光の翼

シリウス

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第2章 飛躍の翼

海姫の真価

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「てめえもこいつらの仲間か?」
「…そうだけど…?」
「ふっ。なかなか良いタイミングで現れやがったな。」
舞が静かに答えると、ラダンは獰猛な笑みを浮かべた。
「ちょうどこの死に損ない共を始末するところだ。大人しく見物してりゃ、てめえは楽に殺してやってもいいぜ。」
「…封殺者が…目の前で…殺人予告されて…黙って…見てると…思う…?」
「何だ、そんなに苦しんで死にてえのか?だったら望み通りにしてやるよ!」
薄笑いしたままのラダンが、舞の首筋を目掛けて赤錆の斧を振るう。





しかし舞は、右手の親指と人差し指で簡単に受け止めてみせた。





「何!?」
「…危ない…なあ…こんな物…冗談でも…振り回すんじゃ…ありません…。」
「ぐおっ!!」
まるで紙飛行機を扱うような小さい動きで、巨漢のラダンが斧ごと軽く投げ飛ばされた。
ラダンは黒い屋根のロッジの壁で背中を強打し、ずり落ちる。
「ぐ…てめえ、その辺のザコ封殺者じゃねえな!何者だ!」
「…人の…門下生を…ざこ呼ばわり…しないで…。」
「封殺者が、てめえの門下生だと…?」
立ち上がったラダンの顔が、答えを察したように固まった。
「…私…封殺者…師範代…水川舞…。」
ラダンは言葉もなく驚愕を露わにしたが、すぐに呵々大笑する。
「は…はは…ははははは!!!てめえが噂の次代最強か!!!」
喜びに震え、舞に向かって突っ込んだ。
「まさか出くわす時が来るとはな!てめえ程のヤツを消せば、この連中みてえなゴミ共を100や200…いや、1000匹殺すよりずっと名が上がるってもんだ!」
巨体に似合わない俊敏さで距離を詰め、斧での連続斬りを仕掛ける。
「…盗みと…人殺ししか…できない男に…友達を…ごみなんて…言われる筋合い…ない…!」
一方で舞は、不愉快そうに唇を歪めつつ悠然とした動きで攻撃をかわしていたが、不意に立ち止まった。
「どうした、観念しやがったか―ぐっ!」
斧が届くと思ったところで、ラダンが転んだ。
舞に足を引っかけられたのだ。
「…くく。チャチな不意打ちとはいえこのオレを転ばせやがるとは、さすがに騒がれるだけはあるらしいな。」
ラダンは冷や汗を一滴浮かべながらも、あくまで凶暴な笑顔を崩さずに斧を構え直す。
「だが、図に乗るんじゃねえぞ。このラダン、千載一遇の好機を取りこぼしてやる程、甘くねえ。てめえは確実にここで殺す!」
「…一応…聞くけど…私に…何か…恨み…あるの…?…仲間を…捕まえられた…とか…。」
「はっ!ねえよ、そんなモン!てめえはオレの名を上げるための踏み台、ただそれだけだ!」
「…とことん…最低…!」
いよいよ嫌悪を露わにし、拳を握る。
「…これ以上…その顔…見たくない…あっさり…だうんさせてあげる…覚悟なさい…!」
「ははは、上等だ!やってみろ、根暗ヅラが!」
ラダンが斧を高々と掲げ、赤黒い光を宿らせる。
「また地崩撃か!」
魄力を集中しているだけで、微弱にではあるが辺りの地面を震わせていた。
炸裂させれば、僕達に浴びせたものとは比較にならない被害をもたらすだろう。
「舞さん、ラダンから距離を―」





麗奈が忠告するより速く、舞の拳がラダンの腹部に決まった。





「…が…。」





集められていた魄力が霧散し、斧からも禍々しい光が消える。





目を見開いたラダンはごく小さな呻き声を漏らすとそのままうつ伏せに倒れ、起き上がっては来なかった。





「…ばかな…男…強盗なんて…しなきゃ…こんな…かっこ悪いことに…ならなかったのに…ね…。」
つまらなさそうに独り言ちると、舞は長い黒髪をかきあげた。
「…舞ちゃん…そいつ、マジに気絶したの?」
「…みたい…だね…。」
「まさか…あンだけ殴っても斬っても倒れなかッたヤローを、一撃とは…。」
「…もう…みんなに…だいぶ…やられてたもんね…ぱわー全開…だったら…私1人じゃ…こんな…簡単には…。」
「…下らん世辞抜かすな。僕達が弱らせてなくても、同じだったろ…。」
悔しさと虚しさを精一杯堪えながら、それでも投げやりに言う。
「…いや…そんなこと…。」
「まあまあ、嵐兄さん!強盗はどうにかなったし、ひとまずめでたしめでたしじゃないですか!」
「相変わらず軽いな、てめぇは…。」
「何さ、その言い草!みんな殺されないで済んだんだから、ハッピーエンドでしょ!」
「…俺等が殺される危険を作った元凶共だけのうのうと逃げてやがるのが、ハッピーエンドか?」
「あっ。」
氷華君が口を開けて固まると、風刃は呆れを隠さず重い溜息を吐いた。
「…奴は当分起きそうもないね。今のうちに、改めて王子と小娘を確保と行こうか。」
「ああ。…でもあの時、弾みで逃げろなんて言ったのはまずかったな。どこに行ったやら…。」
「…大丈夫…村の入り口で…待たせてるよ…。」
「え、入り口で?」
舞が浅く頷いた。
聞けば舞は林の中で迷っていたところ、アルス王子とユナに会って状況を知ったらしい。
そこで、他人に危険を押し付けて逃げ隠れするのはどうかと思うと苦言を呈したところ、2人は村の入り口で待機すると答えたという。
舞は終わったことだし呼び出しちゃおうかとスマートフォンを取り出し、アルス王子に電話を掛けた。
「…もしもし…アルスくん…?…舞です…強盗は…やっつけたから…村の中…入って来て…うん…そう…黒い屋根の…ろっじの前…うん…はい…待ってるね…。」
「…ところで、どうやって迷ったんですか?あそこ、一本道なのに…。」
「…うっ…痛いところを…。」
電話が終わるや向けられた風刃の問いに、スマートフォンをしまった舞が顔を赤らめる。
「…私…方向音痴なんだけど…それでも…見通しが…良ければ…迷わないって…思って…とりあえず…林から…出ようとしてたら…いつの間にか…どこがどこだか…分からなくなって…。」
「…そうですか。」
「…風刃くんを…捜してた時も…そんな感じで…迷ってて…2回目に…なったら…酔うの…覚悟で…運んでもらえば…良かったかなって…後悔した…。」
「まさしく後の祭りだな…。」





「舞さま、皆さま…。」





僕が呆れて突っ込みを入れた時、アルス王子とユナが到着した。
「えっと、その…この度は…。」
伏し目がちに話し出したユナに構わず風刃が飛び出し、左手でアルス王子の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ…自分が何したか分かってやがるのか!!」
「ちょっ…止めて!狂言誘拐を考えたのはアルスくんじゃないの!アルスくんはものすごく反省してて―」
「知るか!どの道、元凶はこいつだろうが!」
ユナの弁護に耳を貸さず、風刃が王子を目掛けて拳を繰り出す。





後ろから手を伸ばし、その一撃を止めたのは、メイルだった。





「何のつもりだ、てめぇ!自分を殺してたかもしれねぇ奴を庇う気か!」
「…坊ちゃん。嫌な話だけど、あたし達が殺されかけたのはあたし達の力不足のせいだよ。」
「何だと…!?」
メイルに向き直った風刃は、思わずアルス王子から手を離していた。
「依頼を受けた以上は、どんな危険に出くわしたって力ずくで切り抜ける。できなかったら、最悪死ぬ。戦いの仕事は、それが全部さ。」
言葉に詰まった風刃が右手を握り締め、わなわなと震える。
「…敵に勝てなかったら、文句を言う資格もねぇってのか…!こんなふざけた真似した野郎共にも…!」
「おっと、言葉足らずだったね。あたし達が殺されかけたのと、王子様の狂言誘拐とは、責任者が別々さ。」
「…どういう事だ。」
「なに、単純な話だよ。王子様に『あんたのせいで殺されかけた』って言うのは違うけど、『何をバカなことやってくれてるんだ』って文句なら好きなだけどうぞって事さ。」
怒りと困惑が混ざった風刃の視線を受け流し、メイルはアルス王子を見やる。
「王子様が条約違反した挙句に隠蔽なんかしなきゃ、こんな騒ぎは起きなかったんだからね。そこには仕事の成否関係なく、一個人としてお説教しても構わないんじゃないかい?」
「…ん~、俺様も耳がやべえかな。今の傭兵お姉さんの台詞、『自分がそうしたい』って聞こえたんだけど。」
「耳の心配ならいらないよ、赤髪のお兄さん。そう言ったんだからね。」
「…傭兵さんも…割と…頭…来てる…?」
「…この坊ちゃんには負けてるだろうけど、腹は立ってるかな。色々仕事受けて来て、依頼人に騙されたこともいくらかあったけど、依頼人まで躍らせられてたなんて初めてのケースだからね。」
腕組みをしたメイルが、微かに憤りの混ざった溜息を吐く。
「噂じゃ、アルス王子は若さに似合わず節度があるって聞いてたんだけど…なかなかのガセネタだったかな?」
「だから、違うってば!アルスくんはローガルスに行ったのを後悔してて、ご家族にもちゃんと全部話そうとしてたの!それを私が、『バレたらまずい』なんて言ったから…!」
「…ならお前が提案して協力したってだけで、条例違反も狂言誘拐も王子の意思って事だな?」
「…あ…。」
「…それじゃ…あなたに…全部…なすりつけて…アルスくんは…無罪放免…ってわけには…いかないね…。」
悲しげな声の舞から言い辛そうに告げられ、ユナは無言のまま力なく膝を突いた。
そこに、アルス王子が跪くようにして語り掛ける。
「…すみません、ユナさん。僕の愚行のせいで、あなたまで…。」
「…ううん。一番バカだったのは、私…おかしなマネしなきゃ、アルスくんに余計な罪を重ねさせないで済んだのに…。」
「ふん…覆水盆に返らずだな。」
風刃が冷然と放った追い打ちに、誰も物言いを付ける事はなかった。
「…皆さま。この度は大変ご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。それ以外、お詫びの言葉も見つかりません…。」
「私も…本当に、すみませんでした…!」
アルス王子とユナは、揃って深々と土下座した。
「御丁寧にどうも。ですが、御二方が一番お詫びをしなければならない方々は、ファラームにいらっしゃいます。…御存知ですね?」
「「…はい。」」
アルス王子とユナ、そして気絶したままのラダンを連れて、僕達はファラームへ向かった。
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