猫被りも程々に。

ぬい

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February

03

頬を軽く叩かれる感覚で瞼をゆっくりと開く。目の前はベッドに腰掛けた会長が髪の毛を優しく撫でていた。

「…よかった、生きてた」
「…今…何時ですか」
「10時」

時間を聞く限りどうやら意識を飛ばしたのは少しの間だけだったらしい。身体をゆっくりと起こすと全身に痛みが走る。今の時点でこれだと明日は相当しんどいだろう。

「ごめん、ちょっとやりすぎた」
「ほんとですよ、明日学校なのに」

声も掠れて出しにくく、全身ボロボロ。
あれだけ中に注がれた精液は綺麗になっていたが、まだお互いお風呂も済ませていなかったので抱えられた状態で浴室に移動した。お互い手早く全身洗うと温かいお湯に向かい合うような体勢で身体を沈める。

「で、なんで冴木壮真とあんなことになってたの」
「振られたから慰めてくれって冗談で言われて」
「…ふーん」

予想はしていたが事情を話しても会長は物凄く納得できてないという表情で眉を顰めた。あれだけセックスしたので流石に機嫌は直っただろうと思っていたが、考えが甘かった様だ。

「納得してない顔してますね」
「当たり前だろ。冗談でもするなよ、あんなこと」

思い出しただけでも腹が立つと頬杖する会長の髪の毛からポタリと雫が落ちる。ここまで機嫌が悪い姿は初めて。本来ならば焦る場面なんだろう。でも悪くなった理由を考えると少し嬉しさがあって、不機嫌そうな唇にキスをすると会長は眉を顰めたまま口を開いた。

「出た、機嫌取り」
「違いますって」

向かい合っていた状態から上に乗っかったことで浴槽の水が揺らめく。肩に置いていた手を頬に滑らすと今度は会長から唇を重ねられた。直に密着していることもあり、いつもの具合でしてしまうときっとお互い我慢できない。だから重ねた時間はほんの一瞬でつい名残惜しさを感じてしまう。

「俺も跡つけていいですか」
「…つけたいの?」
「つけたいです」

その気持ちを埋めるために一応尋ねてみると会長は微笑んで「いいよ」と頬を撫でた。
最初は鎖骨辺りにしようかと思ったが、自分も見える位置につけられたし自由登校の今ならどこにつけても大丈夫だろうと思い、お返しがてら首筋に唇をゆっくりと当てる。見よう見まねで強く吸いつくと意外と簡単に跡がついた。

何回かその行為を繰り返し、身体を離せば何故か会長は笑っている。

「なんですか」
「明日、登校日なの知ってる?」
「…………は?」

今なんつった、この人。
登校日という言葉で一気に頭が混乱する俺に対し、あれだけ機嫌が悪かった会長は楽しそうな表情を浮かべて立ち上がった。

「ちょ、その跡どうするんですか…!?」
「相手まではわかんないし大丈夫だよ、多分」
「んな適当な……」

慌てて後を追いかけてタオルを受け取り、身体を拭きながら必死に頭を落ち着かせる。どうしたって時間は巻戻せない。つけてしまったものは消せない。会長の言う通り跡がついてたくらいじゃ相手まで分からないし、根掘り葉掘り聞かれるのはどうせ会長な訳で。

(…まあ、いいか)

そう考えると途端にどうでも良くなってきた。というか考えるのが面倒臭くなってきた。

会長の部屋に置きっぱなしだった自分の部屋着に袖を通す頃には頭の中は整理し終わり、タオルで頭を拭いてると不意に部屋に響いていたドライヤーの音が止まる。乾かし終わったのかと思い、視線を向けると会長はじっと俺を見つめていた。

「…流石に同じ日に跡つけてたらやばいかな」
「…………」

その言葉ですぐさま鏡を見ると映ったのは跡だけではなく噛み跡までくっきりとついた自分。整理し終わったはずの頭の中はまたグチャグチャになって言葉が出なかった。

表向きでは関わりは薄いものの一応委員会で接点はあって、俺に関しては会長の親衛隊にも入っている。そしてお互い色事に関しての噂は全くない。そんな2人が同じ日に突然こんな跡つけていて登校して来たら、疑り深い人間はもしかしたらなにか思うかもしれない。そう思う人が出る可能性は全くゼロではない。

「…まあなんとかなるか」
「……なんとかなるってレベルの話ですか、これ」
「なるでしょ。湊がボロ出さなければ」

暫くの沈黙の後、会長は呑気な声でまた髪を乾かし始めて思わず頬が引き攣る。この人はきっと上手く誤魔化すのだろうが、俺は正直自信が無い。学年末試験も迫ってるというのに何故こんなことで頭を悩ませなければならないのか。

(…もう全部会長に任せよう…)

もし何か聞かれたらとにかく否定しとけばいい。後は全て目の前の人が何とかしてくれるだろう。
深く頭を悩ませるのをやめて大人しくタオルで頭を拭いていた手を再開させるとドライヤーを持った会長に手招きされる。どうやら髪の毛を乾かしてくれるらしい。

大人しく乾かしてもらった後は晩御飯の話になり、親子丼ならすぐに作れるとの事なので甘えることにした。

「何か手伝いましょうか」
「いいよ、すぐできるし」

本人がそう言うので大人しくソファーに座りうとうとしている最中、ふと床に置いてあったダンボールが目に入った。閉じられていない蓋の隙間から綺麗にラッピングされた箱や袋が見える。その瞬間、一気に目が覚めた。

「あーーーーー!!!!」
「え、なに」

俺の急な大きな声に会長は吃驚した顔をしたが、対応する暇などない。慌てて時刻を確認すると11時30分。
ただでさえ女の子に混じって買うのめちゃくちゃ恥ずかしくて死にそうだったのに14日に渡せないとか有り得ない。

直ぐ様立ち上がって「忘れ物したんで部屋戻ってきます」とだけ言い残すと痛む身体を引き摺りながら会長の部屋を後にした。非常階段を降りて自分の部屋に戻ると理久は不在の様で部屋は真っ暗。恐らく久我先輩の所にでも行ったんだろう。

部屋に置いてあったチョコだけ手に取ってまた非常階段を登ると、出る時は分からなかったが会長の部屋のドアノブに紙袋が掛かっていることに気が付く。

それも手に取り、部屋を戻るともうほぼ食事の準備が終わっていて、後はご飯が炊けるのを待つだけの状態だった。

ソファーに座っている会長の隣に腰掛け、「玄関に掛かってましたよ」とまずはドアノブに掛かっていた紙袋を差し出す。

「そう言えばチャイム鳴ってたな」
「生徒会の誰かからですか?」
「いや、多分世良かな」
「…………は?」

紙袋の中身は言うまでもなくラッピングされたチョコレートの箱。俺は記憶にないが会長によると致している最中に誰かが訪ねてきたらしい。
このフロアに入れるのはカードキー持ってる人くらいなのでてっきり生徒会の人だと思ったのだが出てきた名前は予想外な人物で思わず顔が歪む。

「顔に出すぎ」
「や、だって…世良隊長もカードキー渡してるってことですよね」

すぐに世良隊長だと分かるあたりそう考えるのが自然だろう。過去のことをいちいち言うつもりは無いがこれは流石に嫌すぎる。てか親衛隊隊長だからって渡すか、普通。しかも相手は1年も付き合った元カレなのに。

我慢すべきなのか、返してもらえと言うべきなのか。真剣に悩む俺を見て目の前の人は肩を震わせて笑っていた。

「俺のカードキーは湊にしか渡してないから」
「…じゃあ誰の……」
「久石のだよ」

突然出てきた久石副会長に頭が疑問符で埋め尽くされる。カードキー渡すほどあの二人に接点あったっけ。

「…何で久石副会長が?」
「付き合ってるもん、あの二人」

このチョコも久石のついでだしね、と言われて余計に頭が混乱した。突然過ぎて訳が分からない。

「………い、いつから…?」
「確か親衛隊ができる前だったから…高1の夏あたりかな。2年半前くらい」

その言葉に会長が世良隊長を親衛隊隊長に選んだ理由が分かった。それと同時に世良隊長が会長と付き合っていたことを笑って話せていたのはそのせいかと納得する。
久石副会長と世良隊長が付き合ってるなんて噂聞いた事がないため、恐らく周囲には秘密にしているんだろう。流れとはいえとんでもない話を聞いてしまった。

他にも色々聞きたいことはあったが聞いていいものだろうかと考えていると不意に肩に重いものが乗っかる。

「で、湊からのチョコは?」
「…欲しいんですか」
「欲しい」

話を遮るように俺の身体に寄りかかって強請る会長に先程取ってきたチョコの入った紙袋を渡すと交換とでもいうように別に紙袋を渡された。

「それお返し」
「…会長も用意してたんですか」
「一応ね」

渡す気配もなかったのでてっきり用意してないのだと思っていたし、用意してないならホワイトデーで10倍返しして貰おうとまで考えていたので驚きを隠せない。

「こういう行事ごと興味ないと思ってました」
「基本はないけど…こういうのマメな方が嬉しくない?」
「…嬉しいです」
「でしょ。俺も嬉しいもん」

そう言ってお互い引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねた。何度もくっつけては離す行為を繰り返し、いよいよ我慢できずに舌を絡め始めた瞬間、見計らったように炊飯器の軽快な音楽が鳴り響く。

「…タイミング悪」
「まあでも…我慢できそうになかったんで…丁度良かったです」

流石にまたあんなことしてたら身体が持たない。
息を整えながら熱くなりかけていた身体を離し、ソファーから立ち上がると食事の準備をするため台所に向かう。
ようやくありつけた晩御飯は訳分からないほど美味しく、食後はチョコを少しだけつまんで、その日は結局会長の部屋に泊まることにした。

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