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第1章:娘婿と私
第1話:揺らぎの縁
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夫を亡くしてから、もう十数年が過ぎた。アラフィフになった私の身体は、静けさの中で時折、忘れかけていた熱を思い出す。夜の帳が降りると、ふとした瞬間に、肌の奥が疼く。それは、誰にも言えない、言ってはならない感情だった。
縁側に腰を下ろし、夜風に揺れる竹の葉音に耳を澄ませる。浴衣の袖が風に舞い、うなじにひやりとした空気が触れる。そのとき、背後からそっと近づく気配に、私は思わず肩をすくめた。
「お義母さん、寒くないですか?」
娘婿の康彦の声を耳にした瞬間、胸の奥がざわめいた。どこか若き日の「あの人」に似ていたからだ。その人とは、大学を卒業して私が勤務したホテルオオクラで上司だった松谷和永料理長だ。私は彼の秘書として仕え、毎日同じ部屋で顔を合わせていた。
和永は若くしてメインダイニングの料理長に抜擢され、意気揚々と仕事に打ち込んでいた。私は彼が生み出す料理のカロリー計算やメニュー作成などを担当し、彼の背中を間近で見続けた。だが、彼が心を寄せるのは私のような若い娘ではなく、一回りも年上の人妻や成熟した女性ばかりだった。
私は何度か「私を見て」と心のサインを送ったが、彼が振り向くことはなかった。そんな時、強く求めてきたのが、彼の同期であり、後に私の夫となった人だった。私は流れに抗えず、その求めに応じて結婚した。
結婚の報告を和永にした時、彼は呆然とした表情を浮かべ、「おめでとう」の言葉すら口にしなかった。その場で夫が「妬いているのか?」と問いかけたが、和永は沈黙を守り続けた。
康彦の指がそっと私の肩に触れたとき、心の奥にしまっていた何かが、静かに目を覚ました。拒むべきだとわかっているのに、私はその手を振り払うことができなかった。
「……もう、こんな時間よ。早くお部屋に戻りなさいな」
そう言いながらも、声はどこか震えていた。康彦の指先が、浴衣の隙間から私の肌に触れたとき、私は目を閉じた。月明かりが、私たちの影を長く縁側に落としていた。
心が揺れる。母として、女として、そして一人の人間として。この夜が、ただの過ちで終わるのか、それとも——。
康彦の指が胸に触れた瞬間、理性は「拒め」と叫んだ。けれど、竹の葉音に揺れる心は、静かにほどけていく。月光が縁側に影を落とし、浴衣の裾が風に揺れる。その揺らぎは、私の心そのものだった。
「……こんなこと、してはいけないのよ」震える声は夜風に溶け、答えを失う。彼の唇がうなじに触れたとき、胸の奥に眠っていた熱が目を覚ました。
「麻衣子さん……綺麗です」その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。誰かにそう言われたのは、いつ以来だっただろう。
浴衣の帯がゆっくりと解かれ、布が音もなく滑り落ちる。月光が肌に触れ、夜風が頬を撫でる。私は、ただ静かに身を委ねていた。
罪と知りながらも、身体は抗えなかった。彼の手が、私の腰を抱き寄せる。唇が重なり、呼吸が混ざり合う。
その夜、私は娘の美月の母ではなく、ひとりの女として彼に抱かれた。月影の下で交わされた吐息は、罪でありながら、孤独を癒す灯でもあった。
その夜の記憶は、月影と共に私の胸に刻まれた。
――つづく
縁側に腰を下ろし、夜風に揺れる竹の葉音に耳を澄ませる。浴衣の袖が風に舞い、うなじにひやりとした空気が触れる。そのとき、背後からそっと近づく気配に、私は思わず肩をすくめた。
「お義母さん、寒くないですか?」
娘婿の康彦の声を耳にした瞬間、胸の奥がざわめいた。どこか若き日の「あの人」に似ていたからだ。その人とは、大学を卒業して私が勤務したホテルオオクラで上司だった松谷和永料理長だ。私は彼の秘書として仕え、毎日同じ部屋で顔を合わせていた。
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私は何度か「私を見て」と心のサインを送ったが、彼が振り向くことはなかった。そんな時、強く求めてきたのが、彼の同期であり、後に私の夫となった人だった。私は流れに抗えず、その求めに応じて結婚した。
結婚の報告を和永にした時、彼は呆然とした表情を浮かべ、「おめでとう」の言葉すら口にしなかった。その場で夫が「妬いているのか?」と問いかけたが、和永は沈黙を守り続けた。
康彦の指がそっと私の肩に触れたとき、心の奥にしまっていた何かが、静かに目を覚ました。拒むべきだとわかっているのに、私はその手を振り払うことができなかった。
「……もう、こんな時間よ。早くお部屋に戻りなさいな」
そう言いながらも、声はどこか震えていた。康彦の指先が、浴衣の隙間から私の肌に触れたとき、私は目を閉じた。月明かりが、私たちの影を長く縁側に落としていた。
心が揺れる。母として、女として、そして一人の人間として。この夜が、ただの過ちで終わるのか、それとも——。
康彦の指が胸に触れた瞬間、理性は「拒め」と叫んだ。けれど、竹の葉音に揺れる心は、静かにほどけていく。月光が縁側に影を落とし、浴衣の裾が風に揺れる。その揺らぎは、私の心そのものだった。
「……こんなこと、してはいけないのよ」震える声は夜風に溶け、答えを失う。彼の唇がうなじに触れたとき、胸の奥に眠っていた熱が目を覚ました。
「麻衣子さん……綺麗です」その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。誰かにそう言われたのは、いつ以来だっただろう。
浴衣の帯がゆっくりと解かれ、布が音もなく滑り落ちる。月光が肌に触れ、夜風が頬を撫でる。私は、ただ静かに身を委ねていた。
罪と知りながらも、身体は抗えなかった。彼の手が、私の腰を抱き寄せる。唇が重なり、呼吸が混ざり合う。
その夜、私は娘の美月の母ではなく、ひとりの女として彼に抱かれた。月影の下で交わされた吐息は、罪でありながら、孤独を癒す灯でもあった。
その夜の記憶は、月影と共に私の胸に刻まれた。
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