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妖怪×妖怪 大天狗×オニ ⑬
しおりを挟む「アゼツ」
上部を覆う鬼の面を付けたアオがふわりと笑う。
「大丈夫ぞ」
面を外すと言葉使いが変わるアオは、面を付けると気が引き締まるのだと言った。
「我は、オニ族故」
口から漏れる赤い液体は、アオの名に相応しくない。
「この程度、些事じゃ」
ダラリと力の入らない腕に、ピクリとも動かない足に、血の滲む腹。
「だからそう、悲しそうな顔をするでない」
いくら抱き締めてもアオから香るのは、あの優しくアオらしい匂いではなくて。
「情けない姿を見せるでないぞ」
枯れたその声は、どんどんと弱くなっていく。
「アゼツは、大天狗。絶対的強者なのだから」
「アオ」
外した面の下で閉じていた目が光に反応を示したのか少し開け、アオは少し眉を下げた。
「アゼツ、行くべきだ」
「アオ」
「行かないといけない」
「頼む」
「アゼツの力が必要な者が待っている」
「逝かないでくれ」
「アゼツ」
「置いて、逝かないでくれ」
「僕の番は、本当に泣き虫だな」
「共に在ると言ったではないか」
「何時も共に在る」
「では何故、何故っ」
「また戻ってくる。暫しの別れだ」
「アオッ」
「アゼツ、僕が戻るまで……頑張るんだぞ」
炎に呑まれたアオは笑いながら消えてしまった。
アオ。
約束だ。
必ず安寧を手に入れる。
だから、早く……戻ってきてくれ。
もう俺は、アオが居ないと何も出来ない……一人の男なのだ。
アオ。アオ。アオッ。
「アゼツ様、どうか…どうか、お気を確かに」
「気を鎮めてください」
「もうこれ以上は、お止め下さい」
「アゼツ様」
聞こえる雑音は聞こえない振りをした。
あの優しい音の咎めが聞こえないのなら価値など無いから。
「やめてくれ!」
「謝る!すまなかった!だから!」
「やめてくれぇぇぇ!!」
鬱陶しい虫は排除した。
あの優しい匂いが憂いなく暮らせる様にする必要があったから。
「お前は?!」
「バケモノ!バケモノだ!!」
「鬼か何かか!!!!」
邪魔な物は全て壊した。
あの優しい存在が帰ってきた時に、一番初めに目を向けて欲しいから。
ああ、そうだ。
全て配下にするか。
そうすれば、あの優しい者と離れる必要がなくなる。
決壊したダムのように流れていく妖力が、体に渦巻く形容し難い何かが、一つの存在の為に形作る。
番を失った者が、失った者だけが辿り着ける境地。
「アオ、どこに行ったのだ」
帰ってくると言っただろう?
傍から離れぬと約束しただろう?
「このままでは、全部見失ってしまいそうだ」
番のいない世界でどう在れば良い?
番のいない此処でどう在るべきだ?
「アオ、会いたい」
どう、すれば。
「早く、此処へ」
俺は、この何かを。
「アオ、アオ」
許せるだろうか。
弾き続けるのは味方の声か敵の刃か。
守り続けるのは居場所かあの存在か。
流れるのは涙か血かそれとも時間か。
長かったようで短い破壊の時は、一つの鬼火で収まった。
「アオ……?」
「アゼツッ!」
「どこだ…?」
「止めぬか!我が見えぬのか!!」
「……アオ、アオッ、何処に」
「アゼツ!!!!」
己の耳に届く、あの優しく触りのいい番の声。
「見失うでない!アゼツ!目を開けよ!」
見たくなどない。
アオの居ない、こんな、こんな……。
「直ぐに行く故!耐えるのだぞアゼツ!」
アオ……何処に……。
「我は!アゼツより弱い!近付けぬ結界を張るでないぞ!」
アオ、ああ、アオ……此処へ、早く、此処へ。
「戦っても良い!壊し続けても良い!だが!己だけは見失うでない!良いな!」
「アオ」
「番である我の声を!嫁である我の事を!忘れるでない!」
普段は寛容に笑うアオの、殆ど張る事の無い声は、とても耳に響く。
「約束は必ず守ると!言うたであろうが!」
「アオ、待っている。此処で」
弱く小さな鬼火は、大天狗の手の中で揺れ続ける。
「早く、俺を止めてくれ」
「我の番は、甘えん坊だのう」
アオは俺の全てだ。
アオ、俺、は。
「アゼツ」
何かを消す寸前に聞こえた待ち望んだ声。
「待たせたの」
振り返れば、消えた時と同じ様に笑う姿。
「良く耐えた」
近付く番は、面を外し俺の目を見る。
「一人にしてごめん」
「……ア、オ……」
「アゼツ、ただいま」
「アオッ!」
手に握った何かを投げ捨て、必死に細身の番を抱き締める。
アオの首元に顔を埋めれば、あの優しい匂いが鼻を擽り何度もゆっくりと呼吸を繰り返す。
「甘えん坊は治らなかったな」
「アオ、アオ。会いたかった」
「アゼツ。アレはもういいのか?」
「もういい。要らん。アオ、愛してる」
壊れかけた何かなんぞ、もうどうでもいい。
アオを抱き上げクルクルと回る。
「こら、目が回るだろう」
「アオ。アオ」
笑うアオが手を振り下ろした後背後が業火に包まれた。
「罪過ある者よ、贖罪せよ」
粛々と裁可を下したアオは、俺の頬を包み額同士を合わせた後頬を染め笑った。
「格好良かったよ、アゼツ。帰って休もう。疲れただろう?」
「ああ、帰ってゆっくり休もう」
アオを横抱きにし、翼を出して空を舞う。
「はは、僕も飛べるんだけど」
「冗談、離すわけないだろう」
「数刻で随分機嫌を悪くしたものだ」
「昔とは違う」
「わかってるよ、ちゃんと」
「本当か?」
目を伏せたアオがふふふと笑う。
「アゼツ、好きだ」
「…っ…」
「愛してる、僕の唯一の番」
「アオ」
「一人にして悪かった」
「もういい。戻って来たのだから」
「約束を守れない奴だと思われてるなら心外だな」
「そんなつもりは無い」
青い瞳が俺を見て細められる。
「知ってる」
いつだって俺より俺を知っているアオは、楽しそうに笑って傷の無い手で俺の頬を撫ぜた。
「寝床位は直っているといいな」
「直っていなければ他所で寝ればいい」
「別に寝なずとも死にはしないけどな」
「匂い付けは必須だろう?」
「真顔で言う事ではないな」
崩れ鳴り響く悪天候は、今は光が差す晴天へと変わりつつある。
「失くした側の気にもなれ」
「失くさせた方の罪悪感は計り知れないだろう?」
「気が気ではなかった」
「気が早って真面に修復出来ずに焦ったぞ」
「最後までアオの声が聞こえた」
「最後まで手のかかる番が泣いていたのでな」
「居なくなるなど、許していないというのに」
「完全に消える前に手を打たないと、世界が滅びそうだった」
「どこに行っていたんだ」
「此処に居たよ。見えなくて困惑するアゼツは本当に迷子の様だったぞ」
「アオが居ないなら、意味など無い」
「共依存とは本当に厄介で面白いな」
笑うアオは、本当にわかっているのだろうか?
「アゼツが消えたら、僕も後を追うよ。例え、アゼツに会えなくとも……アゼツに嫌われようと。地獄の果まで追っかけてやるよ」
「残念だが、俺とアオが行くのは楽園だ。地獄何ぞいつでも行ける」
「ふはっ、それはいいな。会合先は地獄か。二人で行けば鬼達が騒ぎそうだ」
「気にするな。雑音だ」
「アゼツとなら、何処でも楽しそうだ」
「飽きられては堪らんな」
「強者な番を捨てるほど、僕は強くないんだ」
「俺が守る。ずっと…だから」
「ははは、努力するよ。もう懲り懲りだしな」
「努力が実れば良いがな」
「人生は波乱だからいいんだよ」
そう笑ったアオは住処に着いた瞬間に眠りについた。
ばあやが言った。
「修復が未完成」だと。
医師が言った。
「体に問題は無い」と。
暁が言った。
「死にはしない」と。
なら何故、アオはもう二ヶ月も目覚めないんだ?
人生が波乱って……お前は、人じゃないだろう?
何故いつも……俺を置いていくんだ?
触れたアオは冷たく目を開く事も無い。
ただ周囲を漂う鬼火が、アオの状態を如実に語っていた。
「アオ。無理をさせた」
僕の話を聞け、そう言ったアオは怒っているように見せて笑っていた。
僕はアゼツを思う、そう言ったアオは少し眉を下げ困っているようだった。
いつだって俺を優先し、アオ自身は後回しにしていた。
俺ら天狗は常にそう在った。
だから何も思いはしなかった。
けれど、オニの生活を知った今、俺は何をしていたのだと己を恥じた。
「すまない」
俺の前から消えなかったのはアオの優しさだ。
俺と在ってくれたのはアオの選択だった。
アオ。
俺が悪かった。
種族間の認識の違いを知りながら、オニのお前に天狗の彼是を押し付け続けて悪かった。
あと一度だけ、俺に機会をくれ。
もう、間違いを起こさないと、誓うから。
アオの長い髪を梳き、俺はアオを抱きしめた。
待つ。いつまでも待とう。
アオ。
アオの生き様に、俺の生き様も混ぜてくれないか。
どうか、もう、一度だけ。
番として、夫として。
俺はお前の横に立ちたい。
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