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007 消えない炎
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「訳あり? どんな理由があって僕の命を狙うんだ?」
「……」
「もう影に隠れたか」
エデンの声は暗闇に虚しく響いた。
話す意志がない。つまり戦闘態勢に入ったということだ。
気配が二つ。もう一つは。
「なっ!?」
エデンは両足を掴まれる感覚がした。
「そういうことか」
弾けるのは一つ。
「ぐっ」
エデンは腹を切り裂かれた。
一つは上手く弾くことはできたが、もう一つは無理だった。
足にマナを込めて強く地を蹴り上げ、手を振り払った。
宙を舞うエデンはそのまま距離をとって着地する。
「距離を取ったところで、だよな」
この部屋全体が闇に包まれている限り、この猫たちはいつでもどこでも移動し、出現することができる。距離を取ろうがどこにいようがそれは全く無意味なものだ。
エデンは走り出した。
また足を掴まれては厄介だと思っての抵抗だ。
だがこれはほんの少しの間だけの対処法。永遠に走り続けることなどできはしない。
三つの気配を感じる。
「めんどくさいな」
一つは地を蹴り足を掴もうとする手を避け。
そのまま宙で体を捻り二つ目を避け。
それと同時に最後の一つを掴む。
エデンは拳を握り締め、掴んだ腕の持ち主の恐らく顔があるであろう位置に思いきり振り下ろす。
「ちっ」
大きく空振ってバランスを崩し、エデンは地に背中を打ち付ける。避けられたのだ。
「さすがの瞬発力か」
獣人の身体能力は人間のそれを遥かに超えている。
ましてやこの暗闇の中、本気の獣人相手にこの不利な環境では一発殴ることすらままならない。
エデンは迷っていた。
正直この状況を打開する方法は最初からわかっていた。
だがそれは都合が悪く、なるべく避けたかった。
なんとか能力を使わずに済む方法はないか。
「いや、もういいか」
エデンは諦めた。
冷静に考えて、別の解決策にたどり着くまでに自分の体が耐えられないだろう。一発殴るためにこちらは二発切り裂かれなければいけない。
そして体が追い込まれると、どのみち最初の解決策を使用せざるを得なくなるのだ。
「すまないガイル。さっそく使うよ」
闇の中から三つの気配。仕掛けてくる。
エデンは構えることはなかった。
これが相手の目にどう映ったのかはわからない。
死を受け入れた故の諦めなのか。
三銃士の爪がエデンの体に触れようとする。
「炎舞」
闇の世界に突如として光の渦が出現した。
「うおおっ!?」
その光はエデンを取り巻く炎。
「熱っ! 火のマナの使い手だったか!」
三銃士はいきなりの光に目を強く刺激され腕で顔を覆う素振りをするが、それはすぐに別の痛みによってかき消される。
「お、おい、この火! 消えないぞ!?」
三銃士の一人が言うとすぐに他の二人も異変に気付く。
「え、手に火が!?」
「あちち! ちょ、広がってきてるぞ!?」
エデンの炎に三銃士たちはたった一瞬触れただけが、その手に炎は移り、さらに燃え広がってきているのだ。
三銃士の言葉は熱さを訴える悲鳴だけになる。
これがエデンのマナ『永炎』であった。
その炎は触れたら最後。対象が燃え尽きるまで決して消えることはない永遠の炎。
そして永炎の発動は、もう一つエデンの体に変化がある。
エデンは暗闇を照らす三つの光を見つめていた。
その悲しげな瞳に映るのは助けを乞う三銃士の姿。
「頼む! 助けてくれぇ!」
「まだこんなところで死ぬわけには!」
「国を! 国を守るのだぁあ!」
さっきまで命を取るだなんて言っていた者たちは今や敵に必死に助けを求めている。そんな言葉通用するはずがないと言うのに。
実際助けたところで三銃士はまたエデンの命を狙うのだ。
そんなことは誰にでもわかる。
だがそれでも、死に追い込まれた者は必死に助けを乞うのだ。一番強い想いが死に抵抗をするのだ。
永遠の炎は対象が燃え尽きるまで少々時間がかかる。その時間はエデンが最も嫌いとする時間だ。想いの叫びは、敵だろうが情に流されそうな時が多々ある。
耳も目も塞ぎたいくらいだ。
こんなことのために、この力はあるのではない。
エデンは強く目を閉じた。
部屋には再び暗闇が訪れる。
「!?」
「火が……消え!?」
永遠の炎は消えることはない。
術者が止めなければ。
エデンは掌から炎を生み出した。
攻撃ではない、部屋に明かりを灯すための炎だ。
「まだ、やり残したことがあるんだろ?」
エデンの顔にはまだどこか迷いが薄っすら照らされていた。
本当にこれでよかったのか。
「はぁ、な、なぜだ」
三銃士の一人が声を掠らせながら問う。
言わんとすることはわかっていた。
「我らは、またお前を襲うかもしれないぞ」
「それで解決するならそうすればいい」
この判断が正しいかどうかなんてまだわからない。
ただ、望まない戦いで命を奪いたくはなかった。
「僕を殺したところで、君たちは解放されるのか?」
三銃士に言葉はなかった。
この戦いに意味はないのだ。
だが彼らは戦わなくてはいけなかったのだ。
「君たちはなぜ戦う」
三銃士の一人が重い口を開いた。
「我らは……王を人質に取られている」
やはりそんなところか、とエデンは納得した。
「ごほっ……がはっ」
三銃士の苦しむ様子にエデンはすぐに駆け寄った。
「すまない、まずは君たちの傷を癒そう」
「!?」
エデンの言葉を三銃士は理解できなかったのか、聞き間違えたかと言うような顔をした。
エデンが手を当てると、三銃士の焼け焦げた体はまるで時間が戻るように綺麗な毛並みを取り戻していった。
「な、なんだこれは!?」
「信じられない……これがマナなのか!?」
「こ、こんなことが……」
夢でも見ているかのように三銃士は口々に言葉を漏らした。
そして一人はエデンの体にあるはずのものがないことに気付いた。
「お、お前……体の傷は?」
三銃士の攻撃は決して弱くない。先の戦闘では間違いなくエデンに深傷を負わせていた。
それなのにエデンは血を流すどころか、傷痕すら残っていなかった。まるで何事もなかったかのように。
「僕のこの力は公に知られると困る。どうか見なかったことにして欲しい」
これが永炎のマナを発動することによって起こるエデンの体の再生だった。
「信じられん……こんなマナが存在するのか」
三銃士はエデンの体をまじまじと見つめていた。
無理もない反応だ。こんな都合のいいマナなど存在はしない。これがこの世界での一般的な認識なのだ。
マナを使っての医療技術は存在するが、回復だけを主とする能力はない。ましてやエデンの見せたマナの能力による一瞬の傷の再生は夢のような話だった。
そんな常識を覆す非現実を彼らは目の当たりにした。
「恩を売るつもりはないが、まあ口止め料てことで」
エデンは三銃士の傷が癒えたのを確認して立ち上がる。
「行こう。王はどこにいるんだ?」
口を開けたままの三銃士たちはエデンの言葉で我に帰る。
「え……あ、恐らく地下牢だ。この先へ進むとある」
「よし、案内してくれ」
「ま、待て!」
エデンのペースで事を次々と進められた三銃士は発言の権利を得た。
「お前は一体何者なんだ? 守護者なのか?」
エデンは振り向き、背中を向けて答える。
「連れの男はそうだが、僕は守護者じゃない。だからこの国を助ける義務も、君たちを助ける義務もない」
エデンは続ける。
「ただ人さらいに遭った仲間を探しにきただけさ」
先へ歩くエデン。
三銃士は俯き、言葉を漏らす。
「気持ちは有り難いが、それなら身を引いた方がいい。今この国を支配しているのは恐らく帝国の幹部クラスのものだ。王を助けたところで我々に勝ち目はない」
三銃士の声は震えていた。
それは恐怖ではない。力が及ばない悔しさだった。
「うるさいな。早く行くぞ」
「え」
話を聞いていたのだろうか。
「つまらないことを言うんじゃない。今の君たちの選択肢は王を助けるか助けないかだ」
「いやしかし!」
「帝国の幹部ごとき僕の相手じゃない。君たちは君たちにできることをやれ」
「幹部ごときって……」
「この国の夢を捨てるな」
エデンは最後にそう言って、笑顔を見せた。
ガイルは長い廊下に差し掛かった。
途中で現れる兵をなぎ倒しては爆音を鳴らしていた。
「ちっ、どいつもこいつも骨がねえな!」
もう何人爆破しただろうか。
ガイルのその顔には疲れは感じられない。むしろ活き活きとしていた。
「頭を連れてこい! お前らじゃ話にならねえ!」
爆音と共に目の前の敵を前方へ吹っ飛ばす。
しかしそれは壁にぶつかったように、空中で止まった。
「あ?」
飛ばされた獣人は後に地へ倒れ込む。
そしてその先には、虎を被った男が立っていた。
ガイルは笑みを浮かべる。
「ほぉ、骨のあるやつが出てきたな」
今までの獣人と明らかに違うマナのオーラが漂っていた。
「……」
虎は喋ることなく、獣人を受け止めた手を払っている。
ガイルは烈火をゆっくりと構えた。
「空爆!」
ガイルの一振りで虎は突然の爆発に襲われた。
避ける素振りはなく、手応えはあった。
ガイルは直撃したことを確信する。
煙がゆっくり晴れる。
ガイルの視線の先には確かに虎の姿はあった。
「!?」
虎は元いた位置から全く動くことなく、腕を組んで立っていた。
「こいつぁ驚いたぜ」
ガイルは地を蹴り上げて突っ込んだ。
両手で烈火を構え、虎の頭上に力一杯叩き込んだ。
激しい金属音と共に大爆発が生じる。
衝撃に耐えきれず、周りの窓は割れ、床はめくれあがる。
「なんだ? 今の音は」
違和感を感じ取ったガイルに爆煙から手が伸びる。
「なっ」
腕を掴まれたガイルは烈火ごと軽々と宙に放られた。
一瞬のことで驚いたが、体勢を整えて何とか着地する。
「俺を投げるとは……なんて力だ」
ガイルの巨体は投げられるという経験はほとんどない。
それも烈火ごと。例え獣人と言えど容易ではない。
「三番隊長、鬼のガイル」
「あ?」
虎は口を開いた。
「噂には聞いていた『爆炎』のマナを使う鬼人。この程度か」
ガイルの顔に血管が浮かび上がった。
「てめぇ、ぶっ殺してやらぁ」
ガイルはすかさず烈火を構えた。
「安い挑発に乗るのはさすが鬼の血か」
「空爆!!」
激しい爆発が巻き起こる。
しかし虎は素早く宙を舞って回避し、ガイルとの距離を一気に詰める。
「その技は振動に触れたものを爆破するようだな」
「ちっ」
距離を詰めた虎に合わせてガイルは烈火を振る。
「その剣に触れたものは爆発するのだな」
虎は瞬時に腰を落とし、軽々と横に薙いだ烈火をかわす。
その柔軟さはまるで猫のようだ。
曲げた脚をバネに虎は重い拳をガイルの腹にめり込ませた。
「がはっ」
ガイルの体は激しく吹き飛んだ。
先の猪の突進とは格が違う。
これはさすがに何度も食らうとやばい、ガイルは直感した。
「けっ、なんだその鉄みてえに硬い体は」
鬼の体を持ってしても今の一撃は効いた。
鉄の塊をぶつけられたような感覚だ。
ガイルはタバコを取り出し、火をつけた。
少し考える時間がほしい。
「そのタバコ、マナを感じるな。おおかた、煙を爆発させるってとこだろう」
「!」
ガイルは思わず笑ってしまった。
獣の勘というやつか、さっきの猪よりも冴えている。
「驚いた、こんなやつがいたとはな」
行動を読まれてもガイルはタバコを吸う。
「いや、丁度吸いたかったんだ」
「強がりか」
ガイルは煙を豪快に宙に舞わせる。
爆発も効かない鋼鉄のように硬い体。
「さて、どうしたものか……」
虎はしなやかに地を蹴り出し、一気に距離を詰めてくる。
「ちっ」
やはり考える余裕などくれないか。
ガイルはすかさず烈火で虎の拳を受け止めた。
同時に爆発が巻き起こる。
虎はそれを意に介さず拳でガイルを烈火ごと押さえつけていた。
「やはり爆発は効かないってか」
ガイルは歯を食いしばりながら虎の拳を押し上げようと抵抗する。
なんて重い拳だ。
むしろ押されているのはガイルだ。
床もその重さに耐えきれず悲鳴を上げている。
ガイルの腕力は決して弱くはない。
むしろ鬼の特徴は獣人を超える怪力とタフさ。
少なくとも虎の獣人に力において負けることはなかった。
その常識を覆すは虎のマナによる能力だった。
「くそったれがぁ!」
ガイルは虎の足元を床ごと爆発させた。
「!」
一瞬重心が崩れたのをガイルは見逃さず、後ろへ飛び退けた。
「はあ、何の能力者だてめぇ」
難を逃れたガイルだが、腕の筋肉の疲労は凄まじく、長期戦は不利だと悟った。
「……」
虎はガイルの言葉に応じることはない。
ガイルは舌打ちをして烈火を解いた。
「あー、こんなもん振り回してたら腕が疲れるわ」
ガイルは肩を鳴らして気怠そうに言う。
ガラスの割れた窓。焼け焦げた壁。めくれあがった床。
荒れ果てた周囲を見渡してガイルは深くため息をついた。
「こんなに城をめちゃくちゃにしやがって。弁償代バカになんねえぞこれ」
「ほとんどお前がやったものだ」
「そこは喋るのかよ!」
言葉と同時にガイルは虎に突っ込んだ。
虎は構えることなく腕を組んでいる。
「爆拳!」
ガイルの拳は虎の腹を捉え、爆発が起こる。
「いってぇ! 相変わらずなんて硬さだ」
「一点集中型の爆発か。考えたようだが俺には効かん」
爆発を物ともせず虎はガイルの腕を掴み、腹に重い蹴りを入れた。
「がっ」
ガイルは飛ばされ、廊下を滑るように転がった。
「はぁっ、がはっ……」
血を吐きながらもガイルは起き上がり、虎を睨み付ける。
「策は尽きたか? 守護者の三番隊長、少しは楽しませてくれるとは思っていたが」
期待外れか。確かにガイルは一撃足りとも虎にダメージを負わせていない。力の差は歴然だった。
だがガイルの顔には少しの笑みが浮かんでいた。
「はぁ……わりーな。高そうな服、焼いちまったわ」
ガイルはそれを指差す。
虎も誘われるがまま腹の方に視線を移す。
先程の爆発で自慢のコートは焼け、腹部があらわになっていた。
「構うな。それよりも一点集中の爆発でこの程度の結果しか得られなかったことを悔め」
ガイルはまだ笑みをやめていなかった。
「まだ結果はこれからだぜ」
「!」
虎は直感した。
何かを仕掛けられた。
そしてそれは、避けることができない。
「気付いたか。てめえの腹にマーキングをさせてもらった」
「爆発は効かないと言ったはずだ」
虎は自信があるのか声色を変えることはない。
体の硬質化は事実ガイルの爆発を容易に耐えた。
だが何か引っかかるものがある。
虎の直感は今までとは違う何かがくると知らせていた。
「効かない、か。今からてめえはそのマーキングが消えるまで爆発を食らうことになるぜ」
ガイルは続ける。
これは賭けだった。
「てめぇの服を焼いたのはしっかりと皮膚にマーキングを残すためだ。この意味がわかるか?」
「なるほど。俺が腹にダメージを負うまで爆発し続けるということか」
虎は鼻で笑う。
「お前の爆発ではいくらやっても俺には届きはしないと思うがな」
「てめぇの体が金属なら温度を上げれば溶けるだろ」
「!」
ガイルの賭けはこれだった。
最初に聞いた金属音。そして硬く、重い体。
もし金属化する能力なら、炎は効くはずなのだ。
「てめえのマーキング、たっぷりマナを込めてあるぜ。今までの爆発よりは効くはずだ。それに」
ガイルは割れた窓を見やる。
「風通しもいい。酸素もたっぷりあるからな」
炎の温度を上げるのは大量の酸素、そして術者の込めるマナの量だ。
ガイルは劣勢の戦闘の中、この条件を満たすことに何とか成功したのだ。
虎は腹から笑い声を上げた。
「おもしろい! いかにも、俺は体を金属と化す『金剛』のマナ。お前の一撃しかとこの体で見届けてやろう!」
「潔ぎがいいな」
ガイルは目の前の虎に少しの敬意を抱いた。
「起爆!」
虎の体は激しい爆発音と共に爆炎に飲み込まれた。
「随分と深く降りるんだな」
エデンの声は闇に響き渡る。
「重要な人物ほど下の階に収監されている。恐らく王も最下層の牢にいるはずだ」
次いで三銃士が言葉を響かせた。
静寂の世界は彼らの足音を敏感に鳴らせていた。
「他の猫たちはどうしたんだ?」
エデンは三銃士に仲間の存在を尋ねる。
国を担う猫の獣人たちは他にもいるはずだ。
「……」
三銃士の顔が険しくなる。
エデンは良い知らせではないことをすぐに察せた。
「強く抵抗する者は皆殺された……。そして我らと同じく兵として使われている者もいる。庶民の猫たちは帝国へと引き渡された」
三銃士の目には強い憎しみを感じられた。
「今この国を牛耳るのは狐の獣人フライアだ。奴の能力の前では抵抗は無意味。簡単にその心を操られてしまうのだ」
「狐の獣人……か」
なるほど、とエデンは納得した。
「ついたぞ」
三銃士の言葉にエデンは思考を止め、到着した部屋を見やる。
大きな鉄格子が視界の奥までしっかりと並べられ、異様な雰囲気が漂っていた。
「ここにペルシャ王が……」
エデンの言葉に三銃士が反応する。
「王を知っているのか?」
「え、まあ……昔ちょっとね」
エデンたちは一つ一つ牢の中を確認して歩く。
「誰か……いるのか」
奥の牢で声がした。
三銃士はそれに心当たりがあったのか、急いでそこへ駆け寄った。
「陛下! こちらにいましたか!」
「おヌシら! 月下! なぜここに!?」
ペルシャは大きな目を見開き、ここにいるはずのない部下をしっかりと確認するように目を巡らせた。
「久しぶりだな、ペルシャ王。僕が連れてきた」
ペルシャは声の主に視線を移すと更に驚いたか、顎が外れるかのように口を開いた。
「にゃにゃ!? ヌシ……エ、エデンか!?」
エデンは微笑み、手を振る。
「こんな形での再会はどんな顔をしたらいいかよくわからないけど」
その言葉にペルシャは見開いた目が小さくなっていく。
「それはワシのセリフじゃ。こんな情けないことになってしまって」
ペルシャは俯いていた。
ろくに食事をしていないのだろう、痩せ細った顔は余計にその情けなさを助長していた。
「いいんだ、君が無事なら。気にしないでくれ」
「き、君!? お前陛下に何という」
聞き捨てならなかったのか三銃士はエデンの言葉に反応した。
待てとペルシャ。
「エデンとはワシが王になる前からの縁。構うな」
ペルシャは三銃士を鎮めて続ける。
「しかしあの花音という娘が言っていた守護者がまさかエデンじゃったのは驚いた。何という運命……」
「花音!? ここにいたのか?」
「あ、ああ。やはりそういうことか。花音はつい先ほど帝国のものに連れて行かれおった」
一足遅かったか、とエデンは拳を握りしめた。
「とにかく、君をここから出そう」
悔やんでいても仕方ない。少しでも早く花音を助け出さなければ。
「まず鍵を探さなくてはいけない。この牢はマナの流れを阻害する特別な術式で作られている」
三銃士が言葉を挟んだ。
鍵……そういう肝心なことは先に言えよ。
いや、自分も忘れてたから人のことは言えないか。
まあ別に必要ないから気にしてなかったのだが。
エデンは鉄格子に手をかける。なるほど。
「外れたぞ」
鉄格子は音もなく分解され、マナとなり散りばめた。
「は? えーーーー!?」
ペルシャと三銃士は目玉が飛び出るかのように驚いた。
「これくらいのマナ編成なら問題ない」
次いでエデンはペルシャの手首にかけられた鎖を解除しようとする。
「わ、我らが尽力して組み上げた努力の結晶が……」
三銃士が何か言っていた。
そうか、これ作るのに苦労したんだな。なんかごめん。
「そうだ、ペルシャ王。僕はもう守護者じゃないんだ」
エデンはペルシャの鎖に手をかけながら言う。
「なに? そうなのか」
「連れの守護者にこっそり仕事をもらっている。ここに来たのも偶然この国を調査していたからなんだ」
エデンは鎖を解除した。
「そうか。ヌシが決めたことだ、深くは聞かぬ」
ペルシャはゆっくりと腰を上げる。
久しぶりに立つのかその足元はおぼつかない。
「まさかヌシに二度も救われるとは。かたじけない」
「その言葉はこの国を取り戻してからだ。まだ早い」
三銃士はペルシャに駆け寄り、頼りない体を支える。
「ヌシほど心強い者はいないが、気を付けろ。いまこの国を支配する獣人は怪しきマナを使う」
「狐だろ? さっき聞いたよ。問題ない」
狐の獣人のマナなら恐らく火系統の能力者だろう。
火の能力においてエデンの『永炎』を超えるものはいない。
「僕はとりあえず頭を狙う。君たちはとりあえず腹ごしらえでもしておくかい? 食堂ならさっき確認したけど誰もいなかったよ」
ペルシャは豪快に笑い声を上げた。
「馬鹿を言うなエデン。ヌシという希望のおかげで力が湧いてきた。一緒に戦わせてもらおう。なにより」
ペルシャは続ける。
「ここはワシの夢が詰まった国じゃ。王が立たずしてどうする」
その言葉にエデンは笑みを浮かべた。
ペルシャが昔から語っていた夢、獣人と人間の壁がない国。
この国の王は、意志は、まだ終わってはいない。
騒々しい爆音は鳴り止み、辺りは煙で包まれていた。
「はぁ……はぁ」
ガイルは息が乱れていた。
それほどこの技にマナを込めていた。もう半分はマナを消費しただろうか。
これほどの相手がいるのは予想外だった。
ガイルは煙の中から薄っすらと見える人影を確認する。
やはり一撃与えただけでは倒れないか。
「かはっ」
虎は血を吐きながら笑う。
「ははっ、いい攻撃だ。効いたぞ」
煙が徐々に晴れる。
虎は腕を組んだまま仁王立ちをしていた。
その腹には火傷と出血の痕があった。
「ちっ、やはり一撃負っただけじゃ倒れねえか!」
ガイルはすかさず身構える。
次の攻撃がくる。マナを半分使ってやっとダメージを負わせられる相手。状況は厳しすぎる。
「いや、もういい。俺にダメージを負わせるだけ大したものだ」
虎は組んだ腕を崩して掌を突き出し終了の合図を出した。
「あ?」
ガイルは虎に戦意がないことを感じ取る。
だがガイルは警戒を解くことはない。
「どういうつもりだ!?」
「俺はこの国に興味はない。身内を茶化しにきただけの傍観者だ」
この戦闘は虎のただの暇つぶしだった。
「三番隊長、少し楽しめた。もっと上の守護者と戦うのが楽しみになってきたよ」
虎はガイルに背を向け、歩き出す。
「おい! どこへ行く気だ!」
「王の間に行け。そこに頭がいる」
虎は笑いながら去っていった。
ガイルは舌打ちをするが追うことはない。
今の自分では勝てないことはわかっているのだ。
恐らくあれは帝国の幹部クラス。
こんな相手は久しぶりだった。
「ははっ」
ガイルは思わず笑いが溢れる。
「王の間ってどこだよ、くそ」
窓から抜ける風がガイルの髪をなびかせた。
「……」
「もう影に隠れたか」
エデンの声は暗闇に虚しく響いた。
話す意志がない。つまり戦闘態勢に入ったということだ。
気配が二つ。もう一つは。
「なっ!?」
エデンは両足を掴まれる感覚がした。
「そういうことか」
弾けるのは一つ。
「ぐっ」
エデンは腹を切り裂かれた。
一つは上手く弾くことはできたが、もう一つは無理だった。
足にマナを込めて強く地を蹴り上げ、手を振り払った。
宙を舞うエデンはそのまま距離をとって着地する。
「距離を取ったところで、だよな」
この部屋全体が闇に包まれている限り、この猫たちはいつでもどこでも移動し、出現することができる。距離を取ろうがどこにいようがそれは全く無意味なものだ。
エデンは走り出した。
また足を掴まれては厄介だと思っての抵抗だ。
だがこれはほんの少しの間だけの対処法。永遠に走り続けることなどできはしない。
三つの気配を感じる。
「めんどくさいな」
一つは地を蹴り足を掴もうとする手を避け。
そのまま宙で体を捻り二つ目を避け。
それと同時に最後の一つを掴む。
エデンは拳を握り締め、掴んだ腕の持ち主の恐らく顔があるであろう位置に思いきり振り下ろす。
「ちっ」
大きく空振ってバランスを崩し、エデンは地に背中を打ち付ける。避けられたのだ。
「さすがの瞬発力か」
獣人の身体能力は人間のそれを遥かに超えている。
ましてやこの暗闇の中、本気の獣人相手にこの不利な環境では一発殴ることすらままならない。
エデンは迷っていた。
正直この状況を打開する方法は最初からわかっていた。
だがそれは都合が悪く、なるべく避けたかった。
なんとか能力を使わずに済む方法はないか。
「いや、もういいか」
エデンは諦めた。
冷静に考えて、別の解決策にたどり着くまでに自分の体が耐えられないだろう。一発殴るためにこちらは二発切り裂かれなければいけない。
そして体が追い込まれると、どのみち最初の解決策を使用せざるを得なくなるのだ。
「すまないガイル。さっそく使うよ」
闇の中から三つの気配。仕掛けてくる。
エデンは構えることはなかった。
これが相手の目にどう映ったのかはわからない。
死を受け入れた故の諦めなのか。
三銃士の爪がエデンの体に触れようとする。
「炎舞」
闇の世界に突如として光の渦が出現した。
「うおおっ!?」
その光はエデンを取り巻く炎。
「熱っ! 火のマナの使い手だったか!」
三銃士はいきなりの光に目を強く刺激され腕で顔を覆う素振りをするが、それはすぐに別の痛みによってかき消される。
「お、おい、この火! 消えないぞ!?」
三銃士の一人が言うとすぐに他の二人も異変に気付く。
「え、手に火が!?」
「あちち! ちょ、広がってきてるぞ!?」
エデンの炎に三銃士たちはたった一瞬触れただけが、その手に炎は移り、さらに燃え広がってきているのだ。
三銃士の言葉は熱さを訴える悲鳴だけになる。
これがエデンのマナ『永炎』であった。
その炎は触れたら最後。対象が燃え尽きるまで決して消えることはない永遠の炎。
そして永炎の発動は、もう一つエデンの体に変化がある。
エデンは暗闇を照らす三つの光を見つめていた。
その悲しげな瞳に映るのは助けを乞う三銃士の姿。
「頼む! 助けてくれぇ!」
「まだこんなところで死ぬわけには!」
「国を! 国を守るのだぁあ!」
さっきまで命を取るだなんて言っていた者たちは今や敵に必死に助けを求めている。そんな言葉通用するはずがないと言うのに。
実際助けたところで三銃士はまたエデンの命を狙うのだ。
そんなことは誰にでもわかる。
だがそれでも、死に追い込まれた者は必死に助けを乞うのだ。一番強い想いが死に抵抗をするのだ。
永遠の炎は対象が燃え尽きるまで少々時間がかかる。その時間はエデンが最も嫌いとする時間だ。想いの叫びは、敵だろうが情に流されそうな時が多々ある。
耳も目も塞ぎたいくらいだ。
こんなことのために、この力はあるのではない。
エデンは強く目を閉じた。
部屋には再び暗闇が訪れる。
「!?」
「火が……消え!?」
永遠の炎は消えることはない。
術者が止めなければ。
エデンは掌から炎を生み出した。
攻撃ではない、部屋に明かりを灯すための炎だ。
「まだ、やり残したことがあるんだろ?」
エデンの顔にはまだどこか迷いが薄っすら照らされていた。
本当にこれでよかったのか。
「はぁ、な、なぜだ」
三銃士の一人が声を掠らせながら問う。
言わんとすることはわかっていた。
「我らは、またお前を襲うかもしれないぞ」
「それで解決するならそうすればいい」
この判断が正しいかどうかなんてまだわからない。
ただ、望まない戦いで命を奪いたくはなかった。
「僕を殺したところで、君たちは解放されるのか?」
三銃士に言葉はなかった。
この戦いに意味はないのだ。
だが彼らは戦わなくてはいけなかったのだ。
「君たちはなぜ戦う」
三銃士の一人が重い口を開いた。
「我らは……王を人質に取られている」
やはりそんなところか、とエデンは納得した。
「ごほっ……がはっ」
三銃士の苦しむ様子にエデンはすぐに駆け寄った。
「すまない、まずは君たちの傷を癒そう」
「!?」
エデンの言葉を三銃士は理解できなかったのか、聞き間違えたかと言うような顔をした。
エデンが手を当てると、三銃士の焼け焦げた体はまるで時間が戻るように綺麗な毛並みを取り戻していった。
「な、なんだこれは!?」
「信じられない……これがマナなのか!?」
「こ、こんなことが……」
夢でも見ているかのように三銃士は口々に言葉を漏らした。
そして一人はエデンの体にあるはずのものがないことに気付いた。
「お、お前……体の傷は?」
三銃士の攻撃は決して弱くない。先の戦闘では間違いなくエデンに深傷を負わせていた。
それなのにエデンは血を流すどころか、傷痕すら残っていなかった。まるで何事もなかったかのように。
「僕のこの力は公に知られると困る。どうか見なかったことにして欲しい」
これが永炎のマナを発動することによって起こるエデンの体の再生だった。
「信じられん……こんなマナが存在するのか」
三銃士はエデンの体をまじまじと見つめていた。
無理もない反応だ。こんな都合のいいマナなど存在はしない。これがこの世界での一般的な認識なのだ。
マナを使っての医療技術は存在するが、回復だけを主とする能力はない。ましてやエデンの見せたマナの能力による一瞬の傷の再生は夢のような話だった。
そんな常識を覆す非現実を彼らは目の当たりにした。
「恩を売るつもりはないが、まあ口止め料てことで」
エデンは三銃士の傷が癒えたのを確認して立ち上がる。
「行こう。王はどこにいるんだ?」
口を開けたままの三銃士たちはエデンの言葉で我に帰る。
「え……あ、恐らく地下牢だ。この先へ進むとある」
「よし、案内してくれ」
「ま、待て!」
エデンのペースで事を次々と進められた三銃士は発言の権利を得た。
「お前は一体何者なんだ? 守護者なのか?」
エデンは振り向き、背中を向けて答える。
「連れの男はそうだが、僕は守護者じゃない。だからこの国を助ける義務も、君たちを助ける義務もない」
エデンは続ける。
「ただ人さらいに遭った仲間を探しにきただけさ」
先へ歩くエデン。
三銃士は俯き、言葉を漏らす。
「気持ちは有り難いが、それなら身を引いた方がいい。今この国を支配しているのは恐らく帝国の幹部クラスのものだ。王を助けたところで我々に勝ち目はない」
三銃士の声は震えていた。
それは恐怖ではない。力が及ばない悔しさだった。
「うるさいな。早く行くぞ」
「え」
話を聞いていたのだろうか。
「つまらないことを言うんじゃない。今の君たちの選択肢は王を助けるか助けないかだ」
「いやしかし!」
「帝国の幹部ごとき僕の相手じゃない。君たちは君たちにできることをやれ」
「幹部ごときって……」
「この国の夢を捨てるな」
エデンは最後にそう言って、笑顔を見せた。
ガイルは長い廊下に差し掛かった。
途中で現れる兵をなぎ倒しては爆音を鳴らしていた。
「ちっ、どいつもこいつも骨がねえな!」
もう何人爆破しただろうか。
ガイルのその顔には疲れは感じられない。むしろ活き活きとしていた。
「頭を連れてこい! お前らじゃ話にならねえ!」
爆音と共に目の前の敵を前方へ吹っ飛ばす。
しかしそれは壁にぶつかったように、空中で止まった。
「あ?」
飛ばされた獣人は後に地へ倒れ込む。
そしてその先には、虎を被った男が立っていた。
ガイルは笑みを浮かべる。
「ほぉ、骨のあるやつが出てきたな」
今までの獣人と明らかに違うマナのオーラが漂っていた。
「……」
虎は喋ることなく、獣人を受け止めた手を払っている。
ガイルは烈火をゆっくりと構えた。
「空爆!」
ガイルの一振りで虎は突然の爆発に襲われた。
避ける素振りはなく、手応えはあった。
ガイルは直撃したことを確信する。
煙がゆっくり晴れる。
ガイルの視線の先には確かに虎の姿はあった。
「!?」
虎は元いた位置から全く動くことなく、腕を組んで立っていた。
「こいつぁ驚いたぜ」
ガイルは地を蹴り上げて突っ込んだ。
両手で烈火を構え、虎の頭上に力一杯叩き込んだ。
激しい金属音と共に大爆発が生じる。
衝撃に耐えきれず、周りの窓は割れ、床はめくれあがる。
「なんだ? 今の音は」
違和感を感じ取ったガイルに爆煙から手が伸びる。
「なっ」
腕を掴まれたガイルは烈火ごと軽々と宙に放られた。
一瞬のことで驚いたが、体勢を整えて何とか着地する。
「俺を投げるとは……なんて力だ」
ガイルの巨体は投げられるという経験はほとんどない。
それも烈火ごと。例え獣人と言えど容易ではない。
「三番隊長、鬼のガイル」
「あ?」
虎は口を開いた。
「噂には聞いていた『爆炎』のマナを使う鬼人。この程度か」
ガイルの顔に血管が浮かび上がった。
「てめぇ、ぶっ殺してやらぁ」
ガイルはすかさず烈火を構えた。
「安い挑発に乗るのはさすが鬼の血か」
「空爆!!」
激しい爆発が巻き起こる。
しかし虎は素早く宙を舞って回避し、ガイルとの距離を一気に詰める。
「その技は振動に触れたものを爆破するようだな」
「ちっ」
距離を詰めた虎に合わせてガイルは烈火を振る。
「その剣に触れたものは爆発するのだな」
虎は瞬時に腰を落とし、軽々と横に薙いだ烈火をかわす。
その柔軟さはまるで猫のようだ。
曲げた脚をバネに虎は重い拳をガイルの腹にめり込ませた。
「がはっ」
ガイルの体は激しく吹き飛んだ。
先の猪の突進とは格が違う。
これはさすがに何度も食らうとやばい、ガイルは直感した。
「けっ、なんだその鉄みてえに硬い体は」
鬼の体を持ってしても今の一撃は効いた。
鉄の塊をぶつけられたような感覚だ。
ガイルはタバコを取り出し、火をつけた。
少し考える時間がほしい。
「そのタバコ、マナを感じるな。おおかた、煙を爆発させるってとこだろう」
「!」
ガイルは思わず笑ってしまった。
獣の勘というやつか、さっきの猪よりも冴えている。
「驚いた、こんなやつがいたとはな」
行動を読まれてもガイルはタバコを吸う。
「いや、丁度吸いたかったんだ」
「強がりか」
ガイルは煙を豪快に宙に舞わせる。
爆発も効かない鋼鉄のように硬い体。
「さて、どうしたものか……」
虎はしなやかに地を蹴り出し、一気に距離を詰めてくる。
「ちっ」
やはり考える余裕などくれないか。
ガイルはすかさず烈火で虎の拳を受け止めた。
同時に爆発が巻き起こる。
虎はそれを意に介さず拳でガイルを烈火ごと押さえつけていた。
「やはり爆発は効かないってか」
ガイルは歯を食いしばりながら虎の拳を押し上げようと抵抗する。
なんて重い拳だ。
むしろ押されているのはガイルだ。
床もその重さに耐えきれず悲鳴を上げている。
ガイルの腕力は決して弱くはない。
むしろ鬼の特徴は獣人を超える怪力とタフさ。
少なくとも虎の獣人に力において負けることはなかった。
その常識を覆すは虎のマナによる能力だった。
「くそったれがぁ!」
ガイルは虎の足元を床ごと爆発させた。
「!」
一瞬重心が崩れたのをガイルは見逃さず、後ろへ飛び退けた。
「はあ、何の能力者だてめぇ」
難を逃れたガイルだが、腕の筋肉の疲労は凄まじく、長期戦は不利だと悟った。
「……」
虎はガイルの言葉に応じることはない。
ガイルは舌打ちをして烈火を解いた。
「あー、こんなもん振り回してたら腕が疲れるわ」
ガイルは肩を鳴らして気怠そうに言う。
ガラスの割れた窓。焼け焦げた壁。めくれあがった床。
荒れ果てた周囲を見渡してガイルは深くため息をついた。
「こんなに城をめちゃくちゃにしやがって。弁償代バカになんねえぞこれ」
「ほとんどお前がやったものだ」
「そこは喋るのかよ!」
言葉と同時にガイルは虎に突っ込んだ。
虎は構えることなく腕を組んでいる。
「爆拳!」
ガイルの拳は虎の腹を捉え、爆発が起こる。
「いってぇ! 相変わらずなんて硬さだ」
「一点集中型の爆発か。考えたようだが俺には効かん」
爆発を物ともせず虎はガイルの腕を掴み、腹に重い蹴りを入れた。
「がっ」
ガイルは飛ばされ、廊下を滑るように転がった。
「はぁっ、がはっ……」
血を吐きながらもガイルは起き上がり、虎を睨み付ける。
「策は尽きたか? 守護者の三番隊長、少しは楽しませてくれるとは思っていたが」
期待外れか。確かにガイルは一撃足りとも虎にダメージを負わせていない。力の差は歴然だった。
だがガイルの顔には少しの笑みが浮かんでいた。
「はぁ……わりーな。高そうな服、焼いちまったわ」
ガイルはそれを指差す。
虎も誘われるがまま腹の方に視線を移す。
先程の爆発で自慢のコートは焼け、腹部があらわになっていた。
「構うな。それよりも一点集中の爆発でこの程度の結果しか得られなかったことを悔め」
ガイルはまだ笑みをやめていなかった。
「まだ結果はこれからだぜ」
「!」
虎は直感した。
何かを仕掛けられた。
そしてそれは、避けることができない。
「気付いたか。てめえの腹にマーキングをさせてもらった」
「爆発は効かないと言ったはずだ」
虎は自信があるのか声色を変えることはない。
体の硬質化は事実ガイルの爆発を容易に耐えた。
だが何か引っかかるものがある。
虎の直感は今までとは違う何かがくると知らせていた。
「効かない、か。今からてめえはそのマーキングが消えるまで爆発を食らうことになるぜ」
ガイルは続ける。
これは賭けだった。
「てめぇの服を焼いたのはしっかりと皮膚にマーキングを残すためだ。この意味がわかるか?」
「なるほど。俺が腹にダメージを負うまで爆発し続けるということか」
虎は鼻で笑う。
「お前の爆発ではいくらやっても俺には届きはしないと思うがな」
「てめぇの体が金属なら温度を上げれば溶けるだろ」
「!」
ガイルの賭けはこれだった。
最初に聞いた金属音。そして硬く、重い体。
もし金属化する能力なら、炎は効くはずなのだ。
「てめえのマーキング、たっぷりマナを込めてあるぜ。今までの爆発よりは効くはずだ。それに」
ガイルは割れた窓を見やる。
「風通しもいい。酸素もたっぷりあるからな」
炎の温度を上げるのは大量の酸素、そして術者の込めるマナの量だ。
ガイルは劣勢の戦闘の中、この条件を満たすことに何とか成功したのだ。
虎は腹から笑い声を上げた。
「おもしろい! いかにも、俺は体を金属と化す『金剛』のマナ。お前の一撃しかとこの体で見届けてやろう!」
「潔ぎがいいな」
ガイルは目の前の虎に少しの敬意を抱いた。
「起爆!」
虎の体は激しい爆発音と共に爆炎に飲み込まれた。
「随分と深く降りるんだな」
エデンの声は闇に響き渡る。
「重要な人物ほど下の階に収監されている。恐らく王も最下層の牢にいるはずだ」
次いで三銃士が言葉を響かせた。
静寂の世界は彼らの足音を敏感に鳴らせていた。
「他の猫たちはどうしたんだ?」
エデンは三銃士に仲間の存在を尋ねる。
国を担う猫の獣人たちは他にもいるはずだ。
「……」
三銃士の顔が険しくなる。
エデンは良い知らせではないことをすぐに察せた。
「強く抵抗する者は皆殺された……。そして我らと同じく兵として使われている者もいる。庶民の猫たちは帝国へと引き渡された」
三銃士の目には強い憎しみを感じられた。
「今この国を牛耳るのは狐の獣人フライアだ。奴の能力の前では抵抗は無意味。簡単にその心を操られてしまうのだ」
「狐の獣人……か」
なるほど、とエデンは納得した。
「ついたぞ」
三銃士の言葉にエデンは思考を止め、到着した部屋を見やる。
大きな鉄格子が視界の奥までしっかりと並べられ、異様な雰囲気が漂っていた。
「ここにペルシャ王が……」
エデンの言葉に三銃士が反応する。
「王を知っているのか?」
「え、まあ……昔ちょっとね」
エデンたちは一つ一つ牢の中を確認して歩く。
「誰か……いるのか」
奥の牢で声がした。
三銃士はそれに心当たりがあったのか、急いでそこへ駆け寄った。
「陛下! こちらにいましたか!」
「おヌシら! 月下! なぜここに!?」
ペルシャは大きな目を見開き、ここにいるはずのない部下をしっかりと確認するように目を巡らせた。
「久しぶりだな、ペルシャ王。僕が連れてきた」
ペルシャは声の主に視線を移すと更に驚いたか、顎が外れるかのように口を開いた。
「にゃにゃ!? ヌシ……エ、エデンか!?」
エデンは微笑み、手を振る。
「こんな形での再会はどんな顔をしたらいいかよくわからないけど」
その言葉にペルシャは見開いた目が小さくなっていく。
「それはワシのセリフじゃ。こんな情けないことになってしまって」
ペルシャは俯いていた。
ろくに食事をしていないのだろう、痩せ細った顔は余計にその情けなさを助長していた。
「いいんだ、君が無事なら。気にしないでくれ」
「き、君!? お前陛下に何という」
聞き捨てならなかったのか三銃士はエデンの言葉に反応した。
待てとペルシャ。
「エデンとはワシが王になる前からの縁。構うな」
ペルシャは三銃士を鎮めて続ける。
「しかしあの花音という娘が言っていた守護者がまさかエデンじゃったのは驚いた。何という運命……」
「花音!? ここにいたのか?」
「あ、ああ。やはりそういうことか。花音はつい先ほど帝国のものに連れて行かれおった」
一足遅かったか、とエデンは拳を握りしめた。
「とにかく、君をここから出そう」
悔やんでいても仕方ない。少しでも早く花音を助け出さなければ。
「まず鍵を探さなくてはいけない。この牢はマナの流れを阻害する特別な術式で作られている」
三銃士が言葉を挟んだ。
鍵……そういう肝心なことは先に言えよ。
いや、自分も忘れてたから人のことは言えないか。
まあ別に必要ないから気にしてなかったのだが。
エデンは鉄格子に手をかける。なるほど。
「外れたぞ」
鉄格子は音もなく分解され、マナとなり散りばめた。
「は? えーーーー!?」
ペルシャと三銃士は目玉が飛び出るかのように驚いた。
「これくらいのマナ編成なら問題ない」
次いでエデンはペルシャの手首にかけられた鎖を解除しようとする。
「わ、我らが尽力して組み上げた努力の結晶が……」
三銃士が何か言っていた。
そうか、これ作るのに苦労したんだな。なんかごめん。
「そうだ、ペルシャ王。僕はもう守護者じゃないんだ」
エデンはペルシャの鎖に手をかけながら言う。
「なに? そうなのか」
「連れの守護者にこっそり仕事をもらっている。ここに来たのも偶然この国を調査していたからなんだ」
エデンは鎖を解除した。
「そうか。ヌシが決めたことだ、深くは聞かぬ」
ペルシャはゆっくりと腰を上げる。
久しぶりに立つのかその足元はおぼつかない。
「まさかヌシに二度も救われるとは。かたじけない」
「その言葉はこの国を取り戻してからだ。まだ早い」
三銃士はペルシャに駆け寄り、頼りない体を支える。
「ヌシほど心強い者はいないが、気を付けろ。いまこの国を支配する獣人は怪しきマナを使う」
「狐だろ? さっき聞いたよ。問題ない」
狐の獣人のマナなら恐らく火系統の能力者だろう。
火の能力においてエデンの『永炎』を超えるものはいない。
「僕はとりあえず頭を狙う。君たちはとりあえず腹ごしらえでもしておくかい? 食堂ならさっき確認したけど誰もいなかったよ」
ペルシャは豪快に笑い声を上げた。
「馬鹿を言うなエデン。ヌシという希望のおかげで力が湧いてきた。一緒に戦わせてもらおう。なにより」
ペルシャは続ける。
「ここはワシの夢が詰まった国じゃ。王が立たずしてどうする」
その言葉にエデンは笑みを浮かべた。
ペルシャが昔から語っていた夢、獣人と人間の壁がない国。
この国の王は、意志は、まだ終わってはいない。
騒々しい爆音は鳴り止み、辺りは煙で包まれていた。
「はぁ……はぁ」
ガイルは息が乱れていた。
それほどこの技にマナを込めていた。もう半分はマナを消費しただろうか。
これほどの相手がいるのは予想外だった。
ガイルは煙の中から薄っすらと見える人影を確認する。
やはり一撃与えただけでは倒れないか。
「かはっ」
虎は血を吐きながら笑う。
「ははっ、いい攻撃だ。効いたぞ」
煙が徐々に晴れる。
虎は腕を組んだまま仁王立ちをしていた。
その腹には火傷と出血の痕があった。
「ちっ、やはり一撃負っただけじゃ倒れねえか!」
ガイルはすかさず身構える。
次の攻撃がくる。マナを半分使ってやっとダメージを負わせられる相手。状況は厳しすぎる。
「いや、もういい。俺にダメージを負わせるだけ大したものだ」
虎は組んだ腕を崩して掌を突き出し終了の合図を出した。
「あ?」
ガイルは虎に戦意がないことを感じ取る。
だがガイルは警戒を解くことはない。
「どういうつもりだ!?」
「俺はこの国に興味はない。身内を茶化しにきただけの傍観者だ」
この戦闘は虎のただの暇つぶしだった。
「三番隊長、少し楽しめた。もっと上の守護者と戦うのが楽しみになってきたよ」
虎はガイルに背を向け、歩き出す。
「おい! どこへ行く気だ!」
「王の間に行け。そこに頭がいる」
虎は笑いながら去っていった。
ガイルは舌打ちをするが追うことはない。
今の自分では勝てないことはわかっているのだ。
恐らくあれは帝国の幹部クラス。
こんな相手は久しぶりだった。
「ははっ」
ガイルは思わず笑いが溢れる。
「王の間ってどこだよ、くそ」
窓から抜ける風がガイルの髪をなびかせた。
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