ラップが魔法の呪文詠唱になる世界に転生したおじさん、うっかり伝説級の魔法を量産してしまう

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2章 RHYME

14. また日は暮れる、WHAT'S UP, WE ARE CRUEL

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◇◇◇
14. また日は暮れる、WHAT'S UP, WE ARE CRUEL


結果から言えば、これも瞬殺だった。


瞬殺というか、勝負が成立していなかった。

敵の小細工により、魔石球がいきなり砕け、礫の嵐となってケイジに襲い掛かるも、ケイジの体に接触する前に相手は倒れた。

「あ…うう…し、しびれ…あうう」

今どきコントでも見るかどうかのようなアフロ状態で倒れ込む少女を、ケイジは抱きかかえる。

相手は一応少女という扱いであり、「年端もいかぬ小さい子を叩きのめした」などというよろしくない見た目を払拭しようという保身だった。


時代劇などでちょくちょく見る、「背中をグッとやるやつ」を真似て、ケイジは少女の背中をグッとやる。

「かはぁっ!はぁっ!おっ…おええッ…」

効き目があるとは思っていなかったが、少女はちゃんと目を覚ました。
覚ました挙句、おそらく今朝食べたであろうものを吐いた。


「ハッ…!?」

我に返って少女はケイジの手を振りほどく。
そのまま転がるように距離をとって相手を確認し、状況を理解する。

「こっ…これで勝ったと思うなよ!」

少女はほうほうの体ながら、背後の屋根にすらりと登る。
そのまま屋根伝いに凄まじいスピードで走り去っていく。

ケイジとライムはなんの異議もなく、これを見送った。


勝ち負けの話をするのであれば完膚なきまでに少女の負けだった。

しかし逃げおおせるだけの気概は残しているあたり、満更彼女の力量をバカにもできない様でもあった。

――負けを認めて懸賞金をくれるはずではなかったか。

往生際が悪いにも程があった。
子供じゃないアピールをしていたようだが、そのあたりは子供だ。

(まあどうせお駄賃程度だろ、そもそも賞金首ってのも嘘かもしれないしな…)


一方ライムは、胸を撫で下ろし、やはり杞憂だったかと安堵していた。

ルールを違えて直接攻撃になれば、ケイジが速さで負けないのはこれまでのとおりだった。
それ以前に、少女は身なりや雰囲気からして、本来的に魔法師ではないのかもしれないと思っていた。

判断の迷いはおそらく彼女の権謀術数の内だったのだろう。


生来の魔法師でない人間が、魔法師として大成することはない。
それは学問上でも経験の上でも、ライムの思い知るところではあった。

断じて、少女は生来の魔法師ではなく、なんらかの強化術式を受けた後天的な戦闘員に違いない。

一体なぜ、彼女を奇襲要員としたのか。
それはともすれば実に残酷な采配かもしれなかった。


「…なんだったんだろうなアイツ…。いこうぜライム」


ライムは少し釈然としない面持ちのままだった。

今のところ、敵は本戦への推薦状狙いのため一人ずつバトル形式で襲撃してきているようだが―。

怖いのは、集団で来られた時。
なりふり構わず、体裁も気にせず、もしケイジを拉致しにきたら――。

「ケイジの命と引き換えに推薦枠を」となれば、いくら判を押している書類でも引き取らざるを得ない。

(――万が一のそのときは、なんとしても私が―。)





予選会場に着いた頃には、本日の取り組みはほとんど終わりかけだった。

昨日で勝ち抜けた者が抜け、さらに試合数が減っている。
3戦だけ見られたが、昨日の分を合わせても競技の8種類全部は見られなかった。

ラップバトルは、戦う側の人間からすると観戦だけでも神経を使う。
場外で戦ってきたケイジにとっては、3戦だけでも腹一杯だった。

――今日は早めに休もう。

客観的に、ケイジは疲労困憊だった。


ところが、心中とは打って変わって、その日の試合終わりにはWACKSとは無関係のただの雑魚に絡まれ始めた。

予選通過に点数の足りない連中の内で、貴族推薦枠の話が広まってしまっていたようだった。
絡んだところでおそらく推薦枠が自分に与えられることはないが、とにかく自分の上を行く人間の足を引っ張ろうという、八つ当たりの部分が大きかった。


しかしWACKSと違い、未だ予選にくすぶっている連中のこと。

ケイジは十把ひとからげにちぎっては投げちぎっては投げた。
夕暮れまでにケイジは計6人の相手をしていた。


むしろそういった連中にWACKSが潜んでいるかと思い、帰り道は街側の大通りの大回りを選んだが、結局そんなこともなく無事国領を出た。

多分ベッドに辿り着けば5秒で寝付くに違いない。
道すがら、ほとんど眠っていたといっても過言ではないほど、ケイジには余裕がなかった。


「す、すみません、今日は実家に戻らせていただきます、ううっ…!」

「いや戻れよ実家だろ」


ライムはこの二日遊び放題(?)だった分、一旦実家に戻ると言ってカッサネール領の大通りで別れた。

夜も宿には来ないとのことだった。
翌日も屋敷で用事を果たすため、お供できないということを侘び、悔やんでいた。


――…。


――やった…やったぞ…お嬢様が帰った…!
  自由ッ…!圧倒的自由ッ…!!


二晩立て続けに記憶のないケンジは、今晩こそはと自分の足で部屋に辿り着く。
全ての着衣を脱ぎ捨て、そのあと肌着だけもう一度着て、ベッドに倒れた。

ようやく自覚的に一人になることができ、ケンジは長めのため息を吐く。
予選免除のはずが、結局かなりの数のバトルを果たしてしまい、疲労困憊なのは間違いなかった。

だが手応えはあった。


――戦える。この俺でも充分戦えている…!!


所詮、予選日程もギリギリとなって裏ぶれた連中とのバトルばかりだったが、要領は掴んでいた。


――もう時代遅れのオジサンラップだの社会の犬だのとは言わせない。

  俺がレペゼン HIP HOP、

  HIP HOP a.k.a 俺だ…!


「お前がどう思おうと俺は俺のラップをやっていくだけ」という開き直りのお決まりバースではない。
一度童貞を卒業すると、周りの女みんなと寝られるような勘違いに陥るような、全能感にケイジは満ちていた。


お湯を浴びたい欲求を忘れて目を閉じると、星ひとつ見えない深淵の闇だった。





「なに、魔眼蛇王ノ牙バジリスクが4人も…!?
 そのうち1人が捕縛ですと…!?」

暗い部屋に立てられた燭台の火が大きく揺らめく。

「さらにシャム影が敗走…現在連絡がつきません」

それはもう二度と組織に戻らないということを意味していた。

魔眼蛇王ノ牙バジリスクは、組織の中にあってその出自や実力から絶対服従ではない異端者たちの呼称。

引き換えに上級位に着くこともなく、情報漏洩の恐れがないため追っ手を出すことはない。
実戦能力だけが彼らの利用価値だった。
 
「奴が負けた以上、残りは…もう神田HALを出すしか…」

「むう、あの者ですか…閣下、お言葉ですが私はあのような者を―」


「“あのような”?」


不意に3人の背後から声が降ってくる。
と同時に、何かが飛んできて手前のテーブルに刺さった。

拳サイズのダガーが、テーブル上のワインのコルクを打ち抜き突き立っていた。
全員すぐに声の方へ振り向いたが、誰の姿もない。

改めて刺さったナイフの方を向き直ると、そこには今まで確かに無かったはずの、黒尽くめの男の姿があった。


「それはこのような者のことかな」


身構える二人の目の前で、黒尽くめは椅子に座り、足をテーブルに上げてボトルごとワインを飲む。

「銘柄のわりに酸っぱいワインだ」

「貴様…神田HAL…いつの間に!」

「―ワインは銘柄ではないということだ。お前たちのようにな」

「くだらんシミリーだな」


神田と呼ばれた黒尽くめは、控えるでも悪びれるでもなく、ふてぶてしく笑みを浮かべる。


「わざわざ挨拶に来たんだ、うちじゃあ俺くらいだろうぜ」

「…口の減らん奴め、ここをどこだか心得ていてそれか」

「でなきゃこんなカビ臭いところには来ない」


「神田…シャム影が敗走した。事態は急を要する」

「―まあ言いたいことはわかった。ただし手段は任せてもらおう」

黒尽くめがワインボトルをテーブルに置いた途端、盾に真っ二つに割れる。
寸分たがわない二つの破片になっていた。

そのまま立ち上がり、3人に背中を向ける。

「神田…!?なにを…!?」

「今夜はいい晩だ―」


ボトルが割れて流れ出たワインの雫が床に落ちたとき、男の姿はもうどこにもなかった。


「フン、あんな者まで使うことになりますとは…」

「我らは…一体何と戦っておるのだ…?」

「そっ、それが、どう見ましても小娘連れのただの小僧でして…」

「小娘…?」


ソファに掛けた人物は中身が少しだけ残っていたワイングラスを持ち上げ―

「あの者の力は知っておるが、念には念を、だ」

「―と仰いますと…?」


そのままグラスを足元の石床に落とした。


「その小娘を利用せよ」




◇◇◇
(第15話へ続く)
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