。最終的にヘイロンよりは小さく、僕達よりは頭一つ分大きな人影となった。
「この俺が人間如きに甚振られるとはね……まったく腹が立つよ」
軽薄そうな声音と共に光の中から出てきたのは黒い長髪の男だった。黒い中華風の服装に身を包んだ異質さは、この場においては強烈な印象を与えてくれる。体のラインを誤魔化すようなデザインや今までの毒っぷりを見るに暗殺者のような雰囲気がする。しかしやはり龍であるから、耳の上ら辺からは立派な角が生えていた。
「ヘイロン。こちらにも色々事情があっての戦いだった。けれど、今後は良い関係を結べたらと思うよ」
「王様が言うんなら、しょうがないよね。まぁでも、俺も生まれついての毒性だけれど、正直言うと辟易としていたんだ」
ヘイロンは濡れることも意に介さず、湖の中に胡坐をかいて座り込む。肘をついた手に顎を乗せ、溜息と毒を吐いた。
「ほんと、しょーじきさ? バトるのもあんま好きじゃないし、俺のせいでこの地が汚れていくのも気分悪いし、飯食って寝るだけの日々が良いのに俺を倒しゃあ毒がなくなるとか、まぁそれはほんとなんだけど、なんもしてねーのに一方的に敵意向けられんのもおもんないし。ぶっちゃけクソ腹立つしこいつら全員ぶち殺してもいんじゃね? とも思うけどさ。いや今日は結構腹立ったけどね? マジで。王様には自慢の角ぶった切られたし。でもほら、一緒の世界に生きてる訳だし、住み分けとかも何だかんだできてる訳じゃん? ならほら、いーじゃん。不干渉でさ。でもその不干渉を破らせてるのは俺の体質な訳で……だから、しょーじき、死にてぇなって気持ちもあるんよ……」
気持ちは凄く分かるが、初対面の黒髪長髪長身イケメンにヘラられても正直困る。振り返るが3人とも面倒臭いものを見る目でヘイロンを見ていた。僕も同じ目だった。
「まぁ……アザミにも言ったがもう少し辛抱してくれたらお前の体から毒性を抜くから。そしたらここでも暮らしていけるし、お前の体質の影響もなくなる。植物や動物からも毒性はなくなるはずだよ」
「そうなったら嬉しいけど……俺、あいつに殺されちゃわない? クソ怖かったよ。あの女の目」
ベノムエルフ達を解散させた時のことだろう。去り際のアザミの目は異常な程に殺意が籠っていた。いくら母親にヘイロンを殺せと言われ、それを目標に生き続けたとは言え、溢れんばかりの殺意は正直、僕ですら怖かったくらいだ。
確かにこの世界で生きるには毒に抗い続けるしかない。抗えなかった者も少なくないだろう。もしかしたらアザミの母親も毒で亡くなったのかもしれない。僕の感覚で言えば、それはこの地で生きるなら切っては切れない因果のようなものだから、諦めに近い風土は出来上がってそうなものだが……実際住み続けた訳ではないから下手なことは言えない。
けれどこのまま、今まで通りにヘイロンに住み続けてもらうことにも不安を覚える。今のアザミが何をするか分かったものではないし、かといってアザミを牢に……なんてのは無茶苦茶な話だ。
「そうでもないだろう。私が決めた王である貴様に向かってあれだけの無礼な口を叩いたのだ。本来であれば、その場で殺しても良かった」
「しかしそれは……僕の目指す王道じゃない。八咫、あの場でお前がアザミを殺さなかった時点で、もう彼女を殺す未来は塞がれているんだよ」
「……チッ」
自分でも分かっている癖に、と心の中で溜息交じりに吐く。その舌打ちが図星を突かれたことへのものだとはちゃんと理解している。八咫の言っていることは至極当然だが、当然のようにそれをしてしまえば向かう先は地獄だ。僕は精神を擦り減らすだろうし、視聴者も納得しない。荒れに荒れて炎上して僕が配信者として成功することもなくなるだろう。印象の問題でダンジョン買い取りの話もなくなる。
「じゃあどうするつもりなんです?」
アイザに問われ、しばし考える。ヘイロンのこと。アザミのこと。イリノテに住むベノムエルフ達のこと。少し先の未来。もっと先の未来。それをちゃんと考えてみた。
「もう30分も経つぞ。どうするんだ?」
「色々考えてみたんだが……結局、近道がないことに気付いたよ」
「ふん、それで?」
「ここは一旦、イリノテに暫く滞在してアザミと話す。納得してもらえるまでお願いするつもりだ」
「王命は使わないのか?」
「使わない。命令で押さえつけたりはしない。ちゃんと話したいんだ」
1人を蔑ろにしては王は務まらない。平らかなる王とは、全てにおいて平和を実現させることでしか至れない道だ。長く険しく、分かれ道の多い王の道。その中で、手放すべきもの、拾うべきものはちゃんと選ばないといけない。
アザミとヘイロンは、確実に拾うべき、僕の大事な宝物だった。
再び毒に染まった湖の中でヘイロンは僕を見下ろした。怪我は八咫が魔法を使って治療していたので降り立った時と同じような漆黒の神々しさを取り戻している。僕が切り落としてしまった角もちゃんと元通りになっていた。
ジッと僕を見るヘイロンの目には、怒りや憎しみといった敵意も、そして恐怖の色もなかった。今のヘイロンから何かを感じ取るのは難しい。
「いい加減にしろ」
沈黙を破ったのは八咫の怒気を少々孕んだ声だった。
「いつまでそうしている。見上げる側の立場も考えろ」
「八咫?」
「こいつは龍だ。龍程の高位モンスターは喋れるし、私のように人型にも変異できる。それをこいつはせずに黙って突っ立っているから、いい加減にしろと怒ってるんだ」
「マジかよ」
八咫から視線を逸らし、ヘイロンを見上げる。当の本人はというと、面倒臭そうに溜息を吐いて、そして薄っすらと角が光り始める。その光は広がってい、やがて全身を包む。目を逸らす程眩しくはないが、見続けるには瞼がピクピクするような光だ。体の色とは真逆の白い光に包まれたヘイロンの体はみるみる小さくなっていく。最終的にヘイロンよりは小さく、僕達よりは頭一つ分大きな人影となった。
「この俺が人間如きに甚振られるとはね……まったく腹が立つよ」
軽薄そうな声音と共に光の中から出てきたのは黒い長髪の男だった。黒い中華風の服装に身を包んだ異質さは、この場においては強烈な印象を与えてくれる。体のラインを誤魔化すようなデザインや今までの毒っぷりを見るに暗殺者のような雰囲気がする。しかしやはり龍であるから、耳の上ら辺からは立派な角が生えていた。
「ヘイロン。こちらにも色々事情があっての戦いだった。けれど、今後は良い関係を結べたらと思うよ」
「王様が言うんなら、しょうがないよね。まぁでも、俺も生まれついての毒性だけれど、正直言うと辟易としていたんだ」
ヘイロンは濡れることも意に介さず、湖の中に胡坐をかいて座り込む。肘をついた手に顎を乗せ、溜息と毒を吐いた。
「ほんと、しょーじきさ? バトるのもあんま好きじゃないし、俺のせいでこの地が汚れていくのも気分悪いし、飯食って寝るだけの日々が良いのに俺を倒しゃあ毒がなくなるとか、まぁそれはほんとなんだけど、なんもしてねーのに一方的に敵意向けられんのもおもんないし。ぶっちゃけクソ腹立つしこいつら全員ぶち殺してもいんじゃね? とも思うけどさ。いや今日は結構腹立ったけどね? マジで。王様には自慢の角ぶった切られたし。でもほら、一緒の世界に生きてる訳だし、住み分けとかも何だかんだできてる訳じゃん? ならほら、いーじゃん。不干渉でさ。でもその不干渉を破らせてるのは俺の体質な訳で……だから、しょーじき、死にてぇなって気持ちもあるんよ……」
気持ちは凄く分かるが、初対面の黒髪長髪長身イケメンにヘラられても正直困る。振り返るが3人とも面倒臭いものを見る目でヘイロンを見ていた。僕も同じ目だった。
「まぁ……アザミにも言ったがもう少し辛抱してくれたらお前の体から毒性を抜くから。そしたらここでも暮らしていけるし、お前の体質の影響もなくなる。植物や動物からも毒性はなくなるはずだよ」
「そうなったら嬉しいけど……俺、あいつに殺されちゃわない? クソ怖かったよ。あの女の目」
ベノムエルフ達を解散させた時のことだろう。去り際のアザミの目は異常な程に殺意が籠っていた。いくら母親にヘイロンを殺せと言われ、それを目標に生き続けたとは言え、溢れんばかりの殺意は正直、僕ですら怖かったくらいだ。
確かにこの世界で生きるには毒に抗い続けるしかない。抗えなかった者も少なくないだろう。もしかしたらアザミの母親も毒で亡くなったのかもしれない。僕の感覚で言えば、それはこの地で生きるなら切っては切れない因果のようなものだから、諦めに近い風土は出来上がってそうなものだが……実際住み続けた訳ではないから下手なことは言えない。
けれどこのまま、今まで通りにヘイロンに住み続けてもらうことにも不安を覚える。今のアザミが何をするか分かったものではないし、かといってアザミを牢に……なんてのは無茶苦茶な話だ。
「そうでもないだろう。私が決めた王である貴様に向かってあれだけの無礼な口を叩いたのだ。本来であれば、その場で殺しても良かった」
「しかしそれは……僕の目指す王道じゃない。八咫、あの場でお前がアザミを殺さなかった時点で、もう彼女を殺す未来は塞がれているんだよ」
「……チッ」
自分でも分かっている癖に、と心の中で溜息交じりに吐く。その舌打ちが図星を突かれたことへのものだとはちゃんと理解している。八咫の言っていることは至極当然だが、当然のようにそれをしてしまえば向かう先は地獄だ。僕は精神を擦り減らすだろうし、視聴者も納得しない。荒れに荒れて炎上して僕が配信者として成功することもなくなるだろう。印象の問題でダンジョン買い取りの話もなくなる。
「じゃあどうするつもりなんです?」
アイザに問われ、しばし考える。ヘイロンのこと。アザミのこと。イリノテに住むベノムエルフ達のこと。少し先の未来。もっと先の未来。それをちゃんと考えてみた。
「もう30分も経つぞ。どうするんだ?」
「色々考えてみたんだが……結局、近道がないことに気付いたよ」
「ふん、それで?」
「ここは一旦、イリノテに暫く滞在してアザミと話す。納得してもらえるまでお願いするつもりだ」
「王命は使わないのか?」
「使わない。命令で押さえつけたりはしない。ちゃんと話したいんだ」
1人を蔑ろにしては王は務まらない。平らかなる王とは、全てにおいて平和を実現させることでしか至れない道だ。長く険しく、分かれ道の多い王の道。その中で、手放すべきもの、拾うべきものはちゃんと選ばないといけない。
アザミとヘイロンは、確実に拾うべき、僕の大事な宝物だった。
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