ペットになった

アンさん

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また・・・?

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家に着いた。


りゅるを守らないといけない、家。


心がざわついて落ち着かない。


りゅるが何か言っているけど、そんなのは今どうでもいい。


オレがりゅるを守らなくちゃ。






次の日、毛布に包まれたまま何か狭い入れ物に入れられた。


暗くて動けない。


声を出そうにも喉に何かつっかえたかのようで出てこない。


ゆらゆら揺れる狭い入れ物の中は、オレの首に着いている玉からいい匂いが出て充満していく。


どこに行くの?


オレ歩けるよ?


りゅる一人じゃ危ないよ。


オレが守るから、ここから出して。


ねぇ、りゅる。


オレを置いてどこに行っちゃうの?


オレ、何か悪い事した?


謝る…謝るから。


ちゃんと悪いとこ直すから。


だから、一人にしないで。


お願い、捨てないで。


お願いだよ、りゅる。


戻ってきて。






出された場所に、りゅるはいない。


腕に何か刺され、オレは寝転がったまま動けなくなった。


気持ち悪くて何回も吐いて吐いて吐いて…泣いた。


好きだったぷいんが食べられない。


ご飯の味がしない。


水も美味しくない。


吐くもの無いはずなのに、体は何かを吐き出そうと躍起になっているみたい。


美味しそうだと思っていた匂いは、今や苦手な臭いになった。


いい匂いだと思っていた首元の玉は、嫌いな臭いになってしまった。


見慣れない白い部屋には、俺の腕に刺さる何かとそれに繋がる液体と、黒い毛布だけ。


その毛布も、部屋の真ん中に置かれたままだ。


吐いては寝て、夢現に水を飲み全て吐く。


…喉が痛い。


…頭が重くて、動けない。


…オレ、このまま死ぬの?


ああ、でも、いっか。


だって…オレ、もう、りゅるの傍にいれないんでしょ?


じゃぁ、もう…死んでもいいかな。


ご飯美味しかったな。


お水も美味しかった。


暖かいお布団に、いい匂いのお部屋。


でも、最後のここは、嫌いだ。






誰かの叫び声に、意識が戻ってきた。


ああ、まだ死んでなかったんだ。


いつ死ぬのかな?


あれ、でももう頭重くないや…ちょっと痛いけど。


体も少しなら動きそう。


吐き気も無いし…何があったんだろ…。


大きな手がオレの背中を摩っている。


嗅ぎ慣れない、知らない匂い。


落ちてくる言葉は、優しさが滲み出ている。


「もう大丈夫だよ」


…あれ?


オレ、言葉が聞き取れる?


「ここは安全だから」


頭を動かし喋っている人を見ると…人間だった。


人間が喋ってるの…久々に見たな…。


「****君。もう、大丈夫だよ」


それは、聞きたくなかったの名前。


息がつまり、吐き気が込み上げてくる。


「****君?」


嫌だと、聞きたくないと、体が拒否反応を起こす。


違う、オレの名前はそんなんじゃないんだ。


りゅるに貰った、大切な名前があるんだ。


震え出した体と、鼻の奥がツンとする感覚。


視界が滲み、ギュルと喉が鳴り酸っぱい何かが口に溜まり、堪らず吐き出した。


「****君?!大丈夫かい?!」


ああ…また…。


グラグラと視界が揺れ暗くなっていく。






ーーver


押さえ付けられながらも引っ掻き噛み付こうとすれば、女達が泣きながら縄張りから出ていく。


逃げるなら初めからオレの縄張りに入ってくるんじゃねぇよ。


っていうか、あの三人はどこに行ったんだ?


オレの配下でありながら役目を全うしないなんて…戻ってきたら躾てやる。


まぁ、あの三人は図体と態度がデカいだけで他は何の役にもたたねぇから他の群れに奪われたりはしないだろう。


飯を真面にとってこれねぇとんだ役たたず共だが、オレの群れの一員なんだ。


多少は目を瞑ってやるのも長であるオレの役目だ。


縄張りに入ってくる女達は、いつになったら諦めるんだ。


時折持ってくる飯は美味いからその時ばかりは入ってくるのを許可してやるが、それ以外の時は容赦しねぇぞ。


そんな攻防戦を続けていたある日、頭に衝撃が走った。


何か固い物で殴られたらしく、頭の中がガンガンと鳴っている。


この女…許さねぇからな。


思いと裏腹に体は動かずプツリと意識が途切れた。




起きた瞬間目に入ったのは眉を下げ此方を見る大きな男。


オレの匂いが強くする所を見るに、此奴はいつの間にかオレの配下に加わっていたようだ。


まさか長のオレが配下を見落としていたなど…申し訳なさからオレを触っている手に噛み付くのは止め好きにさせる。


オレの配下なんだ。


好きなだけ触って匂いを付けろ。


お前はオレの配下だ。


あの三人より役にたちそうだ。


オレを抱き上げ体を密着させる男に、そこまで匂い付けをしたいのかと驚いた。


まぁ、長のオレの匂いがしている以上、他の群れに狙われないだろうから安心しろ。


頭の中では支配欲が芽を出しこの男に匂いを付けろと騒いでいる。


これだけオレの匂いがするんだ。


簡単に奪われたりなどしないさ。


この男が持ってくる飯はとても美味い。


あの三人とは雲泥の差だ。


長のオレを優先し、仕える姿を見習うべきだ。


オレの匂いがしない角が生えた奴と舌が長い奴はオレに近付くんじゃねぇよ。


配下がどうしてもというから…いや、実際には言っていないがそう言っているように見えるから仕方無く縄張りに入るのは許可するが…気安く触ろうとするな。


配下の長いしっぽの毛は柔らかいから枕にちょうどいいな。


お前は飯も持ってこれるし、オレを気遣れるし、使えるなんて…とてもいい配下だ。


くぁ、と欠伸を落とし枕を抱きしめて目を瞑る。


その「クロ」というモノが何なのか知らないが、お前の鳴き方か何かか?


鳴くならもっとガオォとかギャルルアとかの方がカッコイイぞ。


鳴き方を練習するといい。


それ以外は完璧だ。


…ところで、あの三人はいつになったら戻ってくるんだ?






何日か経っても、名前を呼ばれる度に吐き食べ物を食べる事が出来なくなった。


毎日力の入らない体を持て余し、何もすることが無いから寝て起きてを繰り返していた。


そんなある日、女の声が聞こえてきた。


男の声も聞こえる。


嫌いな声だ。


大きくて煩くて耳が痛くなる、とても聞き触りの悪い声。


口の中が妙に酸っぱく感じ、吐いた後の匂いがしている。


目を開ければ、見たくなかった存在達が居た。


こちらを睨み、それでいて口元は笑っているのだからまた何か良くない事を考えているのだろう。


…というか、よく見たら傷だらけじゃん…何か動物飼ってたっけ?


……りゅる……。


幸せな時間はあっという間だった。


あんなに何かに執着したのは初めてだった。


奪われるのが当たり前で、手元に残らないのが普通だった。


でも、あの場所では「オレだけの物」が沢山あった。


…死ねなかったのは残念だけど、あの日々を思い出せるだけで幸せだ。


もう少し、あの場所に居たかったけれど…まぁ、駄々を捏ねてもどうにもならないししょうがないよね。


掴まれた手に、爪が刺さる。


無駄に長くて、色の着いた爪。


何かを喋りオレに抱き着いたかのように見せて、抓られ髪を引っ張られる。


殴られないだけ、まだマシだな。






気が付けば知らない部屋へと連れてこられていた。


その部屋の中では、不気味に笑う大きな男と俺と同じくらいの大きさのあの子。


…よく見たら、りゅるより小さいんだよね。


りゅるはもっと大きくて力持ちで、フワフワの毛してたし。


りゅるの尻尾沢山梳かしたな。


ボサボサだった毛がツヤツヤになって、その後すっごいフワフワになった。


オレの毛も長かったのを短くしてもらったな…。


あの泡のやついい匂いでオレの髪もサラサラになって凄かった。


もっと凄いのが、お風呂を出てスグに体を拭かなくても風が吹いて乾いたこと。


髪は流石にダメだったけど、体は全然濡れてなかった。


りゅるが当然のように尻尾の水飛ばしてくるから、時折毛だらけになったのもいい思い出。


尻尾が当たって気付いたりゅるがオレの状態を見てもう一度お風呂に逆戻りしたのも懐かしい。


いい思い出ばっかだったな。


悪い思い出もあったよ。


ナイフを持った男も、物を取ろうとした奴も、騒がしく騒ぐ女も。


他の記憶の前ではボヤけて顔とかハッキリ思い出せないけれど。


でも、それでいい。


だって、楽しい記憶の方がいいに決まってるもん。


大きな男に首を絞められ、視界がぼやけ始める。


…この人達は正直嫌いだし、苦手だけれど…生みの親と双子の兄で…家族、だったんだ。


あの子あには良くて、オレがダメな所は何処だったんだろう?


こういうのが分かっていれば、りゅると離れる事は無かったのかな?


いやまず出会えてさえいなかったとしたら、これで良かったのかもしれない。


急激に頭の中が冷たくなり体から力が抜け真っ暗になった。






ーーver


数日経ったくらいだろうか?


配下が俺を押さえ付け、舌の長い奴がオレに触れた。


「ギャルルア!ガァアア!!!!」


いいか、配下。


こうやって吠えるのが一番だ。


分かったら手を離せ。


いくら配下でも許せない事はあるんだぞ。


ベタベタと触られた後、配下がやっと手を離した。


「グゥルルル」


不満気に鳴けば、あの甘くて美味しい物を差し出してきたから、今回の事は不問にしてやる。


あまり量は持って来れないみたいだから、少しずつ舐め取りながら味わう。


長のオレから食い物を奪えるのは他の群れの長ぐらいだ。


敵が居ない今、どれ程無防備でも問題無い。


そんな日の夜。


ヤケに胸騒ぎがして、オレは黒い布の上で唸っていた。


嫌な予感がする。


いや、逆に良い予感かもしれない。


どちらとも取れないざわめきは、落ち着く事無く燻ったまま。


配下がオレの匂いを付けようと背中や腹、頭を触ってくるが応えてやれない程に落ち着かない。


一度寝れば落ち着くか?


配下の前で無様を晒す訳にはいかないからな。


落ち着いていて長らしい姿を保たないと。


黒い布を両手で掴み目を閉じる。


配下、見張りは頼んだぞ。






ビクリと体が跳ね、オレはハッと意識を取り戻した。


…………?


真っ暗だ…ここ、何処?


肌に触れるのは、柔らかい毛布。


毛布……?


あれ、そういえば…声がまた出ない?


体も動かないし……ただの金縛りかな?


「くぅ、ん」


鼻を抜ける音は、寂しげな犬の鳴き声みたいだった。


…首、締められたんだっけ?


息してるって事は、死んでなくて。


どこかに入れられたのかな?


よく狭い場所や暗い場所に入れられてたから、多分ここもそうなんだろう。


少し風が吹いたあと、明かりがついた。


見慣れない、真っ白な部屋。


やっぱりオレに触れてたのは黒い毛布だった。


「クロ?」


顔を上げれば、バサバサと動く黒と灰色の混ざった長い毛。


聞いた時のある声に更に視線を上げれば、目の下が黒くなっているりゅるが居た。


え、目の下黒いよ?


病気?


怪我?


ちょっと痩せた?


何かあったの?


あれ…あれ?


何で、りゅるがここに居るの?


「クロ#%%#?%@#%%」


相変わらずオレの名前以外は全く何言ってるか分からないけれど…オレに触れるその手の温もりは何も変わらなくて…。


「くぅ、きゅぅん?りゅーる」


オレを撫でるりゅるの目から、一筋涙が流れた。


「きゅ、きゅう?!きゃうん!きゃうん!」


痛いの?


苦しいの?


辛い?


どうしたの、りゅる。


オレ、また悪いことした?




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