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第6章:選挙の現実と麻衣和(まいわ)の希望
第6話:漁協の若者と村の事情
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和永が庭の除草を続けていると、漁協に勤務しているという男性が通りかかった。
「こんにちは!」と明るい声が響く。
「こんにちは!」と和永も返すと、男は満面の笑顔で近づいてきた。
「東京からいらしたんですよね?」
「はい」
「私も東京から来て、今は地域おこし協力隊として漁協で勤務しています。村田修と言います。宜しくお願いします」
礼儀正しい若者で、和永は好感を持った。自己紹介をしようとした和永に、村田は間髪入れずに言った。
「松谷さんでしたよね? ホテルオオクラで料理長をしていて、その後東京で飲食会社をご経営されて、美人で村長の二番目の妻になるように言われたのを断ったんですよね?」
和永は驚いた。村の情報の速さに恐ろしさを感じ、自分の妻のことを他人が知っている事実に背筋が寒くなった。
「はい、おっしゃる通りです」と一応答えた。
「このお店で何をされるんですか?」と村田。
「昼は村役場や漁協の独身者や旅行者の大衆食堂にして、夜は大衆居酒屋にしようと思っています」
「それはいいですね。この村にはそのようなお店はないので」
「そうでしたか」と和永は知っていたが、知らぬ振りをした。
村田は自分の経歴を語った。
「私は東京で銀行マンだったのですが、性格に合わなくて地元に帰ろうと思っていたら、こちらの定置で募集をしていたので就職しようと面接を受けたら、社長から直の社員にすると言って頂けたんです。でも村長にお会いしたら『地域おこし協力隊に入りなさい』と言われてそうしました」
「就職の仕方が色々あるんですね?」と和永。
「これには村の深い理由があるんですよ」と村田は意味深に言った。
和永は耳を傾けた。
「定置に直に就職すると村役場に一銭も入らない。でも地域おこし協力隊になると三年間、毎年国から四百万円が村に入って来て、その半分が隊員の給料、残り半分を村が自由に使えるんです」
「社長は『君らは金蔓だから直の就職は嫌だったんだよ』と教えてくれました。複雑ですよね」
「でも三年が終わったら定置に就職できるんでしょ?」と和永。
「はい、そうですけど、今の社長が社長で居てくれたらの話です」
「それはどうしてですか?」
「社長は定置の社長であり村議会議員でもあって、私たちのことを考えて下さる方です。でも他の人を見ると自分さえ良ければという人ばかり。特に村長一派はヤバイですよ」
和永は黙って聞いた。村田は「この話は私が言ったとは言わないで下さい」と念を押し、立ち去ろうとした。
しかしすぐに戻ってきて、「人手が欲しい時は気にしないで言って下さい。私のケータイ番号はこれです」と言ってメモを渡してくれた。和永は有難く交換した。やはり力仕事の時は若い人の手を借りたくなる。良い人と出会えたことに感謝した。
◇◆◇
その日の夕方、和永は麻衣子に村田との会話を伝えた。麻衣子は少し驚いた顔をした。
「そんな裏事情があるんですね……。でも村田さんは誠実そうな方で安心しました」
「そうだな。村の中には色々な思惑が渦巻いているが、彼のような若者がいるのは救いだ」
麻衣子は静かに頷き、庭に目を向けた。潮風に揺れる木々の間から夕陽が差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。島での生活は決して平穏ではない。だが、こうした出会いが確かに未来への希望を繋いでいる。
和永は心の中で決意した。――この島で「麻衣和」を成功させ、村人たちの暮らしを少しでも豊かにする。そのために、村田のような仲間と共に歩んでいこう、と。
――つづく。
「こんにちは!」と明るい声が響く。
「こんにちは!」と和永も返すと、男は満面の笑顔で近づいてきた。
「東京からいらしたんですよね?」
「はい」
「私も東京から来て、今は地域おこし協力隊として漁協で勤務しています。村田修と言います。宜しくお願いします」
礼儀正しい若者で、和永は好感を持った。自己紹介をしようとした和永に、村田は間髪入れずに言った。
「松谷さんでしたよね? ホテルオオクラで料理長をしていて、その後東京で飲食会社をご経営されて、美人で村長の二番目の妻になるように言われたのを断ったんですよね?」
和永は驚いた。村の情報の速さに恐ろしさを感じ、自分の妻のことを他人が知っている事実に背筋が寒くなった。
「はい、おっしゃる通りです」と一応答えた。
「このお店で何をされるんですか?」と村田。
「昼は村役場や漁協の独身者や旅行者の大衆食堂にして、夜は大衆居酒屋にしようと思っています」
「それはいいですね。この村にはそのようなお店はないので」
「そうでしたか」と和永は知っていたが、知らぬ振りをした。
村田は自分の経歴を語った。
「私は東京で銀行マンだったのですが、性格に合わなくて地元に帰ろうと思っていたら、こちらの定置で募集をしていたので就職しようと面接を受けたら、社長から直の社員にすると言って頂けたんです。でも村長にお会いしたら『地域おこし協力隊に入りなさい』と言われてそうしました」
「就職の仕方が色々あるんですね?」と和永。
「これには村の深い理由があるんですよ」と村田は意味深に言った。
和永は耳を傾けた。
「定置に直に就職すると村役場に一銭も入らない。でも地域おこし協力隊になると三年間、毎年国から四百万円が村に入って来て、その半分が隊員の給料、残り半分を村が自由に使えるんです」
「社長は『君らは金蔓だから直の就職は嫌だったんだよ』と教えてくれました。複雑ですよね」
「でも三年が終わったら定置に就職できるんでしょ?」と和永。
「はい、そうですけど、今の社長が社長で居てくれたらの話です」
「それはどうしてですか?」
「社長は定置の社長であり村議会議員でもあって、私たちのことを考えて下さる方です。でも他の人を見ると自分さえ良ければという人ばかり。特に村長一派はヤバイですよ」
和永は黙って聞いた。村田は「この話は私が言ったとは言わないで下さい」と念を押し、立ち去ろうとした。
しかしすぐに戻ってきて、「人手が欲しい時は気にしないで言って下さい。私のケータイ番号はこれです」と言ってメモを渡してくれた。和永は有難く交換した。やはり力仕事の時は若い人の手を借りたくなる。良い人と出会えたことに感謝した。
◇◆◇
その日の夕方、和永は麻衣子に村田との会話を伝えた。麻衣子は少し驚いた顔をした。
「そんな裏事情があるんですね……。でも村田さんは誠実そうな方で安心しました」
「そうだな。村の中には色々な思惑が渦巻いているが、彼のような若者がいるのは救いだ」
麻衣子は静かに頷き、庭に目を向けた。潮風に揺れる木々の間から夕陽が差し込み、二人の影を長く伸ばしていた。島での生活は決して平穏ではない。だが、こうした出会いが確かに未来への希望を繋いでいる。
和永は心の中で決意した。――この島で「麻衣和」を成功させ、村人たちの暮らしを少しでも豊かにする。そのために、村田のような仲間と共に歩んでいこう、と。
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