ヨコハマ・イン・コード――心旅の果てに、港は語る――

しらかわからし

文字の大きさ
53 / 76
第7章:真実の旅と港に響く証言――心旅は、真実を照らす光へ

第6話:揺れる声と、解かれた契約のコード

しおりを挟む
USBの解析が始まるまでの間、恵子は「少し空気を吸ってくる」と言って部屋を出た。

和聖は、田代の背中を見つめながら、何かが喉に刺さったように引っかかっていた。
あの男の目には、まだ重要な何かが隠されている──そんな予感が拭えなかった。
しばらくして、和聖も席を立ち、無意識のまま部屋の外へ出た。

夜風が頬を撫で、街の喧騒は遠くに霞んでいた。
そのとき、ビルの裏手にある非常階段の影で、二人の声が聞こえた。

「……白川の前では強気で言ったけど、信じられるのはお前だけだ」
田代の声だった。

「恵子、一緒に逃げてくれ。もう俺には、お前しかいない」
和聖は、足を止めた。

声をかけるべきか、立ち去るべきか──その倫理の狭間で、心が激しく揺れた。
「祐介……私だって……」
恵子の声は、戸惑いと、隠せない哀しみに満ちていた。
祐介は恵子の肩に手を回すと二人は静かに唇を重ねた。

和聖は、そっとその場を離れた。足音を立てずに、静かに部屋へ戻った。
和聖の胸の奥には、言葉にできない痛みが広がっていた。
信じたい。だが、和聖は見てしまった。
あの距離、あの声、あの空気──それが、何よりも雄弁な証拠だった。

和聖は、深く息を吐いた。
「……俺は、何を信じればいい。恵子はまだ祐介に……」
その呟きは、誰にも届かず、夜の闇に溶けていった。

◇◆◇

その夜、部屋では、USBの解析が始まっていた。
机には資料が広げられ、パソコンの画面が複数立ち上がっていた。
協力者として呼ばれたのは、元検察官の西園寺。

世田谷区豪徳寺の家から資料を持ち込み、静かに席に着いた。
「この|暗号は、単純なパスワードじゃない。複数のコードが必要だ。
一つは、契約書に記されたコード。もう一つは、送金履歴に紐づく口座情報だ」
西園寺の声は落ち着いていたが、言葉には強い緊張感があった。

恵子は、契約書のコピーを見ながら言った。
「このコード、毎月末に繰り返されてる。これは、定期送金の証拠」
彼女の指は、紙面の数字をなぞりながら、規則性を見抜いていた。

西園寺が頷いた。
「そして、この口座は、神栄開発の内部口座。つまり、企業ぐるみの資金洗浄だ」
その言葉は、静かにその場の空気を重く変えた。

達川は、メモを取りながら言った。
「これが証明できれば、神崎誠一も藤堂義久も、もう逃げられない」

彼の筆記は止まらず、記事の構成をすでに頭の中で描き始めていた。
和聖は、画面に映る数字の羅列を見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
「これが、命を奪った契約の正体か……」
和聖は、拳を握りしめた。

◇◆◇

田代は、部屋の隅で黙って座っていた。
その背中には、かつての野心と、今の深い後悔が同居していた。
彼は画面を見つめながら、時折目を伏せていた。

和聖は声をかけた。
「なぜ、今になってUSBを渡した?」
その問いは、責めではなく、彼の真意を知るためのものだった。
田代は、しばらく黙っていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……恵子の声を聞いたからだ。記者会見で、父親の命を盾に脅されたって言っていた。あれを聞いて、俺は……自分が何をしてきたか、ようやく分かった」
その言葉には、過去への悔いと、今への償いが込められていた。

恵子は、田代の目を見つめた。
「あなたは、最初から嘘をついてた。でも、今は違う。そのUSBが、誰かの命を救うなら──あなたの罪も、少しは意味を持つ。だから……」その後の言葉はなかった。その後の言葉は和聖だけが分かったような気がしていた。

田代は、目を伏せた。
「俺は、誰も守れなかった。だから、せめて……真実だけは守りたい」
その言葉は、彼の最後の誇りであり、恵子への未練のようにも聞こえたし恵子自身もまだ田代に気持ちがあるように思えていた和聖だった。

和聖は、田代の言葉を胸に刻んだ。
「守れなかった者の分まで、俺たちが守る」
その思いが、和聖の中で静かに燃え始めていた。それは港と街を守るという意味だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒
恋愛
10年付き合った恋人と別れ、恋に臆病になっていた30歳の千尋。そんな彼女に、取引先で出会った御曹司・神楽木律が突然のプロポーズ。「交際0日で結婚しよう」なんて冗談でしょ?──戸惑いながら始まった新婚生活。冷めた仮面夫婦のはずが、律の一途な想いに千尋の心は少しずつほどけていく。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...