ペットになった

アンさん

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クロが躾る

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教師が逃げようとする度クロは前に立ち塞がり低く唸り続ける。


「な、何なのよ!このっ、獣が!」


正直ここまで想定していなかったが、まぁ、この状況はよくよくあるものだ。


ヒトに喧嘩を売った場合、ほぼ間違いなくこうやって追い詰められ誰かが仲裁に入らない限り攻防が続く。


ヒトは誰よりも強く在ろうとし、逆らう者は力で捩じ伏せ己の群れへ入れるか殺すかの二択を選ぶ。


本来であれば良くないのかもしれないが、クロは殺す術を持っていないし群れてもいない。


どうするつもりなのか…少し興味がある。


教師は腰につけている警棒やスタンガンで相手をするだろうが…クロはそれを分かっていてか近寄らない。


「グゥゥ」


クロは教師を睨み付けたままユラユラと体を揺らし始めた。


…狙いを定めているのか?


「ガァウッ」


一歩踏み出し吠えたクロに後退った教師は足元に転がっていた道具に躓き盛大に転けた。


いや、驚くのは分かるが…まず何の為の装備だ。


背中を打ちうつ伏せで身を丸めた教師の上にクロは座り「る!」と鳴き俺を見た。


……これは…勝った、とでも言いたいのだろうか?


「んゆ?る!りゅる、るる!」


「ああ、良くやった?な、クロ」


頭を撫でてやれば、いつもの様に俺の足に抱き着き喉を鳴らしだす。


「この…獣が…」


「大丈夫か?大分盛大に転けたが」


「う、うるさいわね!そもそも、その獣が「ギャルルアア!」ひっ」


「クロ」


ダメだと顔の前に手をかざせば、教師を睨みながらグゥと小さく鳴き黙った。


「何なの?何なの?!先輩もアンタも!頭おかしいわ!」


「おかしい?」


「そうよ!普通ヒトが誰かを襲ったなら止めるべきなのに!」


「お前から手を出したのにか?」


「その後だって!何が遊び相手よ?!」


「ヒトの闘争本能を刺激した以上、責任を取るのが当たり前だ」


「そうやって抑え込めるなら!初めからそうしてなさいよ!怪我したじゃない!」


「自業自得だろう?それに、クロは初めの一発以降お前に近寄ってないだろうが」


「はぁ?!」


「クロは先回りはしたが、距離は保っていただろう」


「だから何よ?!そんな事どうでもいいわ」


「ヒトに躾をする立場なら、少しはヒトについて学ぶべきだろう」


飼う前に何も調べず知らなかった俺が言うことでは無いかもしれないがな。


「こういう場には必ずカメラを設置する義務がある。それは何故か。ヒトの行動にはある一定の決まりが設けられているからだ」


「は?」


「カメラを見れば、先に手を出したのがどちらか第三者にも分かるだろう。ヒトに常識は通用しない。だが決まりが無ければ不利益を被る。だから「先に手を出した方が悪い。先に手を出させないように躾する」というのが、躾教室で最も最優先される項目だろう?」


「確かに、そう、だけど」


「お前がヒトをどう思おうがどうでもいいがな…気を付けろよ。ヒトを盲目的に愛護するヤツらは、獣だと言った時点で告訴の準備を始めるぞ」


「は?」


「どうして多くの人が知能が低くそれでいて騒がしいヒトを態々ペットとして飼っていると思う?」


「そんなの、見栄とかでしょ」


「昔、ヒトを使って殺人をさせてたんだよ。ヒトを態と空腹状態にして、殺したい奴の血の匂いを漂わせれば、格好の餌食になるって訳だ。人は合法で人を殺せる、ヒトは肉を食える。まさに頭のイカれた飼い方だろう?」


「っ、は?」


「その後、ヒトは人の味を覚えて人を襲いだした。だから、ヒトは廃棄され続けた。元を辿れば人の犯した罪でありながら、ヒトに全てを押し付けてきた結果だ。どこにでも居る愛嬌者は、それを憂いたらしい」


ヒトが「廃棄」されるのは珍しくない。


毒ガスが充満する部屋もヒト同士を殺し合わせる部屋も珍しくない。


一部の者からすれば、ヒト殺しは一時の享楽だ。


「ヒトを守りつつ人を庇う法が設けられたのはかなり最近の話だから知らなくともおかしくないが、その前の、ヒトは「物」という認識のままの奴は少なくない。お前のようにな」


ヒトに口輪を付けるのも、躾を行うのも、全てヒトと生きるのに必要な代物だった。


「だからって……だからって今回の事と何か関係あるわけ?!」


「ヒトに手を出した場合、ヒトの拘束を一時的に解放する事が許される。ヒトが手を出した場合、最悪廃棄される。それだけだ」


「だから!」


「拘束を一時的に解放する事、とは…人が死なない程度であれば自由に戦わせても良い、という事だ。言っただろう?流血沙汰でもおかしくなかった、と」


「……え…」


「法でそう決められている。詳しくは警察と話し合うといい。別にこちら側が起訴することは無い。クロも落ち着いたしな」


くわ、と欠伸をするクロを抱き上げ背を擦る。


「そんなわけ…ないじゃない…」


人が有利なだけの法は沢山ある。


だからこそ、一部の者が手を取り合い他の動物達を愛護し続けられるよう取り計らっている。


難しい問題だろうな、これは。


ヒト嫌いからすれば面白くないだろう。





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