50 / 74
妖怪×妖怪 大天狗×オニ ⑫
しおりを挟む遠くに聞こえる声と、近くで聞こえる何かが滴り落ちる音。
「暁……行け」
ギィギィと鳴く暁の顔はもう見えない。
「僕、が…死ぬ前、に……ここを、離れろ」
喋れているか分からない、伝わっているかも、もう何も分からない。
それでも……。
「暁……悪い……こんな、主で…」
分かるのは、もうすぐ僕が死ぬ事だけ。
使えない耳が拾うボヤけた騒めきはもうすぐそこまで来ているだろう。
「暁、生きてくれ……行くんだ……忘れろ、全部」
僕は何が出来ただろう。
「ああ、なんて事を…っ」
目の前には、四肢を固定され腹部に大量の刀を刺された子鬼が居た。
「っ、これが、子にする事か…っ!」
滴り落ちた血が水溜まりのように足元に溜まっている。
強い鉄の匂いと弱い妖力の傍ら、ギィギィと小さな渡鬼が鳴きながら子鬼の足を固定する物を解こうと爪を伸ばしていた。
「っ、まだっ、まだ生きてるわ!早く連れて帰りましょう!」
「慎重にな。まだこんなにも幼い……可哀想に」
「渡鬼、離れなさい。今この子を助けるから」
渡鬼に言葉は通じない。
伝わるのは主の命令だけ…のはずだった。
「ギィ、ギ……ア、ルギ……ダ、ズガル…」
「言葉を喋るのか?!ああ、いや、そうか…この子がこの渡鬼に全てを……」
「助かる…いえ、助けるわ!必ず!この子は何も悪くないもの!」
「ギギ、ギィ、ギ」
「そうか…この子が……大変だっただろう」
傷だらけの小鬼の頬を撫ぜ、年老いたオニは表情を消した。
「此度の事、我等は何者も許してはならん。この小鬼の事柄を無くしたとて、裁かなくてはならぬ者達だ」
「大ばあ様、居場所の特定は済んでおります。後は、命を下すだけに御座います」
「っ、ぁの、その……大ばあ様…お願いが」
「アカ。お主が言いたい事は分かっておる。この小鬼はお主に預ける…だが、今は出来ぬ事」
「分かっております。全て片付いた後、その時にまた…」
「ああ。この小鬼も、癒せる者が必要だろう。当分は女子達に任せる。男子達は持ち場へ戻れ。時を待つ」
「「「はっ」」」
「起きたかい、坊や」
目を覚ますと僕の周りには多くのオニが居た。
珍しい。
鬼が群れるのはよくあるけれど、オニがここまで多く群れているのは初めて見た。
「まだ動いてはいけないよ。当分の間はこのままの状態が続くけれど、何れは動けるようになるからね」
「さぁ、これを飲んで。薬湯よ」
喉を伝う苦い液体に、少しばかり噎せてしまう。
「ゆっくり、ゆっくり。大丈夫。此処には貴方を害する者は居ないわ」
腹が熱い。
頭が痛くて、手と足が動かない。
「…ぎょ…う……」
「ギィ!ギギ!」
「…ぃ…き、ろ……」
妖力の繋がりが弱くなっている。
大丈夫、大丈夫だ。
まだ……もう少し……僕は生きるから。
だから、暁は暁として生きろ。
「ギギギ!アルギ、イギル!」
グルグルと体を巡る妖力を全て暁に流し目を閉じる。
オニ達が何か慌てているが、そんな事はどうでもよかった。
暁が生きてさえいてくれるなら…後はどうでもいい。
暁の鳴く声が遠のいていく。
鬼の住まう、灯りの里。
オニの住まう、蜜璃の里。
二つの里は争い、鬼は敗走した。
鬼の里に生まれた珍しいオニは、鬼に利用されただ生かされ続けた。
敗走した鬼は口を揃えて言った。
この疫病神が、と。
産みの親である鬼は言った。
この出来損ないが、と。
オニに与えられたのは、窮屈な部屋と折檻だけであった。
オニは感情を持たず、ただ命令に従いオニの役目を背負った。
そんなオニの事など知らないオニ達は鬼を攻め真実を知る頃にはオニは風前の灯で放置されていた。
オニは感情を持ちはしなかったが、心は持っていた。
暁という小さな渡鬼へだけ向けられる心だった。
その心も、最後は打ち捨てられた。
オニが出来る唯一の渡鬼への労りだったのだろう。
渡鬼は鳴いた。
オニが泣けぬ分、怒れぬ分、喜べぬ分鳴き通した。
長い月日が経てども、オニは目覚めなかった。
体の傷が癒えても、多くの妖力を分け与えられても、オニは何も応えなかった。
ある日小鬼と渡鬼が消えた。
オニ達が捜索し小鬼と渡鬼が見つかったのは、あの忌まわしき洞穴。
渡鬼は鳴いていた。
反響する鳴き声の中に、一つ混じる何かの音。
オニ達は頭を傾げながら小鬼に近付くと、小鬼は目を開け小さく言葉を落としていた。
「暁……大丈夫……生きる……生きてる」
響く渡鬼の悲痛な鳴き声に、霧散していた妖力が集まり鬼火を一つ形作り渡鬼の手に乗った。
それこそが打ち捨てられ小鬼を眠りにつかせた渡鬼だけに向けられる心だった。
「アオ。此方へおいで」
アオ。
それは、今の僕の名前。
優しく笑うアカという名の兄上と、その隣で腕を広げるヤマトという名の兄様と一緒に暮らし始めた僕に与えられた名前だ。
役目は無い。
まず外にさえ出ていない。
兄上曰く外は危ない、兄様曰くまだ早いとの事だ。
僕の成長は早急の所為で不安定であり、このままでは消えてしまうらしい。
死ぬ、じゃない?
との問に、鬼は生きる者オニは在る者だと教えられた。
よく分からなかったが一つ頷いてその話は終わった。
渡鬼だった暁が小鬼へと進化したのは驚いたな。
進化なんてそうそうお目にかかれないし。
僕は中位種で兄上は上位種、兄様は最上位種だと知ったのは最近だ。
正直位に興味は無かったが、窓から見えた天狗一行を見て冷や汗が背中を伝った感触に知っておく必要があると判断した。
アレは次元が違う。
今まで多くの妖を裁いてきたが、鬼でも手の届く妖ばかりだったと思い直した。
初めて、身を隠したかもしれない。
どうでもいいと投げやって、変わりはしないと下げこんだ感情の、恐怖というもの。
身を隠し息を潜める僕を、兄上は少し心配そうにそれでいて嬉しそうに僕の傍で大丈夫だと言ってくれた。
天狗一行が居なくなり帰ってきた兄様と兄上の真ん中で頭まで布団を被り夜を明かした。
次の日は兄上の傍から離れられなかった。
その次の日は部屋の隅で丸くなって、またその次の日は押し入れに逃げ込んだ。
頭の中で渦を巻くように蘇る、天狗一行に連れていかれた鬼の形相。
……これが、恐怖。
これが……困惑と、畏怖と……。
カタカタと勝手に揺れる手に、寒いのかと布団を被り丸くなる。
感情……これが、感情?
暁がギィと小さく鳴き僕のおでこを撫でてくれた。
「大丈夫、だ……きっと……今だけ…今、だけ……」
震えは手だけじゃなく体にまで移り短く息を吐き出す。
感情は、体にも影響を与えるのか。
感情は、こんなにも不可解なのか。
何故皆、こんな感情を抱えているんだ?
捨ててしまった方が間違いなく効率的なのに。
「アオ、大丈夫?ほら、こっちにおいで。抱っこしてあげる」
笑う兄様が少し布団を持ち上げて頬を撫でてくれる。
のそのそと布団から這い出て兄上に抱きつくと頭を撫でてから抱き上げてくれた。
「アオ、アオ。大丈夫。もう怖い事は何も無いよ。いい子だね、アオ」
ユラユラ揺れる兄上の首元へ頭を埋める。
「あにうえ。かんじょうは、ふかかいです」
「そうだね。理解出来なくてもいいんだよ。感情は俺達オニでも全ては理解出来ないモノだから」
「こうりつてきではないです。なぜひつようなのですか?」
「他者を理解する為だよ」
「じゃくしゃはとうたされ、きょうしゃがのこる。よのじょうりです」
「そうだね。でも俺達オニは裁する立場。平等である必要があるんだ」
「さばかれるのは、ざいかのあるものです。さばかれてとうぜんであり、ゆうよやしゃくりょうをあたえるひつようもありません。むだです」
「そうだね。今のアオはそれでいいかもしれないけれど、世の中そうはいかないんだよ。だからこそ、多くのオニがこうやって集まっているんだから」
「あにうえ。まけることはありません」
「戦う事を前提としている訳では無いよ」
「たたかいをうまないさいていはありません」
「アオ。前までの裁可を思い出してはいけないよ。これからはこの里に住むオニを見習うんだ」
「……りかいふのう……」
「ああ、まだ早かったね。ゆっくりいろんな事を知っていこうね」
鼻歌を歌う兄上は、兄様が帰ってくるまでずっと僕を抱き締めていてくれた。
兄様が帰ってきたら今度は兄様に抱っこしてもらい、兄上はご飯の準備を始め少しだけ家の中が賑やかになった。
「……りかい、ふのう…では、いけない」
変わらなくてはならない。
環境も、生活も、待遇も…変わったのだから。
僕も変わらなくてはならないんだ。
ギィギィと鳴く暁が兄上のお手伝いをしている。
……僕もいつか、兄上や兄様の様に……。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる