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1章 K.G
2. 始まりの町、幸いのMATCH
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◇◇◇
2.始まりの町、幸いのMATCH
気がついたのは街中の大通りの真ん中でだった。
気がついたのだと気付いてからも、しばらく呆然と立ち尽くしてしまっていた。
町並みは本人が知っている時代の日本のものではなく、石造りの建物に石畳の往来。
道行く人たちの装いは21世紀のどの国のものとも異なり、中世ヨーロッパあたりのコスプレショーか何かのようだった。
否、この光景に唯一見覚えが無いではなかった。
「まるでRPGかアニメの世界みたいだ…」
RPG。アニメ。
日本の21世紀の文化の記憶があった。自分が生まれ変わった人間だと自覚できていた。
ただし前世でどんな人生を送ってきたどんな人間だったかという記憶はおぼろげだった。
自分の姿が映るようなショーウィンドウは無かったため、手足を眺め、自身の顔や髪を触ってみる。
童子ではない、が、肌つやや髪は成熟しきったものではなく、おそらく肉体年齢は10代後半だろうと思われた。
しかしこの世界についての記憶―自分がどこでどう育ち、何をしていたかといったことは全く思い起こせなかった。
首には文字の彫られた指輪に紐を通したものが下げられていた。
「K…G… ケイジ… そうだ、俺はケイジだ」
イニシャルのように並んだ文字列を見て、遠い前世の記憶から、名前だけが掘り起こされた。
多分、この世界での年齢よりずっと長い間使ってきた名前だ。
音の響きに愛着だけはなんとなく感じられた。
それよりも、一体この世界の自分はどこに住んでいる何者なのか。
何をするためにこの場所に立っているのか。
思い出せないというよりも、そんな事実が無かったかのように思える。
全く知らない世界に、着の身着のまま放り出されたような状態だ。
しかしたった一つだけ、おそらく前世から引き継いだであろう強い情念が残っていた。
「俺は…絶対にミュージシャンになる…!」
ケイジは方角もわからないまま、歩き出した。
◇
後藤啓治だった頃叶えられなかった夢を来世に託した瞬間に、思い浮かべていたのは18歳の頃の自分だった。
受験から解放され、夢あふれるキャンパスライフを満喫し、ギターを買ってみたり自分で歌詞を書いてみたりしながら、自分が「本当にミュージシャンになれる」と思っていた時代だ。
その後は平凡にチャラチャラと大学時代を過ごし、無職で音楽に操を立てるのも非現実的だと考え普通に就職し、
しかしいつか一念発起してミュージシャンになろうと漠然と考えたまま、三十路を迎えてしまった。
一度転職した際には、もうミュージシャンの夢は諦めていた。
ケイジの姿は、おそらくその分岐点である18歳の肉体だった。
あの時踏み出さなかった一歩を、この世界で踏み出す。
それができなければ生まれ変わった意味が無い。
「―ビッグに …いや、B.I.Gになるんだ、俺は…!!」
右も左もわからない異世界の中で、全く根拠の無い自信と勇気が溢れていた。
足は本能的に酒場へと向かっていた。
◇
この世界にも街があって娯楽がある限り、音楽家という職業は存在するだろう。
前世で読んだファンタジー小説の記憶にも、吟遊詩人という役割のキャラがいた。
旅の道すがら町で歌を唄い(時代劇で言うなら角付けだ)、路銀を稼ぐ、悠々自適な旅人シンガー。
それは魅力的でもある一方で、「ビッグスター」とは対置されるイメージもあった。
広場でストリートミュージシャンをやろうにも、ケイジは楽器も何も所持していなかった。
酒場へ向かったのは、音楽活動を始めるための情報を集めようという狙いからだった。
悪そうな奴に聞けば大体わかる。
悪そうな奴と友達のミュージシャンの方がかっこいいに決まっている。
この直感はどうやら、前世でそうなれなかったことへの僻みに由来していた。
脳内で悪そうな奴と対等に話すためのイメトレをしながら、繁華街に辿り着いた。
「兄ちゃん、見ねえ顔だな、旅人かい。ええい?」
いかにも浮浪者らしい、小汚い身なりの酔っ払いが話しかけてきた。
まだ日は高いながら、この街の盛り場は文字通り盛況のようだった。
こういう人たちの酒代はどこから捻出されているんだろう?とケイジは不思議に思う。
「この時分に都へくるってこたあ、さては兄ちゃんもアレだろ、“宮廷試験”を受けに来たんだろ?ええい?」
ケイジには自身のいきさつがそもそもわからなかったが、
――“宮廷試験”?
酔っ払いが親指で指した、酒場の入り口脇の掲示板に視線が流れる。
<告 宮廷楽士募集>
ケイジは張り紙に目を見張った。
「宮廷楽士」。
よくはわからないがおそらく王宮付けで貴族やハイソサの人たちに音楽を披露する職業だ。
吟遊詩人など比べるべくもない、勝ち組ミュージシャンに違いない。
――試験とはつまり、そのオーディションがあるということか。
王宮の広いステージで大観衆からの大歓声を浴びる自分の姿。
ビッグ、否、B.I.Gという文字が脳裏に浮かんだ。
――これだ、この情報に出会うために自分はここまできたのだ!
前世のRPGでは、プレイ初期には都合よく進展があるものだが、これもそういうことなのかもしれない。
「無茶だよやめとけやめとけぇ、合格できるのは何千人に一人って倍率だ、一人も合格しねえ時もあるぜ。
何日も何日も辛い試練が出てよぉ、マトモな神経じゃ生きて帰ってこれねえぞ、ええい?」
酔っ払いの助言はまったくの逆効果だった。
その何千人に一人が自分に違いない― ケイジには自信があり、根拠は無かったが問題も無かった。
「試練」だの「宿命」だのから逃げられるのは、試練や宿命に挑もうと思った者だけ。
後藤啓治だった頃にはなんの試練も宿命も待っていなかったし、挑みにも行かなかった。
――今、自分の前には試練がある…!
募集の詳細を記した文字はかすれて読めなくなっていた。
エントリー情報を得るため、ケイジは小さく深呼吸をして、酒場の中へと一歩を踏み出した。
「…ありゃ?なんだ、随分古い告知も貼ったままにしてあるじゃないか。
何、“楽士募集”だぁ? いつの話してんだよぉ、オーイ給仕のお姉ちゃ~ん、ええい?」
酔っ払いは、掲示板の褪せた<宮廷楽士募集>の知らせをベリッと剥がし、その隣の外れかかった別の告知紙をピンで止め直した。
「まったく、宮廷“魔法師”試験なんて、あの兄ちゃんも気の毒に…。この世の地獄だぜ、ありゃあよぉ、ええい?」
◇◇◇
(第4話へ続く)
※次回ようやくラップバトルします、お待たせしております。
2.始まりの町、幸いのMATCH
気がついたのは街中の大通りの真ん中でだった。
気がついたのだと気付いてからも、しばらく呆然と立ち尽くしてしまっていた。
町並みは本人が知っている時代の日本のものではなく、石造りの建物に石畳の往来。
道行く人たちの装いは21世紀のどの国のものとも異なり、中世ヨーロッパあたりのコスプレショーか何かのようだった。
否、この光景に唯一見覚えが無いではなかった。
「まるでRPGかアニメの世界みたいだ…」
RPG。アニメ。
日本の21世紀の文化の記憶があった。自分が生まれ変わった人間だと自覚できていた。
ただし前世でどんな人生を送ってきたどんな人間だったかという記憶はおぼろげだった。
自分の姿が映るようなショーウィンドウは無かったため、手足を眺め、自身の顔や髪を触ってみる。
童子ではない、が、肌つやや髪は成熟しきったものではなく、おそらく肉体年齢は10代後半だろうと思われた。
しかしこの世界についての記憶―自分がどこでどう育ち、何をしていたかといったことは全く思い起こせなかった。
首には文字の彫られた指輪に紐を通したものが下げられていた。
「K…G… ケイジ… そうだ、俺はケイジだ」
イニシャルのように並んだ文字列を見て、遠い前世の記憶から、名前だけが掘り起こされた。
多分、この世界での年齢よりずっと長い間使ってきた名前だ。
音の響きに愛着だけはなんとなく感じられた。
それよりも、一体この世界の自分はどこに住んでいる何者なのか。
何をするためにこの場所に立っているのか。
思い出せないというよりも、そんな事実が無かったかのように思える。
全く知らない世界に、着の身着のまま放り出されたような状態だ。
しかしたった一つだけ、おそらく前世から引き継いだであろう強い情念が残っていた。
「俺は…絶対にミュージシャンになる…!」
ケイジは方角もわからないまま、歩き出した。
◇
後藤啓治だった頃叶えられなかった夢を来世に託した瞬間に、思い浮かべていたのは18歳の頃の自分だった。
受験から解放され、夢あふれるキャンパスライフを満喫し、ギターを買ってみたり自分で歌詞を書いてみたりしながら、自分が「本当にミュージシャンになれる」と思っていた時代だ。
その後は平凡にチャラチャラと大学時代を過ごし、無職で音楽に操を立てるのも非現実的だと考え普通に就職し、
しかしいつか一念発起してミュージシャンになろうと漠然と考えたまま、三十路を迎えてしまった。
一度転職した際には、もうミュージシャンの夢は諦めていた。
ケイジの姿は、おそらくその分岐点である18歳の肉体だった。
あの時踏み出さなかった一歩を、この世界で踏み出す。
それができなければ生まれ変わった意味が無い。
「―ビッグに …いや、B.I.Gになるんだ、俺は…!!」
右も左もわからない異世界の中で、全く根拠の無い自信と勇気が溢れていた。
足は本能的に酒場へと向かっていた。
◇
この世界にも街があって娯楽がある限り、音楽家という職業は存在するだろう。
前世で読んだファンタジー小説の記憶にも、吟遊詩人という役割のキャラがいた。
旅の道すがら町で歌を唄い(時代劇で言うなら角付けだ)、路銀を稼ぐ、悠々自適な旅人シンガー。
それは魅力的でもある一方で、「ビッグスター」とは対置されるイメージもあった。
広場でストリートミュージシャンをやろうにも、ケイジは楽器も何も所持していなかった。
酒場へ向かったのは、音楽活動を始めるための情報を集めようという狙いからだった。
悪そうな奴に聞けば大体わかる。
悪そうな奴と友達のミュージシャンの方がかっこいいに決まっている。
この直感はどうやら、前世でそうなれなかったことへの僻みに由来していた。
脳内で悪そうな奴と対等に話すためのイメトレをしながら、繁華街に辿り着いた。
「兄ちゃん、見ねえ顔だな、旅人かい。ええい?」
いかにも浮浪者らしい、小汚い身なりの酔っ払いが話しかけてきた。
まだ日は高いながら、この街の盛り場は文字通り盛況のようだった。
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ケイジには自身のいきさつがそもそもわからなかったが、
――“宮廷試験”?
酔っ払いが親指で指した、酒場の入り口脇の掲示板に視線が流れる。
<告 宮廷楽士募集>
ケイジは張り紙に目を見張った。
「宮廷楽士」。
よくはわからないがおそらく王宮付けで貴族やハイソサの人たちに音楽を披露する職業だ。
吟遊詩人など比べるべくもない、勝ち組ミュージシャンに違いない。
――試験とはつまり、そのオーディションがあるということか。
王宮の広いステージで大観衆からの大歓声を浴びる自分の姿。
ビッグ、否、B.I.Gという文字が脳裏に浮かんだ。
――これだ、この情報に出会うために自分はここまできたのだ!
前世のRPGでは、プレイ初期には都合よく進展があるものだが、これもそういうことなのかもしれない。
「無茶だよやめとけやめとけぇ、合格できるのは何千人に一人って倍率だ、一人も合格しねえ時もあるぜ。
何日も何日も辛い試練が出てよぉ、マトモな神経じゃ生きて帰ってこれねえぞ、ええい?」
酔っ払いの助言はまったくの逆効果だった。
その何千人に一人が自分に違いない― ケイジには自信があり、根拠は無かったが問題も無かった。
「試練」だの「宿命」だのから逃げられるのは、試練や宿命に挑もうと思った者だけ。
後藤啓治だった頃にはなんの試練も宿命も待っていなかったし、挑みにも行かなかった。
――今、自分の前には試練がある…!
募集の詳細を記した文字はかすれて読めなくなっていた。
エントリー情報を得るため、ケイジは小さく深呼吸をして、酒場の中へと一歩を踏み出した。
「…ありゃ?なんだ、随分古い告知も貼ったままにしてあるじゃないか。
何、“楽士募集”だぁ? いつの話してんだよぉ、オーイ給仕のお姉ちゃ~ん、ええい?」
酔っ払いは、掲示板の褪せた<宮廷楽士募集>の知らせをベリッと剥がし、その隣の外れかかった別の告知紙をピンで止め直した。
「まったく、宮廷“魔法師”試験なんて、あの兄ちゃんも気の毒に…。この世の地獄だぜ、ありゃあよぉ、ええい?」
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