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聖なる神子様①

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 エルスは朝から泣いていた。
 父へ送った手紙の返事が届いたのだ。
 そこには一言、「魔術が使えるようになるまで帰ってくるな」とだけ書かれていた。
 


 その日もエルスは洗濯をしていた。
 噴水の前で山盛りの洗濯物を洗っていると、どこからともなくヤイルと彼の取り巻きの男二人がやってきた。

「お前さぁ、いつまで神殿に居座る気だよ。目障りだから早く消えてくれない?」

 ニヤニヤと笑うヤイルを無視して洗濯を続ける。

「無視してんじゃねーぞ下っ端。……何だこれ?」

 ヤイルはエルスの足元に置かれた洗剤の入った瓶に目をやった。
 彼は瓶を持ち上げ中を確認する。
 そこには灰色のどろどろとしたペーストが入っていた。
 エルスは彼が洗剤を奪ったことに気付くと、洗濯物を放り投げて立ち上がった。

「それにさわるな!」

 慌てるエルスに機嫌を良くしたヤイルは言った。

「お前たち、こいつを抑えとけ」

 彼の取り巻きたちは、命令を受けて逃げようとするエルスを捕まえると両脇から拘束した。

「そんなにこいつが大切か? ただの泥みたいだが……ああ、もしかしてこうして使うのか」

 ヤイルはにやにやとしながらエルスの前に立つと、エルスの頭上でその瓶を傾けた。
 エルスはその泥が肌を溶かすほど強力な作用を持つと知っているため、死ぬとまでは行かなくても大怪我を負うだろうことは予想できた。

「本当にそれは危ないんだ。やめてくれ」

 涙目で懇願するエルスを気にもとめず、ヤイルはさらに瓶を傾けた。
 すると、突然、横から走ってきた何者かがヤイルの体を突き飛ばした。

「ぎゃーっ、なにをする!」

 瓶の中身を地面にぶちまけながらわめくヤイルを男は抑え込んで叫んだ。

「エルス、無事か!?」

 彼はセノだった。
 セノのあとに続くように王子たちも歩いてくる。
 それを見てヤイルは顔を真っ青にした。

「君が私の可愛いエルスをいじめているやつか」
「お、王子!? 僕は何も悪くない! 何もしていない!」

 言い訳を繰り返すヤイルを王子は冷たい目で見下ろす。
 エルスは取り巻きたちのゆるんだ拘束を振りほどき、王子の方へ駆け寄った。

「王子! いつもこの時間には来ないのに、なにかあったのですか」
「うちの近衛騎士殿がどうしても今日は神殿に行くと言って聞かなかったから、私達はついてきただけなんだ」

 そう言って王子はセノを指差した。
 セノは厳しい顔でヤイルを拘束して、こいつを地下牢に入れておけと言った。

「私から神官長に相談してみるが、難しいと思うぞ。神殿の政治に王家は介入を許されていない」
「それでもこいつをのさばらせておくわけにはいけない」
「わかったよ」

 王子は近衛隊員に命令して、拘束したヤイルと取り巻きたちを連れて神官長室の方へ歩いていった。
 そして残ったセノは山積みの洗濯を見て噴水の前にしゃがみこんだ。
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