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クロを飼う
しおりを挟む何故、こんな事になったのか。
俺の周りではきゃぁきゃぁと子供達がクロを撫でながら笑っている。
クロは気にした様子もなく飴を舐めながら俺の服を握って動かない。
少し前まで、喧騒の中食事をしていた。
クロの好きな卵料理を沢山並べて好きなだけ食わしていたのに…急に嵐がやってきた。
まぁ、じきに居なくなるだろうと踏んでいたら1人、また1人と増え今や6人程の子供に囲まれている。
「ねぇねぇ、クロちゃんかわいいね」
「クロちゃん、これも食べて。おいしいよ」
「クロちゃん、クロちゃん」
大人達は近くで見守っているが、出来れば離してくれ。
流石にうるさい。
きゅ、と小さく鳴き声が聞こえクロを見下ろすと子供がクロの髪を引っ張っていた。
「こら、髪は引っ張るな」
どうしてこう、子供は遠慮が無いんだ。
いや、大人の中にも遠慮のえすら知らない奴はいるけども。
「ね、ね、抱っこしてもいい?」
そう言ってクロの横に座った少し大きな子供の膝の上にクロを置いてやる。
「ずるい!わたしも!」
「ぼくも!ぼくも!」
「お前達は小さいからダメだ。かわりにほら、コレで髪をといてやってくれ。な?」
さっき買ったばかりの櫛を手渡し、残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
タイミングをみて離れなければいつまで経っても静かにならないだろう。
「分かったぁ!」
「じゅんばんだよ!じゅんばん!」
もうもみくちゃだ。
クロは腹が膨れて眠そうに欠伸を落とし船を漕ぎ出している。
「ごめんなさいね」
「ほら、あんまり騒いじゃクロちゃん可哀想よ」
親は親で一応窘めてくれるが、効果は差程無い。
「クロちゃんみたいな子飼いたい!」
「オレもヒト飼ってみたい!」
クロを撫でてからこうやって親を困らせる子供も増えた。
「ダメよ。家じゃ飼えないわ」
「そうよ。ほら、隣の家のヒト見た時あるでしょ?アレが普通なのよ?」
「でも!クロちゃん大人しいよ!」
「なんで?!なんで?!」
「大声出すなら離れろ。クロは大きな音が嫌いなんだ」
うー、うー、と唸り子供から離れ俺の膝の上に逃げてきたクロは両耳を塞いで縮こまった。
「あー!もう!折角抱っこ出来たのに!」
「おれも抱っこしたかったのに!」
ああ、また騒がしくなった。
「悪いが席を外すぞ」
「ええ。こちらこそごめんなさいね」
困った様に笑う親と喚く子供の隙間をクロを抱きながら進みフードコートを出る。
「きゅ、うーるるぅ」
耳から離した手で俺の服を強く掴みマーキングを始めたクロに、息が漏れる。
吠えれば一瞬で離れていったであろうに、クロは本当に空気が読めるヒトだ。
子供のギャン泣きなど、俺は聞きたくもない。
子供はあまり好きではないんだ。
クロの様に大人しいのであれば別だけども。
…そういえば…。
なら何故俺は騒がしい事で有名なヒトを態々飼おうと思ったのだろう?
出来るだけ静かな…なんて今なら無茶もいいとこだと思える注文をした自分を思い返す。
…………過労か?
喋る事無く意思の通じない存在で、それでいて温もりある者を求めたのは事実だ。
クロのお陰で睡眠がしっかり取れ寝不足からくる頭痛と目眩から解放された。
毛並みも良くなってきたし頭の中のモヤのようなものも消えた。
拒食気味だったのも治り、味を感じれる程迄に回復してきた。
悪夢に近い物も見なくなったし、耳鳴りも消えほぼ完治したと言っても過言ではない。
…疲れた奴は何をしでかすか分からないな。
あの時、コイツでダメならもう手は無いとか本気で思っていたし。
終生飼育をするつもりはなかった。
一時だけで十分だと、思っていた。
クロがいないと真面に寝付けられないなど、認めたく無かったが事実だ。
クロの居ない生活を、もう思い描く事が出来ない。
寧ろ俺はクロが居ない時どう生活していたのか曖昧だ。
俺の願いはただ一つだった。
周りと同じように普通の生活を送りたかった。
だが、俺は「普通」には収まれなかった。
…お陰でクロを何不自由無く過ごさせてやれる貯金がある。
クロのお陰で、普通の人に近い生活が送れている。
最初の理由がどんな物であれ、今はもう手放せ無い。
ぐるる、ぐるると喉を鳴らすクロを撫で色々な店を見て回る。
櫛回収するの忘れてた。
また新しいのを見繕うか。
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