猫被りも程々に。

ぬい

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June

02

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「あいつら全員サボりやったんか」
「一応怪我人もいたけどね」

怪我人はかすり傷程度で保健室で休む程の重傷はいなかったらしい。
流石生徒会長と言ったところか、俺達が保健室についた頃にはあれだけ人がいた保健室は誰一人いなくなっていた。

「久我、捻挫の手当て出来る?」
「全く」

保健教諭は戻ってくる気配もなく、ベッドに座らされた俺は二人の会話をただ眺める。暇なので時計を確認してみると針は15時を指しており、そろそろ全ての競技が終わる時間だった。

「もうすぐ閉会式だし先に生徒会の所に戻っていいよ。俺は手当てしたらすぐ戻るから他の人に伝えておいてくれる?」
「分かった。橘をよろしゅう頼むわ」

そう言って保健室から出ていく久我がドアを閉める。

暫くの間沈黙が続いた後、先程まで爽やかな笑みを浮かべていた目の前の男が我慢できなかったという様に吹き出してクスクスと肩を震わせ笑い始めた。

「会長」
「…ごめん。卓球で捻挫なんて随分と白熱した試合だったんだね」

マジでぶん殴りたい。
そんな衝動に駆られたが、ここで殴って手当てを乱暴にされるのも嫌なのでぐっと堪えた。我慢だ我慢。

会長は適当に保健室を物色し、氷袋を用意すると座っている俺の前にしゃがんで、氷袋を当てる。

「つめた…」
「とりあえず痛み和らぐまで冷やして」

言われるがまま、氷袋を当てて痛みが取れるのを待つ。
グラウンドからは聞こえてくる声援にうんざりしたのか会長は窓のカーテンを閉めて、溜息を吐いた後、俺の目の前にある椅子に座った。

「試合勝ちました?」
「俺が出た競技は一応ね」
「へー、何出たんです?」
「バスケとサッカー。これであと1種目出てたら確実に死んでたな」

バスケとサッカーに加えて隙間時間での見回り。
流石に会長もお疲れの様だった。
試合結果を聞く限り、生徒会長様は大活躍だった様でそこまで白熱していない卓球で怪我をしている自分が惨めで仕方ない。

冷やして、痛みが和らいだことを確認すると、今度は手際よく綺麗に包帯を足首に巻かれる。

「完成。後は今日1日安静ね」
「ありがとうございます」
「俺は閉会式あるから戻るけど、橘は…その足じゃ無理か。保健室残っとく?」

確かに大分痛みが和らいだとはいえ、ずっと立っておくのはしんどい。その言葉に頷くと「担任には俺が伝えておくから」と会長は保健室を後にした。

その姿を見送ってからベッドに横になる。
足をあげておくといいと言われたので適当にくるんだ毛布の上に足を置いてウトウトしていると、窓の外から物音が聞こえた。

「…誰?」
「あかん、見つかってもうた」

起き上がって、窓の方を見つめると明るめの茶色い髪の毛を揺らしながら入ってきたのは予想外の人物で。

「風紀委員長がそんな所で何してるんですか?」

会計の久我と同じ口調で話す人物。
胡散臭い笑顔を浮かべて、隣のベッドに腰掛ける久我秋斗くがあきとは正真正銘の久我春樹の兄であり、この学園の風紀委員長である。

「閉会式だるいし保健室でサボろかな~と思って」
「はあ…」

閉会式をサボる風紀委員長なんて許されていいのだろうか。
適当に相槌をうって話を合わせたが愛想笑いがいつにも増して引き攣る。

「生徒会長とは仲ええの?」

俺はその一言で余計に笑顔が引き攣った。
いつから?どこから?なんて本人に聞ける訳もなく、口が動かなくなるほど動揺する。

「別に委員会で普通に話す程度ですよ」
「ふーん」

会話を聞かれていたとしても、特にまずい会話はしていない。
会長は半分外面モードで接していたし、そもそも俺と会長は「仲がいいのか」と聞かれて「いいです」と答えれる様な関係ではない。
動揺することなんて何も無いのだ。

一瞬でそう考えて1番無難な答えで返したはずだが、暫くの沈黙が続いた後、風紀委員長が喉を鳴らして笑った。

「君、嘘つくの下手やなぁ」
「…はい?」
「弟そっくりやわ」

腹を抱えて笑う久我先輩に言い返そうと口を開いた瞬間、軽快な音楽が静かな室内に響いた。
どうやら久我先輩のスマホの着信音らしい。

目の前の男がなんの躊躇もなく、スマホを取り出して電話に出ると自分の所まで怒った様子の声が聞こえる。

「まあまあそんな怒らんでや。…うん、すぐ戻るから適当に誤魔化しといてくれへん?ほな、よろしく」 

反応的に電話の相手は風紀副委員長の白木だ。
閉会式に出ていない風紀委員長に気付き、お怒りモードで連絡したのが伺える。そりゃ、閉会式に風紀委員長がサボってたら怒るわな。

「じゃ、うちの姫さんがお怒りやから撤収しますわ。また今度な。橘くん」

何も言い返すことが出来ないまま、風のように現れ風のように去っていく風紀委員長の姿を眺めてそのままベッドに倒れ込むと急に思い出したかのように足がじくじくと痛み出す。極度の緊張状態ですっかり痛いことも忘れていた。

(あー…もういっそ死にたい…)

なぜこんなことになったのか。
落ち着かない気持ちでスマホをポケットから取り出し、[俺って嘘下手ですかね]と閉会式真っ最中であろう会長に送る。

とにかくこの気持ちをどうにか鎮めたい。
他人の迷惑も考えずメッセージを送るほどには動揺していた。
そして鋭い会長ならなんとなく俺の気持ちを察してくれるんじゃないかと思ったのだ。

そんな期待も虚しく、ほんの数秒後に返ってきたのは[下手]の2文字。

そういや、察してもこういうこと返してくるタイプの人間だったわ、この人。

閉会式中にスマホを弄るなよ、と少々理不尽な苛立ちを向けながら俺の心は晴れないまま、球技大会は幕を閉じたのであった。

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