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ノーウェザー

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妖怪×妖怪 大天狗×オニ ⑫

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遠くに聞こえる声と、近くで聞こえる何かが滴り落ちる音。


「暁……行け」


ギィギィと鳴く暁の顔はもう見えない。


「僕、が…死ぬ前、に……ここを、離れろ」


喋れているか分からない、伝わっているかも、もう何も分からない。


それでも……。


「暁……悪い……こんな、主で…」


分かるのは、もうすぐ僕が死ぬ事だけ。


使えない耳が拾うボヤけた騒めきはもうすぐそこまで来ているだろう。


「暁、生きてくれ……行くんだ……忘れろ、全部」


僕は何が出来ただろう。







「ああ、なんて事を…っ」


目の前には、四肢を固定され腹部に大量の刀を刺された子鬼が居た。


「っ、これが、子にする事か…っ!」


滴り落ちた血が水溜まりのように足元に溜まっている。


強い鉄の匂いと弱い妖力の傍ら、ギィギィと小さな渡鬼が鳴きながら子鬼の足を固定する物を解こうと爪を伸ばしていた。


「っ、まだっ、まだ生きてるわ!早く連れて帰りましょう!」


「慎重にな。まだこんなにも幼い……可哀想に」


「渡鬼、離れなさい。今この子を助けるから」


渡鬼に言葉は通じない。


伝わるのは主の命令だけ…のはずだった。


「ギィ、ギ……ア、ルギ……ダ、ズガル…」


「言葉を喋るのか?!ああ、いや、そうか…この子がこの渡鬼に全てを……」


「助かる…いえ、助けるわ!必ず!この子は何も悪くないもの!」


「ギギ、ギィ、ギ」






「そうか…この子が……大変だっただろう」


傷だらけの小鬼の頬を撫ぜ、年老いたオニは表情を消した。


「此度の事、我等は何者も許してはならん。この小鬼の事柄を無くしたとて、裁かなくてはならぬ者達だ」


「大ばあ様、居場所の特定は済んでおります。後は、命を下すだけに御座います」


「っ、ぁの、その……大ばあ様…お願いが」


「アカ。お主が言いたい事は分かっておる。この小鬼はお主に預ける…だが、今は出来ぬ事」


「分かっております。全て片付いた後、その時にまた…」


「ああ。この小鬼も、癒せる者が必要だろう。当分は女子おなご達に任せる。男子おのこ達は持ち場へ戻れ。時を待つ」


「「「はっ」」」









「起きたかい、坊や」


目を覚ますと僕の周りには多くのオニが居た。


珍しい。


鬼が群れるのはよくあるけれど、オニがここまで多く群れているのは初めて見た。


「まだ動いてはいけないよ。当分の間はこのままの状態が続くけれど、何れは動けるようになるからね」


「さぁ、これを飲んで。薬湯よ」


喉を伝う苦い液体に、少しばかり噎せてしまう。


「ゆっくり、ゆっくり。大丈夫。此処には貴方を害する者は居ないわ」


腹が熱い。


頭が痛くて、手と足が動かない。


「…ぎょ…う……」


「ギィ!ギギ!」


「…ぃ…き、ろ……」


妖力の繋がりが弱くなっている。


大丈夫、大丈夫だ。


まだ……もう少し……僕は生きるから。


だから、暁は暁として生きろ。


「ギギギ!アルギ、イギル!」


グルグルと体を巡る妖力を全て暁に流し目を閉じる。


オニ達が何か慌てているが、そんな事はどうでもよかった。


暁が生きてさえいてくれるなら…後はどうでもいい。


暁の鳴く声が遠のいていく。






鬼の住まう、灯りの里。


オニの住まう、蜜璃の里。


二つの里は争い、鬼は敗走した。


鬼の里に生まれた珍しいオニは、鬼に利用されただ生かされ続けた。


敗走した鬼は口を揃えて言った。


この疫病神が、と。


産みの親である鬼は言った。


この出来損ないが、と。


オニに与えられたのは、窮屈な部屋と折檻だけであった。


オニは感情を持たず、ただ命令に従いオニの役目を背負った。


そんなオニの事など知らないオニ達は鬼を攻め真実を知る頃にはオニは風前の灯で放置されていた。


オニは感情を持ちはしなかったが、心は持っていた。


暁という小さな渡鬼へだけ向けられる心だった。


その心も、最後は打ち捨てられた。


オニが出来る唯一の渡鬼への労りだったのだろう。


渡鬼は鳴いた。


オニが泣けぬ分、怒れぬ分、喜べぬ分鳴き通した。


長い月日が経てども、オニは目覚めなかった。


体の傷が癒えても、多くの妖力を分け与えられても、オニは何も応えなかった。


ある日小鬼と渡鬼が消えた。


オニ達が捜索し小鬼と渡鬼が見つかったのは、あの忌まわしき洞穴。


渡鬼は鳴いていた。


反響する鳴き声の中に、一つ混じる何かの音。


オニ達は頭を傾げながら小鬼に近付くと、小鬼は目を開け小さく言葉を落としていた。


「暁……大丈夫……生きる……生きてる」


響く渡鬼の悲痛な鳴き声に、霧散していた妖力が集まり鬼火を一つ形作り渡鬼の手に乗った。


それこそが打ち捨てられ小鬼を眠りにつかせた渡鬼だけに向けられる心だった。






「アオ。此方へおいで」


アオ。


それは、今の僕の名前。


優しく笑うアカという名のと、その隣で腕を広げるヤマトという名のと一緒に暮らし始めた僕に与えられた名前だ。


役目は無い。


まず外にさえ出ていない。


兄上曰く外は危ない、兄様曰くまだ早いとの事だ。


僕の成長は早急の所為で不安定であり、このままではしまうらしい。


死ぬ、じゃない?


との問に、鬼は生きる者オニは在る者だと教えられた。


よく分からなかったが一つ頷いてその話は終わった。


渡鬼だった暁が小鬼へと進化したのは驚いたな。


進化なんてそうそうお目にかかれないし。


僕は中位種で兄上は上位種、兄様は最上位種だと知ったのは最近だ。


正直位に興味は無かったが、窓から見えた天狗一行を見て冷や汗が背中を伝った感触に知っておく必要があると判断した。


アレは次元が違う。


今まで多くの妖を裁いてきたが、鬼でも手の届く妖ばかりだったと思い直した。


初めて、身を隠したかもしれない。


どうでもいいと投げやって、変わりはしないと下げこんだ感情の、恐怖というもの。


身を隠し息を潜める僕を、兄上は少し心配そうにそれでいて嬉しそうに僕の傍で大丈夫だと言ってくれた。


天狗一行が居なくなり帰ってきた兄様と兄上の真ん中で頭まで布団を被り夜を明かした。


次の日は兄上の傍から離れられなかった。


その次の日は部屋の隅で丸くなって、またその次の日は押し入れに逃げ込んだ。


頭の中で渦を巻くように蘇る、天狗一行に連れていかれた鬼の形相。


……これが、恐怖。


これが……困惑と、畏怖と……。


カタカタと勝手に揺れる手に、寒いのかと布団を被り丸くなる。


感情……これが、感情?


暁がギィと小さく鳴き僕のおでこを撫でてくれた。


「大丈夫、だ……きっと……今だけ…今、だけ……」


震えは手だけじゃなく体にまで移り短く息を吐き出す。


感情は、体にも影響を与えるのか。


感情は、こんなにも不可解なのか。


何故皆、こんな感情ものを抱えているんだ?


捨ててしまった方が間違いなく効率的なのに。


「アオ、大丈夫?ほら、こっちにおいで。抱っこしてあげる」


笑う兄様が少し布団を持ち上げて頬を撫でてくれる。


のそのそと布団から這い出て兄上に抱きつくと頭を撫でてから抱き上げてくれた。


「アオ、アオ。大丈夫。もう怖い事は何も無いよ。いい子だね、アオ」


ユラユラ揺れる兄上の首元へ頭を埋める。


「あにうえ。かんじょう感情は、ふかかい不可解です」


「そうだね。理解出来なくてもいいんだよ。感情は俺達オニでも全ては理解出来ないモノだから」


こうりつてき効率的ではないです。なぜひつよう必要なのですか?」


「他者を理解する為だよ」


じゃくしゃ弱者とうた淘汰され、きょうしゃ強者のこる。じょうり条理です」


「そうだね。でも俺達オニは裁する立場。平等である必要があるんだ」


さばかれるのは、ざいか罪過のあるものです。さばかれてとうぜん当然であり、ゆうよ猶予しゃくりょう酌量あたえるひつよう必要もありません。むだ無駄です」


「そうだね。今のアオはそれでいいかもしれないけれど、世の中そうはいかないんだよ。だからこそ、多くのオニがこうやって集まっているんだから」


「あにうえ。けることはありません」


「戦う事を前提としている訳では無いよ」


たたかいをまないさいてい裁定はありません」


「アオ。前までの裁可を思い出してはいけないよ。これからはこの里に住むオニを見習うんだ」


「……りかいふのう理解不能……」


「ああ、まだ早かったね。ゆっくりいろんな事を知っていこうね」


鼻歌を歌う兄上は、兄様が帰ってくるまでずっと僕を抱き締めていてくれた。


兄様が帰ってきたら今度は兄様に抱っこしてもらい、兄上はご飯の準備を始め少しだけ家の中が賑やかになった。


「……りかい、ふのう…では、いけない」


変わらなくてはならない。


環境も、生活も、待遇も…変わったのだから。


僕も変わらなくてはならないんだ。


ギィギィと鳴く暁が兄上のお手伝いをしている。


……僕もいつか、兄上や兄様の様に……。





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