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2章 RHYME
4. BATTLE 覚醒、魔法 SOMEDAY (RHYME MIX)
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◇◇◇
4. BATTLE 覚醒、魔法 SOMEDAY (RHYME MIX)
ライム・ヘタニーフムは慣れない酒場を巡回して、ある情報を探していた。
この国では16歳で成人の儀を挙げる者が多く、ライムも昨年済ませてはいたが、祝いの席でグラス半分の酒を飲んでぶっ倒れて以来、酒場には用事が無かった。
悪そうな奴は大体情報通。
酒場にこそ情報は集まる。そして酒を飲んだ客は口も軽い。
(卵とひよこのどっちが先かを問うようなものだが。)
そこに望みを見出して、ここ数日間、酒場を出入りしてはそれらしい人たちに声を掛けていたが、今日は巡り合わせが悪かった。
ある意味当たり、ある意味ハズレを引いてしまった。
「お嬢ちゃん、俺たちは宮廷魔法師試験の経験者だぜぇ? そんな情報、おいそれと話して聞かせるわけにはなぁ、なぁ?」
「も、もちろんそれなりの報酬をご用意させていただきます…!」
貨幣の入った布袋をジャラリと木製テーブルに乗せる。
話を聞くだけにしては明らかに重い質量が伺えた。
「はっはっはぁー、相場ってモンを知らねえのかな? こいつはこいつで戴くけどよおー」
ニヤニヤしながら男は視線をライムの脚から胸へとねめ上げる。
ライムの背筋に寒気が走る。だがこの程度で引くわけにはいかなかった。
「でしたら、お話次第では追加でお礼を―」
「あっひゃっひゃっひゃー!」
「ひゃっはー!」
隣の連れの男まで気色の悪い声で笑い始める。
「…上等な身体は勿論それとして、あの上等な身なり…かなり良い家柄だぜ。逃がすなよ」
「任せとけよ…ああー今夜が楽しみだなぁー」
間仕切りの後ろで密談とも言えないほどの声がした後、4人の男がライムを取り囲んだ。
全員、世紀末の村を荒らしまわり希望の種モミを奪って食べようとするような風体だ。
「―や…やめてください!私はそんなつもりは… ただ… あっやめてください…!!」
二人の男がライムに掴みかかる。
左右から両の二の腕を取られ一気に組み伏せられ―
かけたところで、か細く白い腕の先の掌底が男二人の顎を打ち抜いた。
その場に昏倒する二人を尻目に、乱れた袖を直す。
ライムは、徒手格闘の達人だった。
明らかに腕力で勝る大男の意識を二人同時に刈り取る。素手ながら居合い抜きかとも錯覚する洗練された掌の軌道。
未だ立っている残り二人の男の頬に冷たい汗が流れる。
「あ…ええと…その…なあ?おい…」
手前の男が視線をやや後ろに逸らす。
「あの、ん、げふんげふん… 俺たちに女を嬲る趣味はねえ…」
完膚なきまでの嘘だった。
想像を超えた武力の前に、精一杯取り繕いながら男はなおも視線を合わせない。
「お前、魔法師だろ?魔法師なら魔法師らしく魔法で勝負といかねえか?」
男の指摘は的を射ていた。
魔法師の話をわざわざ訊き回るなんて、魔法師以外には考えにくい。
自身の情報が露になったのは仕方がない。
しかし――
ライムには自信が無かった。
この世界の魔法には、大きく二つの要素がある。
一つ、呪文の内容
一つ、呪文の詠唱
言葉そのものに魔力が宿り、その言葉の組み合わせで呪文が組みあがる。
そこから生成される魔法の効果・威力は、その呪文の内容とそれを詠唱する際の技術で大幅に変わる。
内容には特に「独自性」「即興性」が重視され、
詠唱には特に「明瞭さ」「術師の情念」が重視される。
「その場で初めて生まれた自分だけの情念を明瞭に構成し詠唱する」。
それは言葉同士の繋がりの力を借りた心の叫びとなり、現実に干渉し、事象を創造する。
それを交互に4拍子に乗せて抑揚と節回しを操り、詠唱し合って、相手に勝る効果を呼び起こす。
それが魔法。
それを操るのがこの世界の魔法師である。
細かい技法は多々あるものの、それは知識と経験がものを言う。
呪文の研究に、若いながら半生以上を費やしてきたライムには、知識はあっても経験と実践力が絶望的に欠けていた。
前に出た男が派手なブーツで床を打ち鳴らす。
ライムが勝負を受けるとも言わないうちに、ビートが場を占領してしまう。
逃げるタイミングはもう無い。
ライムは両手を強めに握った。
酒場の入り口から新たに客が入ってきたことに気付かないほど、集中していた。
「お嬢ちゃんママゴトはその辺にしな
俺が見せてやるぜ今夜はいい夢
踊れ 星の精 真夜中のサーカス
告げろ 純血に サヨナラの挨拶」
「真夜中のサーカス」「サヨナラの挨拶」という部分は呪言の乗算、
つまりリズムや韻の同じ言葉を合わせて魔法の効果を高める技術。
これによって言葉自体に宿る魔力が増幅される。
それを組み合わせた呪節。
「サーカス」と「挨拶」で少し韻にズレがあるため、致命的な威力には達していない。
三節目で精霊を使役する伏句によって、魔法効果を明確にする。
男を中心に淀み始める周囲の空気。
これは術が発動している表れだ。
遣うのは「星の精」。
相手は、ライムに夜の魔法、つまり精神操作による催眠をかけようとしていた。
少女一人をかどわかすだけのために、これだけの手口。
宮廷魔法師試験の経験者という話は伊達ではないようだった。
「アナタが相手じゃ踊れない
二番も歌えぬローレライ
酒精よ巡れ 愚者の血脈
昏きに砕け散る 夢魔の悦楽」
1、2節で相手の意図を弾き、
3節で精霊を操る伏句、
相手が飲んでいたであろうアルコールの巡りを急加速し、
4節で酔い潰れさせる反転の精神操作、夜の魔法。
ライムにとっては自分で制御できるかどうかギリギリの節回し。知識はあっても技術がないことに自覚はある。
だが目の前の男は床に膝をつく。自分程度の魔法が効いている。
相手に元から酔いが回っていたとはいえ1ターンで勝敗が決するとは、思ったほど警戒すべき使い手ではなかったようだ。
ライムを取り囲んだ最後の男がゆっくりとローブを脱ぎ捨てる。
「女だと思って甘く見ていたが… 少し痛い目にあってもらおうか」
「とっくに痛い目にはあっています…! ハァ…ハァ…」
ライムはそもそも経験値以前に実戦を苦手としていた。
知識がある分、それに振り回されて迷い、決定打を選べない。そして手筋を迷う分、大きく魔力を消耗してしまう。
果たしてもう一人を相手にして無事でいられるかどうか…。
ライムの思いに反して、敵はより冷静な攻撃を仕掛けてくる。
「俺は二枚目 合わすぜ痛い目
碧き深淵 砕けよ波濤
眼下を連なる二手の魔導
逆巻き穿て 愚者の心臓」
「二枚目」「痛い目」、「砕けよ波濤」「二手の魔導」「ハート」。
呪言乗算 ―韻を踏むことでそれぞれの呪言の威力を高めている。
そして水精を使役する伏句を、4節のうち3節も使って事象を創造する。
水の魔法、それも左右二波を同時に濁流にして対戦者を呑み込もうとする強化魔法。
ガランとした酒場を急激に満たしながら水流がライムに迫る。
これを撥ね退けるまでの実力は、ライムには無い。
ギリギリで受け止める他に選択肢を見出せない。
「流れる水は腐らない
剥がれる絆 くだらない
警鐘は土石となり流れを奪う
閉ざし埋もれよ 泥濘の堰」
使役するのは土の精。
床を割り地盤の土を持ち上げ土塁を形成する。
1小節目で可能な限り流れの勢いを緩め、敵の詠唱をくじき、伏句で堰き止める。
しかし――
水の魔法に打ち勝てる土の魔法は、ライムの不得意とするところだった。
その効果のほどを、敵は目ざとくも明確に読み取った。
「見せ掛けの堰 中身は亡骸
威力は矮小 不得手は明らか
赤壁を越えきる土石流
か細い腕の魔力は燃え散る」
土堰が見せ掛けだけのものであることを看破された。
こちらの魔法の効力を最大限に弱める1,2小節目の暗鎖。
相手の出方に応じて対抗策を講じるという、後攻の最大のメリットを行使される。
「即興性」が威力を上乗せするこの戦いにおいて、敵の動きを看破する内容の呪節は敵の魔法の妨害に直結する。
そして「赤壁を越え」は、「呪節参引」と言われる技術であり、古典呪文の呪節を引用した部分。
「PSYCO狼」という昔の魔術師が開発した防御破壊魔法「アイアス・ブレイク」の呪文の一節を組み込み、その威力を借りている。
土堰の構築がライムの最後の魔力を搾り取った。もう敵の攻撃に抗う術は無い。
(――身の程もわきまえずに、こんな場所で利を得ようと思ったのが間違いでした…。)
土石流にまみれた後、どんな仕打ちを受けるのだろうか。
相手を3人も倒れさせているのだから、それ相応の仕打ちが為されるに違いない。
仕方がない、自分が弱かった。
弱者は強者に蹂躙される。
善良な人間は、悪そうな奴に喧嘩では勝てない。
土石流が襲い掛かる中、ライムは目を閉じ、震えていた膝の力を抜いた。
「腐った状況は説明不要」
崩れ落ちるライムの肩を支える体温があった。
目が開かない。何が起こったかわからない。
それでもライムは身体が宙を舞う感覚にとらわれた。
迫り来る濁流とライムの間に無関係の男が割って入ったのを、ライムは肩と背中で感じ取った。
「俺の電撃フロウがお前を貫く」
瞬間、敵の背筋が痙攣したように伸びきる。
片目だけどうにか開けられたライムの網膜には、白目をむいた対戦者の姿が映る。
(まさか――)
速攻魔法、それも全系統中最速の雷光の魔法。
昔話でしか聞いた事のないそんな魔法を扱う魔法師など、今生見たことがない。
意識が朦朧として少し目を閉じていたから、見間違えだろうか。
ライムは失神一歩手前から一瞬で目が覚める。
「女神の肯く大正義で裁く
ここはまるで砂漠 お前は砂粒」
割り入った男の詠唱と同時に、濁流がみるみる砂とつぶてに変わっていく。
結果的に店内は水浸しになったが、波は一滴たりともライムには届かなかった。
(――魔法の消去? いいえ、放たれた水だけが何か別の物質に変えられたかのような―。)
(――それに「女神の肯く大正義」
…まさか神話の一節を呪節参引した、大聖天RYUCAの光の魔法からの再参引…?)
(否、そんなことを人間の身でできるわけが無い。下手をすれば呪文に精神を取り込まれ、廃人になってしまう。)
(やっぱり今の自分は冷静ではない、おそらくまだ夢うつつで幻想をみているのだろう。)
ライムは必死に冷静になろうとするが、考えがまるでまとまらない。
「あ…あ 何… が…?」
呆然と目を見開き、肩を持ってくれた無関係の男の顔を見る。
敵対する男より二回りも小柄で、年も自分と変わらない10代後半の少年に見える。
肩で触れた少年の胸から、ビートを刻むような鼓動が伝わった。
「たかが偶然で調子に乗るなよ小僧…」
静観していた男たちのボス格が席から立ち上がった。
衝立から覗いた顔は、ライムでも知っている有名な外道魔法師だった。
「俺が相手をしてやる。この乱丸AKAオロチ様がな…」
(――こんな大物の手下を私は相手にしていたの…!?)
知らないということは恐るべき傾倒だった。
探している情報をこの人物なら持っているかもしれないが、この状況でそれを聞き出すことはこの少女の人生を3回分は必要としていた。
だが無関係だったはずの男はライムを床に座らせ、さらに歩を進めた。
「情けない奴ら 争いは絶えない
美女泣かす暴挙 見るに耐えない
サエない悪党ヅラに与える天誅
俺が成敗する 暴れる電流」
AKAオロチに対峙した男の足元から青白い光がほとばしる。
水浸しだった店内から見る間に水気が引いていく。
(――やっぱり水を何か別のものに変換している…それにこれは…!?)
今度は間違いない。これは昔話で聞いた、雷光の魔法。
見たことが無くても、間違いないと断言できる。
光の魔法だけではありえない威圧感。そして詠唱中にも発動する速度。
AKAオロチは眼前の光景に意識を奪われ、無表情になっている。
相手のそれが伝説の雷光の魔法であることは一目でわかる。
が、使い手がいない分、前例も少なく、敵の狙いが全くわからない。
この時点で自分に対して何も魔法の効果は発現していない。
魔法戦は精神の戦い。
わからないことに心を揺らしては勝てるはずのものも勝てない。
ここは正道的に対応するしかない。
「まるで素人 まぐれに同情
魔法は空振り 阿呆なあらすじ」
両節の韻だけを盾に、ひとまず防御姿勢からこちらからの攻撃の糸口を作る。
しかしこの時点で、一見なにも作用していないかのような先攻の攻撃は効果を発揮していた。
「這い寄れ火霊よ 宵闇を紅天に
愚者を送る燈明の―」
自分が得意とする火の魔法を発動させようと、掌にマッチを擦ったくらいの火種を作った瞬間だった。
火種が周囲の気体と急激に反応し、術者の周囲一体が爆発した。
比喩ではなく、爆発した。
濁流に対する「電撃フロウ」が、あたりを「砂漠」にすべく水を電気分解し、店内はAKAオロチを中心に水素と酸素で満たされていた。
その中での直接の引火による、紛れも無い爆発だった。
AKAオロチは立ち位置から数メートル離れたところで倒れていた。
ケイジとライムも壁まで吹っ飛んでいたが、元の体勢が低かったので少し身体を打った程度で済んだ。
酒場自体は半壊していた。
ライムは今度こそ両目を開け、自分を助けてくれた少年をまじまじと見た。
先ほど少し視界に捉えた姿より、やや髪の毛がチリチリの黒人シンガーのようになっていた。
「いてて…なにこれ…これ俺勝ち?負け?途中で終わったから俺の勝ちっぽくね?そういうルール無いっけ?」
ライムは見た。
感覚に思考が追いつかず混乱しているものの、割り込み男が劣勢を1ターンだけで閃光のように相手を下した場面を。
そして完全に警戒態勢だった大物賞金首・AKAオロチに呪文を完成させずに自爆させた場面を。
「あなたは…どうしてこんな…」
要領を得ない聞き方しか、今のライムにはできなかった。
「どうしてこんなことができるのか」という問いだったが、ケイジは「どうしてこんな場所に」という質問だと解した。
「えっと… 宮廷の…オーディションを受けたくて――」
立ち上がろうとした瞬間、ライムはこの信じられない魔法師の手を取り、まっすぐに顔を見つめて言う。
「あなたが…私の探していた方に違いありません…!!」
◇◇◇
(第5話に続く)
4. BATTLE 覚醒、魔法 SOMEDAY (RHYME MIX)
ライム・ヘタニーフムは慣れない酒場を巡回して、ある情報を探していた。
この国では16歳で成人の儀を挙げる者が多く、ライムも昨年済ませてはいたが、祝いの席でグラス半分の酒を飲んでぶっ倒れて以来、酒場には用事が無かった。
悪そうな奴は大体情報通。
酒場にこそ情報は集まる。そして酒を飲んだ客は口も軽い。
(卵とひよこのどっちが先かを問うようなものだが。)
そこに望みを見出して、ここ数日間、酒場を出入りしてはそれらしい人たちに声を掛けていたが、今日は巡り合わせが悪かった。
ある意味当たり、ある意味ハズレを引いてしまった。
「お嬢ちゃん、俺たちは宮廷魔法師試験の経験者だぜぇ? そんな情報、おいそれと話して聞かせるわけにはなぁ、なぁ?」
「も、もちろんそれなりの報酬をご用意させていただきます…!」
貨幣の入った布袋をジャラリと木製テーブルに乗せる。
話を聞くだけにしては明らかに重い質量が伺えた。
「はっはっはぁー、相場ってモンを知らねえのかな? こいつはこいつで戴くけどよおー」
ニヤニヤしながら男は視線をライムの脚から胸へとねめ上げる。
ライムの背筋に寒気が走る。だがこの程度で引くわけにはいかなかった。
「でしたら、お話次第では追加でお礼を―」
「あっひゃっひゃっひゃー!」
「ひゃっはー!」
隣の連れの男まで気色の悪い声で笑い始める。
「…上等な身体は勿論それとして、あの上等な身なり…かなり良い家柄だぜ。逃がすなよ」
「任せとけよ…ああー今夜が楽しみだなぁー」
間仕切りの後ろで密談とも言えないほどの声がした後、4人の男がライムを取り囲んだ。
全員、世紀末の村を荒らしまわり希望の種モミを奪って食べようとするような風体だ。
「―や…やめてください!私はそんなつもりは… ただ… あっやめてください…!!」
二人の男がライムに掴みかかる。
左右から両の二の腕を取られ一気に組み伏せられ―
かけたところで、か細く白い腕の先の掌底が男二人の顎を打ち抜いた。
その場に昏倒する二人を尻目に、乱れた袖を直す。
ライムは、徒手格闘の達人だった。
明らかに腕力で勝る大男の意識を二人同時に刈り取る。素手ながら居合い抜きかとも錯覚する洗練された掌の軌道。
未だ立っている残り二人の男の頬に冷たい汗が流れる。
「あ…ええと…その…なあ?おい…」
手前の男が視線をやや後ろに逸らす。
「あの、ん、げふんげふん… 俺たちに女を嬲る趣味はねえ…」
完膚なきまでの嘘だった。
想像を超えた武力の前に、精一杯取り繕いながら男はなおも視線を合わせない。
「お前、魔法師だろ?魔法師なら魔法師らしく魔法で勝負といかねえか?」
男の指摘は的を射ていた。
魔法師の話をわざわざ訊き回るなんて、魔法師以外には考えにくい。
自身の情報が露になったのは仕方がない。
しかし――
ライムには自信が無かった。
この世界の魔法には、大きく二つの要素がある。
一つ、呪文の内容
一つ、呪文の詠唱
言葉そのものに魔力が宿り、その言葉の組み合わせで呪文が組みあがる。
そこから生成される魔法の効果・威力は、その呪文の内容とそれを詠唱する際の技術で大幅に変わる。
内容には特に「独自性」「即興性」が重視され、
詠唱には特に「明瞭さ」「術師の情念」が重視される。
「その場で初めて生まれた自分だけの情念を明瞭に構成し詠唱する」。
それは言葉同士の繋がりの力を借りた心の叫びとなり、現実に干渉し、事象を創造する。
それを交互に4拍子に乗せて抑揚と節回しを操り、詠唱し合って、相手に勝る効果を呼び起こす。
それが魔法。
それを操るのがこの世界の魔法師である。
細かい技法は多々あるものの、それは知識と経験がものを言う。
呪文の研究に、若いながら半生以上を費やしてきたライムには、知識はあっても経験と実践力が絶望的に欠けていた。
前に出た男が派手なブーツで床を打ち鳴らす。
ライムが勝負を受けるとも言わないうちに、ビートが場を占領してしまう。
逃げるタイミングはもう無い。
ライムは両手を強めに握った。
酒場の入り口から新たに客が入ってきたことに気付かないほど、集中していた。
「お嬢ちゃんママゴトはその辺にしな
俺が見せてやるぜ今夜はいい夢
踊れ 星の精 真夜中のサーカス
告げろ 純血に サヨナラの挨拶」
「真夜中のサーカス」「サヨナラの挨拶」という部分は呪言の乗算、
つまりリズムや韻の同じ言葉を合わせて魔法の効果を高める技術。
これによって言葉自体に宿る魔力が増幅される。
それを組み合わせた呪節。
「サーカス」と「挨拶」で少し韻にズレがあるため、致命的な威力には達していない。
三節目で精霊を使役する伏句によって、魔法効果を明確にする。
男を中心に淀み始める周囲の空気。
これは術が発動している表れだ。
遣うのは「星の精」。
相手は、ライムに夜の魔法、つまり精神操作による催眠をかけようとしていた。
少女一人をかどわかすだけのために、これだけの手口。
宮廷魔法師試験の経験者という話は伊達ではないようだった。
「アナタが相手じゃ踊れない
二番も歌えぬローレライ
酒精よ巡れ 愚者の血脈
昏きに砕け散る 夢魔の悦楽」
1、2節で相手の意図を弾き、
3節で精霊を操る伏句、
相手が飲んでいたであろうアルコールの巡りを急加速し、
4節で酔い潰れさせる反転の精神操作、夜の魔法。
ライムにとっては自分で制御できるかどうかギリギリの節回し。知識はあっても技術がないことに自覚はある。
だが目の前の男は床に膝をつく。自分程度の魔法が効いている。
相手に元から酔いが回っていたとはいえ1ターンで勝敗が決するとは、思ったほど警戒すべき使い手ではなかったようだ。
ライムを取り囲んだ最後の男がゆっくりとローブを脱ぎ捨てる。
「女だと思って甘く見ていたが… 少し痛い目にあってもらおうか」
「とっくに痛い目にはあっています…! ハァ…ハァ…」
ライムはそもそも経験値以前に実戦を苦手としていた。
知識がある分、それに振り回されて迷い、決定打を選べない。そして手筋を迷う分、大きく魔力を消耗してしまう。
果たしてもう一人を相手にして無事でいられるかどうか…。
ライムの思いに反して、敵はより冷静な攻撃を仕掛けてくる。
「俺は二枚目 合わすぜ痛い目
碧き深淵 砕けよ波濤
眼下を連なる二手の魔導
逆巻き穿て 愚者の心臓」
「二枚目」「痛い目」、「砕けよ波濤」「二手の魔導」「ハート」。
呪言乗算 ―韻を踏むことでそれぞれの呪言の威力を高めている。
そして水精を使役する伏句を、4節のうち3節も使って事象を創造する。
水の魔法、それも左右二波を同時に濁流にして対戦者を呑み込もうとする強化魔法。
ガランとした酒場を急激に満たしながら水流がライムに迫る。
これを撥ね退けるまでの実力は、ライムには無い。
ギリギリで受け止める他に選択肢を見出せない。
「流れる水は腐らない
剥がれる絆 くだらない
警鐘は土石となり流れを奪う
閉ざし埋もれよ 泥濘の堰」
使役するのは土の精。
床を割り地盤の土を持ち上げ土塁を形成する。
1小節目で可能な限り流れの勢いを緩め、敵の詠唱をくじき、伏句で堰き止める。
しかし――
水の魔法に打ち勝てる土の魔法は、ライムの不得意とするところだった。
その効果のほどを、敵は目ざとくも明確に読み取った。
「見せ掛けの堰 中身は亡骸
威力は矮小 不得手は明らか
赤壁を越えきる土石流
か細い腕の魔力は燃え散る」
土堰が見せ掛けだけのものであることを看破された。
こちらの魔法の効力を最大限に弱める1,2小節目の暗鎖。
相手の出方に応じて対抗策を講じるという、後攻の最大のメリットを行使される。
「即興性」が威力を上乗せするこの戦いにおいて、敵の動きを看破する内容の呪節は敵の魔法の妨害に直結する。
そして「赤壁を越え」は、「呪節参引」と言われる技術であり、古典呪文の呪節を引用した部分。
「PSYCO狼」という昔の魔術師が開発した防御破壊魔法「アイアス・ブレイク」の呪文の一節を組み込み、その威力を借りている。
土堰の構築がライムの最後の魔力を搾り取った。もう敵の攻撃に抗う術は無い。
(――身の程もわきまえずに、こんな場所で利を得ようと思ったのが間違いでした…。)
土石流にまみれた後、どんな仕打ちを受けるのだろうか。
相手を3人も倒れさせているのだから、それ相応の仕打ちが為されるに違いない。
仕方がない、自分が弱かった。
弱者は強者に蹂躙される。
善良な人間は、悪そうな奴に喧嘩では勝てない。
土石流が襲い掛かる中、ライムは目を閉じ、震えていた膝の力を抜いた。
「腐った状況は説明不要」
崩れ落ちるライムの肩を支える体温があった。
目が開かない。何が起こったかわからない。
それでもライムは身体が宙を舞う感覚にとらわれた。
迫り来る濁流とライムの間に無関係の男が割って入ったのを、ライムは肩と背中で感じ取った。
「俺の電撃フロウがお前を貫く」
瞬間、敵の背筋が痙攣したように伸びきる。
片目だけどうにか開けられたライムの網膜には、白目をむいた対戦者の姿が映る。
(まさか――)
速攻魔法、それも全系統中最速の雷光の魔法。
昔話でしか聞いた事のないそんな魔法を扱う魔法師など、今生見たことがない。
意識が朦朧として少し目を閉じていたから、見間違えだろうか。
ライムは失神一歩手前から一瞬で目が覚める。
「女神の肯く大正義で裁く
ここはまるで砂漠 お前は砂粒」
割り入った男の詠唱と同時に、濁流がみるみる砂とつぶてに変わっていく。
結果的に店内は水浸しになったが、波は一滴たりともライムには届かなかった。
(――魔法の消去? いいえ、放たれた水だけが何か別の物質に変えられたかのような―。)
(――それに「女神の肯く大正義」
…まさか神話の一節を呪節参引した、大聖天RYUCAの光の魔法からの再参引…?)
(否、そんなことを人間の身でできるわけが無い。下手をすれば呪文に精神を取り込まれ、廃人になってしまう。)
(やっぱり今の自分は冷静ではない、おそらくまだ夢うつつで幻想をみているのだろう。)
ライムは必死に冷静になろうとするが、考えがまるでまとまらない。
「あ…あ 何… が…?」
呆然と目を見開き、肩を持ってくれた無関係の男の顔を見る。
敵対する男より二回りも小柄で、年も自分と変わらない10代後半の少年に見える。
肩で触れた少年の胸から、ビートを刻むような鼓動が伝わった。
「たかが偶然で調子に乗るなよ小僧…」
静観していた男たちのボス格が席から立ち上がった。
衝立から覗いた顔は、ライムでも知っている有名な外道魔法師だった。
「俺が相手をしてやる。この乱丸AKAオロチ様がな…」
(――こんな大物の手下を私は相手にしていたの…!?)
知らないということは恐るべき傾倒だった。
探している情報をこの人物なら持っているかもしれないが、この状況でそれを聞き出すことはこの少女の人生を3回分は必要としていた。
だが無関係だったはずの男はライムを床に座らせ、さらに歩を進めた。
「情けない奴ら 争いは絶えない
美女泣かす暴挙 見るに耐えない
サエない悪党ヅラに与える天誅
俺が成敗する 暴れる電流」
AKAオロチに対峙した男の足元から青白い光がほとばしる。
水浸しだった店内から見る間に水気が引いていく。
(――やっぱり水を何か別のものに変換している…それにこれは…!?)
今度は間違いない。これは昔話で聞いた、雷光の魔法。
見たことが無くても、間違いないと断言できる。
光の魔法だけではありえない威圧感。そして詠唱中にも発動する速度。
AKAオロチは眼前の光景に意識を奪われ、無表情になっている。
相手のそれが伝説の雷光の魔法であることは一目でわかる。
が、使い手がいない分、前例も少なく、敵の狙いが全くわからない。
この時点で自分に対して何も魔法の効果は発現していない。
魔法戦は精神の戦い。
わからないことに心を揺らしては勝てるはずのものも勝てない。
ここは正道的に対応するしかない。
「まるで素人 まぐれに同情
魔法は空振り 阿呆なあらすじ」
両節の韻だけを盾に、ひとまず防御姿勢からこちらからの攻撃の糸口を作る。
しかしこの時点で、一見なにも作用していないかのような先攻の攻撃は効果を発揮していた。
「這い寄れ火霊よ 宵闇を紅天に
愚者を送る燈明の―」
自分が得意とする火の魔法を発動させようと、掌にマッチを擦ったくらいの火種を作った瞬間だった。
火種が周囲の気体と急激に反応し、術者の周囲一体が爆発した。
比喩ではなく、爆発した。
濁流に対する「電撃フロウ」が、あたりを「砂漠」にすべく水を電気分解し、店内はAKAオロチを中心に水素と酸素で満たされていた。
その中での直接の引火による、紛れも無い爆発だった。
AKAオロチは立ち位置から数メートル離れたところで倒れていた。
ケイジとライムも壁まで吹っ飛んでいたが、元の体勢が低かったので少し身体を打った程度で済んだ。
酒場自体は半壊していた。
ライムは今度こそ両目を開け、自分を助けてくれた少年をまじまじと見た。
先ほど少し視界に捉えた姿より、やや髪の毛がチリチリの黒人シンガーのようになっていた。
「いてて…なにこれ…これ俺勝ち?負け?途中で終わったから俺の勝ちっぽくね?そういうルール無いっけ?」
ライムは見た。
感覚に思考が追いつかず混乱しているものの、割り込み男が劣勢を1ターンだけで閃光のように相手を下した場面を。
そして完全に警戒態勢だった大物賞金首・AKAオロチに呪文を完成させずに自爆させた場面を。
「あなたは…どうしてこんな…」
要領を得ない聞き方しか、今のライムにはできなかった。
「どうしてこんなことができるのか」という問いだったが、ケイジは「どうしてこんな場所に」という質問だと解した。
「えっと… 宮廷の…オーディションを受けたくて――」
立ち上がろうとした瞬間、ライムはこの信じられない魔法師の手を取り、まっすぐに顔を見つめて言う。
「あなたが…私の探していた方に違いありません…!!」
◇◇◇
(第5話に続く)
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【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
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