猫被りも程々に。

ぬい

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November

05

「「「あ…」」」

消毒液の匂いがする真っ白な廊下。
3人の声が重なり、状況を理解する。

部屋の前の藤田紫と書かれたプレートから察しの通り、今日は要先輩と紫さんのお見舞いに行く話だった。
恐らく鞄を持って立ち尽くしている目の前の会長も俺達と同じでお見舞いに来たのだろう。

「あら、3人で来てくれたの?」
「さっき偶然会ったから」

逃げ出したい状況だったが当然そういう訳にもいかず、3人で紫さんのいる病室に入るといつもより一段と嬉しそうな声色で笑った。先程まで驚いた顔をしてた要先輩と会長はもうすっかりいつも通りの笑顔で接している。

「湊くんは要とも仲が良かったのねぇ」
「ああ、はい。同じ委員会の先輩で」
「あ、もしかしてあの時のお見舞い通ってたのって要のところ?」

気まずさを感じながらも紫さんの問い掛けに頷くと「こんな偶然ってあるのね」と少しびっくりしたように微笑んだ。

逃げ出したかったはずの時間は明るい紫さんのお陰であっという間に終わり。気が付けば夕方。

病院からの帰り道、俺と会長は勿論、寮生ではない要先輩も帰り道が途中まで同じでなんの会話も無く薄暗い道を歩く。
会長とも先日あんなことがあった後で気持ちが整理しきれてなかったし、更に俺に好意がある要先輩と3人となるとかなり気まずいというレベルではない。

この空気から逃れるため、文化祭の話でもしようかと迷っていると1番初めに言葉を発したのは要先輩だった。

「白木と付き合い始めたんだって?」

きっとわざとだ。
1番今選びたくなかった話題を振った要先輩に俺は鞄を握り締める。そんな俺に対して会長は特に動揺する訳でもなく真っ直ぐ前を見たまま答えた。

「うん。先週あたりから」
「中学以来だよね。凌が誰かと付き合うの」
「そうだっけ」

淡々と続く会話に俺は相槌を打つことも無くただ耳を傾けるだけ。何よりの救いは会長があまり話題を広げることなく簡潔に答えていることだった。
そのお陰か、白木の話はそこまで掘り下げられることも無くすぐに終了し、また静かな時間が戻る。

もうすぐ要先輩と別れる道でようやくこの状況から解放されると安堵した瞬間。

「僕、湊に告白したんだよね」
「ちょ、要先輩…」
「え、言ったらダメだった?」

またもやこのタイミングで有り得ないことを言い出した要先輩に今度は声を上げる。それに対してキョトンとした表情で首を傾げる要先輩に俺は何も言えず唇を震わせた。

駄目っていうか、今ここで話すべき事ではない。それは要先輩だって分かっているだろうに。先程からこの人が何も考えているのか俺にはわからなかった。

「…いいんじゃない?」

要の親衛隊も橘ならいいって言いそうだし。

ただそのまま立ち尽くしてる俺に会長は少し沈黙した後、そう言った。いつもと変わらない声音。でも表情は笑みを浮かべているわけでもなく無表情。

そんな会長を要先輩はじっと少し見つめてから、顔を前に向けて立ち止まる。

「じゃあ、僕こっちだから。また明日ね」
「あ、はい…また明日」

いつの間にか別れる道に着いていたらしい。
あっさりと去っていく要先輩の背中を見送った後、俺と会長はまた寮へ向けて歩き進めた。

「………」
「………」

そこからは会話がある筈もなく、足音だけが鳴り響く。
このまま2人で帰るわけにも行かないので駅付近の公園で自然と別れることになるだろう。早く着いて欲しいと心の底から願った。

「…要に告白されたんだ?」
「…まあ…」

やっと会長が何か話したと思えば先程の要先輩が振った話の続きで気まずさに少し歯切れの悪い返事を返す。そんな俺に構わず会長は話を終えることも無く会話を続けた。

「返事は?」
「返事は…要先輩にまだ答えなくていいって、言われたので…」 
「そう」

聞いてきた割には興味がなさそうな素っ気ない返事で特に返す言葉もない。そこからはまたお互い何も話さずに足を動かす。

そうしているうちに公園まではあと5分程度。きっとこのまま何も話さず別れて帰るだろう。
その時まではそう思っていた。

「…なんて答えるつもりだった?」

ぽつりと呟くように言った言葉でその予想は消える。静かな夜道のせいか独り言のように発した声ははっきりと耳に届いた。

この人は俺に一体なんて答えて欲しいのだろう。

まだ先日の出来事が整理しきれてない頭で問い掛けに対しての答えを必死に探す。
11月になったばかりの夜風は冷たく頬を撫でて、時折吹く風の音が騒がしい。

「…橘と会長?」

そんな時間も1人の男子生徒の声で終わりを告げた。

ネクタイの色からして俺と同じ学年の2年生だろう。クラスが違うので数回か見かけた事はあるが名前までは分からない。

「なんで2人で?」
「…たまたま帰る途中に会ったから少し話してた」
「そうなんですね!僕も今から帰るところなんです!」
「そっか。一緒に帰る?」
「はい!」

嬉しそうに頬を染めて会長の隣に移動した彼を見て、変な誤解をされずに済んで良かったという気持ちと先程の質問が有耶無耶になったという気持ちでほっと胸を撫で下ろす。

その後は結構寮まで会長と別れることなく男子生徒と3人で帰宅。
寮に着くなり羨ましそうに群がってきた他の生徒を適当にあしらうと自分の部屋へと戻った。

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