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第1章 始動の翼
風の刃、不遇の日
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「風くん…体調、どうかな…?」
「うるせぇ黙れ話しかけるな消え失せろ…。」
4月15日の土曜日、20時30分。
春先に似合わぬ暑苦しい毛布を身に纏って寝転び、すらすらと暴言を吐いても、雪原氷華は眉一つ動かさなかった。
俺や兄よりもやや濃い水色の髪と、温厚さが滲み出ている柔らかな瞳を有したこいつとは、小学校5年生以来の交流がある。ゆえに俺の口の悪さは十分に知っており、乱暴な物言いをしたからといって、必ずしも怒りはしない。
それはありがたいのだが、兄のふざけ半分の頼みに本気で応じたのは、心底迷惑であった。
両親が行方知れずになって以来一人暮らしをしている氷華だが、掃除や洗濯等はそつなくこなせる一方、料理だけはまるで上達しないのだ。
今日に限って上手く作れるなどという奇跡が起きる筈もなく、久し振りにとんだフルコースを喰らう破目に遭った。
白米はリビングのテーブルに乗せられた時点で、ほとんど冷めて固くなっており。
奮発して買っておいた少々高価な牛肉も、生焼けで出され。
野菜スープに至っては、玉葱や人参を乱雑に切って放り込んだだけのぬるい液体という有様。
無論いずれも、見た目通りの酷い風味と歯応えだった。
左様な食事を用意した当の本人はと言えば、これでも下手なりに一生懸命やったんだよと、得意気なもの。
こういう奴には言葉よりも光景が有効だろうと、押して全ての品を胃袋に収めたせいで、体調不良を積み重ねたのだった。
「ああ、だるい…腹痛ぇ…頭痛ぇ…ついでに左腕も痛ぇ…。」
卓袱台返しの勢いでこんなものが食えるかと拒絶しなかった自分も相当に愚かだと、激しく後悔しながら呻く。
「うう…ごめんなさい…変なやつらにからまれたっていうから、気分転換になればと思って、がんばって作ったんだけどね…。」
左腕に関しては全く無関係ながら、氷華はその点を特に指摘せず、申し訳なさそうに頭を下げた。
樹王山での出来事は、一通り明かしてある。
本当なら油断から負傷した無様は黙秘したかったが、土台不可能な相談だった。治療費をかけたくないからと、絆創膏を貼った上に包帯を巻き付けた格好になっているので、否応なく目立つ。すぐさま何事かと問われて、当然だろう。
実際氷華も真っ先に患部に言及し、動転を極めた末に霊柩車を呼ばなきゃなどと騒動したため、頭を引っ叩いて黙らせておいた。
「それはそうと、風くんも嵐兄さんもけっこうすごいことしちゃったよね。通り魔の変異種をやっつけちゃうなんてさ。」
行儀よく正座した氷華は、その件で感心しきりだった。
「ふん。罪もねぇ奴にいきなり襲い掛かるような連中、ウロウロさせてたまるかよ。せっかく異能も使える身なんだ。役立てねぇ手はねぇぜ。」
「あはは。なんだか、マンガのキャラみたいなセリフだね。」
「…ゲタゲタ笑ってるけど、お前だってその場にいたら絶対連中とやり合うだろ。」
「え~、どうかな?ボク、あんまり度胸ないし…。」
氷華は困った笑みを浮かべて頬を掻き、謙遜してみせる。
「絶対やってたって。俺だって仕掛けたんだし、お前ならなおさら黙ってねぇだろ。」
「も~。ボクみたいな大人しい女子をつかまえて、ひどい言い方だなぁ…。」
「ほう。大人しい女子って、人にド下手な料理食わせて体調崩させるもんなのか。初めて知ったぜ。」
「ああもう、何度も言わないでよ!悪かったってば!ホントにすみませんでした!!」
悪寒に震えながら皮肉をくれてやると、氷華も平謝りするのみだった。
「…ところで、樹王の実のことなんだけどさ。次に採りに行くときは、ボクも呼んでくれないかな?」
「え?行きてぇのか?」
「だって、食べたら普通の人間に戻れるかもしれないんでしょ?ボクだって、雪女なんて呼ばれるの、もううんざりなんだもん。」
言いながら鬱陶しそうに目を閉じ、首を左右に振った。
氷華は俺や兄とは異なり、人体に存在し得ない器官などは、備わっていない。
ただし、冷気を自在に操る能力を宿していた。
小学校高学年の頃、数人組に絡まれていた生徒をその力で救うも、極寒の責め苦を味わわせた加害者共に逆恨みされ、異能の話を言いふらされた経験がある。
到底信じられそうもない報告だったが、それを語る者達の身体に付着していた氷の破片と、氷華からひとりでに流れ出る寒々しい空気が信憑性を持たせ、程なく彼女に雪女との蔑称が定着してしまった。
該当する類型は違っていても、同じ変異種。
仲間が怪物扱いされているのはやはり腹立たしく、氷華の不満にも何とか終止符を打ってやりたいと、常々思っていた。
「ふむ…それなら、今から行くか?」
「え、今から!?そんなケガしてるのに!?」
氷華は大袈裟に仰天する。
「羽は何ともねぇんだから、問題ねぇよ。それに、どうせなら一日でも早ぇ方がいいだろ。」
「でも…ケガしてる風くんを引っ張り回したら、嵐兄さんにどやされちゃうよ…小6の時みたいにさ…。」
「ああ、そんなこともあったっけな…。」
2年前、膝に怪我をこさえたまま氷華を連れ出して外出した先でうっかり転倒し、余計に傷を深めて帰宅するや否や、揃って兄から叱られたのを思い出す。
俺が軽はずみだっただけなのだから氷華に責任はないだろうとしつこく訴えたものの、兄は結局止めなかった以上は同罪だと言い返し、折れはしなかった。
「あの野郎も、何だかんだで聞き分けねぇもんな…いや本当、その節はご迷惑をお掛けしました。」
「いえいえ。…とにかく、風くんが元気になったら、お願いしていいかな?」
曇りの無い済み切った瞳で、氷華が告げる。
「…お前こそ、延期して良いのか?雪女呼ばわりされるの、嫌なんだろ?」
「けど、ケガしてる風くんをこき使うなんて、もっとイヤだからさ…。」
随分お優しいことだなと嫌味を漏らしそうだったが、妙に温められた胸の中には、発する言葉が残っていなかった。
「ふっ。気色悪いオタクのくせに、良い友達持ったな。」
耳に馴染んだ声にリビングの扉を見やると、兄が立っていた。
何処かに買い物にでも行っていたのか、右手に小さなビニール袋を提げている。
「あ、嵐兄さん。お邪魔してます。」
「ああ、氷華君。よく来てくれたね。」
「…そりゃ、呼び付けたから来るだろうな。貴様が速攻で失せやがったお陰で、こっちは1人でこいつの失敗作食わされたぜ。」
「ははは。そいつはいい経験になって良かったな。じゃ、口直しにこれでもどうだ?」
兄はこちらの恨み節を意に介さず、ビニール袋の中身を発表する。
現われたのは、鬼灯の様な形をした真紅の物体、5つだった。
「…何じゃこりゃ?木の実?」
「そうそう。木の実だよ。食後のデザート代わりにいいと思うぞ。」
「いや、デザート代わりって…しなびたのばっかりじゃねぇか。」
テニスボールより多少大きいが、身は細く、張りが乏しい。
舌の上に乗せたが最後、まずさにのたうち回るのが簡単に予想できてしまう。
「あー。わざわざこの兄上様が樹王の実採って来てやったのに、そういう失礼な口を利くか、お前は。」
「「え…!?」」
俺と氷華の驚愕が綺麗に重なって、リビングに響いた。
「これ、樹王の実なんですか…!?」
「ああ。ちゃんとてっぺんにある奴を採って来たから、間違いないよ。」
兄は背中の翼を広げながら答えた。
「…夢でも見てるのか、俺…?」
「おいおい。寝ぼけるのは間抜けな顔だけにしとけって。」
「いや、だって…怠け腐った野郎が自分で樹王のてっぺんまで飛んで行ったとか、信じられなくてな…。」
「てめえ。」
兄は朗らかな表情と穏やかな声を崩さぬまま、俺の右肩に蹴りを叩き込んだ。
「痛っ…!信じられなくて当たり前だろ!自分はその辺に寝転んで、俺に採らせようとしてたんだから!おまけに人様に晩飯作らせるなんざ、グータラにも程があるだろうが!」
「ああもう、分かった分かった。結局兄ちゃんが採って来たんだから、そんなに騒ぐなって。」
右手での殴打の連発を容易くいなしながら、兄は俺をなだめた。
「あと、兄ちゃんが気兼ね無く実を採りに行けたのは氷華君が来てくれたおかげだから、そこは礼を言っとけよ。」
「…もうたっぷり言ってもらいましたよ。身体壊れるくらいに美味い飯をありがとよ、って…。」
「…そう。」
「…ふん。」
悲哀の露わな笑みを浮かべる氷華と、反応に窮して複雑な表情をする兄を尻目に、樹王の実へと手を伸ばす。
「お、もう食うのか?」
「悪いか?」
わざとらしくむくれて聞き返した俺に、氷華も兄も、是とは返さない。
「まさか。」
「むしろ、お前に一番最初に食わせようって思ってた位さ。」
「…へえ。貴様にしちゃ、気が利くじゃねぇか。」
「一言余計だ、馬鹿。」
兄の抗議に、注意は向かない。
いよいよ念願が叶う瞬間かと、心臓が素早く脈打っていたから。
「…それじゃ、御言葉に甘えさせてもらうぞ。」
「ああ、どうぞどうぞ。」
兄の了承と、氷華の期待に満ちた視線に促され、右手で掴んだ樹王の果実に噛み付く。
歯で剥ぎ取った皮や果肉を、喉の奥へと流し込んだ。
「…う。」
直後、異変が生じる。
言葉では表現できない衝撃が口の中を通り抜けたと思った時、視界が闇に閉ざされた。
「え?あれ??ちょっと…風くん!大丈夫!?」
氷華に乱暴に揺さぶられても、うつ伏せに寝込んだまま、一切反応できなかった。
「うわー…まさか、気絶する程まずいとは。先に食わせて正解だったな…。」
「あっ!嵐兄さん、風くんを実験台にしましたね!?」
「いやいや、とんでもない。弟を早く普通の人間に戻してやりたかったから、最初に食えって勧めたんだよ。」
「じゃ今、先に食べさせて正解って言ったのは何ですか!」
「…それはまあ、やっぱり毒見役は必要だからね。」
「…本人には気の毒だけど、風くんが寝込んじゃってよかったですよ…。」
氷華の発言は、正鵠を射ている。
もしも意識が明瞭なら、俺は体調不良に構わず怒り狂って、我が家を瓦礫の山に変えても終わらぬ程に暴れるところだった。
「知らぬが仏って、昔の人は上手いこと言ったなぁ…。」
「…あれ?」
横たわった俺を観察し、兄が怪訝な顔をする。
「どうかしましたか?」
「この実、食べてすぐに効果が出るかと思ってたけど…。」
「…あ…。」
兄と氷華の目に映る俺の姿は、樹王の実を口にする前と何ら変わっていなかった。
「もしかして…樹王の実の話、ウソだったんでしょうか…?」
兄は溜息と共に、愚痴をこぼした。
「…風刃が起きたら、まためんどい事になりそうだな…。」
「うるせぇ黙れ話しかけるな消え失せろ…。」
4月15日の土曜日、20時30分。
春先に似合わぬ暑苦しい毛布を身に纏って寝転び、すらすらと暴言を吐いても、雪原氷華は眉一つ動かさなかった。
俺や兄よりもやや濃い水色の髪と、温厚さが滲み出ている柔らかな瞳を有したこいつとは、小学校5年生以来の交流がある。ゆえに俺の口の悪さは十分に知っており、乱暴な物言いをしたからといって、必ずしも怒りはしない。
それはありがたいのだが、兄のふざけ半分の頼みに本気で応じたのは、心底迷惑であった。
両親が行方知れずになって以来一人暮らしをしている氷華だが、掃除や洗濯等はそつなくこなせる一方、料理だけはまるで上達しないのだ。
今日に限って上手く作れるなどという奇跡が起きる筈もなく、久し振りにとんだフルコースを喰らう破目に遭った。
白米はリビングのテーブルに乗せられた時点で、ほとんど冷めて固くなっており。
奮発して買っておいた少々高価な牛肉も、生焼けで出され。
野菜スープに至っては、玉葱や人参を乱雑に切って放り込んだだけのぬるい液体という有様。
無論いずれも、見た目通りの酷い風味と歯応えだった。
左様な食事を用意した当の本人はと言えば、これでも下手なりに一生懸命やったんだよと、得意気なもの。
こういう奴には言葉よりも光景が有効だろうと、押して全ての品を胃袋に収めたせいで、体調不良を積み重ねたのだった。
「ああ、だるい…腹痛ぇ…頭痛ぇ…ついでに左腕も痛ぇ…。」
卓袱台返しの勢いでこんなものが食えるかと拒絶しなかった自分も相当に愚かだと、激しく後悔しながら呻く。
「うう…ごめんなさい…変なやつらにからまれたっていうから、気分転換になればと思って、がんばって作ったんだけどね…。」
左腕に関しては全く無関係ながら、氷華はその点を特に指摘せず、申し訳なさそうに頭を下げた。
樹王山での出来事は、一通り明かしてある。
本当なら油断から負傷した無様は黙秘したかったが、土台不可能な相談だった。治療費をかけたくないからと、絆創膏を貼った上に包帯を巻き付けた格好になっているので、否応なく目立つ。すぐさま何事かと問われて、当然だろう。
実際氷華も真っ先に患部に言及し、動転を極めた末に霊柩車を呼ばなきゃなどと騒動したため、頭を引っ叩いて黙らせておいた。
「それはそうと、風くんも嵐兄さんもけっこうすごいことしちゃったよね。通り魔の変異種をやっつけちゃうなんてさ。」
行儀よく正座した氷華は、その件で感心しきりだった。
「ふん。罪もねぇ奴にいきなり襲い掛かるような連中、ウロウロさせてたまるかよ。せっかく異能も使える身なんだ。役立てねぇ手はねぇぜ。」
「あはは。なんだか、マンガのキャラみたいなセリフだね。」
「…ゲタゲタ笑ってるけど、お前だってその場にいたら絶対連中とやり合うだろ。」
「え~、どうかな?ボク、あんまり度胸ないし…。」
氷華は困った笑みを浮かべて頬を掻き、謙遜してみせる。
「絶対やってたって。俺だって仕掛けたんだし、お前ならなおさら黙ってねぇだろ。」
「も~。ボクみたいな大人しい女子をつかまえて、ひどい言い方だなぁ…。」
「ほう。大人しい女子って、人にド下手な料理食わせて体調崩させるもんなのか。初めて知ったぜ。」
「ああもう、何度も言わないでよ!悪かったってば!ホントにすみませんでした!!」
悪寒に震えながら皮肉をくれてやると、氷華も平謝りするのみだった。
「…ところで、樹王の実のことなんだけどさ。次に採りに行くときは、ボクも呼んでくれないかな?」
「え?行きてぇのか?」
「だって、食べたら普通の人間に戻れるかもしれないんでしょ?ボクだって、雪女なんて呼ばれるの、もううんざりなんだもん。」
言いながら鬱陶しそうに目を閉じ、首を左右に振った。
氷華は俺や兄とは異なり、人体に存在し得ない器官などは、備わっていない。
ただし、冷気を自在に操る能力を宿していた。
小学校高学年の頃、数人組に絡まれていた生徒をその力で救うも、極寒の責め苦を味わわせた加害者共に逆恨みされ、異能の話を言いふらされた経験がある。
到底信じられそうもない報告だったが、それを語る者達の身体に付着していた氷の破片と、氷華からひとりでに流れ出る寒々しい空気が信憑性を持たせ、程なく彼女に雪女との蔑称が定着してしまった。
該当する類型は違っていても、同じ変異種。
仲間が怪物扱いされているのはやはり腹立たしく、氷華の不満にも何とか終止符を打ってやりたいと、常々思っていた。
「ふむ…それなら、今から行くか?」
「え、今から!?そんなケガしてるのに!?」
氷華は大袈裟に仰天する。
「羽は何ともねぇんだから、問題ねぇよ。それに、どうせなら一日でも早ぇ方がいいだろ。」
「でも…ケガしてる風くんを引っ張り回したら、嵐兄さんにどやされちゃうよ…小6の時みたいにさ…。」
「ああ、そんなこともあったっけな…。」
2年前、膝に怪我をこさえたまま氷華を連れ出して外出した先でうっかり転倒し、余計に傷を深めて帰宅するや否や、揃って兄から叱られたのを思い出す。
俺が軽はずみだっただけなのだから氷華に責任はないだろうとしつこく訴えたものの、兄は結局止めなかった以上は同罪だと言い返し、折れはしなかった。
「あの野郎も、何だかんだで聞き分けねぇもんな…いや本当、その節はご迷惑をお掛けしました。」
「いえいえ。…とにかく、風くんが元気になったら、お願いしていいかな?」
曇りの無い済み切った瞳で、氷華が告げる。
「…お前こそ、延期して良いのか?雪女呼ばわりされるの、嫌なんだろ?」
「けど、ケガしてる風くんをこき使うなんて、もっとイヤだからさ…。」
随分お優しいことだなと嫌味を漏らしそうだったが、妙に温められた胸の中には、発する言葉が残っていなかった。
「ふっ。気色悪いオタクのくせに、良い友達持ったな。」
耳に馴染んだ声にリビングの扉を見やると、兄が立っていた。
何処かに買い物にでも行っていたのか、右手に小さなビニール袋を提げている。
「あ、嵐兄さん。お邪魔してます。」
「ああ、氷華君。よく来てくれたね。」
「…そりゃ、呼び付けたから来るだろうな。貴様が速攻で失せやがったお陰で、こっちは1人でこいつの失敗作食わされたぜ。」
「ははは。そいつはいい経験になって良かったな。じゃ、口直しにこれでもどうだ?」
兄はこちらの恨み節を意に介さず、ビニール袋の中身を発表する。
現われたのは、鬼灯の様な形をした真紅の物体、5つだった。
「…何じゃこりゃ?木の実?」
「そうそう。木の実だよ。食後のデザート代わりにいいと思うぞ。」
「いや、デザート代わりって…しなびたのばっかりじゃねぇか。」
テニスボールより多少大きいが、身は細く、張りが乏しい。
舌の上に乗せたが最後、まずさにのたうち回るのが簡単に予想できてしまう。
「あー。わざわざこの兄上様が樹王の実採って来てやったのに、そういう失礼な口を利くか、お前は。」
「「え…!?」」
俺と氷華の驚愕が綺麗に重なって、リビングに響いた。
「これ、樹王の実なんですか…!?」
「ああ。ちゃんとてっぺんにある奴を採って来たから、間違いないよ。」
兄は背中の翼を広げながら答えた。
「…夢でも見てるのか、俺…?」
「おいおい。寝ぼけるのは間抜けな顔だけにしとけって。」
「いや、だって…怠け腐った野郎が自分で樹王のてっぺんまで飛んで行ったとか、信じられなくてな…。」
「てめえ。」
兄は朗らかな表情と穏やかな声を崩さぬまま、俺の右肩に蹴りを叩き込んだ。
「痛っ…!信じられなくて当たり前だろ!自分はその辺に寝転んで、俺に採らせようとしてたんだから!おまけに人様に晩飯作らせるなんざ、グータラにも程があるだろうが!」
「ああもう、分かった分かった。結局兄ちゃんが採って来たんだから、そんなに騒ぐなって。」
右手での殴打の連発を容易くいなしながら、兄は俺をなだめた。
「あと、兄ちゃんが気兼ね無く実を採りに行けたのは氷華君が来てくれたおかげだから、そこは礼を言っとけよ。」
「…もうたっぷり言ってもらいましたよ。身体壊れるくらいに美味い飯をありがとよ、って…。」
「…そう。」
「…ふん。」
悲哀の露わな笑みを浮かべる氷華と、反応に窮して複雑な表情をする兄を尻目に、樹王の実へと手を伸ばす。
「お、もう食うのか?」
「悪いか?」
わざとらしくむくれて聞き返した俺に、氷華も兄も、是とは返さない。
「まさか。」
「むしろ、お前に一番最初に食わせようって思ってた位さ。」
「…へえ。貴様にしちゃ、気が利くじゃねぇか。」
「一言余計だ、馬鹿。」
兄の抗議に、注意は向かない。
いよいよ念願が叶う瞬間かと、心臓が素早く脈打っていたから。
「…それじゃ、御言葉に甘えさせてもらうぞ。」
「ああ、どうぞどうぞ。」
兄の了承と、氷華の期待に満ちた視線に促され、右手で掴んだ樹王の果実に噛み付く。
歯で剥ぎ取った皮や果肉を、喉の奥へと流し込んだ。
「…う。」
直後、異変が生じる。
言葉では表現できない衝撃が口の中を通り抜けたと思った時、視界が闇に閉ざされた。
「え?あれ??ちょっと…風くん!大丈夫!?」
氷華に乱暴に揺さぶられても、うつ伏せに寝込んだまま、一切反応できなかった。
「うわー…まさか、気絶する程まずいとは。先に食わせて正解だったな…。」
「あっ!嵐兄さん、風くんを実験台にしましたね!?」
「いやいや、とんでもない。弟を早く普通の人間に戻してやりたかったから、最初に食えって勧めたんだよ。」
「じゃ今、先に食べさせて正解って言ったのは何ですか!」
「…それはまあ、やっぱり毒見役は必要だからね。」
「…本人には気の毒だけど、風くんが寝込んじゃってよかったですよ…。」
氷華の発言は、正鵠を射ている。
もしも意識が明瞭なら、俺は体調不良に構わず怒り狂って、我が家を瓦礫の山に変えても終わらぬ程に暴れるところだった。
「知らぬが仏って、昔の人は上手いこと言ったなぁ…。」
「…あれ?」
横たわった俺を観察し、兄が怪訝な顔をする。
「どうかしましたか?」
「この実、食べてすぐに効果が出るかと思ってたけど…。」
「…あ…。」
兄と氷華の目に映る俺の姿は、樹王の実を口にする前と何ら変わっていなかった。
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