猫被りも程々に。

ぬい

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November

02

「やっと帰ってきたー!」
「え、なに?」

戻るなり理久に腕を引っ張られて、連れて行かれたのは教室の隅にある簡易な仕切りのある場所。

そこには何人かのクラスメイトがカツラやら化粧道具を持ってきて待機しており、そこで今から自分が何をされるのかを把握する。

「待って、俺また女装すんの?」
「うん。投票発表だから女装してステージ立たねーと」

そんなの聞いてない。
昨日校内を練り歩くのですらしんどかったのにステージに立つなんて絶対無理だ。いっそ辞退してしまおうと思い、口を開きかけた瞬間、クラスの1人が俺の腕を掴んだ。

「辞退は絶対駄目」
「…なんで」
「優勝者がいるクラスは高級焼肉店食べ放題なんだと」
「はぁ?」
「だから頼む!」

土下座する勢いで頭を下げられ、俺は何も言えずに周りを見る。他の人たちも焼肉のことで頭がいっぱいらしく必死な顔でこちらを見ていた。

俺みたいな庶民が頼むならまだしもお前ら高級焼肉なんていつでも食えるだろ。と言いたかったが金持ちでも男子高校生の肉に対する欲は全国共通。庶民とさして変わらないらしい。

(…どうしよ…)

あまりの圧に負け掛けたが、ここで引き下がるわけにもいかなかったので断る言い訳を考える。というか何故ここにいるヤツらは俺に優勝期待しているんだろう。白木がいる時点で負け戦も同然なのに。

そんなことを思っていた俺を見透かすように頭を下げたクラスメイトが「それにうちのクラスはもう皆橘に入れたしさー、白木の票も会長の件で散らばるだろうしワンチャンいけそうなんだよ」と畳み掛けるように続けた。

「お願いだからなんとか考え直してくれよ~!」
「…優勝できなくても文句言うなよ」
「勿論…!!マジで神!サンキュー、橘!」

もうなんとでもなれ。
強引に椅子に座らされて、昨日と同様まずは髪の毛にネットを被せられるとされるがまま。抵抗することなく時間が過ぎるのを待った。

それからは理久に引っ張られながら体育館に向かい、控え室になっていた簡易テントの中で呼ばれるまで椅子に座って待機。

外は歓声で騒がしい。
いつもの男の声ばかりではなく女の声も混じっていて、まるで死刑執行を待つ囚人のような気分だった。

「そろそろ結果発表だって」
「…おー…」

足は鉛のように重く今すぐ逃げだしたかったが、看守のように理久とクラスの奴らが俺を囲っていたので不可能。完全に逃げ場はなく、ステージに大人しく出る他ない。

「それでは結果発表をしまーーーす!!!!」

舞台袖からステージに出ると司会者は無駄にテンションが高く叫んだ。裏で聞くよりも観衆の声も凄い。

想像以上に盛り上がっているステージには俺以外に相変わらず非の打ち所がないほど可愛くて綺麗な白木とそれに負けず劣らず着飾られた数名の生徒たち。

ーーー早く終わってくれ。

俺は無駄に結果を引っ張る司会者に殺意を覚えながら、結果が出るのをただ光り輝くライトに目を細めるしかなかった。

「湊、お疲れー!惜しかったなー!」
「早く脱ぎたい」

某昔のクイズ番組かってくらい結果を引っ張る司会者に俺の精神はボロボロ。舞台袖に移動し、理久と一緒に優勝者が立っているステージを眺めた。

結果は言うまでもなく白木が優勝。
でもクラスの連中の言う通り会長の件で票が上手くバラけていて圧勝とまではいかず。

「やっぱり白木に勝つのは難しかったかぁ」
「こうなった時のために、父さんが経営してるグループの焼肉店予約しといた」
「よっしゃーー!!!」

最初からそうしてろや。
結局焼肉にありつけているクラスメイト達の喜ぶ姿を見て頬が引き攣る。

一刻も早く着替えて教室に帰りたい。
そんな気持ちをぐっと堪えて一応最後にある優勝者のインタビューだけは見てから戻ることにした。

「優勝者には生徒会の誰かと一日デートできる券が貰えまーす。相手はもちろん会長ですか?」
「はい、勿論」

知らなかった、景品なんてあったのか。
景品内容を聞いてますます優勝しなくてよかったと安堵しながら嬉しそうに答える白木の横顔を見る。司会者の質問に男にしては可愛らしい笑みで答える白木は正直そこらへんの女の子よりも可愛かった。
 
大体インタビューも終わり、司会者が締めの言葉に入る頃。

そろそろ着替える為に俺はテントに戻ろうと立ち止まっていた足を動かそうとしたが、白木が締めの言葉を遮るように口を開いたことで思わず動きが止まる。

「この場借りて会長に伝えたいことがあるんですけど、いいですか」
「お、どうぞどうぞ!」

観衆がザワつくのと同時に俺の心の中もザワついた。

これ以上聞かない方がいい。
そう思っている筈なのに身体は動かない。ステージの方をただじっと見つめることしか出来なかった。

何を言い出すのかは分からないが、こうして白木の口から会長の名前を聞くのは初めてで。
震える手を抑えるように握り締めた拳が痛くて。

「後夜祭待ってますから」

そう言って頬を染める白木は本当に女の子の様だった。
今ここで立ち止まって聞いてしまったことを深く後悔する。眩しくて観衆に誰がいるかまでは分からなかったが、きっと会長はどこかにいてステージを見ているんだろう。

(…きつ…)

割り切れてはいたけど実際あんなの目の当たりにするとしんどい。こんな感情になる自分が気持ち悪い。

白木の一言で一気に賑やかになる会場から逃げるように俺は早足で着替える為にテントに向かう。
中に入ると人は誰もおらず、俺が一番乗りだった。皆まだステージに夢中らしい。

一日目と同じようにカツラをとって化粧を全部落とし、制服に着替えていると誰かが入ってくる音がして振り向いた。

「優勝惜しかったね」
「要先輩…」

丁度ブレザーに手を掛けたところで入ってきたのは要先輩でそう言うなり綺麗に微笑んだ。

「そうですね。でも目立ちたくなかったので安心しました」
「そっか」

平常心で返したつもりだが、先程の動揺が残っていたせいか声はほんの微かに震える。それに気付いたのか要先輩はゆっくり近付いてきて、ブレザーに添えていた俺の手をそっと優しく握った。

「…後夜祭空いてる?」
「空い、てますけど…」
「一緒に見ようよ、花火」

きっとこの誘いは断るべきなんだろう。
でも今の俺には出来なくて、ただ少し目線を落として口を噤む。

暫く静かな時間が続いた後、「いいですよ」とだけ小さく応えると要先輩は安心したように笑って手を離し、手を振ってテントを後にした。

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