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2章 RHYME

3. BATTLE 覚醒、魔法 SOMEWAY

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◇◇◇
3. BATTLE 覚醒、魔法 SOMEWAY


酒場の敷居を跨いだケイジは、いきなり出鼻をくじかれた。


足元に二人、客と思われるガラの悪い男が倒れている。
(ガラが悪いかどうかは、当人たちのモヒカン頭と顔の刺青から判断した。)

外から見るよりは広い店内の客席中央に、似たような風体の男が二人と、それに対峙する身構えた女が一人。
床に散らばった料理の皿や倒れた椅子。


一目でわかる、揉め事の現場だった。


手前の男は威嚇するかのように足で床を打ち鳴らしながら、酔っているのかラリっているのか、ゆらゆらと体を揺らしている。
女の方は悲壮な表情をしながらも、戦意を男へ向けていた。

倒れている男たちはまさか彼女が撃退したのだろうかという惨状。

――最悪だ。店全体、情報を聞くどころの雰囲気じゃない…。
  まあ、王宮(?)からの告知なら、この街の他所でも詳細は聞けるだろう。

そう思ってケイジがきびすを返して店を出ようとしたその時。



「よぉ お嬢ちゃん ママゴトはその辺にしな

 俺が見せてやるぜ 今夜はいい夢」



独特の抑揚で手前の男が、女へ呼びかけるように声を上げる。

向き合った距離にしてはやけに大声だ。
床を打ち鳴らす足でリズムを取っているようでもある。

妙な4拍子の節回しと倒置法。
これは――



(―ラップのフロウ…?)



直感に従ってケイジは再度振り向いた。

この世界にもラップの文化があるのだろうか。

前世の記憶によると、頭の悪いヤンキーが海で頭の悪い女をナンパする際にしばしばラップが使われるらしい。
これもそれと同じような意味合いのものだろうか。

前世で染み付いたらしいラップのビートが心臓の底から急激に湧き上がってくる。


「踊れ 星の精 真夜中のサーカス 

 告げろ 純血に サヨナラの挨拶」


男はなおも続ける。

やはり独特の抑揚に節回し。間違いなく足拍子に合わせた発語だ。
部分的に意味不明だが―、
「真夜中のサーカス」に「サヨナラの挨拶」。


(ラップの押韻ライム…か…?
 「サーカス」と「挨拶」でちょっと外してるけど…)


「言ってやったぞ!」と言わんばかりの男のドヤ顔。

心なしか周りの空気が少し淀んだようにも感じた。――滑ったのだろうか?
見回してみても、他の客はもう逃げたのか周囲に愚かなラップの観戦者はいない。

するとすかさず、女の方が身を乗り出して男を睨み付け、叫ぶ。


「アナタが相手じゃ踊れない

 二番も歌えぬローレライ」


男と同様に、4拍子の節回し。語尾を強調する抑揚。
「踊れない」に対する「ローレライ」の押韻。

ここでようやくケイジは確信した。



(MCバトルだ…! MCバトルで揉め事を決着させようとしてるんだ…!!)



なんという平和な連中だろう。
あんな世紀末に村を荒らしまわるような格好をした男たちが、腕力で女性を言いなりにしようともせず、MCバトルとは。

わりと遅めのテンポで、4小節交代のようだが、ちゃんとターンがあり、先ほどの男のラップ内容に対するアンサーを返している。


「酒精よ巡れ 愚者の血脈

 昏きに砕け散る 夢魔の悦楽」


女がフロウを続けると、先ほどの淀んだ空気が晴れ、代わりに男の顔が紅潮した。

全体的にやけに固いワード選択だが…
「愚者の血脈」「夢魔の悦楽」の押韻ライムもハマっているし、先ほどの男の「純血」に対する「血脈」という返し。

(女の方が返し勝ってるな…)


ケイジが勝敗を悟るのとほぼ同時に、男が膝からガックリと崩れた。
そのまま転がって眠ったようなので、敗北の屈辱というよりは酔いつぶれたというところか。


それにしても素晴らしい。この世界にもMCバトルがあるのだ。

荒くれ男たちだけでなく若い女性にも、勝敗が判断できるほどにラップの内容自体の価値基準が明確にある。



―それはすなわち、「この世界でラッパーを目指せる」ということに他ならない。



ケイジの勝手な高揚を他所に、女が安堵のため息を漏らすと、もう一人の男が表情から笑みを消して前に出る。

「女だと思って甘く見ていたが… 少し痛い目にあってもらおうか」
「とっくに痛い目にはあっています…! ハァ…ハァ…」

息切れする女に男は気を許さず、真剣な眼差しで猛る。



「俺は二枚目 合わすぜ痛い目

 碧き深淵 砕けよ波濤 

 眼下を連なる二手の魔導

 逆巻き穿て 愚者の心臓ハート



押韻ライムはともかく、4小節のうち3小節が意味不明だなぁ、とケイジが楽観的に考えたとき。


突如、男の背後から大量の水が――
ケイジの見たまま正確に言えば、“波”が、女に向かって押し寄せた。


酒場の店内の様子は変わっていない。
急な洪水が壁を割って入ってきたわけではない。

(一体これは――?)

それどころではない、この量の水ならケイジの立ち位置でも良くてずぶ濡れ、悪ければ波にさらわれる。
咄嗟に動きが取れないケイジを尻目に、女は唱える。



「流れる水は腐らない

 剥がれる絆 無駄な恥

 警鐘は土石となり流れを奪う

 閉ざし埋もれよ 泥濘の堰」



女は冷静に対応した。目の前で躍り狂う水流をものともせず。

1小節と2小節は完全な押韻になっていて、
1小節目――腐った奴らの水は流れはしないと揶揄し、
2小節目――「自分は二枚目」だと結果的に先の男らの容姿を罵っている態度を一喝するアンサー。

この状況でなかなかの腕だ、とケイジは思った。


そして3小節目と4小節目―。
内容の意味が不明だと思ったケイジはこの瞬間、後半の小節の意味を知った。


女が唱えるや否や、床板を割って地面から土砂が溢れ、瞬く間に男の方から湧き出る水流を堰き止める。

結果、女は水流に呑まれずに、なおも男を睨んでいる。
先ほどより少し苦しそうな表情にも見えた。


ケイジは感動に打ち震えた。


(こんなMCバトルは初めてだ…!! リリックが目に見えるだなんて!!)


素晴らしく洗練された音楽は、その旋律が表す世界を聴く者に映像として見せることがある。
奏者と観衆のイマジネーションがシンクロして、音の表現を可視化する。
芸術としての極致が成せる奇蹟。

それがこの場に起こっている。
それぞれのリリックに紡がれた内容が自分の目にも見えている。


正直、ケイジが眼前の二人のラップを全部理解できているわけではなかったし、理解できている部分にも幾分のぎこちなさやこじ付け感を感じていた。

それなのにも関わらず、この有様だ。

目の前の土堰は大きく湾曲しながら、なおも流水を湛え続けている。
「二人のイメージしたせめぎ合い」はケイジにしっかり体感できているのだ。


(間違いない、俺は今―― 
 この世界の俺には今、ラップの神様が降りてきているんだ…!!)


完全に観客であるケイジがこの世界を祝福している最中、男の2ターン目が始まった。



「見せ掛けの堰 中身は亡骸

 威力は矮小 不得手は明らか」



男の目に余裕が戻った。逆に女には焦りが色濃く出始めた。
同時に、女の前の土堰が徐々に流れに押され始める。



「赤壁を越えきる土石流

 か細い腕の魔力は燃え散る」



土石流、という男の表現に寄り沿うように、決壊した土堰が水流に混ざって再び勢いを取り戻し、女に襲い掛かる。

(土石流なのに「燃え散る」ってややチグハグじゃないか?)

否、そんなことを考えている場合ではなかった。

さっきとは逆に、女の身体からは戦意が消え、今にも膝をつきそうになっている。
どう見ても後半のフロウを繰り出せる状態ではない。

続きが繋げられなければ、内容の勝敗以前に女の中押し負けだ。

(連戦でよくやった方か―。)

否否。
そもそも見ていれば女1対男4、やり取りから見ても女が絡まれて抵抗している状態。

観客は自分以外ゼロ。
それで今、女がブラックアウトすればどうだ、続く惨事は火を見るより明らかだ。


(が、そんなの知ったことではない。)


多少良心が痛まないではないが、こんなところに昼間から出入りするような見ず知らずの女が、そこらの有象無象に手篭めにされるなどどうせ日常茶飯事だろう。

自業自得、障らぬ神にたたりなし、君子危うきに近寄らず。
助ける義務も義理もケイジにはこれっぽっちも無いし、「ここで助ければカッコいい」、などという子供じみた憧れも無い。


明確に無い。



無いが。




「MCバトルは、善良な人間が不良と喧嘩して勝てる唯一のメソッドだ。」




瞬間、ケイジの腕は倒れる寸前の女の肩を抱き、目は正面から男を見据えていた。



「腐った状況は説明不要

 俺の電撃フロウがお前を貫く!」



バトルの割り込み。

そんな制度はないし、正式な試合ならご法度の乱入。
しかしこの場ではそんなことは関係ない。

友人主催の小さいサイファーですらうまく踏み込むことができなかった一歩を。
覚悟を決めてマイクを握り登壇したのに、ビートを踏みしめることができなかった一歩を。


ケイジは今、踏んだ。



「女神の肯く大正義で裁く

 ここはまるで砂漠 お前は砂粒!」



――ダサい。イケてない。ダサい。

ケイジは瞬時に反省する。


「説明不要」「電撃フロウ」、「貫く」「肯く」「砂粒」、「裁く」「裁く」でガチガチに韻を固めたがどれも凡庸。
「腐った」で1ターン目の女のバースに意味を繋げ、砂漠と砂粒は土堰や土石流というワードを受けたつもりだが、やや浅薄だった。


前世で身体に染み付いたラップ技術は無くしていなくても、元々上手かったわけではない。
「時代遅れの念仏」「なんかの呪文」…そんな評価を受けた記憶は、感覚器官の奥底にぼんやりとだが、今のケイジにも残っている。


(4小節2ターンならここで打ち止め。乱入だったことだし、この対戦者とは仕切り直しか…。)

そう思って相手に視線を戻すと―


土石流は霧散して床の水溜り(のようなイメージ)になり、男はその場に倒れこんで動かなくなっていた。

(この男も酔いつぶれたのか…?そういえばリリックにもよくわからない言葉遣いがあったし。)


「あ…あ 何… が…?」


ケイジに支えられた女が呆然と目を見開いている。
ひとまず助けることはできたようだった。


「たかが偶然で調子に乗るなよ小僧…」

衝立で目隠しされていた座席から立ち上がる人影。
男たちはもう一人いたようだ。それもおそらくこの人物が最も格上に違いない。
そう思わせる落ち着きと風格を纏っていた。

「俺が相手をしてやる。この乱丸a.k.aオロチ様がな…」

目深に被った大きなフードを脱ぎ去ると、倒れている男たちと同じような刺青のスキンヘッドが露になる。
殴り合いをすればどうあっても勝てる見込みの無い筋骨隆々の巨躯。

何より<MC名>を持っている。これまでの男たちとは明らかに違う、間違いなく手練の威圧感。


―― ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ ドッ


自身の鼓動がビートのように空間を刻む。


――やってやる。


ケイジにもう迷いはない。



「情けない奴ら 争いは絶えない

 美女泣かす暴挙 見るに耐えない

 サエない悪党ヅラに与える天誅 

 俺が成敗する 暴れる電流」 



高鳴る鼓動に任せて、迷いひとつ無く先攻する。
MCバトルは通常、後攻が有利とされている。

「情けない」「絶えない」「耐えない」「サエない」、「与える天誅」に「暴れる電流」、先攻で思いつくライムを叩き込む。
リリック全体としても無理な流れはない。

フロウは本心から出た本気の叫び。
出来はまあ、自分のレベルとしては悪くないはず――ケイジは自己分析する。


うつむき加減の相手の表情は読めない。おそらくこれくらいでは全く動じないレベルの相手だ。


――かかって来い、2ターン目で俺の持つ全部をぶつけてやる。


顔を上げた敵の表情もやはり読めない。完全に感情を消しているのは、格下に対峙しようと一切慢心しない姿勢の表れか。
この対戦者は本当に強いに違いない。自分がもっと腕を上げたときに出会いたかった、とケイジは儚む。

オロチが息を吸う。



「まるで素人 まぐれに同情

 魔法は空振り 阿呆なあらすじ」



韻は着実、あくまで上からの姿勢、ラップを「魔法」と比喩するオシャレさ。

(――強敵だ …おそらく自分史上最大の。)

3、4小節目をある程度予想しながら脳をフル回転させ、2ターン目の戦術をチューニングする。
先攻の自分には次の攻撃で押し切るしかない。


(――大丈夫だ、俺には今、ラップの神様…ラップ神がついている…!)


ケイジは揺らがない。
MCバトルはちょっとした精神の揺らぎで、繰り出せる言葉が極端に狭くなってしまう。

これは心の強さを賭け金にしたレイズ合戦。
増してこちらには後ろの女― 負けて失うものがある。負けるわけにはいかない。



「這い寄れ火霊よ 宵闇を紅天に 」



やはりこの相手もよくわからないワードが混ざる。

(この世界の流行なのか、または知らない古典からの引用サンプリングなのか―)

ケイジは最上級の警戒をしながら、ほんの少し重心を落とす。



「愚者を送る燈明の― 」



男が4小節目をそこまで唱えたところで―


突如、男の周りが大爆発した。



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