高難易度ダンジョン配信中に寝落ちしたらリスナーに転移罠踏まされた ~最深部からお送りする脱出系ストリーマー、死ぬ気で24時間配信中~

紙風船

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第60層 悪辣湖沼地帯 -シニスター-

第79話 次の目的地は

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 人の怒りの持続時間は6秒という話を聞いたことがある。何かに酷い憤りを感じても、6秒間の我慢ができれば冷静な自分を取り戻し、その怒りの矛を収め、努めて人間的な、文化的な会話が可能になるだろう。

 しかしアザミとの対話が可能になるまでには実に3日という時間を要した。

「私らは毒に侵され続けた。その上で毒に対する力や技術、工夫も発展させてきたが、その礎には多くの仲間の命が積み重ねられているんだよ」

 蓄積され続けた怒りは6秒という極々短い時間では足りなかった。暴れ続けるアザミの怒りは見境を失い、暴虐の力となった。しかしそれでも僅かながらに理性は残されていたのか、はたまた偶然か、その矛先はこの猛毒湖アルカロイドに住む敵対種族ポイズンリザードマンへと向けられた。

 ベノムエルフじゃなくて良かったね! なんて話では終わるはずがなく、ヘイロンを預かる身である僕がポイズンリザードマンを見捨てられる訳もなく、万物を断つ勢いのアザミの刀から自分の身とリザードマンを助けつつ、アイザ達にも動いてもらって彼等を遠くへ逃げさせた。

 種族は儂が守る! と最後まで残ったリザードマンの長、フォルガルには戦いながら掻い摘んで事情を話した。会話の為に、ヴァネッサにアザミの相手をさせることに不安はあったが無事にアザミを殺すことなく対処し続けたのは確実に僕達と過ごしたことで得た経験からの成長だった。戦闘狂のイメージは払拭されたと言ってもいいだろう。

「かの黒龍は儂らの命を奪うと共に豊穣も齎した。生と死を担う毒の湖岸に生きる儂らとお主ら、そこに違いはないであろうよ」

 アザミとの話し合いにはフォルガルにも出席してもらっていた。町は敵対種族の長の来訪に息を殺して身を潜めている。恐ろしく無音な中。1人の王と2人の長の会談は続く。

「生きる為の技術が殺す為の技になることは、ダンジョンの外も内も変わらない。人類の英知は人を生かしもしたし、殺しもした。それよりももっともっと大昔の人類は天に豊穣を願い、天はそれに答えたこともあったし、試練を与えたこともあった」

 ヘイロンのお陰で生きられたし、死にもした。しかしこれからはヘイロン無しで生きることも出来る。その手段は殺戮ではく、共生でなくてはならない。それが僕が求め、望む王道だ。

「僕の王としての力でヘイロンは近い将来、生まれ持った毒を失い、新たな龍へと生まれ変わる。そしてそれはヘイロンも望んでいることだ。彼もまた、毒の被害者なんだ」
「……」
「アザミ」
「……あぁ、もう! 分かったよ! あんたとは夜通し語り合った仲だ……今更あんたの道にケチをつけるようなことはしない。賛同した身だしな。……ただ、私のこれまで積み重なってきた感情をぶつける先がなくて混乱しているだけだ」

 混乱しているという割には冷静だ。まぁ、3日も暴れれば多少はスッキリできただろう。混乱していると理解した上での混乱は時間が解決してくれるはずだ。

「フォルガルは?」
「儂らは今までと変わりなく生きていくつもりだ。王の庇護の下であれば、より平和に生きられるだろう」
「アザミに対して思うところはないか?」
「それをここで聞くのはあまりにもノンデリだぞ、王よ」

 正論だった。リザードマンにノンデリ扱いされる王様がそこにいた。フォルガルは顎下に伸ばした髭を指先で弄りながらアザミを見る。拗ねたような顔でフォルガルと視線を交わすアザミは胡坐をかいた股の間に両手を突っ込み、双丘を縦に歪ませながら唇を尖らせた。その様子を見てフォルガルは溜息を吐いた。

「しかし敢えて言うなら、何もない。事情は把握しておるしな。小娘に文句を垂れても仕方あるまいよ」
「小娘だぁあ?」
「やめろって! じゃあもういいな? 争い禁止! ヘイロンだけじゃなく、ベノムエルフとポイズンリザードマン同士でも駄目だからな!」

 こうしてエルフとリザードマンの間に不戦の誓いが立てられた。この後、他に争うような種族がいるか尋ねたが、フォルガルの口から出てきたのはバイオウルフ族のみだったことから、この階層が一旦は平和になったことが確定した。バイオウルフはすでにベノムエルフ族に吸収合併されている。

 これで漸く、先に進む目途が立った。

「僕はここを離れるけれど、仲良くするんだぞ。戻ってきてヘイロンが死んでたなんてことになったら……」

 ちら、とアザミを見る。当人は両手を上げて心底嫌そうに溜息を吐いた。

「よし。じゃあさっさと行くか。誰かさんの所為で3日も無駄にした」
「おい、言い過ぎだろ!」
「ははは! じゃあ、達者でな。近い内にまた会おう」

 アザミはもう大丈夫だろう。ちゃんと話せたし、フォルガルもいる。

 旅立ちの準備はアイザ達にお願いしてあるので今すぐに旅立てる。……が、寄り道しなければならない場所があった。


  □   □   □   □


 綺麗だった湖はすっかり毒々しい紫色に濁り切っていた。浅い湖なのに覗き込んでも土の底が見えない。この水の中に足を突っ込んだら、たちまち靴も足も溶けてしまうだろう。

 そんな湖の中に飛び石のように置かれたいくつもの丸太がある。右に左にと敢えてずらして配置されているその先に、一軒の小屋が建っていた。ちょっとしたウッドデッキまで用意されており、そこにもたれ掛かったヘイロンがキセルを咥え、紫煙を燻らせていた。

「おー、兄さん。元気そうじゃん」
「いつから兄弟になったんだ?」

 顔を背け、ふーっと煙を吐く。龍だからか知らんけれど、めっちゃ長く煙を吐いてる。ブレスの要領だとしたら、無駄遣いにも程がある。

「親愛を込めてんだよー。兄さんって呼ばせてくれよな。ところでどしたんだい?」
「アザミと話がついた。もう襲ってくることはないから、そろそろ先に進もうかなって」
「あーね。まぁそこは兄さんが上手くやってくれると思ってたよ」

 だろうな……僕が必死こいてアザミと戦闘しながらフォルガルに事情を話してる間にこんな立派な小屋なんか建てちゃって、住んじゃって。信頼してくれているのは嬉しいが、あまりにも自由気儘である。

「ちゃんと毒性は取り除くから、もうしばらく辛抱してくれ」
「あいあーい。今まで通りに暮らすだけだし、気長に待つよ。いてら~」

 ヘラヘラと笑いながら、ヒラヒラと手を振るヘイロン。これが本来の彼の気質なのだろう。戦闘を苦手とし、毒を振りまく己を嫌う優しい心根の持ち主だ。

 ヘイロンに手を振り返して別れ、イリノテへと戻る道中でふとこんな考えが浮かんできた。
 本来の【禍津世界樹の洞】の攻略手順だ。上から下に降りてきた時、ヘイロンと出会う。彼を生かすも殺すも探索者次第だが、僕と同じ結論に至り、彼を殺さなかった時、深淵への道が開かれるのではないだろうか?
 彼の心根を知れば、その毒性を取り除きたいと思うのは人の道理だ。そしてその方法はダンジョンの攻略。灰霊宮殿アッシュパレスの最奥、深淵の玉座アビスクラウンまで行って隠し部屋の中にあるスクナヒコナを見つけて王になる他ない。八咫を殺して無理矢理奪うこともできるかもしれないが、ヘイロンを生かした人間が八咫と正面切って戦うとも思えない。

 そして八咫と契約し、ダンジョンの王となり、ヘイロンの毒を取り除き、禍津世界樹は世界樹へと生まれ変わるのだ。

「ってのが僕の考察なんだけどどうだろう?」

 問いかけて暫くするとコメント欄では様々な考察文が流れてくる。それを読みながら戻る道は来た時よりも短い気がして、何だか久しぶりに自由な時間を堪能できたように思えた。


  □   □   □   □


 イリノテへと続く段の入口に人影があった。アイザとヴァネッサ、八咫。それにシキミだった。

「見送りか?」
「う……拙者も付いていきたくて……」

 ふとシキミの後ろを見ると、岩陰から荷物が少し見えていた。しかしどうしたものだろう。これ以上人数を増やすというのも少し考える必要がある。荷物の量は別に良い。八咫が弄ってくれたレッグポーチのお陰で荷物は持てる。だが食料とかそういった消耗品、パーティーとしての役割とか、もっと言えば配信映えとか人間関係とか、今ここで決められるような内容でもない。

 ……が、それを決められる程、僕は偉いのかとも思う。王を名乗らせてもらってはいるが、一人間だ。活動を始めたばかりの底辺配信者だ。奇妙な因果でこうして多くうの人に見てもらってはいるが、正直、一過性のブームとしか思っていない。僕がダンジョンから出た後も生きていく為には、多くの人の手が必要なんじゃないだろうか? 目先のことをよりもっと先のことを考えるべきだ。

「連れて行ってやってくれ」

 いつの間にか、荷物が置かれた岩の上にアザミが胡坐をかいていた。

「迷惑は掛けん。そう育てた。将来、里を担う者として王様の下で学ばせたいんだ」
「……シキミはそれでいいか?」
「拙者、いっぱい役立つでござる。頑張るでござる!」

 ぎゅっと握った小さな両の拳に込められた思いは、きっと僕が思っているよりも強く、そして固い信念が込められているのだろう。それは僕には邪魔できるはずもなく。受け取り、開花させる責任があった。

「八咫」
「いいのか?」
「あぁ、頼む」

 八咫がパチン、と指を鳴らすとシキミの足元に紫色の魔法陣が出現する。それが一瞬、強く光ったかと思うと瞬く間に消失し、数秒前と変わらぬ光景に戻っていた。

 これでシキミは八咫の眷属になった、ということでいいだろう。眷属化されたなら、安全地帯の先へと進める。

「これからよろしく、シキミ」
「御意でござる! 皆さまも、どうぞよろしくお願いするでござる!」

 こうしてシキミが仲間に加わることになった。アイザとヴァネッサに頬っぺたをモチモチと可愛がられているのを横目に、僕は八咫に尋ねた。

「それで、次に行くのはどういう場所なんだ?」
「59層から50層の間はすべての空間が繋がっている。どのルートを通っても、必ず辿り着く場所だ」

 安全地帯には多くの下り階段がある。その行く先々では、層数は同じでもまったく別の空間が広がっている。しかしこのラスボスステージの直前にはすべての探索者が集う空間があるようだ。

「名は【防衛城塞都市ラタトスク】。我が灰霊宮殿、アッシュパレスの防衛都市とも言える場所だが、様々な物資が集まる交易都市でもある」
「凄そうな場所だな……楽しみだ」

 アザミはいつの間にか姿を消していた。だがもう挨拶は済ませてある。アイザ達によるシキミの歓迎も一段落したことだし、そろそろ出発するとしよう。

「皆行くぞ」
「はい!」
「おー」
「御意!」

 各々の返事を聞くと賑やかになったもんだと、改めて思う。最初は1人だったこの旅もここまで人数が増えた。女性ばかりというところに思うところはあるが……まぁ別に今まで男性と接触しなかった訳でもないし、流れでこうなっただけなので叩かれる要素もないはずだ。

『爆発しろ』
『ハーレムやめろ』
『おもんな』

 チラ、と見たコメント欄は、僕を叩く言葉で埋め尽くされていた。
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