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2nd:Spring
中間試験後
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気が付けば5月下旬。
会長の誕生日を無事終えて、少しまったりとした日々が続いていたのだが、中間試験のせいで全てがぶち壊された。一気に地獄のような日々に変わり、勉強、勉強、勉強とにかく勉強。これでもかというほど勉強に明け暮れた。
でもそんな日々も今日で終わり。
中間テストが終了したことでようやく落ち着いた平穏な日々に戻ってくる。それに明日は土曜なので会長に会える。ここ最近会ってはいたものの、ほぼ勉強漬けでスパルタで鬼のような会長の姿しか拝んでいなかったので勉強という枷がなくなったことで完全に浮かれていた。
(今日は早く帰って寝よ…)
そう心に決めて帰る支度をしていると試験の出来に余程自信があったのかいつもよりテンションの高い瀬名に突然話し掛けられた。
「今日の放課後、3人で飯食いに行きません?」
「「行かない」」
「なんで!?!?」
俺も冴木も誘いをすぐに断ったが、瀬名相手に一筋縄でいく訳もなく。図書室の鍵と鞄を手にしたところで物凄い力で腕を掴まれる。振り返ると瀬名が俺と冴木の腕を掴み、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見つめていた。振りほどこうにも想像以上の馬鹿力で振り解けない。
暫く2人で無言の攻防戦を繰り広げた後、早々に抵抗を諦めた冴木が溜息を一つ吐いた。
「…橘委員長が行くなら行く」
「じゃあ俺も冴木が行くなら行くわ」
「それさっきと大して答え変わってないじゃん!行かないと同義じゃん!」
冴木は絶対OKしてくれないと思ったのか、俺に「ねーー!行こーよ!俺が奢るから!」と泣きつかれ、頬が引き攣る。それはもうOKした方が楽なんじゃないかと思うくらいうざい。こっちは早く帰りたいのに。
この1ヶ月で瀬名の性格に関してはかなり把握していた。とにかく押しが強くしつこい。レベルでいえば多分久我先輩より上。だからこうして駄々を捏ねられる時点で負け戦も同然なのである。これ以上の引き伸ばしはきっと無駄な体力を消耗することになるだろう。
そう冷静に分析してあっさりと俺が首を縦に振ると先程の発言のせいで冴木も巻き込まれることとなり、結局瀬名の希望通り3人でファミレスへと向かうことになった。
「…じゃあ、俺はここで」
「また月曜日な」
そして瀬名の奢りでご飯を食べ終えた帰り道。
寮ではない冴木と軽く別れの挨拶を交わして、寮に帰ろうと向きを変えると何故か瀬名に腕を掴まれた。俺が言葉を挟む間もなく、冴木の帰る方向へに歩く。
「冴木先輩の家ってこの近くなんすよね」
「…そうだけど…」
「じゃー今から遊びに行ってもいいですか?」
「はぁ!?」
とんでもないことを言い出す瀬名に思わず大きな声が出る。冴木はすぐに眉を顰め、歩いていた足を止めて「駄目」とだけ伝えるとまた再び足を動かした。勿論、それで引き下がるはずもない瀬名がしつこく冴木の後を追ってなんとか家に遊びに行こうと説得を始める。
(………帰りたい…)
切実にそう思いながらも、瀬名のテンションに対抗出来るほどの体力は残っていない俺はどうにか冴木が断ってくれることを願うことしか出来なかった。引き摺られながらも、雲がかかった空を見つめ、そう言えば今日は雨降るって言ってたな、なんて現実逃避をしている間。いつの間にか二人の間で決着がついたらしい。
目の前に建っているめちゃくちゃ大きな洋風の家が全てを物語っている。察した通り、表札には冴木と書かれていた。
「うわ、広!テレビでか!ベッドでか!」
「適当にそこら辺座ってください」
テレビでよくみる豪邸のような家に入ってからすぐに案内された部屋は恐らく冴木自身の部屋。実家の俺の部屋とは比べ物にならないくらい広く、何故か部屋にトイレとお風呂まである。金持ちってすごい。もはや部屋というより家という感じだった。
ソファーに座ってからも部屋を見渡して感動していると突然ノック音が鳴り響き、扉から30代くらいの女性が入ってきた。俺たちに頭を軽く下げて、テーブルの上に紅茶とお菓子を並べた後、冴木と一緒に部屋から出ていく。そして出されたものを勝手に食べていいものかと悩ませる間もなく、すぐに部屋に戻ってきた冴木に瀬名は目を輝かせて尋ねた。
「今のもしかしてメイドさんってやつですか?!」
「ただの家政婦」
「ちぇ、ただの家政婦か」
どうやら先程出ていった理由は家政婦さんを帰らせるためだったらしい。元々夜の7時までという契約だったという話を聞き、時計を見てみると時刻は8時過ぎていた。今更ながらこんな時間に家に訪ねるとか迷惑だったんじゃないかと思いながら、出された紅茶を口に運ぶ。
「親御さんはまだ仕事?」
「父は仕事ですけど、母は友達と旅行に行ってます」
「えー!旅行いいなー!どこ行ってるんですか?」
「さあ。ヨーロッパ辺りじゃないですか」
聞くところによると冴木の母親はかなりの旅行好きで、いちいち旅行先を把握するのが面倒になるほどの頻度でどこかに出かけているらしい。大体帰ってきた時に買ってきたお土産で旅行先を把握するという話を聞いて、ひたすら金持ちってすごいなという感想しか出ない。
「冴木のお父さんは何の仕事してんの?」
「医者です」
「病院の院長なんですよね、確か」
「…なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「だって結構有名な話ですもん」
てか付き合ってるのに知らなかったんすか?と余計な一言を加える瀬名のことは一先ず置いといて、今の言葉に一番最初に思い浮かんだのはこの近くにある紫さんと要先輩が入院していた大きな病院だった。
「病院ってもしかして…」
「すぐそこにある大学病院です」
なるほど。段々謎だった冴木一家の全貌が少し見えてきた気がする。お菓子を貪りながら「後、冴木先輩のお母さんは資産家のご令嬢らしいですよ」と瀬名に補足説明され、この金持ちっぷりにも納得した。なんで瀬名が冴木家の補足説明してるのかは意味不明だが。
その後は自然と冴木への質問大会となり、医大生の兄がいることや中学までは弓道部に入ってた等、瀬名の質問に対して淡々と答える冴木の話に俺は黙って耳を傾ける。暫くはただひたすら聞き役に徹していた訳だが、瀬名のある質問で自然と声が出た。
「そーいや、冴木先輩最初は生徒会に入る予定だったってマジっすか?」
「え、そうなの?!」
「…入る予定だったというか誘われただけです」
書記と会計は前の生徒会長が指名するという話を聞いたことがある。そうだとすれば冴木が生徒会に誘われたことにも納得がいった。会長なら確実に成績上位者で真面目かつ素行のいい人間を選ぶだろう。現に今の生徒会の書記と会計はかなりマトモな人間で埋まっている。
「なんで生徒会断ったんですか?やっぱり図書委員会に橘先輩がいるから?」
「面倒だったから」
「またまた~。だったら副委員長も一緒じゃん!絶対橘先輩がいるからでしょ!」
そんなくだらないやり取りを聞きながら、俺は前に冴木が話していた副委員長を引き受けた理由について思い出していた。
(白木と接点作りたいって理由だったよな、確か)
ほぼ接点のない白木と少しでも接点を作るため。あの時確かそんな感じのことを言っていたと思う。だとしたら冴木が生徒会に入ることを断るのは可笑しくないか。久我先輩と会長の関係を見れば分かる通り、風紀委員会と生徒会は関わることがかなり多い。生徒会に入っていたら図書委員会の副委員長になるよりも遥かに接点が増えていた筈だ。
生まれた違和感について本人にすぐ尋ねたくなったが、瀬名がいる手前口に出すことが出来ない。気になるけど聞けない状態にモヤモヤしていると急に携帯の着信音が鳴り響く。気が抜けるような軽快な音楽は瀬名の鞄からだった。
着信相手の名前を見るなり慌てた様子で瀬名が電話に出た瞬間、携帯を貫通するほどの怒鳴り声が部屋に反響した。謝りながら一旦部屋を後にし、5分程経った頃。戻ってきた瀬名は眉を下げて自身の鞄を手に取り、身支度を始める。
「え、帰んの?」
「はい…今日バイト入ってたの忘れてて……今すぐ来いって怒られたので行ってきます……」
「き、気をつけて…」
ここまで連れてきたくせにふざけんなよと正直言いたくなったが、あまりにもしょげていたので怒る気もなくした。フラフラと出ていく瀬名の背中を見送ってから、自分も帰るための支度を進める。最後に先程尋ねそびれたことだけ聞いて帰ろうと「さっきの話だけど…」と振り向くと急な雨音が部屋中に響いた。
「……瀬名、傘持ってたっけ」
「持ってなかったと思います」
今頃ずぶ濡れでバイト先に向かっているだろうと思うと流石に可哀想になってきた。次会った時1つくらいは我儘聞いてやろう。窓から雨の様子を見るついでに壁に掛かった時計を見ると時刻は9時を回っている。
「それでさっきの話の続きってなんですか」
「…それはまた今度でいいや」
激しい雨音に気分が一気に萎えてしまい、結局何も聞かないまま俺は玄関の扉に手をかけた。外は想像よりも激しく雨が降っている。果たして傘をさす意味はあるんだろうかと一瞬思ったが、まあないよりはマシだろう。とにかく一刻も早く帰りたい。
「相当降ってますけど大丈夫ですか?」
「寮まで10分程度だし、多分大丈…」
そう言いながら傘を開いて、外に出た瞬間。
真っ暗だった空に光が走り、大きな音を立てる。持っていた傘が風によっていつの間にか手から消え、少し歩いた先に壊れた状態で転がっていた。
「かなり近かったですね、雷」
「……………」
「てか傘……」
「…………」
横殴りの雨が頬を叩き、前髪から垂れる雫でまともに視界が見えない。制服は水を吸ったせいで重く冷たいし、なにより鞄の中身、教科書とノートが濡れてないか今1番心配だった。
「……とりあえず一旦避難していい?」
「どうぞ」
冴木宅に戻るという選択肢を選ばざるを得なかった俺は先程までいた玄関に戻って、雨が止むまで避難させてもらうことになったのであった。
会長の誕生日を無事終えて、少しまったりとした日々が続いていたのだが、中間試験のせいで全てがぶち壊された。一気に地獄のような日々に変わり、勉強、勉強、勉強とにかく勉強。これでもかというほど勉強に明け暮れた。
でもそんな日々も今日で終わり。
中間テストが終了したことでようやく落ち着いた平穏な日々に戻ってくる。それに明日は土曜なので会長に会える。ここ最近会ってはいたものの、ほぼ勉強漬けでスパルタで鬼のような会長の姿しか拝んでいなかったので勉強という枷がなくなったことで完全に浮かれていた。
(今日は早く帰って寝よ…)
そう心に決めて帰る支度をしていると試験の出来に余程自信があったのかいつもよりテンションの高い瀬名に突然話し掛けられた。
「今日の放課後、3人で飯食いに行きません?」
「「行かない」」
「なんで!?!?」
俺も冴木も誘いをすぐに断ったが、瀬名相手に一筋縄でいく訳もなく。図書室の鍵と鞄を手にしたところで物凄い力で腕を掴まれる。振り返ると瀬名が俺と冴木の腕を掴み、捨てられた子犬のような瞳でこちらを見つめていた。振りほどこうにも想像以上の馬鹿力で振り解けない。
暫く2人で無言の攻防戦を繰り広げた後、早々に抵抗を諦めた冴木が溜息を一つ吐いた。
「…橘委員長が行くなら行く」
「じゃあ俺も冴木が行くなら行くわ」
「それさっきと大して答え変わってないじゃん!行かないと同義じゃん!」
冴木は絶対OKしてくれないと思ったのか、俺に「ねーー!行こーよ!俺が奢るから!」と泣きつかれ、頬が引き攣る。それはもうOKした方が楽なんじゃないかと思うくらいうざい。こっちは早く帰りたいのに。
この1ヶ月で瀬名の性格に関してはかなり把握していた。とにかく押しが強くしつこい。レベルでいえば多分久我先輩より上。だからこうして駄々を捏ねられる時点で負け戦も同然なのである。これ以上の引き伸ばしはきっと無駄な体力を消耗することになるだろう。
そう冷静に分析してあっさりと俺が首を縦に振ると先程の発言のせいで冴木も巻き込まれることとなり、結局瀬名の希望通り3人でファミレスへと向かうことになった。
「…じゃあ、俺はここで」
「また月曜日な」
そして瀬名の奢りでご飯を食べ終えた帰り道。
寮ではない冴木と軽く別れの挨拶を交わして、寮に帰ろうと向きを変えると何故か瀬名に腕を掴まれた。俺が言葉を挟む間もなく、冴木の帰る方向へに歩く。
「冴木先輩の家ってこの近くなんすよね」
「…そうだけど…」
「じゃー今から遊びに行ってもいいですか?」
「はぁ!?」
とんでもないことを言い出す瀬名に思わず大きな声が出る。冴木はすぐに眉を顰め、歩いていた足を止めて「駄目」とだけ伝えるとまた再び足を動かした。勿論、それで引き下がるはずもない瀬名がしつこく冴木の後を追ってなんとか家に遊びに行こうと説得を始める。
(………帰りたい…)
切実にそう思いながらも、瀬名のテンションに対抗出来るほどの体力は残っていない俺はどうにか冴木が断ってくれることを願うことしか出来なかった。引き摺られながらも、雲がかかった空を見つめ、そう言えば今日は雨降るって言ってたな、なんて現実逃避をしている間。いつの間にか二人の間で決着がついたらしい。
目の前に建っているめちゃくちゃ大きな洋風の家が全てを物語っている。察した通り、表札には冴木と書かれていた。
「うわ、広!テレビでか!ベッドでか!」
「適当にそこら辺座ってください」
テレビでよくみる豪邸のような家に入ってからすぐに案内された部屋は恐らく冴木自身の部屋。実家の俺の部屋とは比べ物にならないくらい広く、何故か部屋にトイレとお風呂まである。金持ちってすごい。もはや部屋というより家という感じだった。
ソファーに座ってからも部屋を見渡して感動していると突然ノック音が鳴り響き、扉から30代くらいの女性が入ってきた。俺たちに頭を軽く下げて、テーブルの上に紅茶とお菓子を並べた後、冴木と一緒に部屋から出ていく。そして出されたものを勝手に食べていいものかと悩ませる間もなく、すぐに部屋に戻ってきた冴木に瀬名は目を輝かせて尋ねた。
「今のもしかしてメイドさんってやつですか?!」
「ただの家政婦」
「ちぇ、ただの家政婦か」
どうやら先程出ていった理由は家政婦さんを帰らせるためだったらしい。元々夜の7時までという契約だったという話を聞き、時計を見てみると時刻は8時過ぎていた。今更ながらこんな時間に家に訪ねるとか迷惑だったんじゃないかと思いながら、出された紅茶を口に運ぶ。
「親御さんはまだ仕事?」
「父は仕事ですけど、母は友達と旅行に行ってます」
「えー!旅行いいなー!どこ行ってるんですか?」
「さあ。ヨーロッパ辺りじゃないですか」
聞くところによると冴木の母親はかなりの旅行好きで、いちいち旅行先を把握するのが面倒になるほどの頻度でどこかに出かけているらしい。大体帰ってきた時に買ってきたお土産で旅行先を把握するという話を聞いて、ひたすら金持ちってすごいなという感想しか出ない。
「冴木のお父さんは何の仕事してんの?」
「医者です」
「病院の院長なんですよね、確か」
「…なんでお前がそんなこと知ってんだよ」
「だって結構有名な話ですもん」
てか付き合ってるのに知らなかったんすか?と余計な一言を加える瀬名のことは一先ず置いといて、今の言葉に一番最初に思い浮かんだのはこの近くにある紫さんと要先輩が入院していた大きな病院だった。
「病院ってもしかして…」
「すぐそこにある大学病院です」
なるほど。段々謎だった冴木一家の全貌が少し見えてきた気がする。お菓子を貪りながら「後、冴木先輩のお母さんは資産家のご令嬢らしいですよ」と瀬名に補足説明され、この金持ちっぷりにも納得した。なんで瀬名が冴木家の補足説明してるのかは意味不明だが。
その後は自然と冴木への質問大会となり、医大生の兄がいることや中学までは弓道部に入ってた等、瀬名の質問に対して淡々と答える冴木の話に俺は黙って耳を傾ける。暫くはただひたすら聞き役に徹していた訳だが、瀬名のある質問で自然と声が出た。
「そーいや、冴木先輩最初は生徒会に入る予定だったってマジっすか?」
「え、そうなの?!」
「…入る予定だったというか誘われただけです」
書記と会計は前の生徒会長が指名するという話を聞いたことがある。そうだとすれば冴木が生徒会に誘われたことにも納得がいった。会長なら確実に成績上位者で真面目かつ素行のいい人間を選ぶだろう。現に今の生徒会の書記と会計はかなりマトモな人間で埋まっている。
「なんで生徒会断ったんですか?やっぱり図書委員会に橘先輩がいるから?」
「面倒だったから」
「またまた~。だったら副委員長も一緒じゃん!絶対橘先輩がいるからでしょ!」
そんなくだらないやり取りを聞きながら、俺は前に冴木が話していた副委員長を引き受けた理由について思い出していた。
(白木と接点作りたいって理由だったよな、確か)
ほぼ接点のない白木と少しでも接点を作るため。あの時確かそんな感じのことを言っていたと思う。だとしたら冴木が生徒会に入ることを断るのは可笑しくないか。久我先輩と会長の関係を見れば分かる通り、風紀委員会と生徒会は関わることがかなり多い。生徒会に入っていたら図書委員会の副委員長になるよりも遥かに接点が増えていた筈だ。
生まれた違和感について本人にすぐ尋ねたくなったが、瀬名がいる手前口に出すことが出来ない。気になるけど聞けない状態にモヤモヤしていると急に携帯の着信音が鳴り響く。気が抜けるような軽快な音楽は瀬名の鞄からだった。
着信相手の名前を見るなり慌てた様子で瀬名が電話に出た瞬間、携帯を貫通するほどの怒鳴り声が部屋に反響した。謝りながら一旦部屋を後にし、5分程経った頃。戻ってきた瀬名は眉を下げて自身の鞄を手に取り、身支度を始める。
「え、帰んの?」
「はい…今日バイト入ってたの忘れてて……今すぐ来いって怒られたので行ってきます……」
「き、気をつけて…」
ここまで連れてきたくせにふざけんなよと正直言いたくなったが、あまりにもしょげていたので怒る気もなくした。フラフラと出ていく瀬名の背中を見送ってから、自分も帰るための支度を進める。最後に先程尋ねそびれたことだけ聞いて帰ろうと「さっきの話だけど…」と振り向くと急な雨音が部屋中に響いた。
「……瀬名、傘持ってたっけ」
「持ってなかったと思います」
今頃ずぶ濡れでバイト先に向かっているだろうと思うと流石に可哀想になってきた。次会った時1つくらいは我儘聞いてやろう。窓から雨の様子を見るついでに壁に掛かった時計を見ると時刻は9時を回っている。
「それでさっきの話の続きってなんですか」
「…それはまた今度でいいや」
激しい雨音に気分が一気に萎えてしまい、結局何も聞かないまま俺は玄関の扉に手をかけた。外は想像よりも激しく雨が降っている。果たして傘をさす意味はあるんだろうかと一瞬思ったが、まあないよりはマシだろう。とにかく一刻も早く帰りたい。
「相当降ってますけど大丈夫ですか?」
「寮まで10分程度だし、多分大丈…」
そう言いながら傘を開いて、外に出た瞬間。
真っ暗だった空に光が走り、大きな音を立てる。持っていた傘が風によっていつの間にか手から消え、少し歩いた先に壊れた状態で転がっていた。
「かなり近かったですね、雷」
「……………」
「てか傘……」
「…………」
横殴りの雨が頬を叩き、前髪から垂れる雫でまともに視界が見えない。制服は水を吸ったせいで重く冷たいし、なにより鞄の中身、教科書とノートが濡れてないか今1番心配だった。
「……とりあえず一旦避難していい?」
「どうぞ」
冴木宅に戻るという選択肢を選ばざるを得なかった俺は先程までいた玄関に戻って、雨が止むまで避難させてもらうことになったのであった。
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