光の翼

シリウス

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第3章 戦乱の翼

樹海にて2

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俺達も猪の群れも、呆気に取られる。
「…ふふっ…♡」
ユナは優しくも艶めかしい笑みを浮かべて、猪の群れを見つめたと思うと。
「ん~っ…ちゅっ♡」
右手をゆっくりと躍らせるように動かし、投げキッスを飛ばした。
敵意も悪意もない、むしろ慈しみ、愛おしむような視線と笑顔。
朱に染まった頬。
しなやかに伸ばしたままの右手。
どれも人間であれば見惚れる男の1人や2人いてもおかしくない程、年齢に似合わぬ色香を漂わせてはいるが。
「…あきれた。人間がイノシシに色じかけしたって、効くわけないじゃんか…。」
「…あんなのを雑用係として役に立つなんて過大評価するとは…自分の見る目のなさが嫌になるぜ…。」
目を滑らせて脱力する氷華の隣で、俺も頭を抱えた。
馬鹿にされたと感じたのだろう。理解が及ばない様子で固まっていた猪の群れも、さっきより不愉快そうに唸っている。
身体に纏う炎も、また少し強くなっていた。
「イノシシ共、キレてやがるゼ…当たり前だがよ…。」
「…あれ…?…何か…イノちゃんたちの…魄力…感じ…変わってない…?」
「ええ…少し、ユナさんの魄力が混ざっていますね。」
舞さんと魅月さんの言う通り、ユナと同じ魄力を猪の群れからも僅かに感じるようになった。
しかしそれにどんな意味があるのかと誰に尋ねる暇もなく、猪達はユナへと突進して来る。
「ユナ、構えろ!」
「ふふっ、大丈夫。成功してますから。」
兄が警告しても、ユナは休めの姿勢で微笑んで待ち受けているだけだった。





次の瞬間、一連のユナの行動以上に目を疑う光景が広がった。
10匹の猪はユナの数歩手前でばらばらに散ると、樹海を覆う木々に体当たりをし始めたのだ。
まるで物言わぬ木々が、余裕をひけらかすユナに見えているかのように。
「…一体、どうしたのでしょう?」
「ふふふ。ちょっと、操魄術そうはくじゅつって技をかけちゃいました☆」
「そうはくじゅつ…?何、それ?」
「魄能を持ってない人のために編み出された、魄術はくじゅつっていう技の一種でね。相手を操ることができるの。」
「…ええ…!?…魄術は…知ってるけど…そんな…反則技…あるなんて…知らなかった…!」
「いや、反則技って程じゃないよ…?」
仰天する舞さんに、ユナは苦笑しながら右手を軽く振る。
「術者より魄力が強い相手には基本効かないし、同格以下の相手でもよっぽど油断してないと掛からないし…それに上手く掛かっても、思い通りに操るには術者が物凄く集中してないといけないの。その場からほとんど動かないで、相手をじっと見続けるっていうくらいにね。まあ、相当慣れた使い手なら、かなり自由に動けるらしいけど…。」
「あっ!もしかしてさっきの、色じかけしたんじゃなくて、スキを作らせるためにやってたの!?」
「ふふっ。ヒョウカさん、だいせいかーい♡」
ユナが再び右手をしなやかに伸ばして、続ける。
「イノシシさんたちが『こいつ何してるんだ』って感じで固まってる間に、右手で操魄術をかけちゃったの。『目の前にいる私は偽者だよ、本物の私はここの木のどれかになりすましてるよ、ぼんやり立ってるうちにやっつけちゃおう、でも火を吹いたら森が危ないから突進だけで攻めようね』って、頭に働きかけたんだ。」
どうやらあの投げキッスは猪達を油断させるための一手であると同時に、操魄術というものに気付かせないための目くらましでもあったようだ。
「…なかなか凄いけど、そんな真似できるなら同士討ちさせる方が早いだろ。何でそうしなかったんだ?」
兄が問いながら、快晴の空を不安げに眺める。
「確かに操魄術は同士討ちさせるのによく使われてるけど…悪い人相手でもないし、そこまでやるのはかわいそうでしょ。このまま疲れてダウンしてくれれば、お互い無傷で済むからね。」
「可哀想って…自分を襲おうとした敵を、疲れさせるだけで許すってのか?甘い奴め…。」
「戦わないで終われるなら、それが一番いいじゃない。自分が傷つけられるのも…自分が誰かを傷つけるのも、できるなら避けたいもん…。」
呆れを隠さずぼやいた俺に反論しながら少し表情を曇らせたユナだったが、すぐに得意気な笑顔になってウインクして来た。
「―それに。喧嘩売って来ない相手なら放っておくって、フウジンさんが言ったでしょ。だったら、攻撃して来なくなった相手は死なせたりケガさせたりなんてしなくてもいいってことじゃない?」
「…ちっ。」
返す言葉がなく、面白くない気分で視線を外した。
俺も殺生がしたくて魔界に来た訳ではない。よほど怨みのある相手なら半殺しにはしてやりたいが、この猪の群れは偶然出くわしただけの邪魔者。道を塞ぎさえしなければ怨みも興味もなく、ましてや戦う理由など欠片もない。
それにユナに対処を任せた以上、奴のやり方で上手く行くならとやかく言う必要がないのも確かだった。
「さ、イノシシさんたち。思いっ切り暴れて、くたくたになっちゃったらゆっくりお昼寝してね♡」
猪の群れは、それぞれの目の前にある木に体当たりを続けた。
勿論、ユナを痛めつけているつもりで。
そのユナの思い通りに操られているとは、恐らく微塵も考えずに。





3分程経った頃、10匹の猪達は疲れ果てて横になっていた。
どの個体も荒い息を吐くばかりで、しばらくは立ち上がって来そうにない。
「ふふっ、お疲れ様。騙しちゃって、ごめんね…。」
申し訳なさそうな苦笑いを浮かべたユナは、労わるように猪達をひとしきり撫でる。
疲れと怒りが滲む猪達の息は段々と静かになり、いつの間にか寝息に変わっていた。
ユナは安堵したように豊かな胸に手を当て、一息つく。
「どう、フウジンさん?私が役に立つっていうの、過大評価でした?」
ゆっくり立ち上がると、返事を分かっているとしか思えない晴れやかな笑顔で尋ねた。
「…根に持ってたのか。」
「うーん。根に持ったっていうよりは気にした、かな?」
嘴の下で苦笑を押し殺し切れなかった俺に、頬に人差し指を当てながら言う。
「役立たずって言われたら、良い気分はしないからね。で、どうです?」
小さく溜息を吐いて、ぶっきらぼうに答える。
「…まあ、過大評価ってのは早とちりだったかもな。」
「ふふっ、どうも♡」
ユナはさながら一国の姫君のように、優雅に恭しく礼をした。
「それじゃ、案内を続けましょうか。…って言っても、後はまっすぐ歩くだけなんだけ―」
ユナが喋っている最中に、地面に落ちていた葉っぱや色とりどりの花が、風も吹いていないのに宙に浮く。
それらは一旦静止したと思うと、ユナを目掛けて一斉に飛び掛かった。
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