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November
02
「…幽霊?」
「違います」
「なんだ。お姉さんの幽霊かと思った」
早速生徒会室に向かい、扉を開けようとすると鍵が掛かっていた。ノックをすればすぐに鍵が開き、中に入ると開口一番会長とそんな冗談を交わす。
愛梨は取り巻きの子から貰ったらしいクレープを頬張りながらソファーに大人しく座っていた。
「まぁ男子校だものねぇ。最近そういうのも珍しくないって聞くし」
この学校の事情を話せば、母さんは特に困惑することもなく、すんなり納得。俺ですら入学した時なかなか飲み込めなかったのにやはり長年生きてきただけあると言ったところだろうか。いや、母さんが特殊なだけなのかもしれない。
「にしても凌くんの人気があんなにすごいと思わなかった」
「閉鎖的な空間なのでちょっと皆おかしくなってるみたいで…」
「でもそうよね。女の子も居ない所でこんなかっこいい子いたら皆ああなっちゃうわよねぇ」
普通はならねーよ。
心の中で突っ込みながら、母さんと適当に買ってきた食べ物を机の上に広げる。そして給湯室で飲み物をいれている会長を手伝っていると母さんが「あ!!!」と急に大きな声を上げた。
「何だよ、びっくりした…」
「もー早く言いなさいよ!!母さん全然気付かなかったわ~!凌くん、私のことは気軽にお母さんって呼んでちょうだいね!」
「何言って…」
「だってあんたら付き合ってんでしょ?」
今の話から急に息子までそういう扱いして来た母に笑顔が引き攣った。いや、確かに現在そっちの部類に入ってしまったが、その勘違いは今非常にまずい。マジで。
「何でそうなるんだよ、ちげーわ」
「実家連れてくるってそういうことじゃないの?」
「あれはほんとに事情があっただけだから」
机の上にお茶を置いて否定すると母は眉毛を下げて露骨に残念そうな顔で溜め息を吐いた。
「なんだー、残念」
「そこは安心するところだろ」
「だって凌くんよ?あんた人生1万回やり直してもこんな人なかなか出会えないわよ」
「まあ、そうかもしんねーけど…」
「なに?子供とかそういう話?それなら母さんは愛梨で満足してるから別にいいわ~」
久々の母親のマシンガントークについていけない俺は隣に座った会長に視線だけ送る。会長は俺たちに構うことなく愛梨ちゃんと他愛ない会話をしており、困っている俺を助けてくれる様子もない。逃げたな、こいつ。
仕方なく適当に母の話を聞き流していると満足したのか今度は会長の方に顔を向けて話を振った。
「で、どう?うちの子」
「え、あ、はい。いいと…思います…」
「…やだ、倦怠期?」
急に話を振られた会長が珍しく困惑気味に歯切れ悪く答えると母さんは心配そうな顔で今度は俺の方に顔を向ける。俺に聞かないで欲しい。
倦怠期も何もこの秋で色々ありすぎた。
前は聞き流せた冗談も数カ月で軽く受け流すことも出来ない。会長の返事が歯切れ悪かったのも多分そういうことだろう。
さすがに空気を読んだのが母はそこから特に変な冗談を言うことも無く、暫くは学園での生活や今現在俺が女装している理由など色々話した。
話していると段々話題もなくなり、会長も俺もこれから予定があるという事で母と愛梨は帰る支度をして、立ち上がる。
扉まで見送りに立つと愛梨は俺に抱きついたまま、泣きそうな声で言った。
「…帰りたくない」
「ダメよ、愛梨。凌くんも湊も忙しいんだから」
「だって、せっかくママに会えたのに…」
「それなら大丈夫。またいつでもママになってくれるから」
誰がいつそんなこと言ったんだよ。
随分と勝手なことを言う母にそう言ってしまいそうになったが愛梨が本当に泣き出してしまいそうだったのでそっと心の奥に留めておく。
「ほんと?またママの格好してくれる?」
「…愛梨がいい子にしてたらな」
「やったぁ!じゃあ、あいりいい子にしてる!ばぁば、帰ろ!!」
とりあえずあやすために頭を撫でて答えれば、愛梨はあっさり離れて母さんの方に向かった。今年の冬は寮で過ごすのもアリな気がする。
手を振って元気よく出ていく姿を見送った後、静かになった部屋で先程座っていた席に座ると会長は我慢しきれなかったように吹き出し、肩を震わせて笑った。
「いやー面白いな。橘家」
「誰かさんがチケット渡したせいですよ」
「だって断る理由ないし」
「せめて俺に報告くらいしてください」
言ってなかったっけ?と惚けているのか本当に忘れていたのか分からない会長に顔を顰めると、自分も先程座っていた席に腰をかける。
やっと笑い終わった会長はソファーの肘たてに頬杖をつくとまじまじと俺の方を凝視した。
「…なんですか」
「いや、本当にそっくりだなと。お姉さんと話してるみたいで変な気分になってきた」
「姉はもっとのほほんとしてましたけどね」
「へえ、どんな感じ?」
「どんな感じって…」
なんだよ、この流れ。真似しろってことか?
あまりに興味深々な様子で聞いてくるので俺は何回か咳払いをして記憶での姉を呼び起こした。
きっとこんな時。
俺よりも随分と愛想が良く、間延びした話し方で、姉だったらこう言うに違いない。
「…そ、そんな無茶ぶりされても、私出来ないよ~…」
普段使わない表情筋を動かし、喉を締めて出した声はいつもよりかなり高い。
こんなことを言うのもあれだが、我ながら結構似ていたと思う。記憶よりも少し低い気はするが。
隣の会長はへぇと感心した様に声を上げた後、黙って見つめたまま動かない。結構恥ずかしかったからもう少し何か反応して欲しい。
「…こんなことやらせないでください」
「今のもう1回やって。動画撮るから」
「絶っっ対嫌です」
「今の見たら愛梨ちゃん絶対喜ぶのに」
ポケットから携帯を取り出し、愛梨をダシにもう1回やらせようとしてきた会長に我慢しきれず俺はその場を立ち上がった。とにかく今すぐこの格好から解放されたい。
こういう時のために自分の着替えとクラスの人に貰ったメイク落としのシートを取り出して給湯室に向かう。
「何するの?」
「化粧落として着替えるんです」
「せっかく可愛いのに勿体ない」
明らかに馬鹿にしている会長を無視し、重かったカツラを外すとメイク落としと一緒に借りた手鏡を見ながら顔を拭いて最後に水でベタつきを洗い流す。
この顔のまま女装姿なのも嫌なので着替えてしまおうとファスナーに手をかけた瞬間、視線を感じて手を止めた。
「…後ろ向いててください」
「なんで?」
「なんか着替えにくいんで」
こんなことで少し顔が熱くなりかけた自分を誤魔化すように無理矢理会長を後ろに向かせる。ワンピースのファスナーを降ろしてストッキングを脱ぐとワイシャツの袖に腕を通した。
「手伝おうか?」
「…こっち向いたら殺します」
ズボンのベルトを閉めている途中、そんなことを言い出した会長の頭を思い切り後ろから叩いてやろうかと思ったが流石にやめた。よくこのタイミングでそんな冗談が言えるな、この人。
ネクタイを締めて、ベストのセーターを着ればやっと気持ちが落ち着いてくる。
最後にブレザーを羽織って、「いいですよ、もう」と言うと会長は振り向くと何かに気が付いたように俺に向かって腕が伸ばした。
「髪跳ねてる」
「…それ直らないんですよ」
「ほんとだ。でもやっぱりその格好の方が…」
いい、とでも言いたかったのだろうか。もしかしたら落ち着く、だったのかもしれない。
途中まではいつもの調子で話していたが、不自然に目線を逸らした俺の顔を見て自分の行動に気がついたらしい。言いかけていた言葉を止めて癖を直すように軽く髪の毛を撫でていた手が離れた。
「…俺、見回りだからそろそろ行かなきゃ」
「ああ、言ってましたね」
「橘はこれから図書委員会の当番なんだっけ?」
「はい。15時からなので片付けたらすぐ出ようかと」
時間を見るともう自分の当番の時間の20分前。
生徒会室を出て教室に着替えを返してから図書室に向かえば丁度良いくらいだろう。
服を綺麗に畳んで荷物を纏めると、会長に軽くお礼と挨拶をしてから生徒会室を出てると廊下は誰もおらず静か。そんな静寂も向かいの校舎に向かえば、一気賑やかになり少し早足で服を返しに自分の教室へ向かった。
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