ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

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2章 RHYME

5. 美少女とお礼、素人の俺に

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◇◇◇
5. 美少女とお礼、素人の俺に


「あなたが…私の探していた方に違いありません…!!」


ライムは立ち上がるケイジの両手を取って、今にも抱きつきそうな距離まで顔を近づける。

爆風で被っていたフードが剥がれたらしく、目の覚めるようなブロンドと碧い目が露になる。
ケイジは思わずのけ反って少し寄り目になってしまう。


ライムは思ったより年若い十代後半の出で立ちで、驚くほどの美少女だった。
映画で見るような、ちょっと近寄りがたい、どこかの皇女様のような凛とした雰囲気を惜しげもなく放っている。

到底、こんな時間にこんな酒場でこんな荒くれ男たちと一戦交える人物には見えなかった。


「わ…私と一緒に来ていただけないでしょうか…!?」


両手を握る力はさらに強まり、強引に揃えた白い手首はその年齢不相応に豊かな胸の谷間に挟まっていた。

「ちょっ…えっと…えー、え…?」

ケイジはいわゆるランナーズハイ状態だった。

初めてのMCバトルで、いかにも悪そうな男を相手に立ち回ったのだ。
その上美少女を守った形になるなど、これまで身に覚えの無い快挙だった。


ラップの神様が降りてきていただけのことはあった。


「その…助けていただいたお礼もしたいですし…私の家にいらしてくださいませんか?」

美少女の家に。

平静であれば、ケイジは前世の記憶の影響で、25歳に満たない異性に興味を持つはずは無かった。
一回り以上離れた女子と好きなミュージシャンの話をして双方支離滅裂の空中戦になったりするなど、この世で最も非生産的な愚行だと遠い記憶が告げていた。

――が。


「今日は両親も遠出していますので…。」


今のケイジはランナーズハイだった。
ランナーのランナーがハイになってゴールにフィニッシュしても、よいのではないか。
思考が混濁する。彼女が何者なのかもわからないというのに。

「そうまで言うのであれば――」

返答しかけて、ふと自分たちへの視線に気がついた。
爆風を何とか凌いだらしい酒場のカウンターの向こうに、店員らしい人影があった。

あらためて半壊した店内を見直す。

半壊とはいえ、ほとんど全部立て直すことになるだろう。
この場合、誰のせいになるのだろうか。ケイジはいさかいの経緯を正確には知らない。
自分も関係者になるんだろうか?おそらくそれは間違いない。


――こうなったら、ここの店主をMCバトルで倒して容赦を勝ち取るしかない…!


ケイジにはラップ神が降りてきていた。


しかし、勝手に盛り上がるケイジを、ライムが現実に引き戻す。

「ひとまずここを離れましょう、表に人が集まってきてますし、この場はあまり人に見られない方が―」
「えっ、このお店はどう―」
「他のお客や店員の方に怪我人はいないようですし、お店のことなら問題ありません。さあ!」
「問題ないってそんな…」

ライムはケイジの手を取ったまま、外へ走り出した。
手を引かれて走りながら、ケイジは前世で観たのであろう、皇女がローマで休日を楽しむ映画を思い出していた。

大通りとは逆の裏道を抜け、どんどん人気の無い道に入っていく。

冷静に考えれば、ケイジはこの美少女のことを何も知らないし、悪そうな奴らと揉めていたような人間なのだから、むしろ警戒すべき相手なのかもしれなかった。
実は目的地へ誘い込んで仲間と共に身包みを剥ごうとしている盗賊だとか、美人局を企む悪徳娼婦なんてこともありえなくはない。


しかし、ケイジはランナーズハイであった。


悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっている。

――お分かりいただけるだろうか。

悪漢から助けた美女と共に、両親不在の自宅へお礼を受けに向かっているのだ。


余計なことを考えている暇は無い。否、余計なことのみに脳内が占領されている。

果たしてお礼とは、どんなものなのだろうか…?
結論のわかりきった次週の内容を白々しく引っ張る、大人気少年漫画のアニメのラストのナレーションが再生される。


モテるためにラップを始める青少年は多いと聞く。

なるほど、モテる。これはモテる。


99%は若気の至りで、大人になってから黒歴史になるに違いない。
しかし残りの1%はモテるラッパーになる。

悪そうな奴は大体女をはべらせている。
(因果としては逆で、女をはべらせているから悪そうな奴に見えるのだろうが。)


そして悪そうなミュージシャンは、そうでないミュージシャンを馬鹿にできる。
悪そうなミュージシャンこそがミュージシャンの生態系の頂点。

音楽に国境は無いが格差はあるのだ。


悪そうなミュージシャンの第一歩として、出会ったばかりのこの美女と今夜――。


そこまで考えた(そこまでしか考えていない)ところで、先行者は歩みを止めた。



「勝手口で申し訳ありませんが、ここから入ってください。」



ライムの指差す先には、石造りの様々な装飾が散りばめられた仰々しい門と、その奥に観光ガイドブックで見るような宮殿がそびえていた。




◇◇◇
(第6話に続く)
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