新入社員が女風のお気に入りキャストだった

今部ぽん

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14.もちろん

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 つい10分ほど前までは、元カレと一緒に食事をして、これからセックスをする、という流れだった。それなのに今は、山下くんと歩いている。

 山下くんの左肩が濡れているのに気づいて身体を引こうとしたら、肩を抱かれた。くっついたら普通歩きにくいのに、全くそんなこともなく、スムーズに進んでいく。まるで初めてじゃないかのように、歩調が噛み合う。

 地面がフワフワと柔らかいような気がした。自分が何をしているのかはっきりしない。現実味がない。
 ただ一つ明確なのは、今の自分が感じているのがプラスの感情ということだけだった。嬉しい。どうして、なんてどうでもよかった。とにかく嬉しかった。

 私は山下くんのことが好きなのだ。やっと心の中で形にできた。割り切った大人のフリは結局フリで、この結末を回避することはできなかった。

 いつもとは違う電車に乗って、福籠の最寄りで降りた。以前通った裏口から入り、また店の部屋を使うのかと思ったら事務室に連れていかれた。そこでは豪奢なソファに、派手な格好をした女性が一人。年齢は恐らく親世代くらい。タバコ……ではなく棒状の菓子をくわえている。山下くんと親し気な様子で会話をして、何故か私にまでものすごくフレンドリーに接してくれた。

 状況を飲み込めないまま事務室を出て、外の階段を通ってビルの2階へ。階段上がってすぐのところに、無愛想な金属製の玄関ドアがある。山下くんはポケットから鍵を――フクロウがついた鍵を取り出し、ドアを開けた。促されるまま中に入る。よく片付いたリビングに通されて、ソファに横並びになって座った。右側に山下くん。

「なんか飲みます?」

 家主は立ち上がる素振りも見せずそう言った。そんなことはどうでもいいと分かっているのだろう。

「何から説明しましょうか」

 右手をそっと握られた。少し冷たくて、大きな手。数時間前だったら振り払っていた。もうこういった類の接触はしないと決めていた。でも。

「同期飲み、尾行してたんですって?」
「……うん」
「東木さんに聞きました」
「ごめん」
「で、俺と店長が歩いてるの見て、妬いた」
「……店長?」

 店長、といえば、さっきの女性を山下くんがそう呼んでいた。あの派手な格好――。あの日の記憶と重なって、合点がいった。

「だから、歌乃さんが心配するようなことはなんにもない。とりあえずこれはいいですか?」
「…………うん」

 素直にうなずくのは抵抗があったが、今さら意地を張る気にもなれなかった。
 右手に重なった手に力が込められる。親指の関節を、親指の腹が繰り返し撫でてくる。

「あとは、そうだな。俺らが知り合った日のこと」

 知り合った日。初めて福籠に来て、抱かれた日?

「俺、高校生のとき、雨の日に傘ささないで外歩くのにハマってた時期があるんです。
 色んなとこに行きました。駅、繁華街、住宅街……話しかけてくる人のことを鬱陶しいって思いながら、人がいるとこばっか選んでた。
 で、その日もいつも通り、全員を無視しながら歩いてたのに、」

 右手から手が離れて、代わりに腰に回った。肩が、腰が、身体の右側全部が山下くんの身体にくっつく。熱が流れ込んでくる。

 山下くんの語り口はまるで物語を話すかのようで、私の意識もその雨の日の中に連れていかれる。情景が浮かぶ。
 雨の中、傘もささずに歩く高校生。人ごみの中ひときわ目立つその子に、足が勝手に向いていた。吸い寄せられた。カバンに手をい入れて、そして、

「いきなり近寄ってきたスーツの女の人が派手な柄の折り畳み傘をくれて、一瞬で走り去ってった。
 ……誰にでもしてるんですか? ああいうこと」

 たった今取り出したばかりの記憶に急にピントが合って、傘を渡した少年の顔がはっきりする。目の前の顔とリンクする。

「……まさか」
「俺はその人のことが頭から離れなくて、でもこの人口の中から顔しか知らない人を探し出すなんて無理だと思って、諦めてた。
 大学生になって、ここに住むようになって……店長の代わりに事務仕事やったりしてたんだけど、そのときたまたま監視カメラで歌乃さんを見つけた」
「初めて来たとき……」
「そう。あの瞬間から運命を信じるようになったんですよね、俺」

 真っすぐな言葉。

「その日から歌乃さんの予約があるときだけ呼んでって、店長にお願いしてたんです。
 だからキャストとして勤務してたってのは嘘で、他の客を抱いたことはありません」

 ずっと胸の真ん中に刺さっていた棘が溶けていくのを感じる。あまりにも都合が良すぎるとか、そんなことは、もういい。――だって運命なんだから。

「それで……引かれるかもですけど、接客中に聞いた話から勤務先を割り出して、応募して、入社した」
「すごいね」
「一応、財布見たりはしてないから。……そのほうが怖いか」

 そこからもまた偶然。たまたまうちの部署に配属されて、私の部下になった。

「これでもう隠し事はなし。……なんか質問あります?」

 山下くんが顔を覗き込んでくる。髪が擦れて、山下くんの匂いがする。甘い、心がくすぐったくなる匂いだ。
 綺麗な顔に収まった綺麗な目を見つめて、考える。他に、質問。――ある。たった一つだけ。

「私と付き合ってくれる?」
「…………それ、かなりずるいな」

 唇に柔らかなものが触れて、山下くんが囁く。

「もちろん」
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