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第1章 夏の始まりと塀の向こうの少年
第10-1話 夏の終わり、祖母の家と記憶の整理
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八月の最後の週が始まろうとしていた。
今朝は祖母が部屋の大掃除をしていた。押し入れの中やタンスの中を寝室の畳の上に出していた。
綾香は部屋の外から祖母に尋ねた。
「何をしているの?」
「いらねもん、ちょこっと片づけでっから、手ぇ貸してけれ~」
「――断捨離?」
綾香も畳に座って、選別作業に入った。タンスに仕舞われた祖母の冬服は、木綿の物が多かったので嵩張る事はなく、枚数自体もとても少なかった。それだけ義母は贅沢をせずに物を大切にする人だった。片付けを手伝いながら、綾香が訊ねた。
「でも夏が終わるんだから、夏物の服を片付けて、秋物を出すんじゃないの?」
祖母は手を止めずに言った。
「これは衣替えでねくて、引っ越しの準備してるんだわ。冬もんは、もうここで着るごどねぇがら、先に荷づくりして送ろうと思ってらんし」
綾香は勢いよく祖母を振り向いた。
「えっ!? どういう事?」
「引っ越しすんのよ。話してなかったがしら? 秋んなったら、この家ば出でて、映子……綾香のパパのお姉ちゃんの家さ行ぐんだわ」
「映子叔母ちゃんの家に?」
綾香にとっては寝耳に水で初耳だった。とんでもない驚きの情報だった。呆然とする綾香をよそに、祖母は映子叔母と一緒に住む先の事を思い浮かべているかのように嬉しそうに話した。
「この頃は足腰が痛ぐて、家庭菜園も家のごども一人じゃ大変なんだわ。だから今回は綾香さ来てもらったんだし、分がるべ? これからは家族ができるがら安心だわ。映子のとこさは佳樹もいるし、美夏もいるがら、何かと手伝ってもらえるしなぁ」
「そっ、そうなんだ……」
全然知らなかった。なんだか無性にこの家が勿体ない気がした。何故なら将来、龍児と結婚をしたらまたこの村に来て一緒に過ごしたいというささやかな夢を持ったからだった。
「引っ越したら、この家にはもう帰ってこないの?」
祖母は優しく目を閉じた。
「そうだなぁ。じいちゃんとの思い出が詰まった家だがら、寂しい気持ちもあるんだわ……でもな、今のわだすには、毎日一緒にいて手伝ってける家族が必要だがら、不動産屋さんさ頼んで、買い手ば探してもらおうと思ってらんし」
「そうなんだ……」
祖母はこの村から出ていく。綾香も夏の終わりと一緒にこの村を去る。そうしたらもう、ここへ戻ってくることはないんだ。
祖母が急に、顔を上げた。
「そうだなぁ。隣の家の本が先だったわ。あれは明日までに片づけねばなんねがらなぁ」
突然祖母が立ち上がった。離れの家の寺子屋の壁沿いの本棚に天井までびっしりと詰まってもまだ溢れかえっている本のことだった。
「全部は持っていげねがら、あの中から何冊かだけ選んで持っていぐんだわ。残りはな、明日、古本屋さんが見積りさ来るがらなぁ」
「お祖父ちゃんと一緒に、あんなにたくさん集めたのに、手放しちゃうの?」
「いいんだわ、わだすが集めだ本の中身は、もう頭さ入ってらし。ここから出だら、ほとんど、いんねもんになっちまうがらなぁ」
祖母は冬物の服をそのままにして離れの家へと向かったので綾香も付いて行った。
祖母が「ほら、なんだが埃っぽいなぁ~」と言って窓を開けると、外の日光が飛び込んできて、部屋に白い靄がかかっていた。
「さてなぁ、どれば持っていごうがしら~?」
祖母が本の表紙を見て、持っていかないと判断した本を足元に積んでいた。
「綾香も欲しい本あったら、好きなだけ持って帰ってけれ~」
選考から洩れた本を綾香は数冊拾った。播磨国妖綺譚。漢字ばかりのタイトルだ。その数冊の中の一冊に、目が止まった。この村の名前を関した本だった。
「お祖母ちゃん、御神楽 龍児著の『現川村に潜む異形の者と人間の恋愛秘話』っていう本を貰ってもいい?」
「えっ、こんな本があったかな?」
「えっ、お祖母ちゃんの本じゃないの?」
「私は読んだ事はねえよ」
「お祖母ちゃん、この本の帯に書いてあるの、何て読むの? そしてどういう意味?」
「転移転生《てんいてんせい》ってごどだわ。簡単に言えばな、転移はそのまんまの姿で別の世界さ行ぐごどで、転生は生まれ変わって、新しい場所さ行ぐってごどなんだわ」
祖母は綾香の持っていた本を、トントンと指で叩いた。
「生まれ変わるって……あっ!?」
それを聞いた綾香は本を置いて外へ出た。
緑の庭に沿ってパタパタと駆け出した。
今朝は祖母が部屋の大掃除をしていた。押し入れの中やタンスの中を寝室の畳の上に出していた。
綾香は部屋の外から祖母に尋ねた。
「何をしているの?」
「いらねもん、ちょこっと片づけでっから、手ぇ貸してけれ~」
「――断捨離?」
綾香も畳に座って、選別作業に入った。タンスに仕舞われた祖母の冬服は、木綿の物が多かったので嵩張る事はなく、枚数自体もとても少なかった。それだけ義母は贅沢をせずに物を大切にする人だった。片付けを手伝いながら、綾香が訊ねた。
「でも夏が終わるんだから、夏物の服を片付けて、秋物を出すんじゃないの?」
祖母は手を止めずに言った。
「これは衣替えでねくて、引っ越しの準備してるんだわ。冬もんは、もうここで着るごどねぇがら、先に荷づくりして送ろうと思ってらんし」
綾香は勢いよく祖母を振り向いた。
「えっ!? どういう事?」
「引っ越しすんのよ。話してなかったがしら? 秋んなったら、この家ば出でて、映子……綾香のパパのお姉ちゃんの家さ行ぐんだわ」
「映子叔母ちゃんの家に?」
綾香にとっては寝耳に水で初耳だった。とんでもない驚きの情報だった。呆然とする綾香をよそに、祖母は映子叔母と一緒に住む先の事を思い浮かべているかのように嬉しそうに話した。
「この頃は足腰が痛ぐて、家庭菜園も家のごども一人じゃ大変なんだわ。だから今回は綾香さ来てもらったんだし、分がるべ? これからは家族ができるがら安心だわ。映子のとこさは佳樹もいるし、美夏もいるがら、何かと手伝ってもらえるしなぁ」
「そっ、そうなんだ……」
全然知らなかった。なんだか無性にこの家が勿体ない気がした。何故なら将来、龍児と結婚をしたらまたこの村に来て一緒に過ごしたいというささやかな夢を持ったからだった。
「引っ越したら、この家にはもう帰ってこないの?」
祖母は優しく目を閉じた。
「そうだなぁ。じいちゃんとの思い出が詰まった家だがら、寂しい気持ちもあるんだわ……でもな、今のわだすには、毎日一緒にいて手伝ってける家族が必要だがら、不動産屋さんさ頼んで、買い手ば探してもらおうと思ってらんし」
「そうなんだ……」
祖母はこの村から出ていく。綾香も夏の終わりと一緒にこの村を去る。そうしたらもう、ここへ戻ってくることはないんだ。
祖母が急に、顔を上げた。
「そうだなぁ。隣の家の本が先だったわ。あれは明日までに片づけねばなんねがらなぁ」
突然祖母が立ち上がった。離れの家の寺子屋の壁沿いの本棚に天井までびっしりと詰まってもまだ溢れかえっている本のことだった。
「全部は持っていげねがら、あの中から何冊かだけ選んで持っていぐんだわ。残りはな、明日、古本屋さんが見積りさ来るがらなぁ」
「お祖父ちゃんと一緒に、あんなにたくさん集めたのに、手放しちゃうの?」
「いいんだわ、わだすが集めだ本の中身は、もう頭さ入ってらし。ここから出だら、ほとんど、いんねもんになっちまうがらなぁ」
祖母は冬物の服をそのままにして離れの家へと向かったので綾香も付いて行った。
祖母が「ほら、なんだが埃っぽいなぁ~」と言って窓を開けると、外の日光が飛び込んできて、部屋に白い靄がかかっていた。
「さてなぁ、どれば持っていごうがしら~?」
祖母が本の表紙を見て、持っていかないと判断した本を足元に積んでいた。
「綾香も欲しい本あったら、好きなだけ持って帰ってけれ~」
選考から洩れた本を綾香は数冊拾った。播磨国妖綺譚。漢字ばかりのタイトルだ。その数冊の中の一冊に、目が止まった。この村の名前を関した本だった。
「お祖母ちゃん、御神楽 龍児著の『現川村に潜む異形の者と人間の恋愛秘話』っていう本を貰ってもいい?」
「えっ、こんな本があったかな?」
「えっ、お祖母ちゃんの本じゃないの?」
「私は読んだ事はねえよ」
「お祖母ちゃん、この本の帯に書いてあるの、何て読むの? そしてどういう意味?」
「転移転生《てんいてんせい》ってごどだわ。簡単に言えばな、転移はそのまんまの姿で別の世界さ行ぐごどで、転生は生まれ変わって、新しい場所さ行ぐってごどなんだわ」
祖母は綾香の持っていた本を、トントンと指で叩いた。
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