ヨコハマ・イン・コード――心旅の果てに、港は語る――

しらかわからし

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第6章:仮の人生と赦しの影――幻想の果てに再生はあるか

第1話:影の訪問者と見えない男が運命を狂わせる

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村瀬正幸――故郷の横浜で、かつて刑事だった男は、その後、損保代理店の社長として、孤独と借金に追われる日々を送っていた。
そんな彼の前に現れたのは、飯島という男と謎めいた若い女の綾香。
甘い誘いと巧妙な詐欺、裏切りと暴力、そして崩れていく人間関係。
村瀬は、自らの過去と向き合いながら、幻想と現実の狭間で揺れ続ける。
赦されざる者に、再生の道はあるのか。

村瀬の川崎の事務所に現れた謎の男の飯島。巧妙な話術で村瀬の警戒心を解き、定款と決算書の提出を求める。物語の始まりとなる不穏な訪問。

気づいた時にはもう遅かった。あの男の『目立なかった』からこそが、最大の異質さだった。
マスクに覆われた顔、無言で握られたアタッシュケース。ダークスーツは妙に品があり、黒縁の眼鏡がその存在感をさらにぼかしていた。まるで、誰の記憶にも残らないように設計された人物——それが彼だった。

ノックの音に反応して、村瀬正幸は古びた木製の机から顔を上げた。
ドアを後ろ手に閉めながら入ってきた男を見た瞬間、胸の奥で何かがざらついた。——目障りな奴だ、と直感したのだ。
七三に撫でつけられた薄い髪は妙に几帳面なのに、マスクを外した途端、こけた頬から顎にかけて浮かび上がる濃い髭が、まるで『剃り忘れ』ではなく『隠し忘れ』のように見えた。
「きのう、お電話をさしあげました和信わしんファイナンスの者です。ええ、そうです。ある方から、ご紹介いただきました」
男はそう言って腰をかがめて名刺を出し、飯島と名乗った。会社名と、品川区東五反田一丁目・・・の住所、それに姓名と携帯番号が記されていた。
「イイジマさんですね?」
「いえ、申し訳ございません。イイシマです」

 なぜ、会社の代表番号がないのか、尋ねたかった。

「一応のことは、お訊きしておりますので、本日は手短に片づけたいと……」
 飯島は狭い事務所を見回し、人気がないことを確かめた。
「中には、誰が調査しているのかと、うるさい方もいらして、私どもでは弱るんですが、こちら様では、依頼主にお心当たりがおありと伺いまして非常に気が楽なんです。はい……」お笑い芸人の『やす子』のように『はい……』の語尾を伸ばすのが印象的だった。

 飯島はニッと笑った。笑顔になると、ちらりと前歯の歯抜けがのぞき愛敬があった。髪は薄いが、見た目より年齢は若いのかもしれない。

「はじめに申し上げておきますが、依頼主に関するお問い合わせにはいっさい、お答えできない取り決めになってございます。はい……」

 飯島は、村瀬がすすめる前に、デスクの横にあるソファに深々と腰を下ろした。

「いや、ご心配にはおよびませんよ。わが社は関東でもいや都内でも有数の調査会社でして、世間という興信所でしてね、ご存じですよね?」

 村瀬が、名前だけは知っていると答えると、飯島はほっとした表情になり、「こちら様に、ご迷惑のかかることはございません、絶対に、はい……」と確約した。

 村瀬は手の中の名刺をじっと見つめた。

「そこで、できましたら、定款と三年分の決算書をお貸しいただけますか? はい……」
「定款と決算書を……ですか?」
「はい、依頼主様が依頼主様ですのでね、そこはそのう……、調査もひと通りのことでは承知してもらえないんですよ。ペーパーカンパニーの場合が時々、あるんですよ。ご協力ねがえれば助かります。はい……」

 飯島はひと息つくと、スーツのアタッシュケースに手を入れて青色のパッケージののど飴を袋から一粒出して口に入れた。小心者の気がしれないと内心で嘲りつつも、信用できる気がしていた村瀬。

「娘が、喉が痛い時はと言うものですから、はい……」

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