6 / 57
2章 RHYME
5. 美少女とお礼、素人の俺に
しおりを挟む
◇◇◇
5. 美少女とお礼、素人の俺に
「あなたが…私の探していた方に違いありません…!!」
ライムは立ち上がるケイジの両手を取って、今にも抱きつきそうな距離まで顔を近づける。
爆風で被っていたフードが剥がれたらしく、目の覚めるようなブロンドと碧い目が露になる。
ケイジは思わずのけ反って少し寄り目になってしまう。
ライムは思ったより年若い十代後半の出で立ちで、驚くほどの美少女だった。
映画で見るような、ちょっと近寄りがたい、どこかの皇女様のような凛とした雰囲気を惜しげもなく放っている。
到底、こんな時間にこんな酒場でこんな荒くれ男たちと一戦交える人物には見えなかった。
「わ…私と一緒に来ていただけないでしょうか…!?」
両手を握る力はさらに強まり、強引に揃えた白い手首はその年齢不相応に豊かな胸の谷間に挟まっていた。
「ちょっ…えっと…えー、え…?」
ケイジはいわゆるランナーズハイ状態だった。
初めてのMCバトルで、いかにも悪そうな男を相手に立ち回ったのだ。
その上美少女を守った形になるなど、これまで身に覚えの無い快挙だった。
ラップの神様が降りてきていただけのことはあった。
「その…助けていただいたお礼もしたいですし…私の家にいらしてくださいませんか?」
美少女の家に。
平静であれば、ケイジは前世の記憶の影響で、25歳に満たない異性に興味を持つはずは無かった。
一回り以上離れた女子と好きなミュージシャンの話をして双方支離滅裂の空中戦になったりするなど、この世で最も非生産的な愚行だと遠い記憶が告げていた。
――が。
「今日は両親も遠出していますので…。」
今のケイジはランナーズハイだった。
ランナーのランナーがハイになってゴールにフィニッシュしても、よいのではないか。
思考が混濁する。彼女が何者なのかもわからないというのに。
「そうまで言うのであれば――」
返答しかけて、ふと自分たちへの視線に気がついた。
爆風を何とか凌いだらしい酒場のカウンターの向こうに、店員らしい人影があった。
あらためて半壊した店内を見直す。
半壊とはいえ、ほとんど全部立て直すことになるだろう。
この場合、誰のせいになるのだろうか。ケイジはいさかいの経緯を正確には知らない。
自分も関係者になるんだろうか?おそらくそれは間違いない。
――こうなったら、ここの店主をMCバトルで倒して容赦を勝ち取るしかない…!
ケイジにはラップ神が降りてきていた。
しかし、勝手に盛り上がるケイジを、ライムが現実に引き戻す。
「ひとまずここを離れましょう、表に人が集まってきてますし、この場はあまり人に見られない方が―」
「えっ、このお店はどう―」
「他のお客や店員の方に怪我人はいないようですし、お店のことなら問題ありません。さあ!」
「問題ないってそんな…」
ライムはケイジの手を取ったまま、外へ走り出した。
手を引かれて走りながら、ケイジは前世で観たのであろう、皇女がローマで休日を楽しむ映画を思い出していた。
大通りとは逆の裏道を抜け、どんどん人気の無い道に入っていく。
冷静に考えれば、ケイジはこの美少女のことを何も知らないし、悪そうな奴らと揉めていたような人間なのだから、むしろ警戒すべき相手なのかもしれなかった。
実は目的地へ誘い込んで仲間と共に身包みを剥ごうとしている盗賊だとか、美人局を企む悪徳娼婦なんてこともありえなくはない。
しかし、ケイジはランナーズハイであった。
悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっている。
――お分かりいただけるだろうか。
悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっているのだ。
余計なことを考えている暇は無い。否、余計なことのみに脳内が占領されている。
果たしてお礼とは、どんなものなのだろうか…?
結論のわかりきった次週の内容を白々しく引っ張る、大人気少年漫画のアニメのラストのナレーションが再生される。
モテるためにラップを始める青少年は多いと聞く。
なるほど、モテる。これはモテる。
99%は若気の至りで、大人になってから黒歴史になるに違いない。
しかし残りの1%はモテるラッパーになる。
悪そうな奴は大体女をはべらせている。
(因果としては逆で、女をはべらせているから悪そうな奴に見えるのだろうが。)
そして悪そうなミュージシャンは、そうでないミュージシャンを馬鹿にできる。
悪そうなミュージシャンこそがミュージシャンの生態系の頂点。
音楽に国境は無いが格差はあるのだ。
悪そうなミュージシャンの第一歩として、出会ったばかりのこの美女と今夜――。
そこまで考えた(そこまでしか考えていない)ところで、先行者は歩みを止めた。
「勝手口で申し訳ありませんが、ここから入ってください。」
ライムの指差す先には、石造りの様々な装飾が散りばめられた仰々しい門と、その奥に観光ガイドブックで見るような宮殿がそびえていた。
◇◇◇
(第6話に続く)
5. 美少女とお礼、素人の俺に
「あなたが…私の探していた方に違いありません…!!」
ライムは立ち上がるケイジの両手を取って、今にも抱きつきそうな距離まで顔を近づける。
爆風で被っていたフードが剥がれたらしく、目の覚めるようなブロンドと碧い目が露になる。
ケイジは思わずのけ反って少し寄り目になってしまう。
ライムは思ったより年若い十代後半の出で立ちで、驚くほどの美少女だった。
映画で見るような、ちょっと近寄りがたい、どこかの皇女様のような凛とした雰囲気を惜しげもなく放っている。
到底、こんな時間にこんな酒場でこんな荒くれ男たちと一戦交える人物には見えなかった。
「わ…私と一緒に来ていただけないでしょうか…!?」
両手を握る力はさらに強まり、強引に揃えた白い手首はその年齢不相応に豊かな胸の谷間に挟まっていた。
「ちょっ…えっと…えー、え…?」
ケイジはいわゆるランナーズハイ状態だった。
初めてのMCバトルで、いかにも悪そうな男を相手に立ち回ったのだ。
その上美少女を守った形になるなど、これまで身に覚えの無い快挙だった。
ラップの神様が降りてきていただけのことはあった。
「その…助けていただいたお礼もしたいですし…私の家にいらしてくださいませんか?」
美少女の家に。
平静であれば、ケイジは前世の記憶の影響で、25歳に満たない異性に興味を持つはずは無かった。
一回り以上離れた女子と好きなミュージシャンの話をして双方支離滅裂の空中戦になったりするなど、この世で最も非生産的な愚行だと遠い記憶が告げていた。
――が。
「今日は両親も遠出していますので…。」
今のケイジはランナーズハイだった。
ランナーのランナーがハイになってゴールにフィニッシュしても、よいのではないか。
思考が混濁する。彼女が何者なのかもわからないというのに。
「そうまで言うのであれば――」
返答しかけて、ふと自分たちへの視線に気がついた。
爆風を何とか凌いだらしい酒場のカウンターの向こうに、店員らしい人影があった。
あらためて半壊した店内を見直す。
半壊とはいえ、ほとんど全部立て直すことになるだろう。
この場合、誰のせいになるのだろうか。ケイジはいさかいの経緯を正確には知らない。
自分も関係者になるんだろうか?おそらくそれは間違いない。
――こうなったら、ここの店主をMCバトルで倒して容赦を勝ち取るしかない…!
ケイジにはラップ神が降りてきていた。
しかし、勝手に盛り上がるケイジを、ライムが現実に引き戻す。
「ひとまずここを離れましょう、表に人が集まってきてますし、この場はあまり人に見られない方が―」
「えっ、このお店はどう―」
「他のお客や店員の方に怪我人はいないようですし、お店のことなら問題ありません。さあ!」
「問題ないってそんな…」
ライムはケイジの手を取ったまま、外へ走り出した。
手を引かれて走りながら、ケイジは前世で観たのであろう、皇女がローマで休日を楽しむ映画を思い出していた。
大通りとは逆の裏道を抜け、どんどん人気の無い道に入っていく。
冷静に考えれば、ケイジはこの美少女のことを何も知らないし、悪そうな奴らと揉めていたような人間なのだから、むしろ警戒すべき相手なのかもしれなかった。
実は目的地へ誘い込んで仲間と共に身包みを剥ごうとしている盗賊だとか、美人局を企む悪徳娼婦なんてこともありえなくはない。
しかし、ケイジはランナーズハイであった。
悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっている。
――お分かりいただけるだろうか。
悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっているのだ。
余計なことを考えている暇は無い。否、余計なことのみに脳内が占領されている。
果たしてお礼とは、どんなものなのだろうか…?
結論のわかりきった次週の内容を白々しく引っ張る、大人気少年漫画のアニメのラストのナレーションが再生される。
モテるためにラップを始める青少年は多いと聞く。
なるほど、モテる。これはモテる。
99%は若気の至りで、大人になってから黒歴史になるに違いない。
しかし残りの1%はモテるラッパーになる。
悪そうな奴は大体女をはべらせている。
(因果としては逆で、女をはべらせているから悪そうな奴に見えるのだろうが。)
そして悪そうなミュージシャンは、そうでないミュージシャンを馬鹿にできる。
悪そうなミュージシャンこそがミュージシャンの生態系の頂点。
音楽に国境は無いが格差はあるのだ。
悪そうなミュージシャンの第一歩として、出会ったばかりのこの美女と今夜――。
そこまで考えた(そこまでしか考えていない)ところで、先行者は歩みを止めた。
「勝手口で申し訳ありませんが、ここから入ってください。」
ライムの指差す先には、石造りの様々な装飾が散りばめられた仰々しい門と、その奥に観光ガイドブックで見るような宮殿がそびえていた。
◇◇◇
(第6話に続く)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う
こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。
億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。
彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。
四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?
道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!
気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?
※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる