黒の神隠し

早渡 あい

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008 最強のマナ

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王の間の玉座でフライアは妖艶な笑みを浮かべていた。

「フライア様、人間の女を連れて参りました」

狼の獣人、グレンは鎖で縛られたそれをフライアの前へ差し出した。

「わ、私をどうするつもりなの!?」

花音はフライアを見上げて声を上げた。

「クク、騒ぐな人間。お前を獣王様に捧げる前に少し使わせてもらう」

フライアは笑みをやめない。
その顔は花音の目には不気味に映った。

「仲間の守護者どもは少々やるようじゃからのぅ」

その言葉に花音は希望が込み上げてきた。
エデンたちのことだ。何か騒がしいと思っていたけど、やっぱり助けにきてくれたんだ。

「それが、フライア様……」

バツが悪そうにグレンは言葉を切り出した。

「下の階の兵からの連絡によりますと、モグルはやられ、月下も失敗に終わり、さらに地下牢からペルシャを救出して現在やつらはこちらへ向かってきているとのことで……」

「だからなんじゃ?」

え、とグレンはフライアを見上げる。

「そんなことは想定の範囲内じゃ。妾に問題など何もない! それに、お前は何をしておるグレン。さっさと兵をあげて邪魔者を排除してこぬか」

「ひ、ひぃっ! 申し訳ございません! 今すぐに!」

さっきまでの妖艶な雰囲気とは違う。
フライアからは殺気に似た恐ろしさを感じられた。
花音もまたその恐怖に当てられ、全身が硬直していた。

そうじゃ、とフライアは戦場へ駆り出すグレンを引き止める。

「妾の操り人形の猫どもを使うと良い」

フライアが指を鳴らすとともに、どこに隠れていたのか次々と鎧を纏った猫の獣人たちが姿を現した。

「感謝致します! 必ずや邪魔者どもはこのグレンが!」

猫を引き連れて王の間を後にするグレン。

さて、とフライアは尾を伸ばし花音の顎を撫でるように上げた。

「クク、あいつらにどんな舞台を用意してやろうかのぅ」

フライアは舐めるように花音の全身を見る。

「妾が怖いか? 人間の女よ。獣王様は何故このように弱き存在を欲しがるのか理解に苦しむが」

花音はフライアから目を離すことはない。
いや、離せなかった。強がってはいるが、相手は人間ではない。
いつ何をしてくるのか、気が気でないのだ。

フライアは尾を花音の首に巻きつけて軽く絞めた。

「!?」

酷く咳き込む花音をフライアは見下すように冷たい目を向ける。

「何と弱く脆い存在。見ているだけで腹が立ってくるわ」

ガイルを初めて見た時とは違う。
これはそんな単純な恐怖じゃない。

何もできない無力な自分を責める気持ちはない。
この行動を計り知れない人間ならざるモノに抱くのは、いつ命を取られるかわからない危険性だ。

花音は俯いて、その目はどこか遠くへ行っていた。

「ふっ、言い返す言葉すらないか。お前は本当に守護者か? こんな腰抜けの集団だったとはのぅ」

フライアの言葉は花音に届くことはない。

ある日いきなり知らない世界に来て、知らない国にきて、誘拐されて、挙句の果てには命を取られるかも知れない状況下にある。
なんて人生なんだろう。
どうして私がこんな目に合わなきゃいけないんだろう。
元の世界で何か悪いことでもしたっけ?
普通に生活して、普通に学校行って、普通に友達と遊んで。そんな漠然とした記憶しかないや。

自分の思考を彷徨っていた花音は突然頬に痛みが走った。

「うっ」

「この人間が! 妾を無視しおって!」

フライアの怒りに満ちた顔と尻尾が視界に残る。
何か喋っていたのだろう。自分はそれに気付かず頬をぶたれたのだと花音は理解した。

手足を縛られ、自由がきかない花音の体はそのまま地に倒れ込んだ。

痛い……。

「舐めるなよ人間。妾の気が変わればお前の命なんぞいつでも取ってくれるわ!」

「っ……!」

花音はただ地を見つめることしかできなかった。


「お? ガイルじゃないか無事だったか」

その声に反応してガイルは顔を向ける。

「おぅ、エデン。ん? なんだその猫ども」

ガイルはエデンと共に行動する猫の獣人たちを覗き見た。

「お前! 我らはともかく、この方は国の王だぞ!」

エデンが説明するより早く三銃士が反応した。
ガイルは失礼と柄にもなく、形だけは取り繕った。

「あなたがペルシャ王でしたか。この度、守護者の任務で国の調査をしていた者です。まさか帝国に乗っ取られていたとは」

「よいのじゃ。ワシの不甲斐なさが招いた結果。申し訳ない」

いえ、とかしこまるガイル。
エデンは少し笑ってしまいそうだった。似合わない。

「ん? ガイル、お前結構マナを消費したか?」

隠してはいるようだが、エデンはガイルの表情に僅かに疲れが見えた。
ガイルは舌打ちをして答える。

「恐らく俺とやりあったのは帝国の幹部だ。あれほどの敵がいたとは驚いたぜ」

「なに、ということはこの城には今、最低二人は帝国の幹部クラスがいるということか」

エデンは顎に手を当て考えた。
それほどまでこの国に固執する理由があるのか。
ていうかガイルよく無事だったな。

「俺との戦いは暇つぶしだとよ! ちっ、腹が立つぜ。そいつはただの見物客らしいぜ。この国には恐らく関わっていない」

「ヌシが誰と戦ったはわからんが、この国を乗っ取ったのはフライアという狐の獣人じゃ。そしてやつは帝国の幹部ではない」

ペルシャは会話に割り込んで続ける。

「だが実力は幹部に近いじゃろう。少なくともこの国をたった一人で落としたのだ」

確かに、とエデンは納得した。
予想だが、それはある能力によるものだろう。
昨日の広場で狼が使っていた薄紫の光を放った道具。

「ペルシャ、その狐、尾は何本まで出せた?」

「え、いや正確には数えてはないが……」

「おいお前ら! 久しぶりだなぁ!!」

ペルシャの言葉を聞き覚えのある声が遮った。
その方を見やるとそこには立つは狼の獣人グレン。

「あぁ!? 誰だてめぇ!!」

ガイルは即座に啖呵たんかを切った。

「え……いや昨日広場で会っただろうが!」

狼も負けじと言い返す。

「あぁ!? エデン、お前知ってんのか?」

おいおいこっちにふるなよめんどくさい。

「まあそこのデカイのはともかく、お前はわかるだろ黒髪の人間!」

「いや、知らん」

「……え?」

狼は目を点にしてフリーズした。
頭の中を必死に整理しているのだろうか。

「へ、陛下! やつの隣に並んでいる兵たちは!」

茶番を無視して三銃士はペルシャに言葉をかける。
その目は何か焦りのようなものが感じられた。

「あぁ、そうじゃな。あれはワシに仕えた戦士たち……」

ペルシャも状況に気付いていた。
狼が引き連れている鎧を着た猫の獣人たち。
それはかつて苦楽を共にした猫の国の近衛兵。

「おのれフライア……」

ペルシャは牙を剥き出しに毛を逆立たせた。
その矛先は彼らを操る狐の獣人だった。

「やはり狐の能力なんだな?」

エデンの問いかけにペルシャはそうだと答える。
予想は確信へと変わった。狐のマナはわかった。
だとすると、複数人で狐に向かうのは避けたい。

「ペルシャ! 王の間へ続く道はどこだ? みんなで行くと少し面倒だ。僕一人で先へ行かせてもらう」

ペルシャはエデンの意図がわかったのか、頷いてすぐに指を指した。

「かたじけない。あの狼の後ろの階段を上がって真っ直ぐ進めば王の間じゃ」

「ありがとう、ここは任せたよ。それとガイル! 近衛兵たちは殺すなよ? 気絶させるんだ」

「ちっ、了解した」

ガイルが承諾するのを確認してエデンは前へ突っ走った。

「待てええい! 簡単にここを通すと思うなよ!」

やっと機能したのか、グレンは向かってくるエデンを通さまいと立ち塞がった。

「なんだ、まだいたのか君」

「うるせえ! わからないなら思い出させてやるまでよ!」

エデンは笑った。まだ気にしていたのか。

「わからないよ。少なくとも尻尾巻いて逃げるような相手を僕は覚えていない」

「覚えてるじゃねぇか! やれお前ら!」

グレンの銃の発砲を合図に、近衛兵の猫たちもエデンを狙い発砲した。

エデンの体は大量の弾を浴びて蜂の巣となった。

飛び散るのは血……ではなく火の粉。

「え?」

火影ほかげ

グレンはその言葉が自分の後ろで発せられたことに気付いた。がもう遅かった。

「な、なにぃ!?」

エデンはもう階段を駆け上がり、先へ進んでいた。

「火影は火のマナ使いでは上級の術だ。エデンはお前の手に負える相手じゃねえよ」

ガイルの言葉に狼はまた視線を前方に戻す。

「諦めて俺たちと遊ぼうや!」

盛大な爆発音を背に、エデンは戦闘開始を察する。

「頼んだぞ、ガイル」

エデンは王の間へ続く廊下を駆け抜ける。
この先にいる狐の炎は人を操る能力がある。人数が多いほど相手の手駒が増えてしまう。
それ故にエデンは一人で向かうのだ。


エデンは王の間への扉を力強く開いた。

「花音! 大丈夫か!?」

目の前には玉座で偉そうに座る狐と鎖で縛られた花音がいた。

「クク、きたか人間よ。お前の探し物はここにおるぞ」

フライアは尾で花音を掴み、前へ押し出す。

「エデンさん!」

エデンは花音の生存を確認してとりあえずは安心する。

「花音……その頬」

それと同時に花音の頬が赤く腫れているのに気付いた。
エデンはすぐにフライアへと視線を移す。

「おい狐、手出しやがったな」

エデンが怒りでマナを込み上げるより先にフライアは口を挟んだ。

「おっと、お前状況がわかっておるのか? 下手に動けばこの女がどうなるか」

フライアはもう一本の尾で花音の首を絞める素振りを見せた。

「やめろ!」

いつもの冷静沈着な顔はそこにはない。
花音も焦りを見せるエデンは初めて見た。

「クク、大人しくしているがよい」

フライアは指を鳴らした。
それを合図に、十人程度の人間がエデンの目の前へ現れた。

「これは……!」

エデンはその人間たちが纏う装束を見て理解した。

「守護者……だと」

この国に常駐していたやつらか!?

フライアはクククと笑い、応える。

「妾のコレクションじゃ。特にお前にはよく効くじゃろう」

フライアの陽気な笑みは邪悪に染まる。

「人間は情が多くて困るのぅ。仲間を傷つけることはできぬのだからな」

いけ、とフライアの言葉で守護者たちはエデンに襲いかかった。

「くっ」

エデンは守護者の振りかざす太刀筋を避け、手にマナを込める。

「おっと」

フライアは花音の首を巻く尾に力を込めた。

「!」

エデンは守護者の太刀の嵐を掻い潜り、後ろへ飛んで距離を置く。

「ちっ」

「そうじゃ。少しでも抵抗しようものならこの女の首を跳ね飛ばす」

フライアは高らかに笑う。

「ククク、面白くなってきた! もっとやれぇ!」

フライアの言葉に呼応し、守護者は太刀を構えてエデンに再び襲いかかる。

「クソ狐がっ」

エデンは次々と振り掛かる太刀筋を避けながら思考する。
正直攻撃を避けることは容易だが、時間の問題だ。
花音を人質に取られてる以上、下手に仕掛けることもできない。

「うっ」

フライアは予兆もなく花音の首を絞めた。
エデンは一瞬それに気を取られ、回避が遅れた。

しまった!

一人の守護者の太刀がエデンの背中を深く斬り込む。

「ぐぁっ」

「おっとすまんのぅ、つい力が入ってしもうた」

エデンは痛みを堪えながらも残りの太刀をかわし、また距離を取る。

「エデン……さん……」

花音は血を流すエデンをただ見つめることしかできない。

私のせいだ。私がいるからエデンさんは……。

「花音、気にするな!」

自責の念にとらわれる花音をエデンの声が呼び戻す。

「大丈夫だ……待ってろ、すぐ助ける」

エデンのその言葉は余計に花音の心を痛めた。
その顔に余裕なんてない。
大丈夫なら、いつもの冷静な顔になってよ……。

実際、エデンは追い込まれていた。
この状況では『永炎』も発動できない。
フライアから花音が離れない限り、何もできない。

エデンに思考の隙を与えないように守護者たちは次々と畳み掛ける。

「クク、最高じゃ! 最高のショーだのぅ」

いけ、そこじゃ、とフライアは無邪気に守護者の攻撃に合わせて声をかける。
まさにこのショーを楽しんでいた。

エデンも攻撃を避け続けるが気が気でない。
またいつフライアが気まぐれで花音の首を絞めるかわからないのだ。

落ち着け、考えろ。早く何か方法を――。

「もう……やめてください」

「!?」

小さな滴が波紋を起こすように、その声は王の間に響き渡った。

「バカっ、喋るな!」

エデンは攻撃を交わしながらも花音に制止を呼びかける。
下手にやつを刺激するな。

「もう私のことは気にしないで!」

もう……いいんだ。

「なんじゃ人間。何を勝手に喋っておる?」

フライアは冷たい視線を花音に送る。

「もう私どうなったっていいから! かまわないで!」

全部私が悪いんだ。私がいるから傷つくんだ。

「黙らぬかこの人間が!」

フライアは尾に力を入れる。

「っ!」

フライアはそのまま花音を宙へ持ち上げた。
花音の首は今までにないほど強く絞まる。

苦しい……意識が飛ぶ……。
でも、これでいいんだ……。

「やめろおおおおおお!!」

エデンの渾身の声が響き渡る。
完全に花音に釘付けになっていた。

無慈悲な太刀が一斉にエデンを串刺しにする。

「がはっ」

「!」

それに気付いたフライアは意識がエデンに移り、花音の首を絞めていた尾の力がなくなった。

「カハ! これは面白いじゃ!」

花音を支える力はなくなり、そのまま地へと体は叩きつけられた。

「かっ! ごほっ!」

痛っ。あれ……私……生きてるの?
どうして……?

咳き込む花音のぼんやりとした視界は微かに人影を写した。
徐々に露わになるそれは花音に凄まじい衝撃を与える。

「え!?」

まるで処刑された罪人のように。
花音の目には数本の太刀に串刺しにされ、大量の血を流したエデンの姿があった。

「嘘……でしょ……」

花音もまさに胸を串刺されたかのような痛みが走った。

また私のせいで……!?
私が中途半端なことをしたから、一番最悪な結果に。

冷静に考えれば予想できたことだ。
下手に動けばエデンに刃は突き刺さる。
どうかしていた。最悪だ。

フライアの高笑いする声が聞こえる。
目眩がする。ショックで倒れそうだ。


やばい、もう意識が飛びそうだ。
僕は一体何をしているんだ?
体中が痛い。こんなにボロボロになるのは久しぶりだ。
花音は……どうした?
僕が助けるんじゃなかったのか?
僕は誰だ? 誰にもない、最強のマナがあるのだろう。
この能力を以ってして、誰も救えないのか。

また……失うのか……。


「人間のくせに大したものじゃ。あれだけのダメージを負ってまだ立っているとはのぅ」

クク、とフライアは笑いながら花音に視線を移す。

「おい、お前がとどめを刺してこい」

「えっ」

今、なんて言った?

花音はおぼろげにフライアを見上げた。
薄紫色の妖艶な瞳はまるで吸い込まれるような魅力が……。

「!」

花音は突然体の自由を奪われる感覚に陥った。

「な……」

な、なにこの感覚!?

意識だけは持てる。だがその他の自由は全く効かない。

私、操られている!?

「クク、ちゃんと心臓を狙うのだぞ」

フライアは花音の鎖を解いて、太刀を持たせた。

やだ。やめて。

花音は太刀を持ち、まるで感情のない機械のように速やかにエデンへと距離を詰める。

お願いやめて! 止まって私の体!

花音の想いとは裏腹に体は歩みを止めない。
花音の目に朦朧としたエデンが映った。

避けて! お願い避けて!!

太刀を持つ両手に力が入る。

いや! いやああああああああああ!

花音の太刀は真っ直ぐ、エデンの心臓を貫いた。

「かはっ……」

「クカッーハハハ!! やりおった! やりおったぁ!!」

フライアの歓喜に満ちた叫びが響く。


エデンは眠るように目を閉じた。

支える力を失ったその体は静かに花音へ預けられる。

エデンの垂れ下がった両手はゆっくりと。

花音の体を抱き寄せた。

え……?

耳元で、優しい声が溢れ出す。

「おかえり、花音」


刹那、金色こんじきの炎が咲き乱れた。

火翼ひよく

エデンの背中から咲いた金色の炎は、まるで翼のように舞い広がり花音を包み込む。

「な!? なんじゃ!?」

きらめく炎はその光を惜しむことなく花音の瞳を華やかに彩った。

「エデン……さん……?」

「よく、頑張った」

エデンは戸惑う花音を抱きしめる。
子供をあやすように。
優しく包み込むように、頭をそっと撫でて。

「もう、大丈夫だ」

だめだ……。
そんなの反則だ。
我慢していた。怖かった。辛かった。助けて欲しかった。
たくさん泣いたのに。ずっと泣いていたのに。
もう、心の制御が効かなくなる。
どんな感情も全部、涙に変わって溢れちゃう。

エデンの優しさが花音の感情のストッパーを外す。

「うあああ! ごめんなざいっ、わだしのせいでっ……」

何言ってるかわからない。うまく喋れない。
感情が先に口から溢れ出して言葉にならない。

「君は僕を守ろうと勇気を出しただけさ。自分を否定するな」

エデンはまた強く花音を抱きしめた。

「君が無事なんだ。それでいい」

花音は子供のように泣きじゃくった。
苦しくて辛い。胸が痛い。

エデンはもう何も言わない。
黙って花音を受け止めていた。
こんなにか弱い女の子が、マナも使えない女の子が、ほんの少しとは言え、たった一人で獣人と戦ったのだ。

言葉なんて、もういらない。

花音は炎に包まれていた。
熱くはない。むしろ温かい。

なんて優しい炎なんだろう……。


「何が起きているのじゃ!? こんな色の炎初めて見るぞ!? はっ! 妾の、妾の操り人形どもは!?」

フライアは自分のマナの反応がないことに焦る。
球体のように炎に包まれていて中の様子がわからないが、その傍に守護者が倒れていることを確認する。
フライアは自分の能力が解かれていることに気付いた。

「なぜじゃ! 訳がわからぬ!! どういうことじゃ!?」


花音は大事なことを忘れていた。

「エ、エデンさん、傷は……!?」

エデンの胸を見ると傷はなくなり、突き刺さった太刀は金色の炎に焼かれ、今まさに消えようとしていた。

「これが僕の能力。誰も傷つけさせない。最強のマナ」

花音は手でエデンの胸元を触り、確認する。
本当に、何事もなかったかのように、何もない。

「すごい……」

「こんなこと言うけど、もう君の心に深い傷を負わせてしまったね」

申し訳なさそうにするエデンに、花音は首を横に振る。

「ううん……いいの。素敵な能力ちから

「あ、もちろん内緒だ。見なかったことにしてくれ」

エデンは穏やかに、笑みを見せる。

花音は腕で涙を拭く素振りをした。
まるで顔を隠すように。

「こんなの……忘れられないよ……」

緩んだ口もとは、隠しきれていなかった。


さて、とエデン。

「少しだけ待っててくれ。すぐに片付ける」

エデンは包み込んでいた翼を解放させた。
フライアはそのエデンの姿を見てうろたえる。

「お、お前……傷が!?」

「待たせたな、クソ狐。灰になる時間だ」

冷静な顔して恐ろしいこと言ってる……。
花音は心の中でツッコミを入れた。

「ぬぅ~! 面白くない! 面白くないぞぉぉ!!」

フライアは玉座から降り立つと、獣のように牙を剥き出してエデンを威嚇した。

「気に食わぬ! なんじゃそのマナは! 気味が悪い!」

「お前の胡散臭い炎よりはマシだ」

フライアは両手を地について尾を立てる。

「妾を本気で怒らせたな」

フライアの尾は扇のように開いていく。その数は九。

「やはり『九火きゅうび』のマナか」

「お前も妾の炎の虜になるがいい!」

フライアの九つの尾は薄紫色の炎に包まれた。

「エデンさん! あの炎に気をつけて!」

花音の助言をエデンは手で制し、歩き出す。

「問題ない」

金色の翼を羽ばたかせながら、エデンはゆっくりとフライアに距離を詰める。

「ククク、馬鹿め! 妾の炎をそんなまじまじと……」

フライアは異変に気付いた。
何故やつはあんな平然と歩いている!?

「馬鹿はお前だ。この金色の炎を前に誰がそんな淡い炎に魅せられる?」

「な!?」

花音は魅せられていた。
花びらが散るように、この王の間は金色の花吹雪に飾られていた。エデンの翼が羽ばたくと同時に、それは美しく舞い散る。

花火はなび

歩みを止めた。

「僕はずっと、術を発動している。お前の負けだ」

エデンはもうフライアと目と鼻の距離で悠然と立っていた。

舞い散る金色の花びらが、フライアの体に触れる。

花びらは突如としてフライアの体で激しく燃え上がった。

「ぎゃあああああ! 熱い! 熱いぃぃぃぃ!!」

次から次へとフライアの体に触れる花は炎を上げていく。

「妾が! 妾が燃えてっ! 熱い! 止めてくれぇ!」

エデンのマナ『永炎』は決して消えることはない。
火の粉ですら、一度触れると燃え広がっていくのだ。

エデンの目はそれと対照的に非常に冷たいものだった。

「妾は……幹部に! この国を治めて幹部になるんじゃぞぉぉ!」

フライアの姿はもう確認できないほど、炎に包まれていた。

「心配するな。お前にその器はない」

エデンの言葉を最後に、フライアは炎と共に消滅した。

灰すらも、残らない。

「エデン……さん?」

花音の呼びかけに、エデンはゆっくりと振り向いた。

「終わり! 帰ろっか」

今日一番の笑顔で。

「……はい!」

花音は満面の笑みでエデンに駆け寄った。
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